注)記事の日付は太陰暦を用いております

2020年11月21日

どう生きるか

神無月七日 晴れ

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 茨城北部に移住して、季節が一周半した。二回目の秋、サツマイモはまあまあよく育ち、大豆と小豆は妻が奮闘して豊作、大根も良い感じ。

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 ただ、どうしても、言葉が出ない。

 パートの身分とはいえ、公職に関わることでこんなにも言葉が出て来なくなるとは、不惑を越えたおっさんになっても思いもよらなかった。

 畑のこと、田んぼのこと、森のこと、心のこと、身体のこと、食のこと、環境のこと、命のこと。毎日毎日、布団に籠り、後ろ髪を引かれながら着替え、ヤギを小屋から出し、時折畑に出たり出なかったり、職場に行き来し、人と交わり、妻と子と話し、食事し、暮らす。感じること、思うこと、伝えたいこと、が喉の奥から出そうになり、キーボードに指を置くたびに、手が止まる。

 向き不向きで語れるのなら、こんなに向いていないなんて(笑)。

 田畑に向き合い、大自然に向き合い、身体に向き合い、そうして立ったこの足で、人と交わり、言葉を選んできた。人の目、人の思惑、を決して優先せずに、想いを最優先して。だから今、言葉を出すことができない。

 先日の新月カフェで、「小さなことがきっかけでどうしても心が前に進めなくなった時にどうしてますか?」というテーマが話された。私は、この一周半の巡り合わせで体感していた、森や自然から受け取れる、天然のヒーリング作用をお伝えした。フィトンチッドや1/f(えふぶんのいち)ゆらぎや酸素濃度やそれら自然の恵みによる生理学的な機能としての、リラクゼーション効果や健康増進効果は、確かに偉大である。

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 しかしながら、心身相関、心身合一のメカニズムに携わってきた身としては、それらの限界も、一方で明確に感じている。森や大地のもつセラピー効果は偉大であると同時に、人は、「どう生きるか」に心の底で触れていない限り、それは脇役に甘んじることになる。

 例えどんなに森に暮らそうとも、心身に不調は発生するし、例えどんなに自然から離れて暮らそうとも、心身に一点の不安もない生き方も可能なのである。

 だから、それぞれ皆、自分にとって生きやすい場で生きるべきなのだと信じる。畑に立ち、森に入り、布団に入り(笑)、時々人と交わる。それこそが、自分の立ち位置なのだと、自覚は益々高まっていく。
  
 私は、公職に生きるべきではない。生きるべきではないが現実には生きており、であるなら、世の習わしには応じ、バランスをとる。しかし、生きるべきではないので、続けることはすべきではない。であるなら、明確であり、契約期間をもって、次のステップへ移行する。

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 もちろん、縁あって今の仕事につけたことで、無職6人家族が謎の里山暮らしをスタートさせて周囲から好奇の目だけで見られてしまうという、移住前に恐れていたような残念なスタートを切ることは避けられた(笑)。この幸運は計り知れない。この町で活動する様々な分野の方と繋がるきっかけでもあり、すこぶる有意義な仕事にも恵まれた。森の効能を存分に学び体感する機会と、事業に取り組む時間は、今後の糧でしかない。また、空き家や移住に関わる職務は、山間地に暮らす上での課題をまざまざと体感することができたし、今後の最重要課題であることも間違いない。この縁に、感謝しかないことは言を俟たない。そして、繰り返すことにはなるが、自身の方向性も改めて確認することができた。やっぱり私は、自分以外の思惑の中では、十全に根を伸ばす才能がないのだ。


 一周半は過ぎ、二周目はあと半周残っている。皆さんと一緒に、半周を存分に楽しむ。さあ、三周目は、いよいよ、大地に存分に立つ。妻との想い、子らとのワクワク、そして何よりも、自分のムクムク。

 地球のためでも、世界のためでも、日本のためでも、地域のためでもない、ましてや、誰かの思惑のためなんかでない、自分のためからの発進、発信、発震。「どう生きるか」。それこそが、未来の魂と直結する唯一のアクセスコードだ。

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 芋掘って、焚き火して、竹細工して、自然食囲んで団らんする。ああ、これだけで。生きていける。(いや、もっとか。ああ、それこそ、書ききれない(笑)!!)


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2020年10月06日

ぎっくり来たりて、ぎっくり去る

葉月廿日 晴れ

2020年2月の記事で、「ぎっくり腰」にすんでのところでなりかけてならなかったドキュメンタリーをお届けしたが、今回は、残念ながら発症してしまい、その後の回復までの経過の全てをお送りいたします。

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《天高く 馬肥ゆる秋 ですね》



<前兆、そして一日目>

 2020年10月1日、木曜日の夜。腰に違和感を感じて、そのまま何もせず。

 翌日、金曜日。終日仕事(会議、散策、デスクワーク)をこなし、日中は違和感を忘れるほどだった。ただ念のため、デスクワークの合間に、無意識の抑圧感情にフォーカスする「イヤ!チェック(ストレスケアのワーク)」を行ったが、さして効果は感じられなかった。

 それでもその夜は、見て見ぬふりをした過ごした。この痛みに覚えはある。マインドボディヒーリングの勉強会で毎度説明する部位、いつものあそこ、腰の上部10p程の背骨の左側。いつものその場所に、久しぶりに訪れた、鈍くて重い、きりきりとした刺激感。そう、それは明らかに腰痛のサインだった。にもかかわらず、私は行動しなかった。ストレスケアも日中にした、大丈夫、明日になれば消えている、と。過信はしていなかった、と言えば嘘になるだろうか。今思えばここが、引き返せる最後のチャンスだったのに。


<二日目>

 明けて土曜の朝、コトは起きてしまった。絶対に会いたくなかった、久しぶりにやってきた、魔女の一撃。私は数年ぶりに、本格的なぎっくり腰に襲われてしまっていた。立てない、動けない、ただただ、痛い。「朝起きる」という選択肢は、その瞬間に、消え失せてしまっていた。

 そんな時に限って、土曜の午前と日曜の午前には、森の中でのボランティア作業。さらに控えるは、土曜の午後の、マインドボディヒーリング講座(オンライン)。絶対に身体を動かさなければならない用事と、心で身体を治癒する内容を他人に伝える時間のコンボを前に、起き抜けに布団で動けなくなった私は、ただただうずくまるしかなかった。

 すぐさま、塞ぎ込みたい頭を振り動かす。治し方はわかってる。過去の実績を思い出し、布団の中で神にもすがる思いで、心身治癒に取り組む。TMS(心身性症候群)のメカニズムをあらゆる側面から思い出し、「身体(ここでは腰)に異常があるわけではない」「無意識に抑圧されたナマ感情が溜まりに溜まって症状が起きている」。はっきりと、自信をもって、脳に語りかける。

 同時に、いったい無意識に抑圧してしまっていた自分の感情は何だったかに心を向ける。「あれにこれにそれにあれ、これもそう、あれもそう、きっとそれだって違いない、やだやだやだやだ、いやなことばっかりだー」と指折り数えてイヤ!と数え上げていく。紙に書きたいところだが、布団から出るには身体を動かさなければならない。それはできない。痛い! 自分にできることはした、あとは数分、待ってみよう。

 そう。いつものように、心のケアが功を奏し、身体の痛みは存在理由を無くし、消えてゆく。



 ・・・はずだった。・・・絶対に、そうでなければ、ならないはずだった。


 しかし今回は、痛みが引いてくれることは、なかった。森に出かける時間が近づいても一向に腰の痛みは消えず、むしろ酷くなってさえいた。私は申し訳なさと、普段公言しているからこその恥ずかしさも加わった無念さを胸に、ボランティア作業への欠席を連絡するしかなかった。

 オンライン講座の休講も考えた。痛みを抱えたまま朝を過ごし何もかもやる気を失ってきていたが、一縷の望みが浮かんできた。そうだ、講義することで、痛みが消えるかもしれない! 過去にもそれは顕著だった。勉強会(講座)を開催する時に、自分に花粉症の症状が出てたり、頭痛が起きていたりすつこともあった。しかし、そうした症状は、講義後にきれいさっぱり治まってしまう。TMS理論を参加者に伝えているうちに、自分の無意識の奥底の理解が深まる上に、一緒にストレスチェックも行うことで、心身治癒が自然に行われるからだ。
 
 であるなら、やるべきことは一つ。なんとしてでも、オンライン講座を開講するのだ。歩けない身体をなんとか動かし、妻に全面的に準備に協力してもらい、ぎっくり腰でもなんとか講義可能な環境を用意した。思いはひとつ、講義後の全快、を一心に願って。


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《自然農の畑の大根 草の中で育ってます》


 少人数ながらも、いつも通り、マインドボディヒーリング講座は楽しく進めることができた。講義中にも腰の痛みは存在感を放っていたが、きっと、良くなる。ほら、参加者の表情も晴れてきた。TMS理論は、みんなの痛み、症状を和らげてくれる。講義後の感想も、嬉しいものだった。よし、終わった。さあ、腰は、どうなってるかな。

 そう。いつものように。自分の脳が心身治癒のメカニズムを再認識して、痛みが消えてゆく。
 
 はずだった。絶対に、そうでなければ、ならないはずだった。



 ・・・しかし、だめだった。晴れやかな心とは逆に、身体は、痛みにうずくまる一方だった。

 笑ってもみた。子どもを寝かしつけ、インターネットで爆笑動画や、オンデマンドのバラエティ番組を見続けてみた。面白かったし、笑いもした。でも。だめだった。笑いに包まれて布団に入って、目覚めを期待した。


<三日目>

 しかし起きた頭へ届く第一報は、腰の激しい痛みだった。こうして日曜のボランティア作業も、無念の欠席を選ばざるをえなかった。

 もう、どうでもよくなってきた。ダンゴムシみたいに床を這いずり回り、子どもたちが、笑ってくれていた。
 土日の身体を動かす用事がすべてキャンセルになって、もう、いろいろ諦めてきた。長女が焼いてくれたパンケーキと妻と一緒に入れたインスタントコーヒーを、縁側で楽しんだ。美味かったし、この時間の緩やかさに、感謝の気持ちが湧いてきた。うん、身体を休めることって、悪くない。

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《今年初めてチャレンジした常陸秋蕎麦が開花中♪》


<四日目>

 月曜日。まだ強く痛むが、仕方なしに通常の仕事に戻る。慎重に車に乗り込み、腰のひねりや足の上げ下ろしに気を付ける。姿勢によって、足の動かし方によって、鈍い痛みが走る。しかし不思議なことに、全快には程遠いのだが、「ああもう、治癒のラインに乗ってる」と実感が湧いてくる。これ以上、強くなる不安がサラサラないし、長続きする予感が完全に消えた。(このあたりは、マインドボディヒーリングの実践者にはわかってもらえる感覚かもしれない。)

 また、日中に明確な変化の一つに気付く。痛みの箇所が、腰骨上右側3pに移動していた(発症当時は、腰骨上左側10p)。構造的な疾患ではなくTMS(心身性症候群)だという根拠がまた一つ上塗りされた。(※腰の骨や神経などの異常や損傷が原因であれば痛みの箇所の移動は説明がつかない。)
 そして夜、さらに気分を一変させようと、車を走らせ、暴飲暴食ツアーに飛び出した。健康とか自然派とかを全く無視して、目についたモノを食べまくる。普段はバカバカしくてもったいなくてやらない行動を、あえてやってみる。気持ち悪くなる直前まで、思考を外して食べまくってみた。

 深夜に帰宅し、繕い物をしている妻に、留守を詫びて買って来たプリンと共にコーヒーを淹れる。互いに読みたい本を読んで、面白い個所を紹介しあって、夜更かしして、睡眠。気付けば、私の左腰から右腰にトレードした痛みは、ほとんど存在感を、消しつつあった。


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《今が旬!の枝豆が神々しい》


<五日目>

 火曜日。存在はある。右腰に、いる。勤務中のデスクワークはもとより、出勤前の畑での草刈りや帰宅後の種まきでの、前かがみ、屈伸、前屈、腰の曲げ伸ばし、動作の度にピリリとした違和感はあるものの、動作中に気にかけることは殆どなくなった。時々患部が、「僕まだいるよー。忘れないで―。」と主張する。しかしそのたびに、「もうだいじょうぶ。忘れてないし、ちゃんと気づいてるから。治っていいよ。」となだめる。

 完全に消えたわけじゃない。

 だけど、腰に違和感を感じてから5日、ぎっくり腰が発症してから3日、私は「腰への恐怖」から完全に抜け出した。動かすことも、走ることも、捻ることも、もう大丈夫。 ・・・いや違う! 三転倒立と鋤のポーズ(ヨガ)はちょっと怖がってることに気付いた(笑)。そうだ、何事もすべてすぐにウマくいくことはない。痛みも、存在はしている。ただ、このままスーッと消えていくことだけは知っている。血を流した傷がかさぶたとなりはがれていくように。風邪をひいて熱を出して、やがて熱が下がっていくように。

 6年前は、5日経ってもやっとのことで車の座席に座る程度で、畑になんて全く出られなかった。腰にサポーターを巻き、恐る恐る立ち、座り、過ごしていた。
 それが今や、腰のサポーターも、痛み止めも、整体も、マッサージも、なーーーーんにもしてない。妻と子どもが、寝っ転がっている自分に、モミモミしてくれたくらい♪ 

 このまま、きっと、あと数日は、存在は残る。でも、怖くない。自分の腰は、どこも悪くない。心が、自分を休ませるために起こしてくれた、最善のサインだったのだから。
 
 きっとまた、どこかで再会することもあるだろう。いや、もしかしたら今回が、最後の別れかもしれない。そう、どっちでもいいのだ。病は心から、なんだから。常に心にフォーカスして、暮らしていけばそれでいい。

 このことに気付かせてくれて、ありがとう。
 

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《大地に、天に、心身に、感謝》
 


<まとめ>

 ぎっくり腰になる直前に回避した2月のレポートとはまた違い、今回は、実践として役に立つような内容にはならなかった。ただ、ぎっくり腰に代表されるような身体に起こる急性の疾患(そういえば9月末には、全身に激しい蕁麻疹が発生して、それも4日で寛解しました♪)に襲われても、マインドボディヒーリングを体得していれば恐れることはない、ということの一端が伝えられたのではないかな。


 オンラインでも、オフラインでも、畑でも、森でも、いつでもどこでも話せるから、いつでもご連絡くださいませ。


★マインドボディヒーリング(心身治癒法)は、『身体と心の自然体研究所』の中で詳しく解説しています。

★妻も、色々な持病に対処してきたので、こちらも合わせてご覧ください。⇒『雑草屋の嫁日記』



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《裏山で木登り この眺めが好き》


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2020年07月17日

笑う門には

閏皐月廿六日 曇り

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 なんだか不思議と言えば不思議な一日だった。

 あれはもう、2年も前のことだ。

 マインドボディヒーリング、心身治癒法という名で、「潜在意識のストレスに注意を寄せることで身体の症状を変化させる」活動を行っていた身でありながら、そのころの2週間ほどは、腰痛に苦しんでいた。アメリカのジョン・E・サーノ博士の理論は、実際私のぎっくり腰を何度も治癒し、花粉症、片頭痛、など片手では収まりきらない諸症状を劇的に改善させてくれた。その身でありながらの、なかなかしぶとい、ここ数日の強めの腰痛に心身は結構な悲鳴を上げていた。「なんで治らんの?今までの取り組みは間違ってたの?なぜ消えないの?」と。

 腰痛があらわれたのは、2018年春、長年住み慣れたつくば市からの移動(文化的サバイバルバケーション。詳細は「動くよ」を参照)を決定するかしないかの時期である。当然、慣れ親しんだ町からの移動、引っ越しに伴う荷物の整理、諸業務の調整、タイトなスケジュールに、意識的にも無意識的にもストレスは顕在していた。さらに日々の家族とのやり取り(上手くいくことも上手くいかないことも当然あるわけで)、そして一向に上向かない身体の状態もプラスされたネガティブ感情は、習慣化したストレスマネジメントでは太刀打ちできないほど膨らんでおり、私の腰は、治る気配が見当たらなかった。

 腰を痛めた期間中、自然体研究所のイベントとして人様に「マインドボディヒーリング」の講義をしたのも2回。そこではどちらも正直に自分の現況を伝え、苦笑いしながら、参加者とともに改善を心から願ったりもした。結果、話すことで自分の認識が深まり、わずかに快方に向かうのだが、しかし翌日にはさらに痛みをますのであった。それでも引っ越し準備は続き、妻とも腰への対処を相談しながら、はてさてどうしたものかという数日が続いたのだった。

 
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 <大子町の清流で、川遊び@昨年>


 そんな中の、とある日の、外出した帰宅後の夕飯前。 
 腰痛は、ほぼほぼ、きれいさっぱり、姿を消していたのだった。

 「あれ?この姿勢は? お?この前かがみも? どこまで大丈夫なんだ? え?痛くないの?」

 ほんの数時間前まで、「痛いなー。これいつまで続くんだー、昨日より痛み増してないか?」と嘆き悲しんでいた感覚が、気づけば嘘のように消えている。
 
 帰宅して、着替え、やっぱり痛みがないことを確信した私は、「あれだけ自分でマインドボディヒーリングしてたのにダメで、今回のストレスには参ったと思ってたのに、驚きの展開!」と、感動と共に、少々興奮気味で妻に話しかけていた。と同時に、自称「自然体研究家」として今回のこの変化を、冷静に考えてみることにした。

 なぜ、私の腰は、痛みを収めたのか。別の言い方をすれば、心はなぜ、もう痛みを出さなくていいと、判断したのか。おのずと答えは、痛みが治まる前と後の間の、私の過ごし方に隠れている。

 その日の午後。土浦保健所で開催されていた、「ひきこもり当事者を家族にもつ親御さんの会」に参加。ひきこもり大学茨城の末端スタッフとして、あるいは、ひきこもり当事者限定の対話イベント「新月カフェ」の進行役としとして、縁があってちょくちょく顔を出させてもらっている会。そこで私は、自分はひきこもり歴なしの素人のくせに、悩めるお母さまたちと、悩み、笑い、雑談した。自分でもこれはなかなか的を得てそうだなと自画自賛できそうな提案もできたりしたことや、最初は眉間に皺をよせてテーブルを囲んでいた方々が終わりのころは表情がほぐれて笑顔も見られたことで、なんだかとても嬉しかった。数週間ぶりにお会いした元当事者の友達の顔も元気そうで、それも嬉しかったことをよく覚えている。

 会が終了し、いつものごとく、懇親タイムとしてファミレスに場所を移した。その日は珍しいことに、会の代表のお母さんであるご婦人も参加してくださった。話好きのお母さんのハートフルな雰囲気もあって、私はいつものように軽口を叩き、レベルの数段落ちる毒蝮三太夫のような振る舞いで冗談を言ったり自虐を言ったりして、和やかな時間が過ぎていった。自意識過剰ではあるが、皆の笑いもとった自信もあった。

 この出来事の中に、いったい何が私の腰痛が消える要素があるだろうか。

 それは、親の会で感じた、「手ごたえ感」だろうか。普段、自営業ではなかなか他人に価値を提供できているかどうか自覚しにくいという、無意識的な自己否定のストレスが、その日の手ごたえ感で消えたのだろうか。
 あるいはファミレスでの、軽妙に笑いをとれた会話での、他人を喜ばせることができたかもしれないという達成感が、自分の中の微妙な劣等感を払拭してくれたのだろうか。
 はたまた、雑談中にでた、私自身の中学時代にいじめを受けたことの軽い告白が、無意識のトラウマを解きほぐしてくれたのだろうか。

 そこまで考えて、妻が、助け舟をだしてくれた。
 「いっぱい笑えたからじゃない?」

 え? 笑い?

 そう、そうか!それだ! 

 保健所での親の会でも、そしてなによりファミレスでの、皆さんとの会話で、私は遠慮なしによく笑っていた。自分の話が的を得た気がしたのも確かに嬉しかったが、なによりも、くだらない妄想話やふとこぼれた本音話などで、皆さんと、不謹慎なくらい良く笑った。自分のイベントなどでの、難しい顔して話す、ストレスとは〜とか、自然体とは〜とか、心と体の相関関係とは〜とかいった(それはそれで大好きなんだけど)真面目に探究する時間ではなく、くっだらない馬鹿話をして、屈託なく笑った。子どもみたいに。両手を叩いたりして。

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<長女5歳の時。大人はなかなかこうは笑えない。>


 そしてそれが、確かに、私の腰の痛みを取り払ったのだった。きれいさっぱり、何事もなかったかのように。自分がいつも他人に提案してるストレスチェックでは届かなかった、その奥に手が届いたかのように。見事に、効果的に。

 馬鹿笑いした時間を過ごした後、私の腰痛はもう役目を果たし、元の通りの傷める前の腰に、あきれるほどの短時間で戻ったいた。近代医学的な処方、投薬、治療に、一切頼ることなく。あれほどまでに、苦しんでいた腰の痛みが、かげろうのように消える、この事実。

 「笑う」ことの効能。笑いが、心だけでなく体に直接好影響を及ぼす。子供みたいに笑う。馬鹿話を楽しむ。そのことは、講義の中で、余談として、あるいは副次的なサポートとして扱うことが多かった。なぜなら、それは、個人的な実感を得る機会が無かったからでもある。

 しかしこの体験を振り返って、心身治癒法の、さらなる進化を確信しつつある。

 「笑い」という行動は、人間という生物が、「安心感」や「充足感」や「幸福感」を脳に直接知らせる行動である。表情筋が笑顔になる時、ポジティブなバイブレーションで腹筋が鼓動する時、身体の中の様々な感覚器官が、「今は最高に安全で喜びに満ち溢れていて大丈夫な、時と場所にいる」と認識することは、脳にとっては何事にも代えが効かない、ストレスフリー状態なのではないだろうか。これは、身体側からのアプローチが心に作用を及ぼすという、心身相関のメカニズムに沿って考えれば極めてスムーズな理解も可能だ。

 深層心理のストレスへの自己認識(イヤチェック)だけでは拭いきれなかった、心の奥の詰まりを、「笑い」が、晴らしてくれた。そして同時に、治癒しきれなかった腰痛も、見事に晴らしてくれた。きっと、「ナマ感情の抑圧への気づき(イヤ!チェック)」と「思いっきり笑うこと」は、並立なんじゃないかな。どちらだけでも治癒するときは治癒する。でもどちらか一方ではダメな時、もう一方を実践してあげる。そんなアプローチが、現時点での到達点だ。
 
 だから、笑えないとダメ!とかではないから大丈夫。笑えなくてもいいんだけど、どうも治らんなーと思ったら、どっかの馬鹿笑いできる環境に身を置いて、心置きなく爆笑してみてください。そしたらその詰まりが、すこーんと抜けるときもきっとあるから。 

 いまだからこそ言っていいと思う。笑いは、マインドボディヒーリングの最強のパートナーなんだと。文字通り、笑う門には、福が来るのだ。

 症状や痛みに困ったら、無意識ストレスを見つめる習慣を身に着け、身体の芯から笑い転げよう。そんな単純なことで、病院フリー、症状フリーの人生が、手に入るかもよ。

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 ※実は心の底から泣くことも、症状改善と関係がある予測もあるし恐らくそうなのだが、実体験をもとにしてないので記事にするのはまたいつか。
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2020年06月24日

完全なる自由

皐月四日 曇り 於大子町

 先日の、とある、茨城県北部の、山あいに暮らす家族の出来事。

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 梅雨入りして曇天と雨模様の続く日々の夕方、湿潤の大気をまとった草の中に作業の手を入れながら、汗をぬぐう。この瞬間の幸せにふと気づき、夫婦で嘆息がもれた。自然農のある暮らしの醍醐味とは、まさに、その日のような夕方を過ごしている時に、訪れる。


 このところの我が家の暮らしと言えば、世に戸惑いと憂いを巻き起こしているウィルス事情とはあまり縁もなく、確信犯的にのんびりと家族で過ごしてきている。とはいえ、一時的ではあるものの勤めに出る日々を送る身としては、公私ともに様々に動揺は訪れもした。そして、その動揺は、少なからず家族へ、夫婦へ、暮らしへと、影響も与えつつある。

 動揺の余韻により、なかなか畑に出る時間が取れなくなってしまったことで、なんとなくその余韻に飲み込まれそうに勘違いしてしまっていたのだが、それは杞憂に過ぎなかった。畑で、夫婦で、たかだか数十分、一心に過ごす時間を改めて味わうことで、その杞憂は、静かに霧散していった。

 例えば震災が起きても、洪水が起きても、感染症が起きても、インフォデミックが起きても、一様に社会に動揺は訪れる。いずれも、天災と人災がモザイク状に混ざり合い、誰のせいでもなく、誰かのせいも存在する。つまりは、運でもあり、運命でもあるのだが、起きるときには起きる。そしてその結果、幾ばくかの動揺が必ず訪れ、変わらないコトも残しつつも、何かしらの変化が起こっていく。

 
 ただ、改めて、確信する。自然の営みは、変わらない。

 震災が起きようが、洪水が起きようが、感染症が起きようが、インフォデミックが起きようが、日は昇り、月は沈み、雨は降り、大地は潤い、種は芽吹き、草は茂り、鳥は啄み、虫が這い、そして、農夫は田畑に立つ。

 ウィルスを恐れるも、恐れぬも、本質的には自由である。ウィルスを感染させることで誰かに迷惑をかけてしまうことと、ウィルスを感染させることを防ごうとすることで誰かに負荷をかけてしまうことの違いや差を、ある程度の推察はできたとしても、いったい誰が答えをだすことができるだろうか。何故いま社会は、世間は、本質的には誰も測れもしないことを前提に、行動様式をマワレミギでマエナラエさせようとしてしまえるのだろうか。

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 だから、というわけではない。
 わけではないが、畑に立つ。
 耕さず、農薬も肥料も使わず、人の力の届く範囲での、自然農の営みの中に、埋もれて、手足を動かす。

 事務所のパソコンを叩いても、事業についてどなたかと話しても、自分の仕事と呼ばれる作業を粛々と進めても、それはそれでいい。それでいいのだが、こうした今の日常の普通の行動は、わずかに、あるいは非常に多くの、世間が生み出している動揺の渦の中に存在している。そこに、ウィルスを恐れない意思を全うする自由はない。社会が「ウィルスを恐れる自由」みたいなものに巻き込まれている以上、社会に働きかける行為に関わる限り、ウィルスを恐れない自由を全うすることはできない。


 しかし自然農の畑で、妻と子どもたちと共に草に埋もれて過ごす時間は、完全に自由だ。種を蒔く時間、苗を移植する時間、雑草を鎌で刈る時間、子どもと一緒にスナップエンドウを収穫する時間、ジャガイモを掘る時間、ヤギを連れて歩く時間、そのあいだの私たちは、完全に、ウィルスを恐れる社会とは切り離され、完全に自然と一体化する。たかだか一日の終わりの、数十分かもしれないが、そこでは、戸惑いや憂いはほぼ完全に消え失せる。

 そう。
 この暮らしなのだと思う。

 自然農の田畑に立ち、森に入り、妻と手を取り、子と過ごし、幾ばくかの社会と交わる。協力はあれど、強制のない暮らし。思い込みに過ぎない社会制度や風習に手足を縛られた暮らしではなく、心豊かに過ごすためにそれぞれに選択していける暮らし。

 だから明日も、出勤前に種を蒔き、帰宅後に苗を植えよう。週末には区画を直し、ヤギの柵を作ろう。梅雨明けを待ちながら。夏を待ちながら。ウィルスにも、ウィルスを恐れる時代にも、愛を送りながら。

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 同じような日々を、妻の視点で。
 ⇒まんぷく畑
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2020年02月29日

自粛とは?

如月五日 曇り時々晴れ 於大子町

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〜日に日に男子へと成長する次男。もうすぐ1歳♪〜


 ゴムなし就寝、裸足生活、風呂要らず、洗剤フリーテレビなし、スマホなし、自然食、発酵食アーシング、森林浴、家庭保育病院フリー、そして、マインドボディヒーリング(心身治癒法)。雑草屋の暮らしそのものが、コロナウィルスへの発症リスクからほど遠い位置にあるため、全く罹患への心配をしていない我が家。(今年度から小学校に通いはじめてしまった長女が、もっともリスクに近いかな。)

 それでも、職場、SNSで接する一連の日本の状況に触れ、自然農、自然体、とは少し別の視点からも、今回のウィルス騒動を眺めている。

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 〜今日は、今年から始めたい田んぼを探しに、近所を探索していました。〜

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 さて唐突ではあるが、でも、考えてしまう。明らかに、違和感を感じている。違和感とは、感じてしまうもので、作り出すものではない。どちらかというと、「排泄行為」に近い、どうしても出さなくてはいけない、大切な感覚である。ここ数週間の、世界を取り巻き日本を混乱させている騒動の展開には、違和感を感じずにはいられない。

 自粛とは?という点についてだ。

 大げさではなく、本気で思う。

 第二次世界大戦中の、「日本全体を考えたら○○な行動はすべきではない」という風潮と、今回の新型コロナ騒動の、「日本全体を考えたら○○な行動はすべきではない」という風潮に、どこに共通点があってどこに相違点があるのかを、私たちは真剣に考察する必要があると感じている。

 単に、イベントをやる、やらない。学校を休校する、しない。の問題でない。
 単に、このウィルスは危険か、そうでないか。リスクが大きいか、小さいか。の問題ではない。

 信憑性がありリスク不安が大きいとされる情報が流布されたときに、それを防ぐという名目で個人の活動が自粛されるような風潮が高まることは、妥当か否か。という問題だ。

 ポイントは、あくまでも、風潮、という点である。明確な根拠や、あきらかに確率の高いリスクや、行動が制限されるに異論のない状況が存在し、自粛を余儀なくされるというわけではなく、いまだに賛否両論もあり確定的ではない状況。にも関わらず、風潮という姿の見えない何かにより、活動が少しずつ制限されていく感覚。

 「集団のリスクを前面に出せば個人的活動を自粛することを促すことができる。」という前例が出来上がることにある程度の違和感を覚えないのならば、国際政治を学んできた者としては責務を果たしているとは思えない。集団リスク回避と、個人的活動の実現を、ギリギリのところでバランスを取りながら達成するのが、現代政治の根幹なのではないだろうか。

 マスクや外出抑制で、ウィルスは回避できるかもしれない。しかし、安易な自粛ムードの風潮は、大義名分さえあれば市民の行動を自粛させられるというカードを権力者に容易に譲り渡してしまうことにつながる。

 自粛するという行為は、その行動主体が自主的にリスクを判断して決定されるべきであり、決して、自粛すべきという風潮を恐れてされるべきではない。例え自粛が行われるとしても、それは自粛なのだから、様々に段階もあるべきだし、全面中止から段階的開催までが存在するのが本来の自粛である。自分たちで決定する意思を、風潮に奪われている状況は、決して喜ばれるべき状況ではない。


 繰り返すが、集団リスク回避と、個人的活動の実現を、ギリギリのところでバランスを取りながら達成するのが現代政治の根幹である。政治が、何もせずに個人の自由にゆだねることは無策であるが、同様に、リスク回避の為に個人活動に安易に犠牲を強いるのも無策であると言わざるを得ない。風潮が風潮のまま、終わればいい。しかし、気をつけなくてはいけないのは、風潮が政治に利用される時である。そして最も注意すべきは、安易に犠牲を強いる政治は、実は政治家ではなく、私たち自身、社会全体が作り出しているという点だ。

 風潮を作り出せば個人の行動を制限することも可能だ、という前例は、少ないにこしたことはない。社会は、多様性なのだ。自粛するも、自粛しないも、意見の価値としてはシンプルに等しい。大げさではなく、決して、個人行動の可否を権力者に預けるチャンスを増やしてはならない。

 一斉に、全部が自粛なのではなく、これはOK、これはNG、と風潮に屈せず判断していこう。面倒くさいけど、それを手放すのは止めにしよう。風潮に流れることに鈍感にならずに、集団のリスクも軽んじず、最適解を求め続けていこう。20世紀初頭と違い、私たちにはインターネットがあり、個々人の活動や思いを表明できる余地が残っている。

 自分たちの、本当に快適な未来は、正体の見えない風潮や、それを悪用しようとする将来の権力者に、奪われるわけにはいかないのだから。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


20200228forest.jpg
〜そして、なんとなく、秘境のような、沢水の流れる田んぼを発見!〜

【新型コロナウィルス 参考記事一覧(2/28時点)】

【医師直伝】間違いだらけの新型コロナウイルス。〜いま日本人が知っておくべき6つのこと
https://www.mnhrl.com/covid19-6point-2020-2-28/

新型コロナウイルスと認知バイアス@
https://kuromarutakaharu.com/2020/02/24/coronavirus/

新型コロナウイルスと認知バイアスA
https://kuromarutakaharu.com/2020/02/28/coronavirus-2/

自然派医師 本間真二郎氏のFacebook
https://www.facebook.com/shinjiro.homma

つくば市長Facebook記事【新型コロナウイルスへの学校の対応について】
https://www.facebook.com/tatsuo21/posts/1878821665587643





 
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2020年02月24日

ぎっくり腰の治し方

如月一日 晴れ 於大子町

これは、人生何度目かの「ぎっくり腰」を発症してから、治癒に至るまでの、完全ドキュメンタリーである。

【途中、この枠の中でマインドボディヒーリングの解説を挟みながらお届けします。】



1.プロローグ

 令和二年二月某日、午前7時半ごろ。その日は曇りと晴れが混ざり、移植を待ち望む果樹の苗たちが、庭に根を下ろすのを今か今かと待ち望んでいるような、冬の朝だった。

 出勤前の定植作業を予定していたにもかかわらず、相変わらず寝坊を決め込み、布団から出たのはもう出勤まで余裕もない時間。妻の一押しで覚悟を決め、「30分で終わらせる!」と意気込んで支度にとりかかった。

 急ぎつつも順調に2本のプルーンの苗木を畑に移植し、次は3本目の苗に取り掛かる。少し大きめの、10kg程度の果樹の苗木を、時間も気になって、ちょっと無理のある体勢で持ち運んだ。植え穴に降ろして、根を包んでたネットを外しそうとしたが、根っこが引っかかってなかなか取れない。

 力任せにネットを引っ張り、反対の手で根っこを抑えておりゃ!と気合を入れた瞬間、仙骨から15〜20p上部、背骨を中心にして直径15pほどの範囲に、大激痛が走る。

 来た!!!?!!!!!
 ぎっくり腰!!?!!


2.腰の崩壊、そして奇跡への軌跡


 うめき声とともに、膝をつく。激烈な刺激とともに、猛烈な違和感が腰に襲い掛かる。数年ぶりの、奴との再会。間違いない、これは「ぎっくり腰」だ!

 間髪入れず、「来た!!」と確信して
「その手は食うかーーーーーーー!」と庭で一人、声をあげる。

【無意識の抑圧感情が引き起こすTMS(心身性症候群)への初期対応で最も重要な点は、「症状を身体の問題としてではなく、心の問題として認識すること」。それに最も効果的な行動が、自分の脳に真剣に話しかけることです。】


 そして即座に具体的に、思い当たる「無意識の抑圧感情(イヤ!)」にフォーカスしていく。

「違う違う違う違う!
 そうかー、今かー!やっぱそう来るかー
 だよなー、早起きしたくねーよなー
 ていうか出勤前に苗の植え替えって鬼かよ!
 ていうか出勤したくねーんだよ!
 仕事やりたくねーーー!
 行きたくない!
 なんなら苗だって植えたくない!
 だらだら朝寝てたい!
 昨日だってみやちゃんの誕生日頑張ったし!
 なんか疲れてるし!
 もうやだやだやだやだやだ!」

【具体的な、ストレスであっただろうことを、吐き出す。列挙する。当たってても当たってなくいてもいいから、とにかく、無意識から意識上に、浮かび上がらせる。重要なのは、脳に、「ネガティブ感情が溜まってたことに気付いてるぞ!」と無理やりにでも認識させること。】


 まだ腰の痛みは消えない。まだ痛い。しかしここで、次の一手を放つ。

「あー立つぞもう立つぞ!絶対大丈夫だし。
 痛さは脳のせいだし!腰じゃねーし!

 立つ!!!

 よーしOK!立てんじゃん。やっぱ立てんじゃん!
 いけるいける、やっぱなー。そうだよな。」

【マインドボディヒーリングで、無意識の抑圧感情に目を向けるとともに大切な行為が、「痛み(症状)に取り込まれずに、身体は大丈夫なんだと強く自覚すること」です。】


 ただ、一度発症した痛みは、余韻を残す。そしてその余韻は脳に揺さぶりをかける。

「ん?? 
 あー、まだちょっといてーなー。
 あれー、くそー。これやっぱなんかやっちゃったか??

 いやいやいやいや!違うから!
 なんだーこのやろー!絶対その手は食わねーーぞこのやろー!

 ほら、もう立ててるし!
 すぐにでも動けるし!

 うわ!なんかびりびりする!!いてー! 
 いやーでもこの激痛ぶりはなんかちょっと不安になるくらいいてーなー!
 ホントは腰やったか?マジか?やべーか?

 いやいやいやいや!絶対違う!
 腰は最強!こんな程度の苗で絶対やるわけないし、
 そもそも重いもの持って腰痛くなるなんて科学的じゃないし
 メカニズム的に発生しえないし!

 ていうか立ってるし!動けっぺ!

 よしよしよし動ける動ける。
 よっしゃやっぱり大丈夫じゃん。
 あー、まだちょっといてーなー。
 でも大丈夫じゃん。」

【症状は、脳が引き起こす「無害な状態」である。という言葉があります。サーノ博士が解き明かした腰の痛みのメカニズムは、「人間の身体はとても強くしなやか」であることを証明しました。痛みに負けることは、脳に負けることを意味しています。これはTMSとしての全ての症状に当てはまります。】


 この激痛が「無意識の抑圧感情」による脳の戦略(心を休ませるために身体に症状を引き起こす)によるものだと自覚した上で、さらに力強く、脳に話しかけ、畳み掛ける。そして、対話を重ねていく。

「なんだ―!何があったー!
 何を我慢してたー!

 いやそうじゃねーな。。。

 とりあえず全部我慢してるわー。
 イヤイヤやってること沢山あるわー。
 なんにもしたくねーわー。
 仕事も家事も育児もぜーーんぶめんどくさいわー!!!!
 やだやだやだやだず――――っと寝てたい!

 ね、だよね。
 そうだよね。
 そりゃ腰も痛くなるよね。

 もう大丈夫だよー。
 わかってるよー。
 最近気にしてなくてごめんねー。
 そうだよね。
 頑張ってたよね。

 大丈夫大丈夫。気づいたよー。
 腰の痛みはもういいよー。
 ありがとうー。ごめんねー。許してねー。愛してるよー。
 ありがとうー。ごめんねー。許してねー。愛してるよー。」

【何がストレスだったのか、ということへのフォーカスすることと同様に、もしかしたらそれ以上に、脳へ感謝する、脳をいたわることも大変重要です。脳は、痛み(や症状)を通して、心に相当の負担がかかっていることを教えてくれているのです。小松は個人的に「ホ・オポノポノ」の手法を便利なツールとして利用して、脳(つまり自分自身)へ愛を送るフレーズを唱えています。】


3.奇跡ではない、日常へ

 そして、これら一連の行動は、本当にすぐに効果を表す。ぎっくり腰を起こした自分に、奇跡が起きる。

「ねー。
 そろそろ動くかー。
 動くの怖がってっと余計痛くなるからなー。

 よーし、もう元の作業戻るぞー。
 しゃがむぞー。

 あーちょっとぴりぴりすんなー。
 怖いなー。でも大丈夫!!!!

 痛くなる必要はもう無くなったから!
 余韻の筋肉の緊張で血行不良で痛みが出てるから!

 深呼吸すっかー。
 酸素を腰に届けっか―。
 血流を送り込むか―。

 リラックス―。リラックス―。
 深呼吸ー。深呼吸―。

 はいOK〜。
 ちょっと痛くても大丈夫〜。
 あとは普通に作業に戻るよ〜。」

 
 ・・・ぎっくり腰が発症してここまで、きっと2〜3分。そしてその後すぐに3本目の移植作業に戻り、30分くらいかけて、予定通り10本の苗の植え替え作業を終わらせることができた。

 痛みの残像はまだ残っている。しかし、痛みに屈し、「ぎっくり腰」患者に陥り、これからの数週間、痛みと恐怖と悔しさに翻弄されるはずだった自分は、そこに居なかった。

 雷に打たれたように襲い掛かった腰の激痛。まぎれもない、ぎっくり腰。ともすれば、痛みに顔をゆがませ庭にうずくまりその後の数週間を棒に振る寸前まできていたが、自分には、マインドボディヒーリング(心身治癒)の心得が身についていた。

 やったことは、記述した数分間のアプローチだけ。庭で小声でもなく時々大声で、自分の芯に言い聞かすように。周りの目をほんのちょっと気にしながら。

 5年前のぎっくり腰よりももしかしたら激甚な腰の痛み。

 あの時は、立てるようになるまで12時間。車に座れるまで、まる2日。痛みから回復して作業ができるようになるまで、2週間。そしてその後も続く、腰の違和感に怯える日々。

 それが、数分で、もとの果樹の植え替え作業に復帰。ときどき残る腰の違和感の残像は、恐怖ではなく、戒めとして、心の片隅に残っている。しかし、日常生活として、腰からのサインが自分にとって全くの障害でないことに、喜びを感じずにいられない。

20200224imfine.jpg


4.モノローグ

 ぎっくり腰が、腰痛が、「腰の関節や骨の異常」って誰が言い出したんだろう?

 でも、わかる。
 この痛みは、絶対腰が物理的に障害を負ったとしか思えない。
 わかるよ。

 でも、心の「無意識の抑圧感情」にフォーカスして脳と対話しただけで、俺、治ったよ!
 みんなー!ホントだよ!!


 あれから数日が過ぎた。

 ぎっくり腰未遂の朝の後、全てを縁側のガラス戸越しに見ていた妻からは、「やってたねー♪ がんばったね♪」と委細を見守った上で、「いやだったのに苗作業終わったね♪ ありがとう♪」とねぎらってくれた。

 作業後、
 ・車を運転して
 ・出勤してデスクに座って数時間のPC作業に向かい
 ・時々プリントアウトした資料を取りにプリンターを行き来し
 ・同僚が重そうに持つ段ボールを代わりに手伝い

 などなど、ぎっくり腰を朝に患った人間には到底避けたくなるような行動を、気がついたらやって(できて)しまっている。ときどき、慎重に動かすことはあるけれども。(痛みが一瞬で消えるわけではない。特にぎっくり腰のように強烈な痛みを伴う症状は、数日間は余韻を残す。)もちろんその日以降も、腰の痛みを悲観するような事態には至っていない。整形外科も、痛み止めも、整体も、針治療も、マッサージも食事療法も、体操も、ヨガも、すなわち身体(腰、痛み)に直接フォーカスするようなことは、一切行っていない。

 ときどき、あまりの痛みの無さに「あ、そういえばあの日危なかったな―」と笑いながら思いだす。そして、先日TVで見かけた花粉症注意の報道に触発されて、持病(だった)花粉症の初期症状が身体に現れる。(花粉症などのアレルギー症状も、TMSのひとつに挙げられます。)

 そのたびに、心の内側で、「大丈夫大丈夫♪ もう気づいてるよ〜。花粉症じゃないよ〜。ストレス溜まってるね〜」と話しかける。それで数分後には、くしゃみも鼻水もない身体に戻っていく。この数年間そうだったように、そしてこれからも。妻も、家族も、そして、マインドボディヒーリングを共有できた人たちもきっと。

 これは、奇跡でも、怪しい宗教でも、疑わしい民間療法でもなんでもない。身体と心の相関関係を理解して、理論にそってアプローチすればだれでも可能な、マインドボディヒーリングの全てだ。

 サーノ博士をはじめ、心身相関、心身合一のプロセスへの理解のヒントを提供して下さったすべての先人たちに感謝して。
 
-------------------
マインドボディヒーリングって結局何よ?って思ったら、こちらへどうぞ。
http://blog.livedoor.jp/shizentai_labo/archives/1125388.html

出張講座の開催希望、募集してます。
http://blog.livedoor.jp/shizentai_labo/archives/22038357.html
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2020年01月30日

夢と悪夢の狭間で

睦月六日 晴れ 於大子町

 20200130skyinwinter.jpg

 大学時代の畏友が関わる核融合実験炉事業で、世界最大級の超伝導コイルが世界で初めて完成したというニュースが届いた。
(そのニュース


 自分はこれまで、自然農、持続可能な社会、有限な資源、身体と心の自然体、をテーマを追い求めて暮らしてきた。大学時代に恩師から「環境問題(資源エネルギーと、環境汚染と、食糧問題と、人口問題)」への関心を植え付けてもらってから20年以上、資源リサイクル業界を経て、持続可能な身体と心と社会の在り方の小規模実践を実生活で試行錯誤しながら生きている。


 人類の技術の進化がもたらす、飛躍と悪夢。私たちは常に、そのバランスの上で生き続けている。どんな技術の発展がもたらされても、生活というレベルで言えば、その技術の活かされ方次第で私たちは幸にも不幸にもなれる。森林伐採、放置、気象変動、治水技術の課題が複合化しての水害ひとつとっても、人類の技術の進化による恩恵と不利益の混沌が浮かび上がってくるように、2020年現在の、現実社会が、その飛躍と悪夢を雄弁に物語っている。
 別なレイヤーで言えば、世界の課題解決は、技術が解決できる課題と、心が解決できる課題のバランスの狭間にあるとも言える。テクノロジーによって解決の光が見えることもあり、しかしどのように運用されても、「心のありよう」に沿っていなければ、表面上の解決だけにとどまってしまう。

 原子力発電が世界に登場した時も、過去の私たちは、夢と希望に胸を膨らませ、同時に懸念も抱いてきた。そして、それは確かに現実に、夢と希望ももたらし、また残念ながら、懸念通りの事態も起こっている。
 情報技術(インターネット、携帯電話)の登場でも同様に、手放しでスマホ最高!と言ってる場合ではなく、実際は夢と希望と懸念の事態の狭間にあり、その恩恵と不利益の同時性の中で私たちは生きている。


 核融合技術の登場で、きっと世界は変わるだろう。核分裂技術が登場して世界が変わったよう。いや、もしかしたらそれ以上に。

 だからこそ私たちは、夢も希望もいだいて良い。大いに、夢をみよう。であるなら、同時に、どうか、核融合への懸念を表明する人がいる限り、(それは核分裂が辿った歴史を決して繰り返してはならないからこそ、)その声に耳を傾けてほしい。反対勢力ではなく、ともに人類の持続可能な幸福性の実現を願う同士なのだから。


 「夢の実現」という言葉は、必ずその裏側に「悪夢の実現」が離れずに存在する。そんな懸念を、どうか一笑に付すことなく、進んでいってほしい。

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 耕さず(つまり農業機械に頼ることなく)
 農薬・肥料を用いず(つまり化学工業への依存もせず)
 人の力でできる範囲で行う(つまり大規模農業化も目指さない)
 農の在り方

 を楽しむ自然農に、核融合はいらない。近代医療をおおむね必要としない心身治癒法や自然療法にも、エアコンも冷蔵庫も使わない自然派生活にも、化学調味料や合成甘味料や大量生産食品に依存しない自給自足的生活にも、核融合は別にいらない。

 と同時に、電気を使い、車に乗り、インターネットに頼り、日本国家に安全保障や生活インフラを確保してもらっている生活者としては、核融合技術がもたらすこれからの「便利さ」(しつこいがその裏に不便さが隠れていることもお忘れなく)の恩恵を受けることになるだろう。

 だからこそ、

 ファーストファッションの背後にある、国際的な劣悪な労働環境の存在。
 食料自給率4割以下の暮らしの背後にある、世界規模の農業環境劣化や水不足問題。
 情報産業の発展の背後にある、レアメタル金属採掘にまつわる紛争や殺戮の事実。
 
 ゼロかイチではない。賛成か反対ではない。課題解決は、バランスの調整でしかない。だからこそ、自然農の徒を自覚しているからこそ、大好きな友人が誇りをもって取り組み、かつ世界の夢を背負っている事業であっても、懸念を持ち続けて観察していく義務を果たしていかなければならない。

 とか言いつつも、自分にできることは、飲み会で友人に、「核融合核融合チョーシに乗ってんじゃねーぞ!」と悪態をつくだけなんだけどね(笑)。これからも、変わることなく、ポジティブに、フレンドリーに、盛大に悪態をつき続けていきたい。


 最後になるが、ホントにおめでとう!! ワクワクとビクビクを同時に捧げる! これからも世界をよろしくね♪

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2020年01月05日

田舎籠り実践トレーニング

師走十一日 晴れ 於大子町

 あけましておめでとうございます。

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(今年も、おせち、手作りしました。市販加工品の購入ゼロ、合成添加物ゼロ♪)


 新暦(グレゴリオ暦)の年の瀬を過ぎ、大子町に家族で移ってから初めての正月を迎えた。およそ20年ぶりの、(しかも長女の小学校生活も含めて初めての冬休みでもある、)公式な年末年始休暇を家族で過ごし、明日からまた、週5勤務の暮らしへ戻る。


 昨年、3月に第4子の次男が生まれ、4月に茨城県最北の大子町(だいごまち)へ引越し、5月から地域おこし協力隊の活動が始まった。次男はもうすぐ9カ月となり、借家で始めた自然農畑はイノシシに食い散らかされ、家の一部屋の壁には薪ストーブの煙突用に穴が開けられた。家庭保育とホームスクールを続けてきた長女は、両親の複雑な想いを背負いながら(笑)学校に通い始め、出勤後に家に残った妻は、5歳3歳0歳の育ち盛りにマタドールのごとく立ち向かっている。私はと言えば、慣れない半公半農(実際には五公二農/一週間)生活に四苦八苦し、町から求められる「仕事」と三年契約の終了後に目指す「起業」との、絶妙なる舵取りができるはずもなく日々汗をかいている。


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(筑波大の箱根駅伝出場を祝い特別に実家でのTV観戦が許され、
 その午後、影響をモロに受けた子供らによる庭駅伝がスタート!)


 自然農も、自然体も、十分に楽しんでる、とは申しません。

 町から求められ、応じるべき職務の課題が山積はしており、できる限りの貢献はしたいし、している自覚もある。その中で、その範囲の中で、捻り出す時間の中での自然農の田畑、森のある暮らし、森羅万象に付随する自然体的なアプローチは、まあまあ楽しんでますよ。


 そもそも、人里離れて、週二〜三日くらい生計のたつ「仕事」や「人間関係」を手にして後は自然農とホームスクールと自給自足と自然育児と自然療法と心身治癒と古武術的身体操作とブッシュクラフトと(他にもたくさんあるはず)つまりは森羅万象への自然体的探求をしながら暮らしていきたいだけの我が家にとって、この三年間は、すべてがチャレンジであり、学びであり、トレーニングなのだ。

 一昨年前に、そういえば千葉県のいすみ市で過ごした"パーマカルチャーと平和道場"での暮らしは、「文化的サバイバルバケーション」と位置づけていた

 であるなら、昨年春から始まったこの三年間の半公半農の暮らしは、「田舎籠り実践トレーニング」とでも位置づけれようか。


 里山のある田舎地方での、生計の立て方、自給技術の習得、地元の方々とのコミュニケーション、地方特有の課題へのアプローチ、移住者ならではの貢献の在り方、etc...。仕事の全て、生活の全てが、これからの家族の日々に繋がっている。


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(昨年も自然農でお米を育てられたことに、ただただ感謝。)



 具体的に言えば、パブリックには、大子町が取り組む「森林セラピー」事業の推進と、町への移住定住の推進の為の、試行錯誤と実行。森林セラピーは、森林面積が八割を超える大子町での、森を活用した健康増進への取り組みをいかに前進させていくか。移住定住業務は、高齢化と過疎化が課題の町へ、新たな移住者を迎え入れるための取り組みをいかに前進させていくか。ともに、職責と個性を織り交ぜつつ、「自然派」「持続可能な暮らし」をテーマに移住を考える都市生活者へ、大子町がターゲットになるべくトライアル的に雑草屋の知見も種々取り入れての活動していこうと予定している。

 プライベートには、とはいえ半分公職の身としてはくっきりと切り分けることはできないのだが、変わらずに自然農的実践を継続することや、いわゆる「ひきこもり」関係の方々との交流、ドネーションスタイルでの心身治癒法(マインドボディヒーリング)の講座の開講、などを今年も続けていく。
 可能ならば昨年よりも増やしたいのは、自然育児、家庭保育、ホームスクーリング的な時間かな。極論、「仕事」は誰でもいつでも替えが効くし、人生でどのステージでも構わない。でも「子どもとの時間」は、今、この、数年間しか、本質的な意味での瞬間を味わうことができないのだから。本来は何よりも優先して取り組みたい、人生的課題として。

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(庭駅伝、みごとに長男がゴールをきめました!)


 それを踏まえて、パブリックな「お給料」をいただく身としての報酬に見合った貢献と、プライベートな「ビジョン」に耳を傾けて人生という駒をどう動かしていくかを、自然体で探求していきたい。

 世界平和、持続可能な暮らし、生きづらさを感じることの少ない社会。
 大げさでなく、ただこれだけを願って。
 楽しく、真剣に、想いのままに。

 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。


 脅されず、踊らされず、踊る
 交わって、味わって、群れず
 動じず、しびれて、死なず
 (故 秋野豊先生の言葉)


 ※お手紙します(12年前、個人的な秋野先生への想いを綴りました)



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2019年11月29日

精進ジャンク飯

霜月三日 晴れ 於大子(朝から氷点下)

★七ヵ月ぶりの更新(笑)★

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 田舎でグリーンな自然派生活。って言ったってビールが好きならジャンクフードも好き。

 今日は、仕事家事育児でフルに疲れてる夫婦で、どがーんとビールに合うメシを、なんか気合でこしらえた。

・自家製自然農サツマイモのフリット
・大子産ゴボウの醤油揚げ
・鶏もも肉と無農薬ピーマンと大子産玉ねぎのエスニック煮
・土鍋で炊いた十六穀米ごはん

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 で、うめーぞこんちくしょう!

 油は天然圧搾の菜種油、醤油は添加物無しの有機丸大豆、他に塩麹とか、魚と塩だけで作ってるナンプラーとか、色々こだわってはいる。けど、とにかく、ジャンク以外の何物でもないこの味付けと幸福感(笑)。

 アツアツ、サクサク、ホクホクを、ビール(「麦とホップ」で十分!)で流し込む。あー、自然派で良かった(笑)。

 ご馳走様でした〜〜♪


※我が家の、時々の、こうした自然食ベースの勢いがっつり系料理を、「精進ジャンク飯」として時々紹介しますね。


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茨城県北、大子町に移ってからの日々の雑草屋的暮らしについては、「雑草屋の嫁日記」Blogをご覧ください。当方の「毎日が自然農」Blogも、そろそろ、更新頻度を戻していけるようにします。

〜雑草屋の嫁日記より、最近の記事を紹介〜

『照り映える』11月23日

『稲刈り2019』11月17日

『【お気楽自然育児Vol.2】気軽に試そう「布おむつ」』11月12日

『なんとかかんとか』10月31日

『こぼれ落ちる日々』10月5日

『【お気楽自然育児Vol.1】春夏に楽しむ「おむつなし育児」10月3日

『野草を食べればいいじゃない』9月19日





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2019年04月18日

妄想公開(公私混同編)

弥生十四日 晴れ 於つくば

 まだ産後一カ月しか経ってはいないが、医療介入なしのお産の功もあり産後の回復が穏やかな妻の体調と、出まくりの母乳を惜しげなく飲んですくすくと育つ次男の様子を観て、外出する機会も増えてきた。

 この日はつくばに家族でお出かけし、自然育児の会(妻が2年前に代表を務めた縁もあり今でも参加している)の集まりにでたり、長男がお世話になった大好きな助産師さん(守谷助産院の白井先生)にご挨拶に伺ったりした。おまけに大好きなパン屋(関東で多分イチニに入る名店「ベッカライブロートツァイト」)で昼食を買い、馴染みのコーヒーショップ(これまた日本に名の知れた「コーヒーファクトリー」)で生豆の空袋をいただき、あとはつくばのマル秘スポットで「マテバシイ」の苗木も手に入れて、夜遅く大子に戻った。

 ああ、忘れていた。一人いすみ市に残って平和道場の友達の家で2週間お世話になった国内短期留学中の長女も、帰ってきた(笑)。(Sちゃん本当にありがとう!)


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<白井先生とご一緒に記念撮影♪>



 マイペースでもいいから、持続可能なライフスタイルを気に留めている人たち。人工的、機械的、産業的、大量生産大量消費的、な社会に何かしら違和感を感じて自然な在り方に耳を傾けようとしている人たち。人間の本来の健やかさって何だろうかと、育児や心身に関心を抱く人たち。そんな皆さんと幸いにもつくばやいすみの活動で交わり、ゆるりと繋がってきた時間。もちろん適度にひきこもりながら(我が家は夫婦ともに、適度にひきこもり体質を持っています)。それらは本当に財産なんだなーっと感じた一日だった。

 帰り道の車内、遊び疲れた(長女はきっと色んな疲れもあったよね)子どもたちの寝息を聞きながら、「心の栄養ってこういうことを言うんだよね〜」と夫婦でしみじみ振り返っていた。そして自ずと、これからの暮らしにも話が広がる。きっと大子でも、僕たちは変わらない。



 自然の恵みを損ない過ぎず、奪い過ぎず、頼り過ぎず、軽んじ過ぎず、ありがたく受け取る。そんな暮らしを生き方として続けたい。家族から、集落から、地域から。僕たちがそんな暮らしをしたいなら、そんな仲間が増えてくれたら楽しい。今日お会いしたような、今まで価値観を共有してこられたような皆が、この山と水の豊かな大子に、住んでくれたらいい。

 住んでくれるような魅力ある地域ってどんな場所だろうか。そんな場所に近づくにはどんな試みが考えられるだろうか。

◆例えば、護岸工事と生活排水の流出で川魚も住めないような小川を、また魚も小動物も豊かな川に戻すような試みとか。
 
◆例えば、増えすぎ(あるいは餌や生活環境が足りなさすぎ)て農業被害が深刻な野生動物の環境を、生活にジビエを取り入れたり森を再生して彼らの暮らせる森に戻すような試みとか。

◆例えば、大子のオーガニックや自然食やエコロジーを大事にする人(作る人も楽しむ人も)が集まって過ごして資源(モノ)も通貨(カネ)も循環する、ゆるやかなマーケットを定期開催するとか。

◆例えば、身体の調子を崩したら「医療機関に委ねないと大変なことになる」という不健全な健康常識を、森林などの自然に触れたり心身治癒の習慣を取り入れるだけで医者いらずの日常に変えられる機会を提供する、とか。(あ、これ5月からの職務の一部だ(笑)。)

 もっと小規模で考えれば、

◆5月からの活動で、週5日を妻と子供4人の時間となることへのちょっとの心配や負担を減らす試み。それなら保育園、とかじゃなくて、ギフトエコロジーWWOOFホームスクーリング平和道場を組み合わせた「雑草屋暮らしサポーター」みたいなのを募って、自然農×自然育児×心身治癒etc&一宿一飯が小松家からのギフト、暮らしや農作業や育児のお手伝いがサポーターからのギフト、で解消できないかな、とか。

 
201811dojoharvesting.jpg
 <こんな景色を>
thanks for the photo from Dojo



 そんなこんなを、もちろん地域おこし協力隊での活動とも重なりながら(僕自身の生活の多くの時間がそちらになるからね)、我が家の活動としてもできる範囲でやっていくうちに、ご近所も巻き込んだり、あるいはご近所の空き家に友達が、知り合いが、想いを共有できる誰かが少しずつ移り住んで、もっとワクワクするような集落になれたりするんじゃないかな、と妄想する深夜。大げさにあえて風呂敷を広げるなら、大子町の「ブラウンズフィールド」になれたらいいな(みたいな役目を担えたらいいな)、とかね♪


 新しい環境で大地に手足を動かしながら、今までのありがたい交わりを糧にしながら、時々訪れる味わい深い出会いに感謝しながら、やっぱり今の社会価値感のままで良いワケないから歩みはやめない!と、想いを新たにするのです。

 20190416ourhome.jpg
 <こんな景色と>



 みんな、いい場所一緒に作らない(笑)?!





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