注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年05月27日

朝露と砂漠

卯月二十三日 晴れ

 日中の暑さが増しても、日が沈むとしっとりと空気が冷える。半そでではまだバイクの風が肌寒い。この冷たさが朝露を畑に降ろし、自然の湿気を作物に与えてくれるのだろうか。朝露は、もちろん、夏の間続く。

 雑草のない剥き出しの畑はこの作用の恩恵にあずかれないために、潅水の必要が出てくるともいえる。とにかく、雑草が茂る畑の朝は潤っている。地下足袋で早朝に自然農の畑を歩くと、十歩ほど歩いただけで足袋がぐっしょりと濡れてしまうほど。その湿気が雑草と作物の下の土壌に降りて日中の灼熱から乾燥を防いでくれるのだとしたら、なんと効率の良い仕組みだろうか。雑草を取り除いた畑では、朝露を受ける草もなく、作物以外に陽を遮る物もなく、ただただ乾燥を余儀なくされ、結果「水遣り作業」が必要になる。「農業」=「水遣り」の一般的イメージは、「食事をすれば排泄する」くらいの常識として流布されている。森のあれほど豊かな大木が、一切の潅水を必要とせずに生育するさまを想い描けば、自然農の底力を侮ることはできない。 同時に、砂漠化のきっかけに現代農業にも一端があるのだとしたら、とも思わずにいられない。もちろん、科学的に確かなことかどうかは小生はわからないのだが。

 まだ冷たさの残る夜風にあたりながら朝露の恵みを想い、自然農のダイナミズムを考えた。
posted by 学 at 22:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 自然農のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする