注)記事の日付は太陰暦を用いております

2006年11月04日

いろけとくいけ

長月十四日 晴れ 

<色>

 枯れる葉の 陰に卑猥に 成る瓜よ

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<食>

 食い忘れ 親イモ埋めて 増やす知恵
 
 061104oyaimo
 (↑クリック↑)


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2006年11月05日

昼寝の後

長月十五日 晴れ

 晴れた昼に満足して、うっかりと昼寝を過ぎるとぽっかりと月が昇っていた。

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 ひっそりと、晩秋の月を眺めるためだけに散歩をした。何気なく耳を済ませると、蛙がまだ鳴いているのに驚いた。稲穂、満月、蛙、百姓。明るい夜は手酌が進む。
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2006年11月06日

うまい理由

長月十六日 晴れのち曇り

 一日、畑に出て麦類の種まきに費やした。畝の枯れ草を筋上に刈り分けて土を出し、表土を除け、整えて籾を落とす。土を軽くかぶせて手で抑え、刈った草をかければそれでおしまい。それでも十畝(うね)以上こしらえると右腕が張ってくる。
 種まきに飽きたら、畑の周囲の荒れた藪に鎌を入れて体裁を整える。草の勢いは既になく、枯れるのを待つか、刈り取るかの違いなのだが、見通しが良くなると気分がすっきりするのは人の性であろうか。

 曇り空の11月では、4時半にもなると薄暗さが厚みを増し、5時には手元が覚束ないほど明るさを落とす。予定の畝の分だけ小麦を蒔き終えて、家路に着く前に間引き菜をさっと摘んで畑を後にした。

 夕食、育ちすぎたフダン草を炒めたチャーハンと、間引き大根と間引き小松菜の味噌汁をいただく。ざっざと作って食べながら、当たり前のように間引き菜で料理していることに少し驚いた。3年前に初めて自然農に向き合った京都では大根の芽すら育てられず、昨年までの熊谷でも、間引くほどの菜っ葉は育たなかった。なんとも味噌汁がうまいわけだ。


 感傷にひたるのはこれくらいにして。明日も麦蒔きと稲刈り。お客様も迎えなくては。

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2006年11月07日

visitor from UK

長月十七日 晴れ

 朝から、ポケット辞書を尻に挟んで田畑に向かった。耕す、化学肥料、昆虫、雑草、農薬、情けないほど英単語が出てこない。自然農は、shizen-nouとそのまま話すことにした。ええい、予習完了。

 今日は、農園のプレーヤーSちゃんが、友人のレズリーを連れて遊びに来てくれた。イギリスから観光で日本に来て、貴重な十日間の一日を自然農の農園を見に来てくれるのだから、存分に楽しんでもらわなければならんのだ。

 大学を卒業して6年というのは言い訳にしかならないが、農学を英語で読んだこともない小生に、自然農の真髄を伝えきるのは無理という話。だが耕さないこと、虫も草も敵としないこと、肥料も農薬も使わないこと、そして何よりも、自然農の田畑がかもしだす生命感が伝わればそれでよいのだと思う。それは、小生の足らない言葉ではなく、分蘗豊かな稲株を刈り、雑草を掻き分けて種まきをし、柔らかい土の中からサツマイモを手で掘り出すことで十分に伝わったのではないかな。草と虫とともに育つ大根、ゴボウ、サトイモたちが、自ずから語りかけてくれたのではないかな。

 初めての海外からのお客さんということで実は少々気負いすぎていたのは否めなかったが、レズリーのフランクさに助けられて、結局はいつもと同じようにマイペースで案内することができた。もちろん有能な(否、完璧な)通訳がいたおかげではありますが。決して自然農を求めて来たわけでなく、日本でのユニークな農体験として来たイギリスの女性を、特別の目的を持って招くわけでもなく、なかなか面白い取り組みだろうとちょっとだけ胸を張って招く。「わたしの庭の野菜たちもshizen-nouで育てられるかな?」という彼女の言葉が、何よりの喜びなのかもしれない。

 つくし農園の多角的経営方針のひとつに、海外交流も付け加えることに、、、なるか??

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Big thanks to S-chan, and nice to see you Leslie! Hasta pronto!



※自然農の英訳について
 
 EICネット(environmental information & communication network)では、自然農は「natural farming」として訳されています。もちろんこれで十分だと思っていますが、色々な含みもあることを承知で今日は「shizen-nou」とそのまま伝えることにしました。特に他意はありません。
 
posted by 学 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 新しき出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

早朝

長月十八日 晴れ

 冬の気配は早朝に生まれる。そう感じた朝。
 所用でバイクに飛び乗り、つくばの枯れた田んぼの間を走らせると、肌を切り裂くような冷気に驚いた。

 昨日は立冬。ここに戻ってはじめての冬。冬とは、次の春を準備する季節なのです。 準備してるか?と問い直しながらバイクのアクセルをふかした。


【立冬】…冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也(暦便覧)
     これから冬に入る初めの節で、この頃は陽の光もいちだんと弱く、
     日足も目立って短くなり、北国からは山の初冠雪の便りも届くなど、
     冬の気配がうかがえるようになる。
     冬の季節風第一号が吹き始めるのもこの頃である。
     時雨の季節でもあり、山茶花が可憐に咲き始める。
     ※読み:リットウ
     <参考:【室礼】和のこよみ>  



 とはいえ昼には、なるほど秋の陽気に包まれる。晩秋の収穫を済ませるまでは次の季節を思うのは早いだろうと、干された稲束を思い出していた。
posted by 学 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(1) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

それはそれで

長月二十日 晴れ

 体が本調子ではなく農作業に出かけるのが少しつらい時、そんな時は家の中の仕事にかかる。 

 にわか自家製のワイン、発酵(アルコール発酵)がひと段落し、いよいよ熟成期へ。果実分をざると布巾で漉して瓶詰めし、マロ・ラティック醗酵を待つ。舐めても酸っぱいだけの液体が、果たして見事に熟してくれる、とのこと。極秘プロジェクトは静かに進むのである。

 さて次。先日田んぼの隣の爺様からいただいた白菜と大根が食べきられずに、漬物でも漬けてみることにした。どちらも半日、天日干しして、なんやかかんやらやって漬けもの壷へ放り込む。これもまともに試みるのは初めて。食いきれないほど漬けたので、そのうち食べに来てみてくだされ。

 夜。体を気にして質素に。掘り出した後に陰干ししていたサツマイモと里芋の泥を払って、蒸す。それだけ。黒米ご飯と蒸し芋と、ゴボウの炒め物。うまい。 本日はノンアルコールにて、養生養生。

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竹ざるで蒸かしてみました。



 家にいると、それはそれでやることだらけなのだよね。


※マンズワイン:ワインのできるまで
 ワイン作りを文字で知る事ができる。こうして見ると、ワイナリーも手作りもすることは同じなのだと実感する。
 
posted by 学 at 23:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 食の喜び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

交差

長月二十九日 雨

 筋肉痛がようやく治まったと思ったら、右足のふくらはぎが軽い肉離れを起こしてしまっていた。先週末の、出身大学の学類(学部)のサッカーチームが開催するOB戦から一週間。晩秋のいつもの行事のツケが今頃回ってくるとは情けない。

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 小降りの雨の中の試合ももちろん楽しかったが、その後の打ち上げも大いに楽しんだ。月並みな表現だが、楽しんだ。ユニークで、バイタリティのある後輩たちとグラスを交わし、ようやく皆の前で恥ずかしくなく自分の取り組みを話せていることに気づいた。まだまだでありながら、つくばという土地で自然農生活をすることで同類の仲間たちに農、自然、食などのキーワードを伝えることができたら。そんな夢も膨らむ夜となった。

 国際関係学と自然農が交差して何かが生まれること。いったいなんだろう。ふくらはぎの痛みと引き換えに得た、小さなワクワク感。心の隅に宿しながら今後を考えていこう。
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2006年11月20日

氷雨の降る

長月晦日 雨時々曇り

 寒い寒い、雨。秋の命たちが身を縮めるような雨が降る。その氷雨の中でも、自然農の畑はどこも枯れ草に包まれていて、穏やかな寒さに和らげてくれる。

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 それでも、氷雨に打たれる大豆がどことなく寂しそうに見えた。晴れ空に収穫のできる日を今か今かと待っているかのよう。米も芋も豆も、冬将軍に襲われる前に救ってやらなければ。これからしばらく、忙しくしなければ。

 しとしとの田畑を歩きながら、明日の晴れを思った。
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2006年11月23日

手の中

神無月三日 曇り

初雪の夢を見て起きたが、そんなはずもないつくばの朝。カレンダーを見ると節句は小雪に移っていた。

【小雪】…冷ゆるが故に雨も雪となりてくだるがゆへ也(暦便覧)
     小雪とは、寒さもまだ厳しくなく、雪まだ大ならずの意味である。
     市街にはまだ本格的な降雪はないものの、遠い山嶺の頂きには
     白銀の雪が眺められ、冬の到来を目前に感じさせる。
     北風が木の葉を吹き飛ばし、みかんが黄ばみ始める。
     ※読み:ショウセツ
     <参考:【室礼】和のこよみ>  



 雨の様子を心配しながら、曇り空のなか稲刈りを進める。刈る手にも、長靴の中にも、晩秋の冷気が沁みこむ。それでも嬉しいのはやはり手の中に残る重みのおかげだろうか。つくし農園で一番まっとうに成長した「旭竜」という粳米。

 駄目だった理由、良かった理由、まだなんとなくしかつかめていない。色々振り返って考える余地はもう少し後で、今はまず目の前の収穫を進めよう。

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 刈り、積み、干す。手馴れた田んぼの光景。 

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2006年11月24日

三原色

神無月四日 快晴

 晴れの朝、畑がまぶしい。枯れ草の中の緑の野菜たちが日光を乱反射させて歓迎してくれる。草を掻き分けて土の上に蒔いて放っておいただけで育つ、自然農の野菜たち。確かに嵩は少なかろう。確かに育ちは遅かろう。それがどうした。余分に考え過ぎなくとも、心の持ちようで野菜たちは育つではないか。


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 この朝。この緑。

 耕さず、虫も草も敵とせず、肥料も農薬も用いず、自然の営みに手を沿えながら。誰にともなく、自慢したいほどの朝。



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 小松菜の緑、快晴の青、庭木の赤。自然に目を凝らせば、幸せの三原色。
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2006年11月25日

ガリリと鳴れば

神無月五日 晴れ

 さあ、脱穀だ!


 湿りがちだった空が、週末を控えて晴れ上がる。絶好の脱穀日和となった。 一ヶ月前に刈り始めたものはたっぷり過ぎるほど乾燥が進み、噛むとガリリと米が音を立てる。それが乾燥十分のサイン。今日の集合日は参加者がプレーヤーのKさんお一人だった為、ゆっくりのんびり脱穀、唐箕、籾摺り工程を復習しながらの一年ぶりの作業となった。お米作りは、全てが一年に一回転しか作業できないから、思い出すのが大変なわけよ。

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 よいしょと稲架から稲藁を外し、今年一番の脱穀作業。疲れたぶんだけ満足が増す、そんな一日。

 さあ、明日はさらにフル回転とまいりますぞ!

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2006年11月29日

食欲ゼロ

神無月九日 晴れ

 風邪をひきました。今年は頭と胃袋に来るようです。コタツが登場する時期には皆さん気をつけましょう・・・。

 あと一日で回復する兆し。先週末の集合日の様子の報告ができずに心苦しく思うも、しばしお待ちください。
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2006年11月30日

ゆるりと

神無月十日 晴れ

 玄米を炒って土鍋でお粥に。丸二日の食欲不振から明けての、玄米粥が体に染み入る。

 熱がひいても胃袋が重くなんとかしたいと思ってみても、大の医者嫌いの小生が病院に行くはずもなく。頼りにするのは『自然療法(東城百合子著 / あなたと健康社)』の中の慈愛と実践にあふれた言葉となる。書の裏書によれば、著者は戦後まもなく肺結核を患い、玄米自然食によって自らの病気を克服し、以来自然食を主とした健康運動に力をそそいできたという方。「家庭でできる」「誰でもできる食事と手当法」とうたわれているものの、質素な野菜や玄米ほど手に入りにくい現代、小生もなかなか実行に移せずにいた。自然農を生活のそばに置いて四年目、気がつくと粗食が身近にある暮らしとなり、改めてページを開いてみる。


<薬用にもなる治病食の作り方>から「玄米スープ」の項を引用させていただく。

●玄米スープ
  玄米を洗ってかわかし、きつね色に炒り、一合に七合の水を入れおかゆに炊きます。
  炒りますと消化吸収がよいので、病人には炒ってからおかゆに炊く事は大切な事です。
  炒ってあるのですぐ柔らかくなります。(中略)
  弱って食欲のない病人、熱のある時、吐気の時には一番よいたべものです。
  死にかけた病人でも吸収するすばらしいたべものです。離乳食にも最適です。
  うすい塩味でいただきます。



 しょうが汁など液物以外はうけつけなかった胃が、素直に優しく玄米粥を喜んでいるのがわかる。梅干、深漬けの大根で少々の塩味を補給して、今日はそれでよしとする。復調の兆し、ゆるりと。


東城百合子氏、『自然療法』の概要 について
 
 こちらで本も購入できるようです。また自然食のお店などにも置いてあることがあります。

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先週末のつくし農園の様子はこちらからどうぞ
 ⇒土曜日の様子
 ⇒日曜日の様子
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