注)記事の日付は太陰暦を用いております

2016年12月09日

マインドボディヒーリング 【花粉症編@】

霜月十一日 晴れ

 花粉症を、自身のストレスを意識することで変化させていくことができる。
と言ったら、花粉症のあなたは怒るでしょうか。

 医療従事者ではない私が、治るとか、治せる、とかいう言葉は、たぶん薬事法のようなものに抵触するので書けませんが、自分としては胸を張ってオススメできる方法があります。しかも、薬とか、食品とか、ヨガとか、健康法とかではなく、ただ話を聞くか、本を読んで、自分で実践する、ただそれだけ。

 少なくとも、花粉症の症状を、以前よりも変化させることは、可能です。

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 それは1冊の本との出会いから始まりました。2年前の夏、急性のぎっくり腰に襲われた私が、治癒の為に手にした「サーノ博士のヒーリングバックペイン」。腰痛に始まる、ある類いの身体症状は、深層心理的なストレス負荷によって引き起こされる、という極めてシンプルなメッセージで一貫されたその本は、私の腰痛を10日前後で解消させ、それ以降の大まかな身体症状を、サーノ博士の理論に基づいて克服してきました。
 腰痛、寝違え、ヘルペス、花粉症、胃痛、偏頭痛、などなど。私の効果に魅入られた妻も、自身の歯痛、眩暈、腰痛、肩こり、などに応用させて、症状の変化を楽しんでます。

 本当は、本丸の「腰痛」からスタートさせたいところですが、腰の症状はいろいろと厄介な分野でもあるので、いわゆる「生活習慣」的な要素も多分に関連している、花粉症をテーマに勉強会をスタートさせることにしました。


【花粉症対策としてのマインドボディヒーリング講座】


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と き  :12月19日(月)18時30分〜20時30分
※以降、毎月2回ほどの開催を予定※

と こ ろ :竹園交流センター 小会議室2
(茨城県つくば市竹園3−19−2)

参 加 費 :500円(会場代・資料代として)
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12月下旬から春までの、月2回ほどの公開講座です。
簡単なストレスチェックから始まり、日常生活における自分の心の負担が、
花粉症を発症させるに至るプロセスを紐解いていきます。
座談会方式で、テキストとなる書籍を参考に、対話と自己観察をベースに時間を過ごし、
来る花粉症の季節に備えて、自分の身体と心の変化を楽しんでいきましょう。

副作用として、花粉症に限らず、腰痛、頭痛などの持病的な症状にも、
変化が起こることがありますのでそれも楽しみに。

詳しくは、Facebook の公開イベントページをご覧下さい。
ご参加承っております。




 自然農のフィールドの中で、自然のメカニズムには必ず自発的に癒しのプログラムが内在されているはずと体感してきた私が、自分の腰痛体験を経て気付かされた身体と心の相関関係。アメリカの医師、ジョン・E・サーノ博士はじめ、多くの人たちが心身相関の身体症状について研究を進められています。それらをゆるやかにマインドボディヒーリングと呼び、今後も、自然農の暮らしの中で探求していこうと思います。

 いよいよ、身体と心の自然体研究所「ワンダーフルネス(仮)」の対外的な最初の試みがいよいよスタートです。わくわくわくわく。さてさてさて。


※「研究所」への所信表明はこちらから(笑)。

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2016年10月12日

正解を求めない

長月十二日 晴れ

 今の畑に自然農の手入れを始めてもうすぐ10年が経つ。ようやくサツマイモが、唐辛子が、ナスが、ピーマンが、実感をもって育ってくれるようになってきた。トマトも、キュウリも、オクラも、種を蒔いて、育てて食べるという喜びが、自然農の作業の中についてきてくれるようになった。

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 耕さず、虫や草を敵とせず、農薬肥料を必要としないで、人の力と自然の営みの中で育まれる農のあり方。自然農に、明確な定義はない。もしくはそうした農のあり方に、「自然農」という決まった言葉がなくても良い。千差万別、十人十色の自然感、エコロジー感と、持続可能性を前提とした大自然の采配が合い混ざって、一人一人の「自然農」的な栽培方法、農スタイルが存在してくる。
 古武術的な身体の使い方には「正解」という画一的な方法があるのではなく、個性に応じた「最適解」を探求する姿勢こそが求められる。自然と共生する農のあり方も、これと同様に「正解」はない。

  
 畑に実りが訪れてくれるようになって、それまでの積み重ねを振り返り、いったいどうして育ってくれるようになったのかを考えることがある。もしそれがわかるなら、その手法を確立したい、みんなに伝えたい、教えたい、のような気持ちがむくむくと沸き上がる。そして気がつくと、妻に、友人に、ああだこうだと、「今」の推論をわかったつもりで話してしまっている。
 しかし自分は実は何もわかっていない。川口由一さんが、福岡正信さんが、木村秋則さんが、ビル・モリソンさんが、そしてもちろん多くの余人が積み重ねてこられた、自然と共生可能な農のあり方のそれぞれの「最適解」をヒントに、それを現在進行形で探求しながら楽しんでいるだけでしかない。誤解を恐れず言えば、「わかりたい」とは思っていない。今の畑に立ち、季節を感じ、種を降ろし、草を刈り、育つと育たないの合間に過ごす。自分の個性として続けてきた、今日までの自然農的な応じ方の結果として、作物が育ってくれるようになってきたのは嬉しい。やっぱりね、嬉しいよ。「肥料入れなきゃ育つわけない」「耕さなくて育てるなんてありえない」「育たないのになんで続けるの」なんて声が気にならなかったと言えば嘘になるから。だからこそ、育つぞこのやろう、肥料も農薬も耕運機もなくて育てられるぞこんちくしょう、とも思っている(笑)。
 とはいえその一方で、肩を落としたくなるくらいに壊滅的に下手くそな、ニンジン、タマネギ、白菜、キャベツ。まだまだ、悲しいくらいに手応えが反ってこない。

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 自然農的な栽培を実践する方々の声に耳を傾けると、本当に多くの知恵と気づきが溢れている。そこには、真に迫ってくる「正解」のような技術、手法が存在する。そしてそれは今の世の中、簡単にWebを通じて目にすることができるし、実際に訪問して覗くこともできる。それらに触れると、ワクワクし、興奮し、想像力と好奇心が沸き上がってくる。試してみたい、なるほどそういうことか、自然の懐は深いなあ、皆さん視野が広いなあ、と心が動き、自分なりに咀嚼した上でおいしいとこ取りしていく。

 そういう意味では、苦手としている上記の野菜たちにも、すぐに結果があらわれるような正解が存在するかもしれない。しかしそれはきっと自分自身の最適解とは、少しだけ離れて存在する。そしてその最適解は、きっと「わかる」ではなく、「訪れる」という姿であらわれる。今年の畑に訪れてくれた、ナスやピーマンや、唐辛子たちのように。まずは肌感覚として、それに加えて若干の、自分なりの系統的な理解もブレンドされて。
 もちろん、この最適解はいまこの瞬間のものであり、畑が変遷していくなかで自分と共に常に進行していく。だからそれは変わりもするだろうし、あまり変わらないかもしれないし、どっちでもいい。重要なのはただ、嬉しい畑、心地よい畑に立てる自分でいられるように向き合うこと。今までもそうしてきたように。これからも。

 自然農での上手な育て方を知りたい、わかりたいという思いはそっと横に置いて、「こうかも、ああかも、良い感じ、つかめた気がする」的なアプローチ。こうした試行錯誤の積み重ねを、大自然の摂理の足元で甘えながら続けていきたい。うまく育ってくれた時も、うまくいかなかった時もまるごと含めて。その道のりこそが、自分にしか楽しめない自然農だから。

 これが自分なりの自然農の「最適解」であったからこそ、地位も名誉も収入もない中で、笑って生きていけるんだと思っている。

 さあ、エンドウ、空豆、カブに麦、秋後半の種まきが、また始まる。


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2016年09月14日

自然農体

葉月十五日 曇り

 息子が産まれて一ヶ月。
 炎天の8月は過ぎ、さめざめとした秋雨が続いている。


 人生で何度あるかないかの「自宅出産」のため、この7月と8月は、ほぼ完全に「休業」していた。貨幣を稼ぐという生産活動には全く取り組まずに、生命を次に繋ぐという生産活動にのみ心身を費やした。夫婦ともに。内実をさらせば、貯金を切り崩しての生活。田畑にもひどい時は2週間出られず、産後も妻と子供らと過ごし、野良仕事は数日おきに数時間という状態だった。一生のうちの、特別ボーナス期間だと理解してはいたものの、なんとなく、心も体も、そわそわしていた。

 つい先日まで、そのそわそわの正体は「稼いでいない」からではなく、「ほったらかしにしていた」からだ、と考えていた。田畑に育つ、稲や野菜たちに手が掛けられず、申し訳ない。そんな気持ちが、そわそわの原因なのではないかと。

 そしてこのところ、ようやく田畑に戻る時間が増えてきた。そのなかで、少しずつ、気持ちが落ち着いてくる感覚を覚えるようになってきた。

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 人には、自分のベストコンディションを整える、習慣的な行動のようなものが感覚的に染み付いていることがある。意識したことはなかったが、自分にとってのそれは、適度に自然農の田畑に没頭することなのかもしれない。娘、息子たちとの時間、妻との時間も同様に大切ではあるのだが、自然農の大地に降り、自然農パワーをチャージする。自分は勘違いしていた。畑にでて、雑草を手入れし、種を降ろし、自分が農園を管理しているかのような上から目線の日々は、実は違っていた。そうではない。自分自身こそが、エネルギーをもらい、癒され、畑から恵みを分けてもらう日々だったのではないか。
 
 だとしたら、そわそわの正体とは、「稼いでいない」からでも「ほったらかしにしていた」からでもない。それは、自然農の田畑から遠ざかる日々で「生命力を十分にチャージできずにいた」からだ。

 つまり自分の体はもう、自然農なしには、生きていけない体になっていたのね。今や俺は、自然農の田畑から生命エネルギーを吸収して生きる、自然農体となったのだ(笑)。


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 いやー、自然農に出会ってからもう十数年。おもえば遠くに来たもんだ。父さんは自然農体を手に入れたよ。妻よ子どもよ、こんな父さんについてきなさい。さすれば君らももれなく自然農体になれるでしょう♪


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2016年08月09日

リオとつくばの間で

水無月七日 晴れ(猛暑)

 テレビも新聞もスマホもなく、かろうじてタブレット端末と自宅PCが外部との接触手段という我が家。リオオリンピックも、東京都知事選も(あと何か喧騒的な時事はある?)ほとんど風のように通り過ぎていく。我が家に出入りする親類や友人、FBでの友達の近況、すれ違うご近所の爺さん婆さんおじさんおばさんの声かけ、ニューストピックで流れてくる天皇陛下のお言葉など、断片的な社会との交流がありながらも、基本的には自分、妻、長女に次女、そして先月末に自分の手の中に産まれてくれた長男の、5人家族で、つつがなく、おしみなく、せちがらく、一日一日を過ごしていく。

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 予定通り、準備通り、願い通り、運のはこびよく、「自宅出産」という、現代では奇異扱いされがちではある、悠久の人類史が弛まなく編んできた人間誕生の基本中の基本を、家族という最少単位で執り行うことができた。出産後の大変大切な時期を過ごす妻からの「出産顛末について」はまた後日に譲るとして、とにかく、今我が家は、産まれて十一日目の新生児と大仕事を果たした(かつ母体回復というタスクに取り掛かり中の)妻を中心に、家事育児担当の自分、イヤイヤ期と可愛さ担当の次女、祖母との長期旅行(曾祖母の家への帰省)から帰って間もないプチ反抗期担当の長女、そしてウンコとゲップ絶好調の長男が、オリンピックさながらの一大スペクタクルを日夜演じている。

 飽きる暇など、ない。


 日本はこれからどうなるのか。民主主義とは。政治とは。行政とは。原発は。経済は。サッカー日本代表は。いったい自分の人生で、手に負える外部環境とは、どこからどこまでなのか。


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 40歳となった一昨日の誕生日。自分としては息子が産まれて九日目の日であり、長女が祖母と旅行から帰ってくるただの一日として過ごした。朝飯を作り、布オムツを洗濯し、次女をプールに連れて行き、ちょっと昼寝し、長男のオムツを替え、妻をねぎらい、祖母たちを駅に迎えに行き、夕食を作り、皆で食べ、寝かしつけ、妻と読書して過ごし、晩酌し、寝る。そんな一日だった。

 明けて40歳と二日目。朝。義理の母の滞在に甘えて、久しぶりに田んぼと畑に数時間ほど出かけられた。田んぼの気になるところだけを草刈りし、大豆畑を草刈りし、今年実りの良いナスとピーマンを収穫し、ちょいちょいちょいと雑草猛々しくも嬉しい自然農ランドで充足し、汗まみれで、家族の待つ家へ舞い戻った。

 そして今日。草刈り、餌やり、飯炊き、洗濯、わやわやわや。気がつけば晩酌のビールを流し込んでいた(笑)。

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 この今の自分に、6日のヒロシマや9日のナガサキを祈り情報発信する余裕もないし、誕生日を舌舐めずりする時間もないし、オリンピックも、大好きなサッカー観戦も、国政も、片足つっこむ暇がない。

 畑のトマトは彩り初め、ナスやピーマンが(農園開始9年目で)ようやく実りを見せるようになり、一方で雨の少ない田んぼでは稲の生育にヤキモキし、そして何よりも今、産まれた赤子が生命力をたぎらせて、この世界に出会い始めている。この世界を代表する我々両親は、全肯定的な世界を彼に見せていきたい。たとえ目の前の長女や次女を叱り飛ばすことがあっても、それでも我が家はハッピーなのだろう。そしてそこから広がる世界もハッピーなんだろう。と人生をかけて伝えていきたい。

 
 自然農の田畑は、媚びない。世論にも、流行にも、経団連にも、自公政権にも、ロハスにも、スピリチュアルにも、決して媚びない。微生物が、草が、虫が、作物が、そしてそれに寄り添う人間が、「調和」と「永続性」という使命感を共有して、千変万化しながら続いていく。価値の上下とか、政権の是非とか、主張の正否とか関係なく、自然界の命の営みの都合と人間のエゴの都合の最良解の狭間を、行ったり来たりしながらバランスをとって存在していこうとする。ただ、自然界の「自ずから然からしむる」だけでなく、今現在関わる当人、本人の外部と内部をひっくるめての「在りよう」が見事に展開されるフィールド、それが「自然農」なのである。

 不惑。40歳がそうであるなら、自分は何に惑わずなのか。それは、「世界は自分の外側にあるのではなく、自分の内側にある」という確信かもしれない。今もこの、自分以外の家族全員が寝静まった家の片隅でキーボードをたたきながらの日常、そして田畑にはぐくまれる作物とその他大勢の動植物の営み、それこそがリアルな自分の内側である。それ以外のWEBやマスコミを賑やかせる様々な情報群は、それにオマケとして付随する外側なのだ。

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 自分を、家族を、身の回りを、大切にしすぎない。
 自分の遠くを、反対意見を、苦手な存在を、心に留めすぎない。
 
 自分から、そして少し周りにある家族から、そしてまた少し身の回りの誰かから、という、自然体の幸福の連鎖をつなげていくこと。一足飛びに、日本国の、世界の理想的な平和ではなく、伴侶の、家族の、生きる道のりを共に歩む。と全くの同時に、世界の調和が進行していく。それは決して矛盾しない。

 ありがとう畑。ありがとう田んぼ。そしてありがとう友、ありがとう家族。



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2016年06月03日

オーケストラ

卯月廿八日 晴れ

 種を蒔いて、草を刈って、苗を植えて、ビール飲んで、子どもと遊んで、子どもに悩んで、ヤギと歩いて、草を刈って、種を蒔いて、ビール飲んで、毎日が過ぎていく。
 それ以外には、あとは家事と、趣味的な自然体の探究だけ。これでいいのか四十路前?と思いながらも、日々が過ぎていく。


 日中の陽射しがいよいよ夏モードに入り、昼間の農作業が危険になってきた。自然に早朝と夕方の数時間コンボが勝負となる。このところ友人と週に1、2回のペースで始めている朝瞑想in畑も時折実践しながら、まずは明け方から10時くらいまで冷涼の田畑の中で時間を過ごす。

 そんな昨日、朝からの作業をいつもよりも少し長めに続け、頭上の太陽が背中をジリジリと焦がして頭がボウっとしてきた11時過ぎ。逃げこむように日除けテントの下に入り、椅子に座ってクールダウンしていると、いつもと違う違和感を覚えた。鳥のさえずりや時折通り過ぎる車の走行音に混じって、聞き慣れない小さな音が耳に入ってくる。プチッというか、パチンというか、プププッというか、どうやら何かの破裂音のような、そしてそれは強い風が吹けば耳元に届く前に消えてしまいそうな、そんな微かなささめき。さらに破裂音は、一度演奏が波に乗るとそれが反響してこだまするように、次から次と音が連なりオーケストラとなる。そしてやがて治まり、また静かに、一つ一つの演奏にも戻っていく。


 たまらなくなってその演奏会へ顔を向けると、手が回らずに雑草が大盛りに繁茂してしまっている、畑のひと区画であった。さらに顔を近づける。その顔に、プチンっとした音と共に、オーケストラの正体がぶつかった。その演奏者は、黒く、軽く、硬く、十全に莢を実らせた、カラスノエンドウの種であった。

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 膨れきった莢を枯れ色に進ませて、朝露を莢全体に含ませて湿りを帯びてからの、ギラギラの太陽。弾けて飛ぶのに今しかないというタイミングの黒い莢が、畑のあちらこちらに待機している。そして一つが弾け、その種がまた莢に当たり、その刺激でまた弾け、無数に、ランダムに、その砲弾が乱れ飛ぶ。この季節の、この時間の、雑草をたまたま多く残していたこの区画で出会えた、偶然のサラウンド。



 自然界は、ワンダーに満ちている。四十路手前になって偶然に遭遇する、ごくごく個人的で限定的なただのカラスノエンドウの種飛ばしの演奏会。

 その後、昼食に家に戻り、気持ちよくなって缶ビールをひと缶開けてしまった。昼寝があまりにも心地よくて、夕方の作業が少し緩慢になった。

 妻は妻でこんなふうに( ⇒「庭の草刈りに思うこと」)、雑草を楽しんでいる。夫婦して共に、雑草を、必要以上に楽しんでいるよね(笑)。

 Blog更新が久しぶりになってしまいましたが、こんな毎日を過ごしています。
 さあ6月は、大豆の種まき、田植え、目白押しまくりの自然農ハイシーズン!変わらずこのペースで行くぜ!

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2016年04月11日

遅く、鈍く、重く

弥生五日 晴れ

 約二年ほど愛用してきたスマホが破損し、これを機にまた、いわゆるガラケー生活へ移行することになった。ありがたいことに、妻がしぶる私を遠巻きながら後押ししてくれての、変化である。

 新しい携帯電話ではメール機能とインターネット機能のないプランにしたので、外部との火急の連絡は、メールやSNSではなく電話のみとなる。かろうじて、持ち運びのタブレットはあるので、のんびりとしたネット環境は引き続き継続することになる。雑草屋は、鈍重に、重苦しく、そのくせますます柳のようにふらふらと生きていきますので、皆様、どうぞよろしくお願いします。
 


 関係の無い話だが、先週始めになんとなくで始めた断食生活を、一昨日、なんとなく終了させた。今回の断食は、過去最長で五日間行ってみた。食べること、消化すること、消費すること、体調を維持すること、活動すること、いろいろと、多面的に考えさせられる期間であった。断食期間中は、「いにしえの、獲物に遭遇できない先人たちはこのような感じだったのだろうか」などとお気楽にイメージしたり、自身の心の感覚や身体の感覚を、自分なりに味わってみた。結論としては、五日間の断食程度では、特筆すべきことは起こらない、というものであった。


 数日間、飯を食わないで過ごすことと、スマホを解約することに、何の関係があるとも思わないが、自分の中では何かがリンクしている。

 今の世の中の、「早く、効果的に、身軽に、お手軽に、スマートに、便利に。」をことさらにありがたがる匂い。それが、「人生の味わい」を薄めてやしないだろうか、という思い。スマホを失い、検索や、情報収集や、迅速な連絡や、お手軽なエンタメは日常的な手元からは消える。その反対に、想像や、思考や、慎重な計画や、日常への関心を日常的に手にすることになるのだろう。スマホを入手してからごくごく無意識的に失ってきたそれらを、きっと、じっくりと、意識的に。

 遅く、鈍く、重く。実はこうした概念は、身体の感覚に比例している。心身の感覚が鈍ければ鈍いほど、この「遅く、鈍く、重く」という言葉はその人にとって不快にまとわりつく。だから、文明に頼り、機械に頼り、「スマートさ」を追い求めていく。そしてますます、「遅さや鈍さや重さ」に、鈍感になっていく。
 ということは、反対に文明や機械に頼りすぎずに心身を練磨していれば、「遅く、鈍く、重く」が不快にならず、それは自分自身で、「早く、鋭く、軽く」していけるということになる。むしろ、それを自身で乗り越えていくことすら、楽しみとしていけるのだ。
 
 いま享受している便利や享楽を少しずつ少しずつ手放していったときに、自分自身に残る野性の芳香はどのようなものだろうか。現代人はもう少し、そんな感覚を思い出す時間が必要な気がする。テレビを見て、新聞読んで、株価を気にして、ニュースに目を通して、それで自分の、どんな魂が鍛えられるのか。歩き、話し、手に掴み、何も無い時間に身をゆだねる。そんな時間が、人間には必要なのではないか。

 スマホが壊れたことを機に、そして妻の後押しのおかげで、またひとつ自分は自由を手に取り戻した。


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 かわらずヤギは、もぐもぐもぐ  


 ちと大げさに、スマホを破損した喪失感と一念発起をなんとなく文章にしてみている。数年後にまた便利グッズを手にしていたら、是非ともあざ笑ってやってほしい。それにしても一度スマホを使った奴って、大げさだよね(笑)。


タグ:断食 不便
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2016年04月04日

「教育」を飛び越えて

如月廿七日 雨のち晴れ

 いよいよ、百姓の仕事の一つに「教師」も加わることになる。
 今年7歳を迎える長女は、この春から、ホームスクールの生徒となった。

 世間では小学校に入学し、ピカピカのランドセルを背負って、学び舎での学校生活をスタートさせる歳である。「小学校に入学する」。数年前の自分にとって、そのことに、疑問を差し挟む余地はほとんど無かった。しかし今、あらゆる教育の選択肢を眼前に広げて自分たちの胸に耳を澄ませた結果、我が家では、親子で学童期をともに過ごすことを選ぶことにした。

 家で行う教育。いわゆるホームスクール。
 自分なりの解釈であれば、これは最小の私立学校である。

 我が家が大切にしたいことは、自然の営みと日本の風土に感謝しながらの心と身体の発育、そして好奇心の発露である。その上で個人的に想いを込めたかったことは、入学式の日付と、行事カレンダーであった。小学校に憧れもある長女の夢もかなえてあげたかった私は、入学式や遠足などの行事などは、ひと通り用意したい。そこで、学校の名前は家の仕事の延長線上として「こぐましょうがっこう」とした。入学式は、4月ではなく、春真っ盛りの二十四節気の「春分」の季節に。そして生命活力がもっとも増大する満月の日(今年は3月23日)に、こぐましょうがっこうの入学式を執り行うことにしたのだ。

 
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 3学期制も我が家にはそぐわないので、こぐましょうがっこうでは四季で行事を進めていくことにした。季節のカレンダーは手作り。個人的に15年近く構想と実践を重ねた、季節と月齢のカレンダーを、画用紙とクレヨンで自作した。
 
12年前の関連記事はこちら⇒【小松的 夏至の意味】

 
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 セレモニーの舞台は庭。看板、踏み台、飾りの花々は、全て、娘と共に手作りした。ランドセルは、なんと妻が使用したもの。大事に大事に使い、義母が保管していたものを、長女へプレゼントした。笑顔満載の入学式の後は、ピザパーティー。長女と妻が一緒に捏ね上げた生地に、季節の野菜や天然食材をトッピングして、娘の大好物のピザを大いに楽しんだ。


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当日の詳細は、妻のBlog【雑草屋の嫁日記】から



 それから二週間。「春分」は過ぎ、今日から暦は「清明」へ。節気ごとに手紙を渡し、季節の移り変わりと文化を体感してもらおう。畑に出たり、手伝いしたり、手遊びしたり、制作したり、本読んだり、好奇心の赴くままに。自由とお手伝いの狭間の中で、思う存分、羽ばたいていってほしい。

 今日の長女は一番に早起きして、母のヒンメリに触発されてのヒンメリ制作に取りかかった。朝食後は苦手だった折り紙で、ヒンメリの材料を入れる紙箱作りへ。雨の合間には、父と一緒に山羊の餌のための草刈りへ出発。次女も引き連れて散歩しながら、荷車いっぱいに草を刈って山羊の朝食を世話してあげた。絵本を読んだ後の昼は、母と一緒にニョッキづくりのお手伝い。茹でたカボチャをつぶして小麦粉をまぜて、大興奮。しっかりと昼食準備に貢献してくれた。午後は、両親に促されての雛飾りづくりへ。(我が家では、伝統行事は本来の季節感にあわせるために旧暦で楽しむことが多いのです。今年の雛祭りは4月9日。) 折り紙が足りないと、裏紙のA4用紙を正方形に切り出しクレヨンで着色して雛人形の折り紙に。ひな壇は、絵の具遊びをしたいからと、大き目の紙に赤い絵の具できれいに染めて、工夫をこらしていた。

 こんなに活動的な日が毎日な訳ではない。それでも、こうした長女の日々を、凸凹でもいいから共に過ごし、学校も否定するわけでもなく、全部受け入れる必要も無く、まずは2年間、その後は様子も見ながらというスタンスで、ホームスクールの日々が動き出しているのだった。

 シュタイナー、モンテッソーリ、サドベリー、さまざまなオルタナティブ(代替)教育の思想・実践を参考に、大胆に、こどもに真摯に、カリキュラムも指導要領なんかもばっさり置き去りにして、「子育て」をとことん自然体に。自由に。こどもの本来力を信じて。人間を信じて。
   

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 さて、そもそも。

 そもそも子育てが、人に預けることが本流、王道になったのはいつごろからなのだろうか。それは産業革命に遡る。手元にあるサドベリースクールの書籍の一節がこう明言する。

 「産業革命以前の時期に子供が成長するのに必要とされたスキルとは全く無縁の、行動様式や初歩技術を教え込むために<教育>が動員された」

 それまで、家族の構成員の一員、もしくは社会の構成員の一員として、それぞれの受け皿の中で、ある一定の制限と自由を与えられながら、徐々に歳を重ねて、成長していったこどもたち。教育ではなく、知恵の伝授や体験の蓄積が、生活単位の中で、親であり、若者であり、老人たちによって自然に行われ、こどもから大人へと時を過ごしてきた。それが産業革命以後、資本主義経済を支える構成員を大量生産する目的で発明された学校教育が、こどもの成長過程に関与する主役にとって代わった。以後100年程の歴史の中でメインストリームとなる。そして現在、資本主義経済や民主主義などと同じスタンスで、学校教育は、疑う余地の無いほとんど絶対の社会概念として世界に蔓延している。

 実は、こどもが歳を重ねながら学びを広げ深めることと学校に通うことは、論理的には対称関係にはない。決して、「学校に通う」=「こどもの成長」ではないのだ。つい、そんなはずがないと思ってしまうかもしれないが、そもそも学校教育とは、こどもが経験を積む場所や時間のひとつの選択肢(それも極めて歴史の浅い選択肢)に過ぎず、絶対の価値ではない。


 とはいえ自分のことを振り返ってみても、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と過ごすことに、一点の疑問もなかった。底抜けに楽しく、時に色々とつらいこともあり、のびのびと謳歌もすれば、窮屈に苦しむこともあり、つまり善いところも悪いところも存分に味わって、「被」学校教育者として育ってきた。そして今の自分がいる。そこに何の不満も無い。学校生活、青春、ありがとう、と声を大にして言える。

 しかし、自分の学校体験が悪いものではなかった、というのは、学校教育に賛同することには繋がらない。「学校体験が有意義だった=学校教育は良い」という方程式は、「原子力発電は今まで事故が少ないから安全=原発は良い」という方程式と同じである。その方程式は、決して正しいとは言えない。電気の発電方法や売電方法に様々な選択肢があるように、教育にも様々な選択肢があり、それは個々人のチョイスで決められても構わない。 というのが、本来の意味で自由な教育というものである。


 ただし、この日本で、学校に通わないという自由な決断は、ほとんど受け入れられにくいという現実も事実である。今はまだ。しかし、だからといって、それに従う必要も根拠もこれっぽっちも無い。

 農作物を育てるのに、農薬、肥料、大型機械は必ずしも必要でないので、自然農を楽しみながら作物を栽培する。たとえ世間のほとんどが、現代科学農法だとしても。

 病気を治すのは医者や薬ではないので、病院には行かずに食事を中心に心身を整えていき、自己治癒力を引き出していく自然療法を実践していく。たとえ世間のほとんどが、現代医療を選んでいようとも。

 栄養素やカロリーで生命が成り立つわけではないので、自然なものを大切に味わって食べ、食を楽しむことで健康を保っていく。たとえ世間のほとんどが現代栄養学をベースに健康に気遣っていようとも。

 子育ても、教育も、同じ延長線上にある。

 自分自身は、自然の智慧、野生の感覚、魂の成長、それらを存分に味わいながら生きていきたい。そして我が子にも、そのエッセンスを是非とも伝えていきたい。私も、(きっと)妻も、人間が本来備わる力に耳を傾け、目を凝らし、その発現力を最大に引き出すことを人生の目標に置いている。だとするなら、今の学校教育では、(怒られるかもしれないが、)どうしても物足りない。もっともっと、大事なことを、五臓六腑全身全霊を持って体感しながら育ってほしいと願っている。現代の「教育」や「成長」の概念を軽やかに飛び越えて。
  
 であるから、「学校教育」を絶対の選択肢として考えることはせず、こども本来の学び育つ個性に、親自ら耳を傾けて寄り添っていくことが、自分たちにとってはごくごく自然な選択なのだ。だからこそ、ホームスクールを始めることに、私たち夫婦は、何も躊躇することはない。たとえ世間のほとんどが、こどもを学校に行かせることを選ぶという事実があろうとも。


 だって、子育てを他人に任せるなんてもったいないじゃん!! 
 そしてもちろん学校とも、仲良くしながらだけんちょもね。


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我が家の教育方針(?)はこちらから⇒【エリート教育】




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2016年03月11日

3月11日

如月三日 曇りときどき雨

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 野草の上に、梅が花びらを散らしはじめている。庭のチンゲンサイが、カブが、トウ立ちして菜の花のつぼみを膨らませている。モンキチョウも、ミミズも、一匹また一匹と遊びだす。木の芽、花の芽、全ての命が今か今かと、準備をすすめている。3月11日とは、本来、そうした春の訪れの機微を楽しむ、そんな季節の一日である。

 震災のことは、パソコンも新聞もテレビも関係なく暮らしていると、まったく生活に飛び込んでこない。現代社会は、過去に縛られながら生きることに今や不感症になっていて、戦争のことも、震災のことも、記念日を大事にしてしまいすぎる。記念日を大事にするということは、実は、それ以外の日常への溶け込み方が薄まっているという裏返しでもある。

  記憶は、惨禍を繰り返さないためにも、亡くしてはならないだろう。しかし、いったい、3月11日が近付くこの時期以外に、震災を思い起こして実際に日常生活の行動を選択する人はどれだけいるだろうか。原子力発電はいまだに継続し、電力依存の社会はほとんど変わっていない。大規模な環境汚染を恐れる代わりに、小規模に環境を破壊しながらのソーラー発電所を選択する。天災で、人災で、文明社会がいかに容易く壊されるかを目の当たりにしても、経済成長が根本にある「復興」や「生活」が省みられることは少ない。 

 「もうあんな悲劇が起こりませんように」と、年に一回唱えても世界は変わらない。と言ったら語弊がふかくあるだろうか。それよりも、たとえ、何度悲劇が起こったとしてもそれに逆らわずに流されずにたおやかに強く生きる。そんな覚悟を持って日常的に息づいていく人が増えることこそが、世界が良くなる本当の一歩なのだと信じる。

 経済一辺倒の今の暮らしを見つめなおす。不自然が蔓延しているこの世の中を、心に体に五臓六腑第六感を総動員して、人間に自然に備わる幸福力が発揮される世の中に。買い物を、食べ物を、生きる時間を、過ごす時間を、少しずつ本質的に変えていくこと。それが震災を経て我々ができる、小さいけれども、最良の行動なのだと思う。

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 今日、長く闘病している学生時代の親友夫婦から、本当に久しぶりに便りが届いた。「体のために、学の作っている野菜が食べたい」と。 自然農を続けていて、これほど嬉しいと思ったことも無かった。これまでも、自分のために、家族のために、知人友人のために、お客さんのために、遅々としながらも、自然農の田畑に向かってきた。育ったものを、採れた分だけ、のペースで続けてきた。それはこれからも変わらないと思う。

 それでも、今日初めて、誰かのために自然農をしたいと実感した気がする。大げさでもなく、俺はこのために、自然農をやってきてたんだと。春の訪れと寒の戻りを体中に感じながら、うずうずと、畑に向かいたい意欲が満ちてきている。自然農の野菜、野草、自然療法、これまで自分の歩んできた道と、これからも歩むであろう道が、大好きな誰かの、ほんの少しであっても力になれそうなことが、こんなに嬉しいとは。彼女の病態を心配する気持ちも大きいのだが、俺の野菜食って元気になる姿を思い描き、体にエネルギーが溢れてくるのだ。


 人間はそんなに強くも大きくも広くもない。目の前の家族、大切な友人、そんな小さな繋がりを一番大事な構成単位にして、自然体の幸せを探していく。それはきっと、金を稼ぐことではないし、社会で活躍することでもない。才能を発揮させることでも、良い行いをすることでもない。もっともっと根本的な、心に、体に、大自然に、耳を傾けながら生きていくこと。そうすると自分の心は、お金のためでなく、親友のために自分の時間を使っても良いと、叫んでいた。妻も、それを心から喜んでくれていた。


 震災の日をすっかり忘れて一日を過ごしかけていたこの日に、親友から届いた、とても大切なメッセージ。5年前の震災を日常に、今日のこのメッセージを日常に、また自然農の田畑に向かっていきたい。

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2016年02月23日

アソビジネス

睦月十五日 晴れのち雨

 家族が家業の雑草屋では、子供を寝かしつけたあとの夜の時間を、事務作業、DVD鑑賞、息抜き、雑談、打ち合わせ、晩酌、、、公私混同しながら、「今」と「これから」の様々を過ごす。

 そのなかで、「アソビジネス」という言葉が生まれた。

 妻のやってみたいことで、楽しくて社会的意義もあって、ビジネスに繋がるかもしれない、そんな企画が話題にあがった。それをやるのも、家業として悪くない。でも、しかし、だからこそ、それを月に1日とか2日だけやるというスタイルではどうだろうか、という感覚。

 遊びでやってみたいことを、実現可能な範囲でビジネスに。それがアソビジネス。


 一方で、小生がやりたいことは、遊びというよりは使命感。しかも、稼ぎに結びつかない。でもやりたい。なら、本業としてやってみたいことは、無償なり、ビジネス抜きではじめてみる、やってみる。妻とともに関心をもっているギフトエコノミーにも通じるスタンスで。

 本当にやりたいことは、ギフトエコノミーで。そして心を豊かに。
 遊びでやりたいことは、アソビジネスで。ほどほどに日銭を。


 そんな、アホみたいなことを雑談して、明日のえんどう豆の種蒔きにも想いをめぐらす。 我が家の自然農はこんな感じです。


 
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 長女が毎日取り組んでいる庭の100周マラソン。数の勉強にもなるかなと、廃材のタイルに絵を書いて、10週ごとに渡すことにしてみました。ついついタイルの絵も、自然農っぽくなるんだよね(笑)。



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2016年02月19日

お返し

睦月十二日 晴れ

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 このところの暖かい陽射しについつい冬を忘れそうになるが、ほんの二十日ほど前の作業のことを少し。1月末、立春を迎える前になんとか終わらせた米の脱穀。昨年に収穫して乾燥・保存していたものを春の産声を前に、えいやっと済ませてしまうことができた。

 昨年2月に苗代を準備し、種を播き、苗を育て、田植え、草刈り、草刈り、草刈り、そして稲刈り。天日に干して、乾燥、稲架(おだ)を外す前に納屋に移動して、ネズミに食べられないように稲藁のまま保存(放置・・・)し、ようやく1月末に、足踏み脱穀機で、稲穂から稲をこそぎ落とした。丸1年のプロセス。
 
 脱穀して、籾摺りして、やっとの思いで口にすることができる玄米や白米。しかしこの1年の稲作は、この米のためのみに過ごしてきた訳ではない。脱穀した後には、豊かな豊かな、稲藁の束が山積みになる。つくし農園での脱穀後の稲藁は、二割を翌年の様々な農作業に利用する資材として保管する。そして残りの八割は、大事に大事に、稲が育まれた田んぼに、必ずお返しする。

  自然農のテーマの一つ、「持ち込まず・持ち出さず」は、自然の営みの循環のサイクルを表している。自然界に不要な、過剰な持ち込みをしない。それは、農薬のことでもあり、肥料(化学肥料・有機肥料を問わず)や、土に還らない農業資材全般のことでもある。だからこそ大切なのが、いただく命以上の、不要な持ち出しもしないように心を配ること。刈った雑草、育った野菜の茎葉、豊穣な土、全ては循環の中で生態系を常に豊かに保ち続ける要素であり、その毎年の蓄積があるからこそ、過剰に肥料分を必要としない田畑が継続されていくのだ。


 脱穀を終えた稲藁たち。我が家では、正月飾りなどにも一部活躍いただきもしながら、全ての脱穀が済んだ藁束を、薄氷の張る厳冬の田んぼへ投げ返した。 稲藁を手にとっては、ひと投げ、ひと散らし。満遍なく、まとまることなく、均等に、ランダムに。畦道の上から、田んぼの中から。
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 理屈や、知識ではなく。お米を育ててくれた田んぼからいただくのは食べる分だけで、あとは返そうね。また来年のお米の栄養になってくれるからね。と、手伝う長女と話しながら、一年の田んぼ作業を締めくくったのだった。奪いすぎることの無い、「人間と自然の共存」のリアルさを肌感覚に記憶してくれることを望みながら。


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 全部、手で育てる。この贅沢さが伝わるのは、もしかしたら、もっとずっと先のことなのかもしれないけど。

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