注)記事の日付は太陰暦を用いております

2005年06月02日

雑穀とやら

卯月二十六日 曇りのち雨

 雑穀を育ててみたいと言う友人が、雑穀の種と雑穀雑誌を持参してやってきた。健康食ブームの到来で、小生が子供の頃には食材としての存在がほとんど認識されていなかった(もちろんそれよりちょっとさかのぼれば常食していた時代があるのであるが)「ヒエ」「アワ」「キビ」などのいわゆる雑穀が注目されている。

 ひえ、あわ、と聞いて思い出されるのは、日本昔話に登場するような貧乏百姓が泣く泣く口にする食べ物のようなイメージがどうしても拭えずにいるのであるが、その裏には、日本にしっかりと根付いた食文化のひとつであると言える事実が隠されている。友人に借りた雑穀雑誌「つぶつぶ」に書かれてある「日本発祥の雑穀 ヒエ」というフレーズも(根拠や定義は全く不明ながら)なんとなく心に引っかかるものがある。五穀豊穣の「五穀」とは、一般的には米、麦、豆と、粟(アワ)、それに稗(ヒエ)か黍(キビ)を指している。仮にも百姓を表する者が五穀を知りませんでは済まされまいと、今後少しずつ勉強していくとともに、栽培にもトライしてみようではないか。

 あわてて農事暦(作物栽培の目安カレンダーのようなもの)を広げてみると、これまた若干時期が遅れた感じが否めないというテイタラクぶりではあるのだが(友人すまぬ)、誰かの言葉ではないが「やってみるが勝ち(価値)」である。雨が降り出す前にせっせと蒔き床をこしらえ、友人持参の「タカキビ(高粱、モロコシ)」と、小生の手に入れた「モチキビ」を蒔いた。雨のお陰で他の「アワ」数種は蒔けず。まだ間に合うか。何気に惹かれている「ヒエ」は手元に種がないので来期に試みたい。


 土を均して指で窪ませた穴に、五粒ほど放って土をかぶせ・・・
 
  050602takakibi2   050602takakibi1(←種見える?)


 草を被せる。さあ、芽はでるか。

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2005年06月04日

後ろめたさ

卯月二十八日 曇りのち雨のち曇り

 昨晩のバーレーン戦の戦果に酔いしれて、今日は遅めの起床となった。少しの後ろめたさを後頭部に追いやって昼まで布団をかぶる。午後からは曇り空がさらに濃くなり、水の張られた家の前の田んぼ(注:近所の人の田)に水紋が落ちだした。
 雨が振り出すと心理的に畑作業をする気が小さくなるが、その気持ちを逆に利用して、やってしまえることもある。畦の雑草刈りはその一つである。天気のいい日はついつい畑作業に専念したくなるもので、畦草刈りなどのいわゆる二次的作業は後回しになりがちなのだ。この小雨模様は、そんな後ろ向き作業にピッタリなのである。いざ、刈り払い機(小型エンジン式の草刈機)を担いで大家さんに管理を頼まれている休耕田へ向かう。無心に小一時間、自然農の思考を頭の隅に追いやって伸び放題の畦草どもを刈り倒す。雨は強さを増し、ずぶ濡れになるのもお構いなし。隣の田んぼではトラクターに乗って遅めの代掻きが続けられているのもあって、こちらも雨を理由に作業をやめるわけにもいかんのだ。くだらん意地なのだ。
 幸運なことに、作業がほぼ終わりかけた頃に燃料が底を突いた。回転刃がとまり、草刈りはもうできない。いやあ、残念。お先に失礼します。と白々しく隣に挨拶して、家路に向かった。
 とはいえ草刈りはまだまだ他の場所も残っている。どうするか、よし、もうちょいやるかと燃料を補充した矢先、アパートのすぐ裏に大音響の雷がスパークした。くわばらくわばら。草刈り機に雷が落ちるとは聞いたことはないが、不精者が作業を終えるには十分すぎる理由である。

 ほどなく雨があがり、また作業ができる空模様になった頃には、シャワーを浴びて部屋着に着替えたインチキ百姓はまるきり意欲を失っておりましたとさ。こんなんでいいのかいな。明日、再度作業を継続することを誓い、またもや後ろめたさを追いやった。そんな一日。


タナカ工業・・・敬意を表して愛用の刈払機メーカーのHPを。
         愛用機は近くのホームセンターで19,800円の特価でゲット。
         (ベルト&マスク付)。今も昔も農家の大切なパートナー♪
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2005年06月06日

麦秋

卯月三十日 晴れ
 
 昨日は二十四節句の【芒種】であった。

【芒種】…芒(のぎ)ある穀類、稼種する時也(暦便覧)
     稲の穂先のように芒(とげのようなもの)のある穀物の
     種まきをする頃という意味であるが、現在の種まきは
     大分早まっている。西日本では梅雨に入る頃。
     ※読み:ボウシュ
     <参考:こよみのページ

 芒種の頃は、日本では種まきと限らず、田植えの季節と位置付けられてきたようである。ただし、小生のような愚農でなく、(当然のことながら)しっかり苗を育てることができた者にとってということであるが。
 この5月末から6月頭にかけて北埼玉の田園地帯では麦の穂が湿気を増した風に揺られる姿が見られる。それはまさしく「風の谷のナウシカ」に登場する「金色(コンジキ)の野」という表現がふさわしい、優雅な風景である。周囲にはむせ返るほどの濃緑が盛り、その中にギラギラと麦穂がたなびく姿には、ついついウットリしてしまう。
 育ちの悪い武蔵野自然農園の麦たちも、なんとか麦秋にこぎつけたようで、幾分胸をなでおろした。麦秋を経て芒種に至ると、いよいよ入梅の声が近づいてくる。

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2005年06月07日

ヤギも食わない

皐月一日 晴れのち曇り

 自然農的なもののひとつに、「鉱物資源をなるべく使わずに」という視点がある。

続きはクリック!
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2005年06月09日

お水サービス

皐月三日 晴れ時々曇り

 先月(5月)半ば、サツマイモの苗を植えた。昨年の失敗を念頭に入れ、土の下に水が溜まりそうにない箇所にちょうどきり良く五十本。5月後半の晴天続きに、三分の一ほどが苗枯れ気味になりかけたが、思い出したように適度に水遣りに気を配った甲斐もあって九割ほどが順調に根を張り始めた。残りの一割も、まだ完全に死んだわけではなく、土の上の蔓を枯らしておいて土の下にはチャンスをうかがうように苗蔓が生きているのだ。他に比べて生育は遅くなるが、根を張り蔓を伸ばし始めればこっちのもの、それまでもうしばらく、水のサービスを続けよう。
 自然農の畑では、草に土が覆われるために、天然の水遣り(要するに雨)で十分だと言われることもあるが、そこはほら、畑次第ってやつで、雑草もセイタカアワダチソウがほとんどで土も固くて乾燥が激しいようなこの地では、適度に必要というわけ。だって昨年水なしで苗を枯らしたこと数も種類も限りなしですから。そこはほら、何事も経験ってやつで。
 それにしても水汲み場の近くにないこの畑は、ポリタンクで運ぶのも一仕事。適当に雨でも降ってくれたら楽なのにね。と愚農はひとりごちる。

 
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 〜イモ蔓の 空向く顔に 運び水〜

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2005年06月10日

入りました

皐月四日 雨

 昨日のBlogで「雨でも降ってくれ」と書きながら、実は横目で今日の台風の予報を眺めていた。空も風も感じずに明日の天気を読もうともせず、雨の訪れもわからずにせっせと水遣りをしている姿は、なんとも滑稽である。
 報道によれば今日から梅雨入りのよう。もうそんな時期かと思っていたが、日記を見ると昨年はもっと早い梅雨入りであった。季節の巡る時期の正確さには、いつもながら驚かされる。入梅が近づくと書いて4日、雨が欲しいと書いて1日、実は季節をわかり出してる?などと思い上がりながら、雨空を見上げて、昨日蒔いた種のことを思う。

 雨に濡れる畑には出れない代わりに、昨日の畑のベストショットをば。

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 鈴なりにゆれるエンドウマメでござい。
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2005年06月12日

無心しに行く

皐月六日 晴れ

 30℃近くを記録したこの日、久しぶりに丸ヶ崎自然農の会に出席した。わが田んぼの苗床の惨状を省みて色々と示唆をいただければ(と多分に打算的な動機を抱えてであるが)これ幸いと顔を出してみた。
 到着した午後は、メンバー諸々が田植えをしたり準備をしたり、はたまた休憩小屋作りの木材加工に、と熱射の下で精を出している。いつ来てもそうだが、他人の畑へお邪魔することは勉強と刺激の山である。雑草の様子、土の様子、手入れ具合、育ち具合、自分の畑と比べてなんと違いの多いことか。言葉にするのは難しいが、いつも必ず何かを得て、帰路に付くことになる。(こんなこと書くと大将軍様に年貢を徴収されかねないが。)
 雑穀の話をすると快く「種」を分けていただき、田んぼの話、畑の話でいろいろと教えを請う。その代わりとはいかないものの、体力仕事をちょいと手伝い、またせっせと情報交換に勤しむ。今年の稲の苗がなかなかうまくいっていない事やこれから雑穀を撒いても時期は大丈夫かという相談をしてみると、ひょいと面白い話も飛び出す。『昔は稲の苗作りに失敗した時に、窮地の策で雑穀を撒いたというから時期としては田植えの頃でも十分だ』とのこと。なるほど。まさに小生の立場そのままではないか。そうかと合点に膝を打ち、やる気が復活する。であればあとは実践のみ。2ヶ月ぶりの参加であったが、視野の狭さを解きほぐすいい機会となったことに感謝したい。

 次回はもう少し、手伝い時間を増やしますねー。
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2005年06月13日

尚武(しょうぶ)園にて

皐月七日 晴れ

 050613shoubuen 

 アルバイトからの帰り路、「花菖蒲(はなしょうぶ)園」の看板が目に入った。そういえば二日前は旧暦皐月の五日、端午の節句であり、菖蒲にまつわる日である。これはと思い立ってハンドルを切り、足を伸ばしてみた。川沿い一面に広がる、色とりどりの花畑。こうしてゆるりと菖蒲の中に佇むのは初めてのこと、キレのあるたたずまいに、力強さを感じる立ち姿に背筋が伸びる思いがした。

 「皐月」とは、諸説あるものの「早苗(さなえ)を植える月、早苗月」からの転とされ、梅雨にかかるこの月は昔より田植えの時期とされている。漢字「皐」には、「神に捧げる稲」という意味があり、そこから「皐月」に当てられたとも言われている。(参考、引用:語源由来辞典
 
 日本では古来より、この時期の田植えの儀式に、厄除けとして菖蒲の葉を用いてきた。端午の節供に「菖蒲」が関わってくるのはこのためであり、やはり新暦の6月頃(年によって多少ずれるが)が適期と思われる。もともとは、日本での田植えの為の物忌みの行事と支那からの旧暦五月五日の端午の行事が結びつけられたことが起こり。そのうちに菖蒲が「尚武」と読みが重なることなどから、武家時代に男子の節供として広く根付いてきたというのが、現在の「子供の日」の所以である。そうなると、やはり物の道理を問うならば、旧暦の歴史性に軍配を上げざるを得ないというのが小生の心情。季節と大地と歴史と風習、文化とはこれらであり、その物語性に耳を傾けることによって初めて「日本の文化」に魂が宿るように思われてならない。

文章の鼻息が少々荒い気がする。どうやら日本男児の尚武の心をくすぐられたのかもしれない。
 

室礼(しつらい)
  …日本の美しき生活文化を伝える「室礼三千(しつらいさんぜん)」のHP。 
   室礼とは「しつらう」こと。日本文化の奥深さを垣間見る。いやはや、粋。
  …端午の節供についてもここで多くを学ばせていただいた。
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2005年06月14日

生存確認

皐月八日 晴れ時々曇り

 梅雨の晴れ間に田んぼにでた。今年メインに作りたかった白米用の苗は芳しくないものの、古代米の数種類はまだまだ望みは残っているのである。二重に張ったネットは数箇所破れており、スズメのしたたかな攻撃に改めて驚く。厳重に重ねたネットは外すのもやはり一苦労で、一人作業できれいにと思ってもなかなか難しい。何度となく引きちぎってやりたい衝動に駆られるものの、上手に外して保管できればまた別の用途に利用できるため、貧乏百姓は必死になる。伸びた雑草がネットに絡み、外した後にも地面の小枝が引っかかり、靴に、ズボンにと、悪戦苦闘してようやくネットを外す。そんなに気をつけて作業したにもかかわらず、途中で集中力が減ったせいだろうか畳み終えたネットを改めて見なおすと、どうも再利用する自信が湧いてこない。う〜む、物悲しきはこのことかな。

 さて、と苗床に目をやると、やはり古代米の元気な苗の姿が目立つ。あきらめかけていた今年の米作り気分の後押しとなるに十分。白米の苗床は、と見ると、やはり稲の苗はまばらであり、雑草の芽が背を伸ばしている。しかし、ゼロではない!と気合を入れ、少し遅くなった雑草取りをいざ開始させる。昼から始めた草取りは集中力が切れることなく数時間続き、稲の苗のみになった苗床(一般農家にとってはなんとも当たり前の状態でしょうが)に模様替えを果たす。するとである。意外や意外、白米の稲達も、順調とは言えないまでも、まばらに、確かに、命を根付かせているのだ。もちろん予定量とはいかないが、まずはこれで勝負できる。好意に甘えて苗を分けてもらうことも数年の経験で身に付けている。

 さあ、少々遅くなりましたが今年の田植えの準備ほぼ整いました。いよいよ遅れた水張りをスタートし、田植えへのカウントダウンと参ります。

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 (生き残り古代米は元気)

 早苗月、皐月、田植えは来週からスタートなるか。
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2005年06月18日

原点

皐月十二日 星空@晴海埠頭

 「第0回 国●祭」開催。大学の友人の呼びかけによって、年度を越えた先輩後輩たちが集い、数年ぶりの再会やいつもの顔ぶれにグラスが進んだ。

 屋形船に酔いしれ、終電を越え、大学時代にもどって公園の芝生に座り、コンビニフードと缶ビールを手にまどろむ。普段は数億の金を動かす男も、日の丸を背負って汗をかく男も、野良仕事も、不良婦人も、クールビズも夢想家も、みんな、原点はそんな夜。

 三々五々に家路について、また明日へ。


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>Big thanks to ryuici, taka!
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2005年06月21日

夏、来たれり

皐月十五日 晴れ

 今日から秋分までの三ヶ月間、暑い暑い夏が主役となる。気が付けば7月はもう間近。大学の頃ならもう夏休み直前、そりゃあ暑いがな。
 
 セイタカアワダチソウが、畑に溢れ出して来ている。参ったなあ。昨年と変わってないじゃん。自然農は、一筋縄ではいかねえっす。

 昨年の夏至の頃を読み返すと、ジャガイモの収穫に喜びをあげていた。今年は、、まだまだ花もつけておらんのう。自然農は、一筋縄ではいかねえなあ。

 そろそろ、真昼の土からはムンとする湿った熱気が昇りだす。それは草のある証拠であり、自然農の証拠でもあるのだが、これが昇りだすと昼の農作業は耐えられない拷問となる。朝が心地よい季節になり、海が恋しくなる季節になる。


【夏至】…陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以て也(暦便覧)
     一年中で一番昼が長い時期であるが、日本の大部分は梅雨の
     時期であり、あまり実感されない。
     花しょうぶや紫陽花などの雨の似合う花が咲く季節である。
     ※読み:ゲシ
     <参考:こよみのページ

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2005年06月24日

日課へ

皐月十八日 曇り/早朝

 網戸から漏れ入る、湿気に濡れた朝の空気で目を覚ます。夏至を越えた朝は尚早く、おぼろげに明るい窓の向こうが眩しい。不快指数が膨れ上がった昨晩も、朝を迎えればまたこうして涼しさが訪れる。
 ベランダからのぞく田んぼの水位が気になり寝ぼけ眼をこする。雑草がぐわんと茂る田植えの進んでいない田んぼが、一面水かさが増している。初めての一人の田んぼは、水位の確保にすら一喜一憂となる。

 これからも朝の日課になりそうな、ベランダからの景色。

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強制連行

皐月十八日 晴れ/昼

 先日の予告どおり、丸ヶ崎自然農の会に苗を無心に出かけた。イセヒカリをほぼ一畝分以上と、赤米少々に、他言無用の「○○モチ」少々。スーパーで仕入れた発泡スチロールの空き箱に移し運び、拉致して車に連れ込む。明日から早速江南の土に。親元から引き剥がした彼ら彼女らは果たして根付くのか。即席の苗箱に一見不安そうにたたずむ姿は太く、長く、たくましく成長している。畑状の苗床にて過度の肥料と水に甘えることなくしっかりと伸ばした根は、自然農ならでは。今年の苗は今まで一番の出来だとか。ゆったりと年月を重ねて満ちる自然農の喜びは、こんなところにも顔をのぞかせる。

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>将軍様はじめ丸ヶ崎の皆様、とにもかくにもご提供感謝いたします。
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2005年06月25日

シエスタ

皐月十九日 晴れ(真夏日) 

 大学時代の後輩が、田植えの手伝いに顔を出してくれた。昼には作業にならないという忠告を守り、がんばって朝早くに到着。頼もしい二の腕と雑草刈りが好物という農学部(出身大学では異称だが便宜上そう呼ばせていただく)卒の女傑は実に心強い。日焼け止めを塗り忘れて顔を赤くさせながら、午前中を田植えに勤しむ。負けじとペースを上げて田植えを進める小生も、いくぶん慣れた手つきで三度目の自然農での米作りを楽しんでいる。
 昼休みはたっっっっっぷりとシエスタ。自宅待機を決め込んで夕方、作業を続行。草刈りと田植えを少しずつ交互に進めてようやく目標のラインまで到達。日が沈む頃、昨日持ち込んだイセヒカリを完植して終了。女傑に感謝、感謝と頭を下げる。(女傑といっても正体は細腕の美人であります点を補足)

 さてさて、明日からまた一人で田植えか。こりゃあきついな、とあくまでも無理をしない事を密かに誓う。

 田植えを断って温泉に行きやがった企業戦士め。過労でぶっ倒れてしまえ。こっちは熱中症で倒れてやる。作業は許してやるからとりあえず飲もうぜー。
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2005年06月26日

やる気マンマン

皐月二十日 晴れ(空梅雨、真夏日)

 昼前、じとりと汗が滲む。朝早くからの田植え作業を済ませ、水門へ。バルブを丁度八回まわし、勢いをつけて田んぼに水を送る。
 
 昼。何もやる気が起こらぬ暑さに冠を脱ぎ、見る予定もないビデオテープを流し、昼飯も食わずにウイスキーコークを腹に入れる。アメスピのオーガニックを半分ほど吸って、トマトとパプリカのサラダを食べる。なぜか思いつきで、昨年の小豆を煮立ててて超つぶ餡のアンコを作ることにする。キッチンが地獄のように熱い。
 アンコの水分が発ち甘さが強みを増しだす頃、部屋でうだうだと過ごす自分に腹が立ち、単車にまたがり周囲を飛ばした。午後深い江南の風は、思ってたよりも涼やかだった。コンビニで週刊雑誌を立ち読みした後、バイクをぐるりと回して畑の脇を通り抜けた。ここ数日の田んぼへの愛着で機嫌を損ねた畑が、雑草の繁茂という仕返しで御主人様の浮気心を攻め立てる。麦も収穫のタイミングを越し、浅黒くすねて小生を待つ。そんな畑を横目に、水門へ。バルブを逆に七回半回し、水張りを抑える。夕方の作業は、今日はしないことにした。

 空梅雨よ、とっとと雨と俺のやる気を返せ。

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2005年06月30日

朝カレー

皐月二十四日 雨/朝

 朝5時に起きるのが最近身についてきた。梅雨が少し戻ってきてくれたのだろうか、久しぶりの雨音が窓の向こうに聞こえていた。早起きして畑に出られないと、ずいぶん手持ちぶさたになる。昨日睡眠時間をたっぷり取れたせいだろうか、朝からやけに食欲がある。キッチン周りをキョロキョロして、タイカレーを作ることにした。野菜を適当に炒めて、ペーストを入れて、20分で完成。窓を開放し、梅雨空を見上げながら、カルピスと共に腹にかきこむ。湿気に合うよね、タイカレーは。今日は朝から調子が良さそうだ。

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posted by 学 at 11:23| Comment(4) | TrackBack(0) | 食の喜び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする