注)記事の日付は太陰暦を用いております

2006年07月02日

押されるメジロ

水無月七日 曇り時々雨、時々晴れ

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 亀やら、農園カフェオープンやら、一日一食やら、そして田植えやら田植えやら田植えやら。8日前からスタートした、朝から晩までひたすらに草を刈り、苗を取り、苗を植える日々の中に、頭と心を刺激することが盛りだくさん。書きたいことはメジロ押し。押されるメジロばかりで文章にする時間が手に入りません。毎日少しずつ、今週は記事アップがんばります。嬉しい悲鳴半分、体からの本当の悲鳴が半分。

 あー、車検が来週切れる。。。。なぜこの時期に。。。


 とりあえず、先週から植え始めた田植えも、折り返し地点通過(希望的観測)♪ 明日からさらに一週間、メジロは続きます。


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振り返る友人の後姿を背景に苗を激写!!

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2006年07月03日

収穫の先に

水無月八日 曇り

 畑の中で一番早く、インゲン豆が実をつけだしている。インゲン豆は育てるのはなかなか簡単で、自然農でも良く実をつけやすい野菜のひとつである。場所があると、ついつい種を蒔いてしまうこともしばしば。とはいえ小生、インゲン豆をおいしく食べる料理をあまり知らず、味噌汁や茹でて胡麻和えなどバリエーションが少なく、採れたはいいがはてどうしたものかと困る野菜のひとつでもある。


 ところで、田畑から歩いて数分のごく近所に(つまりは家から数分であるが)、素敵なくつろぎ空間がオープンした。フランスの農家レストランで経験を詰まれた永野さんご夫婦が営む農園カフェ「ピクニック」。地場の旬の素材を使ったランチボックスやサンドイッチなどをメインに、ケーキやデザート類も揃えており、開放的なオープンテラスに腰掛けて食べていると、心地よさ満点の休息時間をとることができる。「つくし農園」でも小生が多分にお世話になっている「ルーラル吉瀬」の一角、ブルーベリー園の入り口にあってベリー園の受け付け業務も兼ねて営業されており、ブルーベリーを使ったデザート類も嬉しい。

 オープン前に幾度か顔を合わせたりした縁で、自然農のことや農家レストランのことなど立ち話を交わす機会もあり、今後も仲良くさせていただきたいと(勝手に)期待させていただいています。週末、オープン祝いを兼ねて収穫したばかりインゲン豆をお持ちすると笑顔いっぱいで喜んでいただき、「早速明日のメニューに使いますね」と嬉しいお返事が返ってきた。翌日、舌なめずりをしてサンドイッチセットを注文すると、サイドメニューの一品に、我が農園のインゲン豆が見事に居座っておりました。

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 家に持ち帰って、ついつい撮影会。豚のしょうが焼きバーガーに、サツマイモのサラダ、そしてインゲンと玉葱のトマト煮。味の美味しさは言うまでもなく、こうして素晴らしい料理となって生まれ変わる喜びに、しばし興奮さめやらず。

 自分一人の消費で終わることなく、その次の喜びにつながる自然農へ。これからのテーマを膨らませてくれる、素敵な出会いとなった「ピクニック」さんに大感謝。
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2006年07月05日

主(ぬし)たち

水無月十日 曇りのち雨

 とにかく自然農を日常において生活していると、出会いにはこと欠かない。人間もさることながら、やはりメインは動植物となる。つくばに移って4ヶ月になるが、5年以上放置されてたという水田エリアには、主(ぬし)となって生活していたモノたちが、田植え前に草刈りを進めるごとに「せっかく居心地のいい場所を邪魔しやがって」と言わんばかりに挨拶に現われる。

 鳥たちはその羽で容易く飛びたち住まいを移していくが、そうはいかないモノたちもいる。蛇、ドジョウ、カエル、イモムシ、水田エリアの定番の彼らであるが、ここ最近で一番驚いたのが、彼だった。

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 写真を↑クリック↑して真上からの姿もどうぞ。

 
 現在、捕獲して紐で括って生態調査中。どうやら雑草ジャングルがお気に入りのよう。一番大きいこやつは、甲羅の大きさで文庫本ほどであり、手にとるとギョッとするほど大きい。その他にも小型サイズが2匹以上見つかっており、家族なのか恋人なのかはともかく、生活をしていることは間違いないらしい。農薬使って、耕運機で耕して、雑草一本ない水田で、果たして彼らが生活し得るだろうか。こうした出会いが増えるたびに、自然農の懐の深さをまた知ることになる。

 ただ今の、彼の呼び名は亀吉君。現在愛称募集中。
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2006年07月06日

一日一食

水無月十一日 曇りのち晴れ

 ひょんなことから始めることになった。

 人は食べないでも生きられる、というまゆつばものの話。突拍子もないことは得てして、多くの人に笑い飛ばされながらも一部の人を激しく惹きつけることがままある。世界のどこかで土だけを食べて生き続ける人や、水だけを飲んで生き続ける人がいるという話をTVで見ても、それはただのびっくり人間の範疇で括られてしまう。
 常識を疑う。そのための大いなる武器のひとつは、実践による体験である。「食べる」という常識に向かい合うことがどれだけ意味があるかはわからないが、現実に体を張って実験している人がいて、彼らは強く、「人は(それほど)食べる必要がない」と宣言している。人間は、生まれた時から食べることを欲し、それがいつしか習慣となり、まるで朝昼晩の三食を食べなければ文化ではないように思考が固まってしまっているが、いったい誰がそのルールを決めたのだろうか。人間はほとんど精神(脳)で生きているとすれば、そして人間が必要な摂取エネルギーは思い込んでいるよりもはるかに少なくてよいのだとしたら、もしかしたら人間は食事をしなくても(減らしても、と言ったほうが正しいだろうが)生活できるのかもしれない。食事の多くが排泄物として「消費」され、余計な摂取分は(もはや社会の病といえる)肥満となって「蓄積」される現代。無駄に摂取しておいて無駄にダイエットするという笑えない悪循環が先進国の一大産業となる一方で、途上国では今もなお解決の一端さえ見えない飢餓問題が存在する。

 「疑い」が「行動」に変わり、「現実」になるとしたら。

 
 一個人の動機は、ダイエットであったり、好奇心であったり、節約(笑)であったり、様々なはず。全く食べないというのではなく、一日一食にしてみたり、飲み物だけの生活にしてみたり、とやり方も様々であろう。大事なのは、「食べなくてはいけない」「食べることを我慢するなんて馬鹿げたことだ」という精神の束縛を疑ってみることではないだろうか。

 小生の場合。一日一食を始めて二週間を経過した。夕食は、何も我慢することなく思いのままに食べ、朝昼その他は飲み物のみ。毎日欠かさないアルコールは、夕食時に大いに楽しむ。一つの大きな変化、空腹の意識が徐々に無くなりかけてきており、夕食の食事量が、劇的に減ってきた。その日の都合で昼に食べたときは、できるだけ晩を抜く。ただし無理はしない。人に説明するのは面倒なのだが、それは仕方がない。先日知人に話すと、一種のヨガだねと言われ便利な言葉を発見した。ダイエットでもあり、好奇心でもあり、節約も兼ねているのが実情なのに、言葉を変えればたちまちロハスなヨガに早や変わり。なんとも説明しやすいご時世です。

 さてさて、いつまで続くのか、はたして、何かを見つけることができるのか。食欲のカタマリのような男が、変わることができるか。何事も、物は試しなのです。

 
不食の会:山田鷹夫氏が3年間実践してきた不食のススメ。
      かなり、本質をついた内容も見られます。

      著書「不食 〜人は食べなくても生きられる」もあるとのこと。
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2006年07月07日

体力の範囲

水無月十二日 曇り時々晴れ 【小暑】

 梅雨空のお陰でそれほどきつくはないとはいえ、小暑の日差しが雲間からのぞかせると、途端に汗が噴き出してくる。
 昨年より田んぼに足を運ぶ時間は増えているとはいえ、ここにきて、作付面積拡大による負担の大きさが体を襲う。計画上では毎日田んぼに向かい、こつこつこつこつ田植えを進めて予定通りのはずであった。しかし、二日丸々田んぼに出ると、翌日の脳みそと両腕は、計画遂行を頑なに拒絶することになり、休まないと無理だよ〜、と元々か細い意思が瞬殺でへし折られてしまう。

 なんだかんだと、亀のためとか虫のためとか理由をつけ、今年はどうやら田んぼの隅は雑草ジャングルのままになりそうな予感。一応、自然農的なジャングルの存在理由をあげてみると、今まで田んぼ一面に生活していた「水生ではない」昆虫たちや亀や蛇など、つまりは水田にしてしまうことで生きる場所を失ってしまう生物の、避難場所として確保してあげること。数値や理論では計りきれないプラスの要因があるかもしれないのです。何事も、プラス思考で参りましょうね。

 単純に前年より作業時間を増やしても、肉体的(精神的とも言えるのだが)な限界が作付量を決めるということも考えねばならぬと、来年以降の肥やしがまたひとつ増えた。

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 本日の収穫。赤葱、ズッキーニ、インゲン、赤シソ(自生)。たっぷりのオリーブオイルで炒めて、塩コショウ、最後にニンニク酢をサッパリかけて。美味。



【小暑】…大暑来れる前なれば也(暦便覧)
     この日から暑気に入り、暑中見舞いも出されるようになる。
     夏至を境にして、日足は徐々につまってくるが、実際には
     実感されないようだ。
     小暑の前後に梅雨が明け、夏の太陽が照りつけて、暑さは
     日増しに加わってくる。梅雨明け前の、いわゆる集中豪雨
     に見舞われることも多いので注意を要する。この時節、蓮
     が咲き始め、鷹の子が巣立ちの準備をはじめる。
     ※読み:ショウショ
     <参考:【室礼】和のこよみ
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2006年07月18日

平年と異常と

水無月二十三日 雨

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 平年であれば関東地方の梅雨明けは7月20日ごろとされる。ちなみに昨年の梅雨明けは18日である。晴れ間が遠い曇り空の下で稲の生育を心配し、強い陽射しを待ち遠しく思う。

 「平年」という言葉に惑わされるとついつい連想してしまうのが「異常気象」であるが、平年から時期がずれるとすぐに異常という言葉を使う風潮は好きではない。なんてことはない。毎年、入梅も出梅も、あきれるほどにバラバラなのだから。田植えの時期も収穫の時期も、人間人間にばかり合わせて予定しておくこちらがあまりにも単純すぎる気がしてこないわけでもない。もちろん、気象状況は収穫、経済、災害、など計り知れない影響を与えることはいうまでもないが、見方を変えて、そうしたお天道様の気まぐれに揺さぶられすぎない生き方を考えてみる、探してみるのもひとつの方法ではないかと思うのだが。

 自然農が気候に左右されにくいとは言われるものの、まだまだこの地で一年目、何が起こるかわかりません。偉そうなこと言う前に、自分の田畑を見つめることが先ですから。もう少し、梅雨明けは先になりそうです。


※参考…気象庁HP/気象統計情報
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2006年07月20日

試みる

水無月二十五日 曇り

 意図してこの2週間ほど、あえて草取りせずに、畑を放置してみた。

 つくし農園のプレーヤー参加者の畑では、参加者によって色々な様子の畑をうかがうことができる。その方の性格や、来られる回数などによってもそう、植える野菜、雑草の刈り方、まさに十人十色。今年の取り組みで小生が特に気になっているのは、比較的足を運ぶ回数が多くない方の畑と、足繁く通う方の畑の野菜の成長、実の結び方に、それほど差異がでていないように見えることだ。むしろ、大根や人参など、小生が二年間の実践でほとんど大きくすることができなかった野菜を、雑草の生い茂る畑の中で見事に収穫している方もいる。
 昨年までも勉強会には参加して他の方の畑を目にはしていたものの、自分の畑の隣に他人の畑があるのは初めてであり、そうした違いがダイレクトに感じられるのはとても大きな刺激となる。暮らしのすぐそばに田畑があることは「毎日を自然農」に過ごすものにはもちろん大切なことなのであるが、雑草管理の機会や回数もついつい多くなるのが人の性。しかし、複数人の取り組みを間近に見られることで、もしかしたら手を入れすぎることで育ちにくくさせている作物もあるのかもしれないという可能性に気づくことになった。

 さて、放任の後の畑の様子は・・・。

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見渡す限りの雑草の海。この時期の数週間とは恐ろしいものです。

↓↓↓

実はこの畑には

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サツマイモが埋もれ(いや、繁茂して)いるのでした♪


 今回の取り組み、正直、何もわかりませんでした。こういう実験をする場合、比較対照がないといかんよね。ひとつは放置、ひとつは管理という具合にね。初歩的ミスで、結果、ただの草茫々の畑を育てたことになりました。一応、雑草に負けずに野菜も、切磋琢磨して育っていたことを述べておかねばならないとは思います。予想以上によかった物、芋づるなどの蔓性植物。だめだった物、パセリ類(おそらく過度の湿度のせいか)。さてと、梅雨明け前に、また手を入れるとするか。

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2006年07月31日

不具合の種

文月七日 晴れ

 旧暦の七夕であった。ぎりぎりまで居座った梅雨雲がようやく姿を隠し、織姫と彦星の再会をなんとか祝福してくれたようだ。

 
 2000年に購入したノートパソコンがとうとう不具合を生じて、しばらく不便な日々を過ごした。今週末には新環境が整う予定なので、もうしばらくご勘弁ください。

 パソコンの不具合は、新しく購入することで解消することができるが、自然農の不具合はそうもいかない。つくばの畑には、虫、鳥に続いて獣の足跡まで聞こえるようになり、自分の区画や参加者の区画の収穫に嫌な影を落とし始めている。農と己がリンクしているわけではあるまいが、自分の悩みも尽きぬもので明けた梅雨空がうらやましいほどに有耶無耶した気持ちが晴れてくれない。一年ぶりの再会を楽しむ二人の星空の下で、なんとも湿っぽい話で申し訳なく思いながらも、しばらくは悶々と奮闘してみるしかない。
 
 人の気持ちって、思ってるよりも自然農の田畑に影響を与えるものなんです。

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自宅より
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