注)記事の日付は太陰暦を用いております

2024年01月04日

正月に想う

霜月廿三日 晴れ@大子町

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 新年あけましておめでとうございます。

 生を受けて47回目、高校卒業し実家を離れてから29回目、大学卒業し勤めに出てから24回目、自然農の田畑を始めてから21回目、大子町に拠点を移してから5回目の正月を迎えた。いつの間にか、妻と子ども4人の6人家族に増え、ヤギは7頭、鶏は6羽、築150年を超える古民家と、裏の杉山、眼下の田畑と共に、数年先のことさえ考えずに日々暮らしている。

 
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<みんなで作った正月飾り>


 門松やしめ飾りを子どもたちと作り、お節を作り、初日を眺め、凧揚げしたりカルタしたり、穏やかに暮れと年明けを過ごし、そして、北陸の地震に驚き、心を痛める。それでも、だからこそ、自覚を深める。世の中の森羅万象は、不変のものは何一つなく、現在現時点を突き詰めれば、幸も不幸も、善も悪も、過不足もなく、自他が別であり一つであり、只今において十全でしかない。

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<お節は75%ほど自給自足>


 太陽太陰暦(新暦)の暦では年が変わったが、そもそも暦は世界各地で多種多様であったわけで、2024年1月1日に何か特別なものが切り替わったわけではない。しかし人類は、カレンダーを区切りやリセットとして日常的に設け、時の流れを感じると同時に、他人が存在する世界と自分の関係性を日々確認するきっかけに利用してきた。年賀状を交わし、SNSでコミュニケートし、顔を合わせて挨拶することで、過去からつながる今、宇宙にあまねく広がるこの空間を生きていることを実感しあっている。

 天災も、人災も、生も死も、苦も楽も、実は一人一人の人生のすぐ隣にある。であるからこそ、明日を願い、今年の四季を願い、自分の目の前の今日の手足を動かすこと、今の瞬間の心の安らぎに耳を傾けることに人生を費やしたい。そこに徹することで、その中心点から広がる家族、隣人、友人、生きとし生けるものへ、植物の根や菌糸が闊達に伸びていくように情愛が拡散していくことを願ってやまない。

 だからこそ、変わらずに、毎日が自然農な暮らしを、ただただ、続けていきます。土に触れ、草木を感じ、種を蒔き、生命に沿い、心身を十全に。今年も、天の計らいに導かれて、皆様とお会いできることを心から楽しみにしております。

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<毎朝の厳しい冷え込みを楽しみへ>


 令和6年1月4日 (旧暦 霜月廿三日)
 自然体研究家 兼 自然農百姓  小松(後藤)学

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2023年12月20日

自主スクーリング悶々記

霜月八日 晴れ @大子町

 ホームスクールを3年生まで続けてきている次女。通ってるスイミングや交流する同世代との話題で小学校の話が出てくるので、いよいよ学校行きたくなってきました。(我が家はもとから不登校ではなく積極的ホームスクールです。)

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<今年も家族で味噌づくり!>


 さて、シュタイナー教育に心惹かれ、「7歳までは夢の中」をモットーにカリキュラム無視で自由に育ってきてくれた(我が家では「したいなー教育」と呼びます♪)ので、漢字や九九の類は特に時間を取ってきてません。学校からは教科書やワークプリントが渡されていますが、遊びや読書や料理に比べたら面白いわけがないので一人では続きません。でも学校行くならやらないとなーと考えてるようで、いわゆる「お勉強」もしたいけど家だと弟チームに邪魔されて集中できない!

 という流れで、町の教育サポートで開かれている教育支援センターに通い始める運びになりました(昨日申し込み!)。そしたらマスク界隈に敏感な公的機関、町で増え始めた風邪の流行の影響で今日は休み。楽しみにしてた次女のしょんぼり顔とやる気にちょっと寄り添おうかなと、午前の野良活の予定を取り下げて、一緒に二人で図書館の自学スペースに来ました。

 渡されてるプリントワークの2年生の漢字プリントを1時間ほど。父親は向かいのテーブルで「シュタイナー教育を考える(子安美知子著)」の読書。なるほど、面白くて豊かな時間。漢字を書いたり、文章を書いたり時々絵を書いたり、それなりに1時間机に向かうと、手がつかれた〜と言ってヨガ的リラクゼーションを始めました。好きにしな、と告げると、階下に降りてナイチンゲールを読み始めました。まあそうだよね、そっちのほうが楽しいよね(笑)。

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<小1時間だけど、なんとも豊かな時間>


 長女は小4から通い始めた「学校教育」に肌があったようで中2の今では副会長に部長と、なんか適応しまくってますが、次女はさてどうなるか。

 こんな偶然の豊かな時間をきっかけに、いよいよ、ちゃんと、シュタイナー的人間観をベースにした、ゆるゆる自由教育フリースクールっぽい活動も、やっぱり始めるべきなのかなあ。こんな次女との時間を過ごせるなら、考えちゃうよね。次女の学びへの意欲&友達と過ごしたい時間&健やかさを育みたい親の想い、の融合点を希求していきたいなあ。

 つまりは、子どもの人生と親の人生の掛け算だもんね。

・大地を楽しむ、自然農&大地再生的な野良活の時間
・心身合一、身土不二の思想を素にした自然療法&心身治癒法の提供
・シュタイナー的人間観をベースにした、自然派自主教育
・「放置林、遊休農地、空き家の利用」×「生きづらさを感じる人たちが勇気を育む時間」の体験の場

 別々の事象のように見えつつも、完全に全てが調和して重なる。
 お金のことを心配せずに、集中させてもらえるなら、大子町でどっぷり、これらにフォーカスして取り組みたいよなあ。

 と、だんだん風呂敷が広がりすぎたのでまずは目の前。次女とのお勉強時間を毎日数時間とってみる作戦。あとは、方向性に共感してくれる、少数でもいいから交流できるホームスクール的ご家族とのご縁。それに加えて、家での自分の野良活時間と、好評いただき始めているレンタルまーちゃん的な家の外での稼ぎの時間と、バランスとるのが本当に難しいんだけども、せっかくワクワクが止まらないのだから始めてみるしかないよなー。

posted by 学 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 子どもと育つ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年12月04日

第一作品 納品報告

神無月廿二日 晴れ@つくばみらい市

 
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 『レンタルまーちゃん』、一品目が本日納品されました。大子町から130km離れたつくばみらい市のNさんからのご注文で、ご夫婦やお仲間と利用されている田畑での自然農&大地再生的お手入れ実習+使用中のビニルハウスの簡易的補修、な一日。最後に記念すべき最初のお客様として記念撮影してもらって、家路についた。

 大げさではなく、「ああ、こんな時間のためにも俺は生きてるんだなあ。生きててよかった!」と感じ入りながら軽トラをぶっ飛ばす。

 過ごした時間は、正味7時間。朝日が昇る前の霜に覆われた早朝に家を発ち、快晴の9時に到着。つくばエクスプレス沿線の都市開発の津波にポツンと取り残されたような駅から数km程度のエリアに、その田畑はあった。耕作放棄地で持ち主が手入れできていない農地を借りられて、ご友人たちと楽しまれている畑や田んぼ。そこに数棟並ぶ立派なビニルハウスの一番奥の一棟を、温室栽培エリア兼物置として利用されているのだが、入り口部の扉が部品の破損などで歪みがあり、いつも開け閉めに手間取っていたという。ビニルハウスは門外漢のご依頼ではあったが、農的DIYの範疇ではあったのでお受けし、ダメもとで応急処置的補修を試みることに。全員が不慣れな手つきの中、集まられたお仲間の皆さんと一緒に不具合のある扉を外し、ビニルを取り、構造をチェック。不具合の原因を観察し、補修部品購入や手法を一緒に考えていく。今日一日で終わらせずにご自分達でゆっくりと直す選択しも提案しつつ、皆さんと相談の上、近所の資材店で代替品を購入し設置することを決定。しかしながら資材店では同じサイズの代替品は探し求めることができず、悩んだ末に少しだけ幅の短いパイプ扉を購入。備品も含め、それでも概そで事前に計算していた予算には収まり、そっと胸をなでおろす。(何せビニルハウスの扉を外すのも購入するのも私にとっても初めてなのだから(笑)!)

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 畑に戻り、サイズの小さい扉と接続部を重ねてみる。合わないし、くっつけられない(笑)。さあ大変だ。皆さんには悟られないように頭をフル回転させる。なんとかこの午前中で終わらせないと、田畑での自然農実習の時間が無くなってしまう。おそらく、意識下無意識下の小松学の脳みそ貯金残高の全量を駆使していた。どうすればこのイレギュラーサイズのパイプ扉を既存のハウス入り口部の取り付けが可能なのか。手を動かし、目を動かし、みんなが昼食の用意を始めた隙にあれやこれやを試行錯誤する。幸運なことにその場に転がっていたありものの資材をひと工夫ふた工夫して何とか着工し、これでイケるはず!と鼻息が荒くなる。

 焦げ付きそうな脳みそCPUの状況がバレたかのは分からないが、Nさんからお昼の小休止を促され、味わい満点の具だくさんお味噌汁と焼き餅の野原ランチをご馳走になる。気が付くと、雲一つない初冬の青空。草に腰掛け、カセットコンロで温めてくださったランチを食べながら、移住話や田舎事情などあれやこれやで話も弾む。談笑に後ろ髪を引かれつつも、気持ちは見通しはついたものの内心ではまだソワソワしているハウス扉へ。さあ逃げられないぞ、と心を決め、紙皿を片付け、ハウスへ戻った。

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 詳細はともかく、かくして、最後はみんなで力を合わせて扉の設置、ビニルの張り直し、部品の取り付けも完了!火事場的応急処置修繕は無事、オーダー時のリクエスト基準を満たすことができたのでした。拍手(笑)! あー、自然農的右往左往を20年続けててよかった!なのでありました。

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 ハウスを後にした一行は、夕方が差し迫る中、別の畑へ移動。自然農を今年の6月から始められた農地へ向かう。一般的な慣行農を続けられていた農地が耕作放棄されていた場所を借りられてスタートさせた畑であり、杭を差し込んでみると15p程でカチカチの層に突き当たる。でも大丈夫。土の中で起きていること、自然農のフィールドでこれから起きる微生物と植物たちの土壌を舞台としたファンタジックな未来をお伝えする。そして鎌一本鍬一本スコップ一つで今すぐできる、大地に菌類を増やし、植物の根が土中に張り巡らされ、まるで微生物たちの放牧場のような畑に育っていく手入れをスタートさせていく。大人も子どもも、野良道具を手に持ち、大子で作って運んだ竹炭や、地元で集めておいてくださった落ち葉を振り撒き、土を鍬で動かし畝を作り、刈り草を戻し敷く。たったそれだけで、微生物と植物と人間が共存していける農的フィールドが動き始める。用意が整ったら、種を降ろすだけ。自然界と人間界の絶妙な関係性のあり方に想いを広げ、リアルに手足を動かし、気持ちを乗せ、具体的にイメージを描く。そのらせん状のポジティブフィードバックの輪を現実化していくのは、実に容易いのだ。そんなこんなを、時間にしたら数十分から1時間ちょっとだったけれど、みんなで共有して過ごせたことの喜び。しみじみ。 ああ、これも、毎日が自然農な暮らしを20年続けてきて良かった〜、なのでありました。

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 帰宅後にNさんから、「よいお買い物ができて光栄に思います!!お得意様になりたいです」とのメッセージが入る。毎度ありがとうございます。であり、おかげさまでこちらこそ素敵な一日を過ごすことができました。である。そんなこんなで、八方良しな要素のみで構成されたと言っても過言ではない、1日を終えたのだった。

・ ・ ・

 『レンタルまーちゃん』は、事前振込(後日商品提供)、ドネーション、現物供与、などなど、どんな形でも大歓迎しております。皆さんの自由な発想、自由な想い、自由な愛を、雑草屋を通してフロー(流れ)してください。どんな申し出でも、その瞬間から世界の豊かさにつながっていることを確信しています。

 いやー、現時点で、これ結構、革命的な商品じゃないか?と筆を走らせてみた夜。

2023年11月28日

レンタルまーちゃん スタート!

神無月十六日 晴れ

 この1年、開催してきたポスト資本主義合宿、第五回目も終了。
お金でしか動けなくなっている世界の窮屈さを時に深刻に語り、時に軽やかに笑い飛ばし、より普遍的な「豊かさ」への旅路を参加者とともに探求する時間を過ごす。

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<合宿での自然食の夕餉。無添加、ギフト、自然農の詰め合わせ♪>


 その最終盤、これからの「マイ・ポスト資本主義(資本主義偏重の世の中から抜け出せるように自分ができる取り組み)」を共有しようという時間になったのだが、唐突に、真逆の気づきが頭に浮かんで離れない。

 「年末の家賃支払いと年末年始の現金がヤバい(笑)!!!」
 「だって今年人差し指を切り落とす大けがして、お金摘み(現金の狩猟採集)に行けなかったじゃん(涙)!!」

 「ポスト資本主義合宿」を満喫しつつ直面した、今そこにある現実。

 ということで、普段は金融資本からの楽しい離脱を実践している我が家に訪れた金融危機、を切り抜けるべく、そして皆さんからの熱い応援をいただきたく、雑草屋の【期間限定】新商品を開発しました!♪!

 その名も
 『レンタルまーちゃん』!!

 雑草屋、自然体研究家として20数年間、蓄積発酵濃縮してきた小松学の人的資産すべてが商品。いざ出張レンタルをスタートさせます。

 1日7時間(おおよそ9時〜16時)、1万円ぽっきり(交通費別途実費)。
 オンラインの場合は、1時間1500円から。

 下記メニューから自由に組み合わせてお申し込みください!

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※1 時間はあくまでも目安です。増減はご了承ください。
※2 事前にメールやオンラインにて日程や内容詳細の打ち合わせミーティングをしてからのお申し込みとなります。
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『レンタルまーちゃん』メニューリスト

(★=オンライン可能)

自然農相談、実践アドバイス 【4時間〜】
 ※参考URL 「自然農=RPG論

マインドボディヒーリング(心身治癒法)講座 【4時間〜】
 ※参考URL 「マインドボディヒーリングとは

お庭や畑の環境再生(初歩的な土中環境・大地の再生風)相談、実作業 【4時間〜】
 ※参考URL 「古い家を「大地再生」で快適に!〜水路の手入れ〜

古武術的ボディワーク(日常動作への応用可能)【2時間〜】
 ※参考URL 「古武術百姓を目指す会

ポスト資本主義経済のお話(里山的実践編)【2時間〜】
 ※参考URL 「ポスト資本主義合宿

ヤギの飼い方 【1時間〜】
 ※参考URL 「子ヤギ誕生!(妻のBlogから)」

田舎暮らし移住のお話 【2時間〜】
 ※参考URL 「田舎籠り実践トレーニング

自宅出産のお話 【1時間〜】
 ※参考URL 「プライベート出産期(妻のBlogから)」

自然育児的ホームスクール、家庭保育のお話 【2時間〜】
 ※参考URL 「"したいなー教育"のススメ

森のセラピーガイド 【3時間〜】
 ※参考URL 「森のセラピー開催

ひきこもり、不登校相談 【2時間〜】
 ※参考URL 「こうみえて・ひきこもり・ジェラシー

ベーシックエンカウンター的ファシリテーション 【3時間〜】
 ※参考URL 「話す・聴く・気づきのワークショップ

初級的マインドフルネス瞑想 【2時間〜】
 ※参考URL 「プチ・マインドフルネス体験会

野原でできるアメリカインディアン的瞑想(初級編)【2時間〜】
 ※参考URL 「感覚瞑想をしてみよう」(友人のBlogから)

耐火煉瓦でできる簡易ロケットストーブ・簡易釜戸づくり(材料費別途) 【4時間〜】
 ※参考URL 「ロケットストーブで屋根裏を燻す

一日一食、裸睡眠、素足草履、風呂無し生活、など各種健康法 【1時間〜】
 ※参考URL 「体質改善PJ

簡易バイオトイレ(ノグソ式、コンポストトイレ式)作成 【1日】
 ※参考URL 「簡易バイオトイレ実習のご報告

お散歩したり雑談したりお食事したり(人生相談可)【何時間でも】

外国の歌(曲)に日本語の意訳・創作歌詞を作る 【1曲1万円】

第一作品目の納品レポートはこちらから! (2023/12/04 更新)


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 お申し込み方法は、
 ▼直接メール(komatsu@zassouya.com)※@は半角へ変換
 あるいは
 ▼Facebookのメッセンジャー(https://www.facebook.com/manabu.komatsu.9
 まで!

 双方の豊かさを等価交換できる、またとないチャンスをどうぞお楽しみください♪

 Let's help us!

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<自然農の畑で育つ大根の美しさ!>


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<暮らしの中に瞑想的時間のある日々>


2023年05月21日

リアルライブミュージック

卯月二日 晴れ時々曇り

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 ケヤキの大木の木陰の下。
 シタールの調べ、ギターの奏で。
 子どもたちに沁み込む、一生に一度のバイブレーション。

 スマホもYoutubeもテレビもスピーカーも日常にない日々を過ごす子どもの耳へ届く、本物の楽器から産みだされる空気の振動。リアルライブミュージック。魂を揺さぶり、身体の記憶へ浸透していく。

 集落を流れる小川にそってそよぐ風の音、森に暮らす鳥の声、草に隠れる虫の声。築150年を超える古民家のある里山に移り、森を調え、種を蒔き、草を刈り、火を起こす暮らし。そんな景色がBGMになる。ケヤキの木陰がステージになる。

 音に対する真摯な感性を携えたゲストが、そのBGMを楽しみ、そこにシタールとギターのインプロビゼーションを乗せる。

 思わず二人に、「演奏を聴いていて、僕たちの暮らしを心から誇りに思った」と伝えていた。記録しても決して再現できない、一生に一度の生の記憶。子どもたちの身体に、深く深く、刻み込まれますように。

 ありがとう。けんくん、トミー。
 ありがとう。今日のコンサートに居てくれたみんな。
 ありがとう。生きとし生けるものすべての十全さ。

※ほんの少しだけでも、おすそ分け
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 https://youtu.be/DrvzH7JNr_g
posted by 学 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 友と共に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月04日

花粉症と踊ろう

如月十三日 晴れ

 三寒四温で零下5度以下の朝と日中15度を行き来する大子町にも、春はいそいそと育ってきている。

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<次男を的ちゃんが乗せて走る!>


 一昨日、昨日、今日と、日本に黄色き春の恵みが飛来しているらしく、元・重度の花粉症キャリアの私は、なかなか楽しみの深い三日を過ごしている。一昨日、鼻水だらだら&クシャミ連発に負けた一日。昨日、くしゃみ鼻水はコントロール下だが、目のかゆみとぼんやり感は継続。そして今日、症状ゼロではないが、花粉症としてのツラサ・苦しさは限りなく無く、快調。これ全て、脳の中の認識が変わっただけの変化である。

 大前提として、11歳から40歳くらいまで、1月から4月はマスク必須の日常。鼻水、目のかゆみ、クシャミ、頭のぼんやり感、花粉への恐怖心、に心から苦しめられてきた。受験シーズンの頃は、薬も治療もフル活用して、息も絶え絶えに乗り越えたことを覚えている。(受験をことごとく失敗し、母校に辛うじて救われたことは全て花粉のせいにしています(笑)。)自然農を20代半ばから始めた後も、2月の田畑の準備、3月のジャガイモ植え、4月の作業ラッシュを、防塵マスク、花粉防止ゴーグル、アイボン、鼻うがい、○○茶(流行りの効能茶)と、まるで戦時下のように必死で乗り越えていた。体験農園を始業してからは、参加者の皆さんとお話しする時だけマスクをずらしていたことも、今となっては良き思い出。

 さて、その後、今から8年前にマインドボディヒーリング(サーノ博士のTMS理論をベースとした心身相関メカニズムに基づいた、症状改善プログラム)を始めてから、ノーマスクどころかゼロ対策での春満喫の日々を送るようになり、人様にその体験を踏まえて伝えてきた。

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<8年前は俺が次女を乗せて♪>



 結論から言うと、

 ●花粉症は、薬なしで改善する
 ●ただ、症状をゼロにすることが目的ではない
 ●症状がなぜ出てるのかを理解して、自分なりにどうそれを乗りこなすか
 ●結果、花粉に左右される苦しみが激減する

 そのことを、改めて再認識した日々であった。

 これらの三日間のあれやこれやを、自然体研究所メンバーの的ちゃんや、古武術百姓の会に参加してくださったOさんと話し、意見交換し、さらに理解と実践を重ねての今日の現時点での到達点。

『どんだけ花粉飛んでても、症状の苦しさとは関係ない。花粉に反応する自分を受け入れ、その反応の理由が無意識下のストレス感情であることに気づき、抵抗せず、観察し、待つ。ただそれだけで、クシャミの連発も、鼻水地獄も、掻き毟りたくなる目のかゆみも、遠く薄れていく。』


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 <3人とも花粉症、杉の木の下でノーマスク談笑♪>



さああなたも、こっちにおいでよ〜♪

※2024年1月時点情報※
今年の1月〜3月にかけて、集中開催を予定しております。
Facebookの自然体研究所ページをご参照ください!
※※※※※※※※※※

蛇足ながら、過去(2006年)の私はこんな記事を書いてました♪(わかい!!)
↓ ↓ ↓
【憎い奴】(毎日が自然農より)
 ⇒ http://104.seesaa.net/article/13530845.html


 

最後に、サーノ博士の書籍の一部を引用(加筆・修正あり)します。

==「サーノ博士のヒーリング・バック・ペイン」より=====

アレルギー疾患は心が原因があって発症したものがあると考えている。そういうと、いつも同じ返事が返ってくる。「まさか。花粉症の原因は、花粉やほこり、カビじゃありませんか。緊張が原因で起こるわけがありません」しかし、花粉の飛び散る原っぱに10人が10人ともくしゃみをしはじめるわけではない。アレルギーのあるものだけがくしゃみをする。ではアレルギーか、アレルギーでないかの違いは何だろう?前者の場合、緊張の影響、つまり本書のテーマである抑圧された感情の影響で、免疫系が過剰反応しているのだ。この事実は、患者を治療していると、ときどきどころか、頻繁に確認できる。花粉症はTMS(心身性症候群)であり、他の症状(腰痛や頭痛など)と同じ方法で消すことができるということを教育プログラムで教えられている患者の場合、本当に花粉症も消えてしまう。

ある方がグループミーティングで報告した。十七年間、秋になると花粉症で苦しんだのに、今年は平気だったという。「教えられたことをしっかり頭に入れておいたのです。本当に奇跡かと思いました。この秋には全く花粉症の気配もなかったのですから」

わたし(サーノ博士)も、ずっと以前から猫アレルギーがある。猫がいるかどうか知らないまま、よその家に入り、目がかゆくなりはじめるときがある。たいてい何も考えないで目をこすってしまうのだが、そのうち、子猫が部屋に入ってきたりすると、「なんだ、目がかゆいのはこのせいか」と思う。そして、かゆみは消える。なぜこうなるかというと、わたしには自分のアレルギー性鼻炎と結膜炎が、心に緊張が生じたせいであるとわかっているからだ。なぜそういう症状が起きるのかわかっていれば、症状を起こす意味がなくなるために、症状は消えるのだ。』

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posted by 学 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体を見つめる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月08日

持続可能性を塗る

神無月十五日 満月(皆既月食) 晴れ

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<土壁内部の竹小舞をライトアップ>


 この2週間ほど、土壁を塗りながら、土壁の永続性について想いを巡らす。

 土壁は、微生物と稲藁と泥土が育む、完璧に再生可能な建設資材だ。崩れても、壊し、潰し、また稲藁と水を混ぜて捏ねて発酵させれば、また塗って壁に復活する。芯材としての竹小舞は、木材と割った竹と縄(藁縄やシュロ縄)で編む。水と土と植物と菌類が建材を構成し、動物としての人間が塗って完成する。地球上のおおよそ全ての構成成分で出来ており、そして永遠に作り直し続けられる存在なのだ。

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<3月、崩れていた土壁を「きちんと」壊し>

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<分別し、水と藁を混ぜ練り直し、発酵を待つ>


 いわゆる、「持続可能性」とは何なのだろうか?それは、『今の状態がずっと続くこと』ではない、ということを明確に理解したほうがよい。自然界は持続可能性を結果的に内部に包み込んでいるのであるが、実はその持続可能性とは、福岡伸一氏の言葉を借りれば「動的平衡」な持続可能性である。動的平衡とは、常に壊しながら生み続けていることで「状態」が継続していく様であり、言い換えれば、「壊れる」プロセスが無ければ「持続性」が維持できないことも意味している。

 コンクリートは、硬化すると、元(セメントと水と砂利)の姿には戻らない。不可逆的であり、壊れたコンクリートは、再びコンクリートとして利用することができない。その意味で、コンクリートは決して持続可能な物質ではない。土壁は、とにかく何度でも壊れ、固まり、壊れ、固まる。人と技術が寄り添う限り、何度でも、何度でも、繰り返し繰り返し、壁になり、人と育み、そして壊れ、また壁に戻る。

 ああ、なんという可塑性であろう。僕はこの可塑的であり、持続可能的であり、破壊と再生を繰り返す動的平衡な営みを愛して止まないのだ。世の中に、真に持続可能なものがあるとすれば、それはこの「土壁性」なのではないかとすら思う。

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<練り直して8か月後、壁土も頃合い>

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<土壁内部の構造体、竹小舞を編み直す>

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<あとは塗り、塗り、塗る。>


 この2週間、土壁を友人たちと塗りながら、ある時は作業中の瞑想性に感心し、ある時はその可塑性から「結婚観」や「資本主義の限界」に話が及び、夢中になって壁塗りを楽しんでいる。

 大自然の恵みにほんの少し手間暇を加えるだけで、住まいが調い、哲学を楽しみ、世界の来し方行く末に想いを馳せる時間が訪れる。なんという喜び、なんという幸福。

 この壁が塗り終わったら、友人の粘土質の畑から土を分けてもらい、今年育った自然農の稲藁を混ぜ込み、発酵させ、来年の壁土を仕込むことに決めた。塗る場所は決まってないが、どこでもいいから、塗りたくなっている。さて、次はどんな持続可能を楽しもうか(笑)。


※土壁塗りに関して、こちらのサイトに大変お世話になりました。
 『【図解】土壁のつくりかた!+メリット・デメリット』
http://landschaft.jp/2017/05/10/%e3%80%90%e5%9b%b3%e8%a7%a3%e3%80%91%e5%9c%9f%e5%a3%81%e3%81%ae%e3%81%a4%e3%81%8f%e3%82%8a%e3%81%8b%e3%81%9f%ef%bc%81%ef%bc%8b%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%bb%e3%83%87%e3%83%a1%e3%83%aa/




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2022年07月20日

7月20日

水無月廿二日 晴れ

 「いま起こっていることに目を閉じれば、そのものの内なる歴史は腐敗し始め、過去に関する探索をやめれば、そのものの『今日』そして『明日』を見つめる目は、その輝きを失うのである。」(秋野豊『STUDENTS』 第244号、1989年)

 (※学部の先輩のSNSの投稿よりお借りいたしました。Iさんありがとうございます。) 


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 昨日、草刈り途中にノコギリ鎌で親指の爪の先と指先を1mmほど削ぎ落とし負傷し、迎えた7月20日。秋野豊先生の命日。

 毎年、直前までなんとなく覚えていて、いつも当日は忘れてしまいます、先生。

 今日は、指の負傷を言い訳に、午前中は3歳の次男を連れて軽自動車を往復120q程走らせて、古民家リフォームに使う照明器具類を祖母が暮らしていた空き家から取ってきました。大地を感じて移動する。それを背中で教えてくれたのは先生だったような気がしています。夏の風を窓を全開にして取り込み、山あいを急カーブに身体を預けて抜けていくドライブで次男はいつしか寝てしまいましたが、一人、先生のバイクを思い出しながら運転していました。

 古びた祖父母の照明器具を掃除して、家の壊れた配線をペンチで切ったりテープで繋いだりしながら、なんとか子どもたちの目の前で灯りの取り付けを澄まし、父の尊厳を保つことはできました。この、自分で直して取り付ける、みたいな喜びも、大地的というか肉体的な学問のような気がしています。ペンチを握りしめながら、タジキスタンの地で豆をペンチで潰して淹れたコーヒーを飲んでいる先生の姿も、想いうかべていました。

 夕方、傷も少し癒えてきて、妻や手伝いに来てくれた20代の友人(筑波大の後輩です!)と一緒に畑で大豆を蒔く準備を進め、日が暮れるころに子どもたちと一緒にヤギとニワトリの世話をして、薪調理で適当にパスタ山盛りの夕飯を作りました。信念に基づいて身体を動かしたあと、存分に飯を食う。その喜びを、寿司屋やお好み焼き屋に連れて行ってくれて教えてくれたのも先生です。

 子どもを寝かしつけた後、先生の命日も知らせずにいた妻が偶然、野菜の梱包や薪ストーブ用にもらってきている新聞の記事を拾い読みしながら、憲法改正や地域紛争や国際政治の話題を僕に投げてくれました。母として、女性としての命の根源的な平和を希求する妻の素朴な投げかけに対して、僕は、学生当時のままのつたない国際感覚で、最低限度の軍備の必要悪や軍需産業の存在、地政学的紛争の背景などを、絞り出すように話してみました。こうして夫婦で、何気なく、国際政治や平和、紛争、持続可能社会について会話ができることの喜び、平和の尊さを、缶ビールを片手に噛みしめています。

 明日は、朝5時に起きて、ジャガイモ掘りです。ジャガイモが掘り終わったら、ひたすら大豆を蒔くのでしょう。こうした日々が、原始的な平和活動なのだと自分に言い聞かせて、そろそろ布団にもぐることにします。

 先生、おやすみなさい。僕ももうすぐ、あと2年で48歳。先生に追いついてしまうんですね。2年後も変わらず、胸張って、種蒔く日々を過ごしていると思います。乱筆乱文、失礼しました。

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★秋野先生についての参考URL
 https://www.htb.co.jp/vision/tsubame/story.html

☆秋野先生についての過去記事
【七回忌】(2004年07月21日)
【7月1日に生まれた男】(2008年07月01日)
【お手紙します】(2008年07月20日)
ラベル:秋野豊
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2022年07月15日

ノラカツのススメ

水無月十七日 曇りときどき雨@大子町

 野良活、のらかつ。

 農作業でも、野良仕事でもなく、ノラカツ。

 月のうち、二十日以上は田畑や森で過ごしているのだが、どうしてもその時間を、「作業」とか「仕事」という言葉で表現することに抵抗があった。

 確かに、田植えをし、草刈りをし、大豆を蒔き、森に入り、木を切り、土を掘ったりしている。それは、誰が見ても農作業だし、あるいは野良仕事かもしれない。だけどなんか違うんだよなあ。例えそれでお金をいただいていたとしても、それでも、仕事とも、作業とも違う、何かしらの違和感がずっとあった。

 どこかしらで、誰かしらと集まり、畑で草を刈ったり森で竹を切ったりするときに、「では今から作業をスタートしましょう」という言葉を使うのに、ずっと抵抗があった。作業ってさ、やらされ感、タスク感、重い腰あげる感があるじゃない? それを、やる前から言葉にするのがイヤなのよ。自然農の田畑に出る時(特に他の誰かをお誘いする時)って、もっとこう、ウキウキして、ワクワクして、あー草に包まれてる!っていう時間に招待する感じで声かけたいんだよね。

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 <田植えはまさに、ワクワクウキウキ(^^♪>

 自然農の畑で作物のお世話をする時間に、どんな意味があるのかを考えてみると、そのことが少し伝わるかもしれない。例えばキュウリの苗の周りの雑草を抑えるために雑草の草刈りをする時、私たちにとってどんな時間が訪れているだろうか。

 まずは、草刈りをすることで、キュウリの株の生育を確保することができ、今後の成果として、キュウリを実を収穫することができる。これはまず第一に訪れるべき、目的に近づくという意味の「達成感」や「満足」だ。

 それだけではない。草刈りで発生するフィトンチッドを体内に取り入れることによる「リフレッシュ効果」。緑に包まれ新鮮な酸素を浴びて訪れる「リラクゼーション効果」。植物や土に触れることでアーシングされる「ヒーリング効果」。暑い日差しの中で発汗と共に身体を動かすことによる「フィットネス効果」。

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 <これに勝るヒーリング効果あります?>


 さらに付け加えるならば、黙々と草刈りを続けることで訪れる「瞑想的時間」。農薬肥料なしで育つキュウリを目にしながら思索する、「草とは何か?人とは何か?生きるとは何か?」という「哲学的時間」。草刈りをしつつも刈った草を土に敷くことで土壌の環境に配慮したり、あるいは虫の居場所を確保するように一列おきに草刈りしたりすることで間接的に提供する「環境への貢献」。

 あげればきりがないが、ただのキュウリの周りの下草刈りという「農作業」「野良仕事」でありながら、そこにあるのは、自分も自然もキュウリも喜ぶ、パーフェクトアクティビティなのである。

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 <庭木のスモモを食す時間も最高のグルメ>

 私はもう、この時間を仕事や作業と呼ぶことができない(笑)。

 あえて言うなら、子どもたちがただただ屋外で大解放のもとで楽しみまくる「野良あそび」になぞらえて、「野良活」「ノラカツ」と言うことに決めたのだ。なんなら、田畑や森で過ごす時間を野良活セラピーⓇとか野良活リトリートⓇで売り出したろうか(笑)。


 横道に逸れたけど、自然農や、大地再生(※)の時間は、作業でもないし、仕事でもない、野良活なんです♪ さああなたも、雑草屋と一緒に、レッツノラカツ!

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 <まあこれも一つの野良活か?違うか!>



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※『大地再生』とは:矢野友則氏の「大地の再生」の考え方、高田宏臣氏の「土中環境」の考え方を共に取り入れた、ごくごく個人的な里山再生活動を意味しています。

参考URL
『「大地の再生」について』 https://daichisaisei.net/#about
『見えない世界を見る力 ー 土中環境への旅』 https://chikyumori.org/2022/04/04/dochu01/
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2022年04月23日

春爛漫、四方山話

弥生廿三日 晴れ於大子町

 Blogとして、久しぶりにキーボードをたたいている。2022年4月、築154年の100畳古民家に一家で引っ越した。昨年から、自然農の畑、田んぼの開墾、裏の杉山の手入れ、古民家の天井裏の掃除、家の改修を少しずつ進め、妻と子ども4人、ヤギ3頭、鶏5羽、他にもブルーベリーや果樹類の移植、様々の芋類なども含めて、一家丸ごと&農園の大引っ越しをこの春に終わらせての今、心と身体が喜びと悲鳴に包まれている。

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<茨城県久慈郡大子町中郷集落へ>

 さーて、何を書こうかねえ(笑)。

 久しぶり過ぎてなんか恥ずかしくて、だらだらと書いてみようと思う。私は、文章家ではない。だが20代、30代の頃はSNSの代わりに毎日のように想いを文章化し、投稿していた。

 そうそう、さっき久しぶりにブックマークの整理をしようとフォルダを開き「友人HP」の一覧を開いていたら、大学時代、社会人時代の友人のBlogの殆どが、消滅か10年以上更新が途絶えていた。猫も杓子もBlogしてたもんね。楽しかったよねなんか。更新が途絶えているBlogって、たまに開いたアルバムの写真みたいで、大した記憶でもないけどただただ触れるだけでノスタルジーな存在。あってもなくても同じような存在でもあり、あるだけで遺跡のような存在でもある。

 そこに今さらしがみついているわけでもないけど、自分はBlogを続けようと思っている。(ほぼ1年更新してなかったが。)なんでだろう?文章家ではないけど、発信者ではいたいのだろうか。発信は、確かにしている。ここ半年ほど、ここ大子町で活動している「自然体研究所」での里山古民家再生ウィークで、同志のまとちゃんと密度濃く過ごしてきた。あるいは、取手市で昨年スタートした「畑からつながるコミュニティ」で自然農の講師として招いていただき、大人世代と子ども世代が生き生きと集まって過ごす時間に混ぜてもらえることになった。その中で、里山フィールドやコミュニティに参加してくださった皆さんに対して、自然農や大地の再生や古民家修繕などを一緒に作業しながら、常に発信してきた。自分の内部にある、満ちたものあるいは満ちそうなもの、あるいは芽生えたものを、自分の言葉で他者と共有することが発信なのだとしたら、私は、やはり発信者なのだと思う。


 そうか、という面では、20代の頃からそんなに変わっていない気がする。変わった点があるとしたら、20代の発信は、芽生えたもの、芽生えつつあるものや同時進行的な想いも、満ちたものとしてのアーカイブ的な記事も、気にせずとにかくBlogに綴っていた。今はきっと、泡沫(うたかた)性や同時進行的存在の強いSNS(Facebook)への投稿ばかりになってしまっていて、そうではない、遺跡性や非連続的存在としてのBlogからなぜか腰が重くなってしまっているのだ。本当は、Blogに、ノスタルジックなシンパシーを感じているにもかかわらず。

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<桜満開、笑顔満開>

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<庭が快適なので青空ランチの日々♪>



 さて、引っ越しを終えて3週間が過ぎ、喜びを嚙みしめている真っ只中。身体に悲鳴が上がった。はい、ぎっくり腰ですよぎっくり腰。まあ従来に比べたらソフトなやつ。ギクッ!!!!という魔女の一撃というよりは、チクリ、、、、、ズキーン!という、変化球。実は数日前からも、虫に刺された手足と腹部に蕁麻疹のような湿疹が広がる症状が出ていて、無意識ストレスの蓄積を把握はしていた。それをあれやこれやと言い訳をつけて向き合うことをせずにいたら、草刈り作業中に、気づいた時にはチクリに襲われていた。そして、痛みはおさまらず、翌日、翌々日と、立てていた予定をキャンセルして家でうだうだと静養することとなった。湿疹とぎっくり腰になんの関係があるの?と思う方は、こちらのマインドボディヒーリングの記事をご参照ください。

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<家の裏を楽しく環境改善中!>


 そう、私は、休みたがっていた。

 引っ越し準備が本格化してからほぼほぼ一か月、なんだかんだと休みという休みもなく、ひたすらに身体を動かし、来客対応も接客仕事も断続的に延々とこなし、自分の心はとにかく、休みたがっていた。それがゆえの湿疹であり、それでも休まないこの心に、最後通告としての、ぎっくり腰のプレゼントなのだ。

 なんという、完璧なメカニズム。なんという完璧なプログラム。

 心も、身体も、自分はまだまだ壊れていない。壊れていないからこその、湿疹であり、ぎっくり腰。そこまで発症してくれたからこその休養、そして、あっという間の治癒。傷めて動けなかった腰が、48時間で元に戻る、これもまた完璧なメカニズム。(湿疹は苦手分野なのでまだしばらく続きそうだけど。)


 明日は田んぼの種まき。明日からもまた、休みたいけど休みたくない日々であり、野良仕事も探求も山盛りの里山Days。自然界は完璧だし、人間界も完璧だし最高だけど、その合間に合間に訪れるバランスを欠いた出来事に十全に対応していけるように、これからも発信を続けていこうと思う。

 
posted by 学 at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする