注)記事の日付は太陰暦を用いております

2004年07月02日

空梅雨に愚痴

皐月十五日 晴れ
 満月。月は見えますか?今宵は飲み会を早めに切り上げて月明かりを散歩したらどうだい。
 いささか気取ってみるものの、このところの空模様に少し戸惑っている。暑い暑いと聞いていた熊谷地域の猛暑は予想してたものの、この時期にこんなに雨が降らないなんてどうかしてるだろ。
 さりとて、畑の作物が全然元気に育ってくれないのは、空梅雨のせいばかりではなさそうである。春に播いた夏の主役達が、うんともすんとも大きくならない。土か、雑草か、水か、肥料か、はたまた私の気持ちの問題か。自然農には即効性の解決策は適さない。原因とおぼしき点をを時間をかけて良い状態に導くことを目指す。
 月は満ちて欠けての繰り返し。欠けた日々はまた満ちることを知っている。心も、畑も、かくありたい。う〜ん、弱気はいかんな。
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2004年07月03日

動物愛護の限界

皐月十六日 晴れ
 大宮で借りている自然農の田んぼには、愛すべき野生の鴨たちが住み着いている。助手君の言葉と借りるまでもなく、お尻フリフリプリプリさせて浅く水の張った田んぼを泳ぐ。おお!いま流行りの「合鴨農法」!?うーん、そうしたい所だが、今の時点でそうとは言いがたい。
 合鴨農法は、田植え後しっかり根付いた苗に雛を遊ばせて雑草やら害虫やらを駆除してもらうステキな農法。ポイントは、「根付いた苗」に「合鴨」の「雛」。しかし我が田は、「植えたての苗」に「マガモ」の「成鳥」。

040703kamo1 マガモ!

雛ではないから力が強く、遊びまわると植えたばかりの苗も押し倒す。合鴨は、マガモとアヒルの交配種で基本的には飛べない。しかし我がマガモはバリバリに飛べる。そして飛べるということは、飛び降りて来るということ。

040703kamo2 飛ぶ!

つまり、人がいる時はどこかに飛び去っていて、人がいなくなるとまたどこかから舞い戻ってきて、勢いよくボチャーン!と見事に着水するのである。これが植えたての苗にはたまったもんじゃない。あの見事なヒップで上空数メートルからアタックされたらひとたまりもないよね。
 かくして田んぼには、こういう対策↓がとられることになった。

040703ta (写真をクリックして白糸の要塞を確認)

 野菜が虫に食われていても「自然の摂理」と認めるくせに、お米の苗が一本でも倒されていると許せないこの矛盾。。。私に動物愛護の精神は、ない。本当は捕まえて食べたいんだよなあ、鴨。
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2004年07月06日

水辺への誘い

皐月十九日 蒸し晴れ(熊谷36℃!?)
 おいおい、アツイよ。最近情けないことに早起きの習慣を崩してしまい、ぼんやり目が覚める頃には暑くて動けなくなってしまう。夕方しか農作業ができない。まずいまずいぞー。今週末にはまた、友人達が楽しみにやってくる。しっかり畑を見守らなければ。。。
 
 6月に畑に来た踊る一日百姓たちの仲間がこのBlogに遊びに来てくれた。まさしく友達の友達で知り合ったこのオトコ、波と風と海をこよなく愛するウィンドサーフィン野郎。飲み会で酔って抱き合いたくなる男ナンバーワン。そんなヤツの、ウィンド以外の趣味がスキーとサッカーとAB型だというのが俺と一緒だったことを、彼のBlogで初めて知った。ということはやっぱりウィンドが伝えるものは何か俺の求めるものに近いものがあるのだろうか。そんな彼が俺をウィンドに誘おうとしてくれている。ううむ、甘い誘惑だ。唯一の障害は、金が要りそうだという漠然としたイメージである。なにせ俺の一番好きな海の遊びって、ほとんどタダでできるシュノーケリングだもんね。
 それはともかく、自分が今後どうなるかはわからんが、海と山の近くで田畑を持つという漠然とした夢があるのは事実。海があったらやっぱりウィンドできたら最高だろうね。そん時はヨロシク。

 ↓彼の楽園 Kailuaビーチ
040706masamichi


 さあて、そろそろ無法地帯畑(彼が命名)に戻らんと。
 
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2004年07月07日

まずは失敗

皐月二十日 晴れ
 今日は【小暑】。
 曰く、大暑来れる前なれば也(暦便覧)
 梅雨明けが近く、本格的な暑さが始まる頃。集中豪雨のシーズン。蓮の花が咲き、蝉の合唱が始まる頃である。<以上 こよみのページ参照>

 カレンダーでは七夕ではありますが、七夕は旧暦で行うのが相応しくもあり時期も適うので、その時期になったらまた綴ってみます。ちなみに今年の七夕(旧暦長月七日)は8月22日になる。

 さて、思いつきで始めた糠漬けをシコシコ手入れしていたが、先週末に初めて本格的に丸ごと野菜を漬けてみた。二日ほどつけて少しいい感じになって来てたので、昨日いよいよ取り出してみたのだ。その雄姿を見よ!
 040706nuka

 カブとナス。もちろんスーパーで購入のお野菜。色が微妙だがその味はいかに!? うん、たしかに、こりゃあ、酸っぱい。一日前の試し食いで、これはなかなかいい感じに漬かっていると思ったその時がやはり食べ時であったのだ。次第に解ってきた事実なのだが、糠漬けは、決して「保存食」ではない。こと現代、冷蔵庫という保存の利器がある点において、保存の為に糠漬けにするのはナンセンスである。というか俺の勘違いなんですが、糠漬けは「発酵食品」なんですな。天然の微生物の助けを借りることで、生で食べる以上に栄養と風味を増していただく知恵。
 であるので、糠漬けは漬けて2時間〜24時間程で食うべし。朝収穫した野菜を糠床にぶち込んで、昼飯か夕飯に白米と共に腹にかっ込む。そんな姿こそが似合う食い物なのかもしれない。
 
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2004年07月09日

一輪咲き

皐月二十二日 晴れ
 春に蒔いた紅花の種。芽を出して、茎を伸ばして、蕾を付けて、時を経るごとにその数を減らし、ついに咲いたは花一輪。

040709beni

 紅(くれない)とは、呉の藍(くれのあい)から転じて。昔、藍とはその色のみでなく、染料全般を総称する言葉であった。呉は、古来は支那全般をさした。よって呉から渡ってきた染料、呉の藍だそうな。
 ちなみに、紅色と藍色を足して作った紫色を、「呉の藍」と「藍」から「二藍(ふたあい)」と呼ぶとか。来年は藍も植えて、二藍染めと洒落てみるか。誰か染め物師いませんか?


色の万華鏡 二藍色のHP。美しく、為になるHP。
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2004年07月10日

雨待つ空

皐月二十三日 曇り時々雨
 住民票移動の時期の問題で、参議院選挙は東京ですることになり土曜日に期日前投票を済ませに行った。午後にこちらに戻ると、西日本で大雨を降らせた雨雲がようやく辿りついていた。

 040710sora

 この曇天、いったい何日ぶりであろう。台風を待つ小学生のように、部屋から眺め外に出ては眺め、雨を待つ。
 かくして昼夕夜と待ったものの、昼過ぎにさらりと雨を落としただけで期待外れの雨雲はどこかに去って行ってしまった。聞けば東京では土砂降りしたとかしないとか。熊谷の晴れ男、いい加減にしろ。
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2004年07月11日

大豆大会

皐月二十四日 晴れ
 本日、第4回アワダチ倶楽部が開催された。今回のテーマは「ビバ!イソフラボン!」、つまりは大豆を育てようということである。一口に大豆といっても種類は様々。せっかくだから色々育てて食べ比べしようということで、今日は6種類ほど播くことに。小糸在来、たまほまれ、秘伝、白大豆、岩手みどり、だだ茶豆。ついでに小豆(丹波大納言)も少々。他にも黒大豆とひゅうがも育ててみることにしている。
 前の晩明け方3時まで飲んで、7時からの作業もなんのその。始発で東京を出ると言っておいて着いたら9時半のしっかり者も含め、一同がっつり作業を済ませ、晩秋の実りに思いを寄せる。
 もちろんセイタカアワダチソウの駆除も大満足。いよいよ新しい根(来年用の準備だろう)を地下に伸ばし始めたアワダチども、この時期にゴッソリ成敗して決着つけたる!退治の手伝いに来てくれることを期待してるぜ、みんな。


 大豆畑をバックに大満足の一枚と、セイタカをバックに大興奮の一枚

  040711awadachi     0407



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2004年07月15日

梅雨明けてスコール

皐月二十八日 晴れのちスコール
 入道雲が頭上に広がり、遠くで雷鳴が轟いたかと思うと、薄黒い流れの速い雲が空一面を覆い、五・六粒の雫を落とすか落とさない内に、土砂降りのシャワーが急襲する。それが日に何度かくり返し起こる。
スコールである。

 最高気温が37度を越す日が続いたと思ったら、今日はスコールだ。これで熊谷地方は、名実共にいよいよ熱帯を宣言できる日も近いのかもしれない。
 もっとも、グァテマラの西部ジャングルなどで遭遇したものはやはり格が違っていた。降り始めた途端目の前が全く見えなくなって30分はそれが続く。思わず駆け込んだ銀行(BANCO)で済まなそうに立っていると、中にいる皆が、いつもの事だし気長に待つかシャワー浴びて帰るかのどっちかだよ、と笑っていた思い出も懐かしい。それに比べれば、ここのスコールは量も時間も初心者クラスであろう。

 夕立といえば風情もあるが、梅雨も明けぬ内に「夏の夕立」と気取ってみても始まらない。と、何気なしにインターネットで天気情報を見ていたら腰を抜かした。梅雨明け宣言が出ているではないか!ふははは、TVも新聞もない生活も考え物ですな。そうなるとこれはただの夕立か?いやいや、スコールだよスコール。熱帯熊谷にはその名こそが相応しい。
 熱帯化する地球を危惧しながらその実情をここ熊谷で思い知り、そしてその熱帯化がもたらすスコールに畑が救われる。笑えない話である。いやまじで。


 午前中、雨に飢えるカボチャの苗

  040708kabocha
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2004年07月17日

旬は新ジャガ!

水無月一日 晴れ時々曇り
 来週末、大学の友人達と多摩川でBBQをするので、百姓は野菜を持って来いということになった。しかしだ、我が農園は畑にあって畑にあらず。今が旬と市場に出回りだす夏野菜達、トマト、茄子、キュウリ、ピーマンはぜーんぜん育っておりません。隠したくても隠しきれない、演歌のような現実が自然農一年目のインチキ百姓の目の前に立ちふさがっている。
 そんな中、唯一BBQに持って行けそうな収穫物が、ジャガイモ君であった。予想では(普通の農法では)一株で4〜5個程度の収穫が期待されるが、結果はものの見事に外れてしまった。といっても努力をしたわけでもなく研究をしたわけでもなく、我が武蔵野農園での自然農の実力を測るのが目的であるので、その結果こそが、そのまま自然農の答えと受け止めるまでとする。
 であるからして、お前ら、ありがたく新ジャガ様を拝むように!


 掘りたての新ジャガ(男爵)。湯気が立っている(嘘)。
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 おまけ…種芋のなれの果て。しぼんで中身が空洞に!
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 以下に、種類別、方法別の収穫量の報告と考察を。


>>続きはこちら
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2004年07月19日

夕暮れ

水無月三日 晴れ

- 暮れ染めて 藍紅の 混ざりしか -
 
  040719sora


 東大宮での田んぼの草取りの帰りに
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2004年07月20日

土用入り

水無月四日 晴れ
 町に、苦笑するほど立ち掲げられる「土用の丑の日」のノボリを見る。東京も、熊谷も、日本全国がウナギを喰うのに夢中になる。今年は明日が土用の丑の日、皆はどこでウナギを食べますか?

>>続きはこちら
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2004年07月21日

七回忌

水無月五日

 1998年7月20日、秋野豊先生が他界された。

 毎年、セミの声が聞こえて暑さに耐えきれなくなりだすこの頃に、先生の追悼文集を繰り返し手にとる。大学2年の時、何を勉強したらよいか解らないと廊下で相談した私に、「うーん、あの本でも読んでみたらどうでしょう。」と先生は紹介してくれた。その本を読んで私は環境問題へと好奇心と使命感を抱くことになり、巡り巡って今ではインチキ百姓として時間を過ごしている。今会ったら先生は、「よう学、オモシロそうなことやりだしたそうだね。」と言って笑ってくれるだろうか。
 
 先生、俺は先生のせいで百姓になったんですよ。

 ありがとうございます。


秋野豊ユーラシア基金
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2004年07月22日

大暑に愚痴

水無月六日 【大暑】
 いよいよ暦は大暑である。夏も盛りですよ。これから8月の立秋、処暑に至る間、夏は盛りに盛り暑さもこれに勝るものなし。暦の粋なところは、二十日程経てば立秋を数え、心の中に「秋が近づくのだ」と思わせてくれることだろうか。夏は暑いと言えば暑いが、その先には常に秋が待っているのだ。
 畑、田んぼ、作物は、何よりこの太陽の恵みを受けてのみ、肥やし、実り、人の口へ入るより他なし。何人も、太陽と水と植物の遺伝子と土の微生物達の働きをなくしては生きられず。それを思えばこそ夏の暑さには恨みは言えず。しかし秋を思う心も否定できず。
 以上、これを愚痴と申す。
 
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2004年07月23日

確かに長い

水無月七日 晴れ
 畑に出て、明日のBBQ(バーベキュー)に持っていく野菜を探す。探す・・・インチキ百姓としてこれほど情けない姿もない。そんな中、私を驚かす光景に出会った。畑の一角のササゲ豆の区画にひょろりと伸びる青い筋が光る。私が見たことも聞いたこともない、伸びに伸びたその姿は、豆の概念を吹き飛ばすモノであった。友人からもらったその豆の名前は「長ササゲ」。確かに長いわい。
 
 040723

 手にとればそれは指の先から肘をも超え、肩まで届こうかという勢い。食せばインゲン豆のようでもあり、そのまま熟せば赤く熟れる豆は赤飯の色付けにも使われると言う。自然農に何の支障も見せず、大きく蔓を伸ばしてからは下草の影響など微塵も受けずに花を咲かせ実をつけている。
 ありがとう、と感謝して摘み取り、儚げに育つ「空心菜」と一緒に籠に入れた。うーん、BBQにするのもなんだから、焼きそばの具に入れる感じで許してもらおう。

 
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2004年07月24日

多摩川大宴会

水無月八日 晴れ
 多摩川河川敷にて大学時代の知己とバーベキューをした。川から徒歩10分の友人宅で昼過ぎから準備を始めて、野菜は切ったか酒は買ったかと大騒ぎしていざ河川敷へ。富山男児からの海鮮物の盛り合わせに、インチキ百姓からのインチキ野菜、ここぞとばかりの缶ビールの山、CDラジカセからはサザンとBIGINとジプシーキングス。9年前と何も変わらない時間、何も変わらない関係。

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友人達は毎日毎日を生き抜き、日々刻々己の意思と戦いつづける。
 志新たに教師を目指す友。
 医師を目指し机に向かう友。
 いよいよ会社を辞め学生として歩み始める友。
 父としてイキザマを背中に背負う友。
 母として愛に磨きをかける友。
 叔母として笑顔にますます磨きをかけた友。
 写真と沖縄に好まれて模索する友。
 大東亜を駆け抜けビジネスに奔放する友。
 渡米と結婚を控え真摯に勤める友。
 新天地に立ちつつ休暇にはヨットを楽しむ友。
 情熱を胸に抱き日々銀行に通う友。
 エネルギーと人事と日常を融和させる友。
 キドって先に帰るも皆が気になる友。
 静岡から駆けつける可憐で気丈な友。
 日本と世界の港を駆けながら葉巻を食う友。
 妻とケンカしてても大将気質は変わらぬ友。

人は何のために生きているのか。私はこの時間の為に生きても良い。


Petit ikkiy 写真に魅せられた友の写す風景は、皆に安らぎを与える。私は人を写す彼の瞳に引き込まれそうになる。 
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2004年07月27日

再会と出会い

水無月十一日 晴れ
 雑草と共に生きる自然農。時に「再会」という普通の農では考えられない言葉とも仲が良くなる。
 この春に意気揚揚と畑に植えた「生姜」の種芋(?)であるが、植えて一、二ヶ月程芽を出すことがなかった為、失敗かと諦めて放任しておいた。この季節となって一般道路に接したその場所の雑草刈り(自然農といえども道路に面した個所の雑草を刈るのはマナーです。)をすると、その草刈鎌の先に嗅ぎなれた鮮烈な香りが漂う。もしや?と思ってその刈り進めた草を吟味すると、まぎれもない「生姜」の茎が横たわっているではないか!!なんと、芽も生やさずに諦めかけて数ヶ月したその雑草の森の中に、しっかりと確実に命を延ばしていたのである。その瞬間に「雑草刈り」は「生姜の確認」に名前を変え、残る10株程の生存確認に時間を費やすことになった。結果私が刈り殺した一株以外は皆見事に芽を伸ばし、爽やかな茎葉をみずみずしくたぎらせていた。
 なんとも突然で嬉しい再会であった。

 040727shoga

 ↑わかるかな?刈り倒した草の中に伸びる二本の生姜が!


 そんな生姜詮索作業をしていると、犬の散歩途中のご婦人が声をかけてくださった。
 「ご苦労様〜。これは、もしかして『自然農…業…』とかいうのかしら?」
 「うわあ、良くご存知ですね〜。全くお恥ずかしいほどなーんにも育ってないですけど…。」
 「でもあの里芋とかそうでしょ?このあいだTVでやっていたの見たのよ。本当に雑草の中で育つものなのね〜?」
 「そうですね〜。草の中で一緒に育つ野菜の中に居るのが楽しいのは確かですけどね〜♪」
 「頑張ってね〜。」
 ここ江南に来て色々周りの方と話をすることはあったが、「自然農」を知っていた人は初めてである。私はTVがないから知らなかったが、そういった番組が流れ、それを見る人も増えてきたということなんだろう。いよいよ、期は熟さずとも春は遠からじ。こうして、少しずつ自然農が広まれば世の中が面白くなるに違いないから。
 なんとも小さくも嬉しい出会いであった。
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2004年07月28日

天を突く

水無月十二日 晴れ
 あいかわらずの晴れ続きの畑に、たくましい夏の魂が雄叫びをあげた。

 おおー!俺はトウモロコシだー!!

 040728morokoshi



 ついでではないが、アワダチ倶楽部の皆で播いた大豆群も順調に発芽を始めている。ぴょこぴょこ、ぽこぽこ、さあ、これから根付くかどうかがお前達の生命力の見せ所だ。明日は台風10号も近づくというぞ。雨をしっかり期待して、心して待つように!

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2004年07月29日

方丈記なる雨

水無月十三日 雨
 窓を全開にして、降りつづける雨をすぐ目の前に置いてパソコンに向かっている。雨は降っていてもアブラゼミは変わらず鳴きつづけ、鳥達も木陰から声を鳴らす。こうして、真剣に、穏やかに雨と向き合っていると、今まで漠然としか感じていなかったことがありありと体の感覚に染み渡ってくる。それは、雨は常に動いているということ。「しとしと」から「ざあざあ」に変わったかと思うと、すぐにまた「しとしと」へ、そして急に「ざあっ」と雨を落として「ぱらぱら」へ戻し、また「しとしと」が続く。寄せては返す波のように。
 何事も、とどまることはなく。行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。雲も雨も、かくあり。

 草達は、幾日も続いた炎暑に怒らせていた肩をほっと撫で下ろし、束の間の休息をどっさりと楽しんでいる。この台風10号が過ぎればまたあの地獄の炎天下が訪れることを、誰よりも確かに知っているのだろう。


 家裏のザクロに似た果実も嬉しそう

 040729ame

 
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巣を張る

水無月十三日 雨去って
 台風雲が西へ西へ流れて、日の沈む前の南空には白い入道雲が顔をのぞかせた。ふと軒下からするするすると下りる黒い影。ひと雨去ってさあ飯でも捕まえるかといった様子で、一匹の蜘蛛が上下左右に巣を作りあげていく。まったく驚くべき速さである。ファインダー越しにチャンスを窺うが、とてもじゃないが捕えられない。

 雨上がりの空を望む軒下に……         
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 そこだ!! 
 040729kumo2

 明日には、立派な餌場が完成していることだろう。
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2004年07月31日

ダイナミック

水無月一五日 朝は晴れ時々雨
 深夜勤のアルバイトを終えて小型バイクで家路を飛ばす。雨上がりの路面の眩しさが心地よい。すっこーん、と縦に伸びる空がまぶたに踊る。左右に低いグレーの雨雲を切り裂いて、青空と、真っ白に輝く積乱雲である。ああ、日本でもこんなダイナミックな景色が手に入るんだ、みんなにも、これ見せたいなぁ。写真持ってれば良かった。と思ってみてふと考え直した。最近、写真の力に頼りすぎてないか、と。このダイナミックさを文章で伝えられないのか、と。
 イメージ伝達力を仮に次元で表すとしたら、文章が一次元、写真は二次元、音声付映像は三次元といえるだろう。しかし言葉の奥底には、映像では及び得ない四次元の広がりが隠されているのではないだろうか。
 写真と映像の伝える表現力は、完璧なまでの伝達力である。その力に心酔しながら一方で私は、文章によっていかに一瞬一瞬のダイナミックさやセクシーさを伝えられるかにこだわってもみたいと思う。もちろん写真も撮りながら。

 上記の空の景色を読み返して、力が抜けた。あの感動が半分も表現できていない。「潔く、惜しみなく、秘める」そんな文章を書いていきたい。
posted by 学 at 11:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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