注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年11月30日

逆らわず

霜月三日 晴れ

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 稲を刈り終え、安堵す。里山と林に囲まれていた吉瀬から移り、筑波颪(つくばおろし)を正面に受け止めるここ玉取の田畑は、初冬の枯れ進み方が幾分速いように思われる。寒さを正面に受け止めた夏の命は、ためらわず逆らわず見事に枯れ果て、残された米や豆や芋は次の命としていよいよ習熟を迎える。枯れた命はそこで潰えるのではなく屍として田畑に重なり、また残る命は食物として種として次に繋がれやがては田畑へと戻ってゆく。

 自然農の巡りは決して絶えず、絶やさず、命の連鎖の中で次の命がまた育まれていく。作物も、雑草も、虫も風も雨も陽も、想いをもその巡りの中に包んで豊かさを増していくような気がする。

 身を切る北風を受けて臆面なく翌春へ身を預ける草々のごとく、己への困難と機会を正面に受け止めたい。どんな停滞も悩みも自己嫌悪も、自然農の田畑のように全てが繋がれて巡るごとく。ためらわず、逆らわず、枯れてみる。それこそが次の命の源であるから。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする