注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年11月15日

小旅行

神無月十八日 雨上がりの夜

 秋葉原を21時48分に発つつくばエクスプレスで帰ると終着駅には22時40分に到着する。事前に確認しておいた、最寄のバス停までの最終バスに間に合う時間であった。その終バスに間に合うからと、横浜での今日の催しに参加してきたその帰り道の話。

 駅の出口をでて左に折れると、バスまでまだ5分ある停留所の灯りが気のせいか薄暗くなっていた。つくばは夜が早い。駅ビルの代わりをつとめるショッピングモールは20時に店を閉じ、飲食店も22時には閉店を迎えて駅の周りはすっかりと静まってくる。そうした普段のつくば駅を知っているだけにその薄暗さに別段違和感を憶えず、バス停に立った僕を待っていたのは、最終バス22時40分の表示であった。

 背中に軽い海外旅行並みのバックパックを背負い、無いと判っていながらも隣の筑波山行きのシャトルバスの停留所も確認してみた。が、やはり、あるはずもない。歩くか?いや、歩きたくない。タクシー?う…む…、なんと言う無駄遣い。思わず尻ポケットの財布に手を当てたその時、同様に無意味なバス停の時刻表をのぞきこむ青年の姿が目に留まった。おお我が同士。お前もか。そうそう、もうバスは無いんだよ。お前も歩くんだよ。そんな連帯感が生まれ始めたその時、僕はすでにその青年に話しかけていた。「筑波大学方面でしたら、タクシー乗り合いしますか?」

 青年の合意は躊躇無く気持ちよいもので、行き先方向を確認して二人で踵を返してタクシー乗り場へ向かうことへ。その途中、またも無意味に停留所に立ち尽くす女性が一人。「せっかくですから。」と青年に確認する間もなく、声はすでにもう一人の同士に届いていたのだった。
 
 そして、それだけの話。途中で順番に帰路に降ろし、割り勘を払い、それぞれの家へ。ただ、それだけの話。

 なんだかそのそれだけの、乗り合いタクシーと背中のバックパックが懐かしくて、少し嬉しかった。最後の乗客となり、家まで残り500mほど手前の交差点で、「ここでいいです。」とタクシーを降り、街灯の無い田んぼ道を歩いて帰ることにしてみた。雨上がりの農道を歩いたその数百円のオマケで缶ビールを買って帰り、なんともうまい一缶に辿り着くことができたのだった。


 乗り合いタクシーとバックパックと缶ビール。日本でもできる小旅行。終バスを逃したちょっとした出費と引き換えに手にした、とても緩やかな楽しさ。人間は、どこまでも楽しいのだ。
 
posted by 学 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする