注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年10月07日

秋霖(しゅうりん)

葉月十九日 雨

 雨に気温がぐっと引き下げられて、ぶるぶる、と部屋着を一枚上に重ねたくなる夕方。ちょっと早いかなと思いながら、ウールのカーディガンを箪笥から引っ張り出してPCに向かう。気候に押されて仕方なく箪笥から服を引っ張り出す時というのは、なぜだかいつもちょっと嬉しい。


 午前中、雨も強くならぬ内に田んぼと畑をぐるりと周り、点検、確認、再会、心配、をひと通り済ます。今季さっぱり姿を見かけないまま晩期を迎えた台風に押し上げられた秋雨前線が、つくばをぐっしょりと濡らしていた。田んぼではようやく実りの色と膨らみを蓄えた稲穂が水滴を従えてたっぷりと頭を垂れている。台風の風に倒れてしまいそうな重みもありながら、よほどの風でもなければ持ち堪えるだろうという何かしらの強さを感じさせる立ち姿が、なんとも小気味良い。

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 稲の様子、背丈、株の姿、これらを眺めて大風の予報も耳にして、これくらいなら大丈夫だろう、と予感を張るのも百姓の仕事である。これだとまずいな、と予感して対策を適度に構えるのも仕事であるのと同様に。鳥避けテープは風で切れぬか、案山子は倒れて稲を倒さぬか、畑は、小屋は、と尽きぬ予感をある程度にまとめて、適度に散歩して手を加えて切り上げる。ウォータープルーフのトレパンに雑草からの雨露を染みこませて歩く自然農の田畑は、いつもとは別の景色を見せてくれる。見事なほど、葉先穂先に霧雨の一粒一粒をつかまえるこの雑草達の、無尽の美と偶然性。いつでも、どんなところにも、こうした出会いが潜んでいるのですな。

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 10日前に遅れ気味ながらも頃合い良く播種できた葉野菜の種たちがいよいよ一斉に発芽し始めて、曇天の下の顔がついつい明るくなる。あの畝も、この畝も、死に逝く秋の虫に打ち勝つように、わしわしと芽を勢いづかせている。まずはスタートダッシュは順調。おぼろげな記憶を辿れば、「10月10日に草を抑えれば秋冬野菜は草に負けず」と、いつぞやの農書にあったようななかったような。
 よし、この雨が過ぎたら、間引きと雑草刈りに程よく手を入れてみよう。この雨が過ぎたら、畝の続きに第二陣を播種しよう。まだまだ命の豊かさは心許無い畑の中で、少しだけ期待し、多くは期待せず、自分が出来ることを出来る分だけ、手を入れていこう。今のところは、何年経験しても心が躍る、この発芽のオンパレードに感謝しよう。


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〜秋霖の しずく喜ぶ 葉の芽かな〜
posted by 学 at 22:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする