注)記事の日付は太陰暦を用いております

2005年02月01日

冬の太平洋

師走二十三日 晴れ

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 日本海側が記録的な大雪に見舞われた朝、茨城県日立市の海岸には、見事な日の出が訪れた。昨年のちょうどこの時期、武蔵野農園でのインチキ自然農生活を見切り発車することに決めてから、一年が過ぎた。見事な眺めに心を奪われながらも、身を刺す浜風に決意も新たにさせられる。

 午後、江南に戻り田んぼの苗床準備を進めた。強い風が時折吹きこみ、遠く山肌からの雪のかけらを届けてくる。春の準備をする喜びも、冬しか味わえない喜び。

 他にも諸事いろいろハプニングがあったのですが、命があればとりあえず良しでしょ。いい景色見れて、作業にも喜びを感じて、それで良し。
 

 太平洋沿岸育ちの小生にとって、冬の海といえばこの景色

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2005年02月03日

自前です

師走二十五日 晴れ

 初採りの 豆に微笑む 「鬼は外〜」

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2005年02月04日

耳にタコ

師走二十六日 【立春】 晴れ

 【立春】…春の気たつを以て也(暦便覧)
      この日から立夏の前日までが春。
      まだ寒さの厳しい時期ではあるが日脚は徐々に伸び、
      九州や太平洋側の暖かい地方では梅が咲き始める頃である。
      ※読み:リッシュン
      <参考:こよみのページ

「今日は立春です。暦の上では春となりますが、まだまだ冬本番、寒さは続きます。皆様、今日も十分に暖かい格好で・・・・・」

 朝のTVに始まって、FMラジオ、お昼のニュース、ひいては夜の天気予報まで、よく飽きもせずに同じようなセリフを並べるものだと思う。毎年毎年、お天気キャスターの2月4日とは、原稿を考える必要のない一日であるのかもしれない。

 もう少し、この日に「立春」を用いたご先祖様たちの感性に思いを寄せてみてはどうだろう。その「言葉」に少し耳を傾ければ、そこに流れる歴史や季節とともに生きる人たちの声が聞こえてくるのではないだろうか。

 立春にはじまり、立夏、立秋、立冬と、四季にはそれぞれ「季」の「立つ」節句(二十四節句)が用意されている。これらの節句の時期は、それぞれの、「前の季節」のピークに訪れる。つまり、本日の立春は、寒さが極まる2月4日。立夏は、花と緑が萌え盛る5月5日。立秋は、暑さも茹だる真夏の8月7日(小生の誕生日)。そして立冬は、枯葉に山が燃え尽きる11月7日となる。
 ある季節のピークがその次の「季」が「立つ」日、と感じた理由(つまり気候にずれのある支那の暦を素直に受け入れた感性)を勝手に想像すれば、まさにその季節の盛りに、次の「季」が「産声を上げている」と考えたからではなかろうか。言うなれば、季節は文字通り重なっているのだ。昔の人は「昨日までは冬で、今日から春」などという二元論で生きていなかった。冬の盛りに春は産声を上げ、そして春が育つとともに冬は静かに衰え、冬が死に春が満開を謳歌する5月、新たに次の夏が産声をあげるのである。
 そうしてついつい頭に浮かんでしまうのだ。次の季節への移り変わりを時には控えめに、時には待ち焦がれて望む先人の暮らし。寒さの中に春を偲ぶ心、夏の盛りに秋に寄せる気持ち。そうすることで、時には辛い季節を乗り切っていたのではないだろうか、と。

 実は当たり前のことなのかもしれないのだけど。こだわっても意味のないことかもしれないけど。
 
 立春も過ぎた明日、明後日の週末、生まれたての春が街に産声をあげているはず。自然は、迷わずに生きている。
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2005年02月07日

もういくつ寝ると

師走二十九日 晴れ

 明日は旧暦の大晦日。明後日は正月元旦となる。旧暦の正月一日は、もちろん月の満ち欠けによる周期ですので毎年(太陽暦=新暦に対して)ずれが生じます。

 このご時世にわざわざ旧暦の正月を云々言うのは、別にへそ曲がりの戯言というわけでなく、ちょっとだけ想像して欲しいからなのかも。昔(つい150年程前まで)は、この時期が新年を迎える時期であったことを。梅がほんのり色づき、春の息吹が日の長さに感じられるようになり、空気が完全に乾ききり、いよいよ冬も峠を越してきたかと思いだすこの頃がお正月だったということを。旧正月の習慣をいまだに残しているアジアの人々の、古来の文化への愛着の持ち方に少し羨ましさも感じるほど、あっさりと文明開化してしまったわが祖国。文化にグローバルスタンダードはいらないのにね。いつか農民が天下をとったら、旧正月と旧暦の復活を公約に入れたら楽しいだろうな。
 


※今からでも間に合う【新暦&旧暦対応カレンダー】
  ・・・こちら(オガワさんのHP)の画像内にあるメールアドレスへ注文できる
    みたいです。小松も今年から愛用し始めました。
    ご連絡されるときはここを見たとご一報くださると助かります。
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2005年02月09日

霧正月

睦月一日 【旧正月】 霧のち曇り

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 除夜の鐘も聞こえない旧暦の大晦日の昨晩、意地になって年越し蕎麦なんか食べたりして今日の睦月一日を迎えると、あたりはどこもかしこも真っ白な霧に包まれていた。前方30m先ですらはっきり見えない朝はドキドキしかけたが、旧正月だからといって何も変ったことが起こるわけでもなし。いつものようにアルバイトに出かけ、霧はいつのまにか穏やかに去り、いつものように昼飯を食べ、バイトで少しいい話が進み、冬の農作業の話などを事務員さんと交わし、夕方にはスーパーで茨城産のゴボウと埼玉産のニンジンと中国産のシイタケを買い、畑に寄ってシワシワの青菜を二束ほど摘み、日本代表のアジア最終予選のキックオフの前に腹ごしらえを済ませる。
 もうすぐホイッスルが吹かれる。誰のために日本代表を応援し、誰のためにBlogを書いているんだろう。僕はいったい誰と試合をするのだろう。ピッチ上に立つのはいつの日なんだろう。今日からまた、ひと年の巡り、月の満ち欠け十二回を数え始め直す。

 おおお、試合開始だ! さあ、集中集中!! ガンバレニッポーン!!!
 
posted by 学 at 19:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月10日

お米のベッド

睦月二日 晴れ

 先々週から先週末にかけて、今年から江南で始める水稲作りの第一歩として、苗床の準備作業を進めた。これまでの二年間は、冬から農作業する機会に恵まれなかった為にこの作業はしたことがなかったのだが、(なんでもそうだが)初めての作業はやはり楽しい。

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2005年02月12日

朽ちるまで…

睦月四日 曇り(風冷たく)
 
 さいたま丸ヶ崎自然農の会に参加する。メイン作業は、昨年、志半ばにして記憶の片隅に追いやられた、ユキヤナギの雑木林の開墾。詳細は昨年の記録及び公式HPに任せるが、要点は、木を切って、切り株を残して、その切り株の合間にて自然農(不耕起)で作物を育てる。数年間、成長を続けようとするユキヤナギを絶え間なく切り続けることでやがて朽ち、その土に張り巡らされた根は最高の空隙、肥やしとなり、微生物豊かな土が続いてゆく。・・・はず。

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 <ユキヤナギの切り株?>

 はっきりいって、林の開墾から始めての、究極の自然農の醍醐味を味わえる勉強会は、ここを置いて他にないのではなかろうか。もちろん、寡聞のインチキ百姓が、井の中の蛙であるとしてもね。無手勝流かつオーソドックスも学べて面白いです、はい。

 こっそりと、カマキリの卵がくっついた枝を江南に持ち帰り、今年の害虫駆除の主役になってもらおうとニヤリと企む。

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 翌日は、何故か田んぼの周りを参加者20数名にて土木作業。公園のようなお散歩コースを賞味2時間程で整備完了。自然農の会かどうかはともかく、築城してるような、基地作りしてるような、アウトドア遊びを満喫。要所要所で手を抜いて、いかにも働いたような顔をして、汗をぬぐう。二日間、心地よい疲れが体に溶けてゆく。すこぶる、ビールがうまい。
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2005年02月16日

空の寒さ

睦月八日 雪のち雨

 昨日は太陰暦の一月七日。七草粥を用意する心のゆとりがないまま夜を過ごし、その明くる朝、七草粥をあざ笑うかのように、重みのある雪が舞った。用事の為に東京に出かけることになった朝。

 江南での雪の朝よりも、心なしか、東京での雨の昼のほうが寒さが沁みる気がした。雪が降るか雨が降るかはもちろん気温の差なのだろうけど、どうして雨の東京のほうが寒いのだろう。ふと、街の気温はともかく、上空の温度に関係するのかもしれないな、と思った。東京は、いろんないろんな煙と湯気と息とガスで、江南よりも「空」が少しだけぼんやりと暖かいのかもしれない。一度空で溶けた雪は雨となり、街に降りるまでは、再度は雪に戻らないのだろう。たとえ街の気温が、雪の田舎より寒かったとしても。まったく科学的でなく、ただ単に、なんとなしに、そう思った。夕方江南に戻ると、寒さは増し、しかし雪は雨に変わっていた。

 空の寒さと街の寒さは違うのかもしれないなと感じた、冬の、本当に、真冬の寒さが沁みる夜。
posted by 学 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

秘密の空間

睦月九日 晴れ

 午後のひと作業、合計7本の孟宗竹を切り倒し、無数の篠竹を刈り倒した。北の畑の上の竹山。昨年の春以降に、一度開墾(篠竹刈り)に手をつけたが夏の暑さに戦意喪失した場所。竹は春の来る前に制すべし、という全国各地で耳にする言葉を胸に、ここ数日は竹山征伐に集中している。

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posted by 学 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月18日

月と農業

睦月十日 【雨水】 曇りのち雨

 【雨水】…陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也(暦便覧)
      空から降るものが雪から雨に替わる頃、
      深く積もった雪も融け始める。
      春一番が吹き、九州南部ではうぐいすの鳴き声が聞こえ始める。
      ※読み:ウスイ
      <参考:こよみのページ

 夕方からの雨が降り続いている。アルバイトからの帰りの本屋で、今月号の「現代農業」を手に取った。特集は「月と農業」。しつこいようだが、このBlogの日付は陰暦を用いることにしている。それは、昔から農作業と月の関係が深くて近いものだと感じていたから。季節の移り変わりは太陽暦、今日の【雨水】が示すように、二十四節句の暦は現代の一年と変わりはなく、季節による農作業の暦はこちらに基づいている。一方、毎日の移り変わりは太陰暦、ひと月の始まりが新月で、十五日が満月の、一巡り。このふたつを併せたものが、日本の旧暦で用いられていた「太陽太陰暦」である。

 月の満ち欠けに合わせて栽培するなどと真剣に話すと、(バイオダイナミック農法をはじめとして)世間ではカルトの類いと思われる危惧さえあるが、昔からの叡智の蓄積は、この満ち欠けの神秘を教えていることが少なくない。現に、江戸時代の農書にも書かれていることも多く、そうしてついに全国農業者の必携本ともいえる月刊専門誌に特集されるに至ったことは、当然といえば当然のこと、驚きといえば驚きの出来事とも言える。特集では、『サツマイモは新月の五日前に定植するとよく育つ』『新月に伐採した木は割れにくい、カビにくい』など、興味を引く話題が実証されながらまとめられていて、うなづく部分も多かった。

 自然の仕組みに耳を傾ける自然農が、月の作用に習う部分があってもよいと思う。薬(農薬)や栄養剤(肥料)に過度に頼ることなく、バイオリズムでうまく育つのであれば、それに勝る知恵もないものだろう。少しずつでもよいから、取り入れていくことを目指したいものだ。

 海は月に干き、月に満ちる。海から出た我々の生命が月のリズムに多少左右されていたとしても、決して不思議なこともあるまい。


recit … 今回発見したJeanさんのBlog。月のこと、シュタイナーのこと、
       植物だけでなく体のことなどもお手軽に読めて良い。
posted by 学 at 23:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

家にこもる

睦月十一日 雪

 明け雪に 着てまた戻す 野良着かな 

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 ようし、今日も一日農作業かあ。とカーテンを開けたら昨晩の雨が雪に変わっていた。二月の雪。少しもおかしくはない、二月の雨ではない、雪。晴耕雪読、本の日が少ない冬百姓の、休息日。


 
posted by 学 at 14:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月24日

脇役

睦月十六日 曇りのち小雨

 昨日の春一番から一転して曇天の下りる昼、自然農の田畑に冬の作業が進む。普段は米や野菜達の姿に隠れて表には出てこない脇役の姿を写してみた。

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 土に生きる微生物との共同作業こそ、自然農の本望。目に見えるものから見えないものまでの食物連鎖の末、分解された栄養素が根によって吸収される、これこそ単純明快な植物が育つ仕組み。自然農の基本は、「持ち込まない、持ち出さない」。つまり、畑の外から余分なモノ(肥料など)は入れず、また余計なモノ(雑草など)は無いので畑の外に出さない。しかし転換地(慣行農)から移行して年月が間もない土地は、地味(土地のもつ底力?)が豊かではないので、手助けしてあげるコトもある。そのオタスケマンの代表選手が『米糠』だ。栄養たっぷりの微生物の餌となり、分解もされやすく、畑の土を肥やし、しかも何より、無料で手に入る(実はこれが一番?)。即効性の「肥料」ではなく、あくまでも「きっかけ」としてとらえる。だから、数ヶ月前に田畑に振りまいておいて、しっかり分解されて土に馴染んだ頃を作物を育てる時期に合わせることになる。

 その糠を振りまく姿は、さながら枯れ木に灰を振りまく「花咲か爺さん」を思わせる、なかなか優雅な身のこなしが肝要。小脇に糠を乗せた手蓑(てみ)抱え、手先からスナップを効かせて振り撒いて歩き回る。均等に、撒きすぎず、薄すぎず。田畑に振り撒き終わるころには、作業着中が米糠まみれになるというのが、自然農の冬の定番となる(嘘)。
posted by 学 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然農のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

ご利益あれかし

睦月十七日 晴れ時々曇り

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 文殊寺の「大縁日」に足を運ぶ。あれから一年かあ。ふとしみじみ。今年はまだ「おみくじ」を引いていなかったため、「知恵の菩薩」というご利益を期待して今年の運勢を占うことにした。(お寺でおみくじ?おみくじは神社だろう?という自分の疑問は封印する。)

 かくして番号の記された棒の入った霊験あらかたなる木箱を振り、出てきた数字は「百」。縁起が良いのか悪いのかわからぬキリ番に、なにかの予感を感じながら、宮司さん(これもお寺ではなんと呼ぶの?)から神々しき白いおみくじを渡された。

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 結果はご想像に。帰りの屋台で500円のお好み焼きを頬張って、気炎を上げることにした。やるぜー!!
posted by 学 at 22:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

春来る前の一日

睦月十九日 晴れ

 田んぼの縁を沿うように飛ぶ、気の早いモンキチョウ一羽に会った。風もない暖かい日となり、新しい季節の息吹と、一年という経過した時間と、これからの目の前の作業の大変さを感じる一日となった。

 今日の作業は、田んぼの溝堀りである。自然農の水田は、耕さない。よって社会科の時間に耳にしたこともあるだろう代掻き(シロカキ)という作業は行わずご存知ドロドロの田んぼにはしない。耕さない田で米を作ることに試行錯誤された自然農のパイオニアの一人である川口由一氏は、20年以上の試みの中で水田の中に適度に一段低い溝を切ることを取り入れた。その機能性は詳述しないが、この発明とも言える「工夫」は、耕さない水田における水管理方法の主流として全国の「川口風」自然農の場で広く取り入れられている。多聞にもれずインチキ百姓も、それにならうことにする。とはいえ取り組む田んぼの広さは七畝半(約230坪≒約750u)、溝を切るといってもひと仕事なのは明らかだ。
 さて、まずは田んぼの外周に溝を掘っていくことにする。手順など特にはないが、溝幅(20cm程度)の左右にスコップをいれて筋をつけ、それに直角にスコップをいれて土を掘り出す。掘り出した土は田んぼに戻し、この時土が均等に散らばるようにスコップを大きく投げ振って田んぼの中に撒き散らす。頭など使わず、ひたすら力が頼みの地道な作業である。一日で周囲約150mの5分の一ほどを終えた。日の沈むころには、両腕がパンパンになっていた。足りない頭で考えても、もし友人が5人来てくれていたら今日一日で外周の溝掘りは完了している計算になる。ふむふむ、しからば小生のすべきことは地道に一人で取り組むことに非ず。作業の手伝いに朋友どもを引き込むことに他ならない。これから田植えまで三ヵ月以上ある。さあさあ、口ばかりの訪問希望者よ。我こそはと名乗りを挙げて自然農の醍醐味(??)を堪能しに来るがよい。

 追記。今日の作業で、昨年の春に購入した地下足袋の踵が抜けた。ぼろぼろになって最後は見事に大穴を空けて役目を終えた。ちょうど一年で一足、幾分長持ちし過ぎかもしれないな。今年はもっともっと田畑に向かって、おまえよりも早く穴を空けてやるぞ、と鼻息荒く供養を済ませて一年の共同作業に感謝を捧げた。ご苦労様でした、マル。

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 昨年から生き長らえたキミドリが、萌える命の執念をひと枝に灯した。来年こそは満開を期待したい。
posted by 学 at 19:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 田の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする