注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年09月10日

第ニ回つくいち終了

葉月十日 晴れ

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 先週日曜、先々月にスタートした「つくいち」の第二回が開催された。前日の深夜まで、出荷仲間のyamaさんと、どうしようかと頭を悩ませて酒量が増えたが、当日の朝に畑を漁りまわってなんとか開店休業状態はまぬがれての出店となった。

 つくいちの反響は、思った以上に好評のようで、今回も9時の市開きの前になかなかの客入り。飲食系の屋台は昼前までに売り切れが定番になりつつあり、農家、食品の出店者の屋台の前も、店主と会話を楽しむお客さんの姿にあふれていた。

 つくいちは、来月の開催でひと区切り。テスト開催期間を経て、11月から、再度仕切り直しとなる。懸案事項も少なくない。「背景の見える」「安心・安全・こだわり」を持つお店や生産者が、無理のないペースで増えていくことも望まれるし、中央公園の利用についても継続使用できるかどうか、役所に許可をもらわなければならない。

 「つくいち」が、つくばの人たちにとって有意義な取り組みであるイベントとして認知してもらえることで、継続使用などへの理解にも繋がってくるのだとしたら、どんな方法があるだろうか。もしつくいちに参加された方で、つくいちの取り組みを応援してくださる方がいましたら、当Blogや、随意の出店者の方へでも構いませんので、是非とも感想やお声をお寄せください。その一言が、つくいちを支える大きな声援になるはずです。

 今日はまじめになってしまいました。


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 それにしても、自然農、畑移動の1年目は、収穫厳しいなーー!!!(笑)。お店に立ち寄ってくださった皆さん、懲りずにまた遊びに来てくださいませ♪
 
posted by 学 at 00:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 地に足つけて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

葉月十九日 曇り時々雨

 先日の十五夜、とてもとても、大事な夜を過ごした。


 その満月とはかけ離れた、何も動いてないようで、何かに突き動かされているようでもいる、この頃。衝動のような、必然のような、安心のような、不安のような。内的なプライベートには、満ちるような、グラスに溢れるような泰然が湧き上がりながら、パブリックの目前は、頭と体が分離しそうな押し寄せる怒涛の渦に飲まれつつある。

 とにかく、Blogが書けない。仕事として、書かなくてはいけない記事も書けない。日記も書けない。メールも、必至で書いている。ぐわんぐわんと思考と指と眼球の奥が喧嘩をして、殴り書きをしてとにかく前に進んでいる。それでもBlogは進まない。

 自分と、自然農と、生活と、将来が、分離しそうになり、気がついてまた体に入りだす。草刈りと、種播きと、構想と、妄想と、相談と、企みと、献身と、怠惰と、なんでこんなに交通渋滞しているのかわからない。


 これから一ヶ月、「自然農」と徹底的に、思考を中心に向き合うことに決めた。草を刈り、種を播き、あとはひたすら問い重ねてみる。



 草の中はコウロギの大合唱。田んぼでは稲穂が見事に咲き始めた。稲穂は実るものだが、自然農の、古代米は、見事に、咲くのだ。その命の美しさに負けず、有無を言わずに歩け。満月を携えて。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月19日

忍び寄る

葉月二十日 雨時々曇り

 昼間からのんびりと降ったり止んだりを繰り返し、東南東から忍び寄る台風が存在感薄く近づいてくる。今年本格的に上陸する台風は初めてだったように思うが、薄暗い雲の下にいるとどうも不安より楽しさのほうが勝ってしまうので困ってしまう。稲穂は大丈夫か、小屋は、テントはと見回りながらも、本格的に心配するというよりは何かワクワクしているのだ。



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 神丹穂が、いつもの晴れ空よりも表情を固くして、人間よりも敏感に低気圧の襲来を予感しているように見えた。
posted by 学 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 田の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

Spicy

葉月二十一日 晴れ


 それぞれの個性が、ワクワク感と、友情と、敬意と、ライバル感と、そして緊張感をもって結束してみたとき、そこに漂う雰囲気は何にも例えがたい刺激的で愉快なものとなる。

 それぞれにそれぞれのあるべき仕事を歩みながら、ちょっとした浮気心が沸き出してこんなことやあんなこともやってみたいなと思うことは、案外少なくない。それでも一人では踏み出せずにまた歩みに戻る日々。その躊躇を軽やかに飛び越えることができることがあるのだとしたら、それはまず人と人が響きあうことが不可欠なのではないかと思う。そして、その飛び越える歩幅と方向が、心地良く、程よく、重なっていたらそれはGOの合図なのだろう。


 奇しくも恩師が遺した言葉が、背中の下のほうからそっと押してくれるような感覚。我々は、けっして群れることを目的とせず、交わって味うためにスクラムを組むことにした。個々として大地に足をつけた生活を基盤にしつつ、個性の芳香を楽しんでそれを商品として他者に提供できるようなチーム。それはもしかしたら、白くて可愛げのない、メエと鳴く動物のようなそんなイメージ。
 
 戦士であり、仲間でもあり、そして遊びとプロフェッショナルを織り交ぜたチームを目指して。一人の大工、一人のカウボーイ、一人のシナリオライター、一人の百姓。
 偶然かつ、特別な意味も込めず、山羊(Goats)にゆかりのある4人が集まったから、それだけの理由で名前をつけてみた。そんなチームに、また偶然に、山羊をこよなく愛する一人のフォトグラファーも加わり、たまらなく高揚感のある光景を切り取ってくれた。




『Team Goats』 それは spice for our lives 。


家をつくり、樹をつくり、遊びをつくり、景色をつくり、暮らしをつくる。
他よりもちょっとだけspicyに。
そんな仕事があってもいいと思うから、思いつくままに、スタートする。
真剣に、お気軽に、楽しみに。





 何をやるのか全然伝わってない? 詳細は近日オープンのサイトにて!


posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 新しき出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

目の奥に

葉月二十二日 曇りのち雨

 ナチュカフェさんが、新装オープンして半年を越したこの秋、いよいよディナータイムがスタートする。

 畑作業の後のちょっとしたお手伝いを終えながらの、オープン5日前の夕暮れ。ドキドキ感を隠さない御夫婦と談笑しながら、メニューやお値段のことなども伺った。オードブル、メインの数を揃えると話す御主人に、無知の友人として品数の多さを質問してみた。

「前からやりたかったんですよね。○○○とか。 つくばで他の奴には出せねーぞってやつを出しますよ。」

 いつもの控えめなセリフとは毛色の違う、想いが乗った一言。照れながら笑うその目の奥に、誰よりも自分を知る、静かな炎が見え隠れしていた。そのラフな野心が、たまらなくカッコいいんだな。


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 <dinner image from nachucafe's postcard>
 

 『夜のナチュカフェはパリのビストロ。。』

 ディナーは9月26日からスタート。詳細はこちらを→クリック!


※上記の○○○の答えは、、、お店でお楽しみください♪
posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 友と共に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

投資

葉月二十四日 【秋分】 晴れ

 前夜の二日酔いを、秋晴れに洗い流されるような陽気の一日。

 このところのBlogを読み返してみたり、パソコンに撮り溜めした写真を見返してみると、とにかく畑の写真、野菜の写真がない。育ってないから撮りたいと思えないのだろうし、撮りたいと思っていても、被写体がない。とはいえ、秋播きのシーズンは毎日毎日着実に明日から昨日に移り、それに追いつき追いつきしながら、枯れ行くとはわかっている雑草の中で消えそうになる作物たちを救済しようと草を刈る。

 肥料をやらないから、育たない。
 雑草をとらないから、育たない。
 農薬をやらないから、育たない。

 VS

 肥料をやらなくても、育つ土に変わるんだ。
 雑草をとらなくても、程よく手を添えればいいんだ。
 農薬をやらなくても、草とも虫とも仲良く育つんだ。
 

 
 せめぎあい、むしろ悩みと迷いが増え、でもやはり、後者を選びまた畑にしゃがんで作業に戻る。自然農に惹かれて毎日を過ごす小生に会いに遊びに来てくれる人がいたり、小生を通じて自然農に興味を憶えたという人がいたりして、そんな何かを体の髄に貯金しているような気分にもなる。 冬の畑はどうなるのか。来年の畑はどうなるのか。グッドイメージを思い描いてニヤリとしてみる背中には常に、全然育たぬ悪寒もしかたなく忍ばせている。どうなるかわからないけど、自然農で作物が育つ畑が出来上がる、その過程も停滞も前進もそれがやっぱり楽しくてしょうがないからやっているのだ。イメージしよう。そして手を動かそう。ニヤリを投資してこそ、豊かな田畑が近づいてくる。ムスリはなるべく田畑にはぶつけないで、せめてハテナに留めておいて、ニヤリを田畑に落としていこう。

 
 たとえ今の喫緊の状況によって十分な時間を畑作業に費やせないことがあったとしても、それを心の中では情けないとは思ってみても、そんな小生のライフサイクルの澱みごとき、自然にとってはそれこそ一つのサイクルに過ぎない。少し放っておいたとしたら野菜は雑草に埋もれて育ってくれないかもしれないが、でも全体の命の量は決して減るわけではなく、結局は豊かに蓄積していくだけなのだから。

 自然とは、自ずから然らしむるさまでもある。おのずから、しからしむる。今の、自分の、自ずから然らしむることに沿って。
 

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 見上げれば必ず空があり、足元には必ず土と草がある。




【秋分】…陰陽の中分となれば也(暦便覧)
     この日は秋の彼岸の中日。
     先祖を敬い、亡くなった人の御霊を偲ぶ日として親しまれている。
     また、この日は春分と同じく、昼と夜の長さがほぼ等しい。しかし、
     秋分の日と春分の日の気温を比較してみると、平均気温で秋分の方が
     10度以上も高くなっている。夏の暑さの名残があるからである。
     雷が鳴らなくなり、虫は地中に隠れ、水が涸れ始める。
     ※読み:シュウブン 
     <参考:【室礼】和のこよみ
posted by 学 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(2) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする