注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年10月30日

生きとし

長月十三日 晴れ

 耳を澄ますと、虫の音はすっかり止み、ギーギーやらチュンチュンやらの鳥の鳴き声ばかりが辺りを包むようになった。畑に腰を下ろしているとつい、ひとつ藪を挟んだ向こうの田んぼを狙うスズメの大合唱が気になり、足元の虫たちからは意識が遠のく。手元では豆を降ろしながら、時々田んぼを斜めで気にして、こちらの耳でスズメを、あちらの耳では車からのラジオを、混線させて作業している。


091030hana&chou.jpg

 昨年播いたマリーゴールドが自然に育って花が咲き、晩秋の畑に橙の色味を添えている。その花の先に、名も知れぬ蝶(ツマグロヒョウモン)がとまる。重なる鮮やかな色が鮮烈で、昼の陽射しが一層暖かく感じた。鳴き音は随分減りもしたが、虫たちの生きとし生ける命はまだしばらく、続くのだ。まだ、草の命が先に進もうとする限りは。


 ひとしきり播き終えた豆の作業を切り上げて、隣の畑へ。昨年定植したステビアの株がくたびれかけている事を忘れていて、枯れてしまう前に甘味の葉を集めて乾燥ハーブを作ってみることを思いついた。ステビアの畝に腰を下ろし、まだ青味が残る葉を選んで籠に摘み進めてゆくその足元に、見慣れぬ影が目に留まった。

091030mogura.jpg

 数ヶ月ぶりかに見る、モグラだった。そしていつもと同様に、命を絶った後であった。随分と、暗澹と、畑を悩ます三本指に入る、やっかいものの最後の英姿である。今年もどれだけ小生を苛だたせてきたか知れない原因の、小さな体躯が、畑の土の上に無防備に横たわっていた。モグラ、だよな。だいぶ小さいお姿のようですが、子供さんでしょうか。ひっそりと、かつあるがままに、何かに襲われたようでもなく、餓えて痩せ衰えたようでもなしに、ぽつねんと、土の上に、寝ていた。

 自然農の畑には、不自然なものは何もない。秋には秋の花が咲き、蝶がとまり、スズメが騒ぎ、時々にモグラが死ぬ。草も、野菜も、虫も、小動物も、巡る命の中にただ生きて、死に、太陽のエネルギーと不滅の原子分子を体内に循環させきった後に、次の生きとし生けるもの糧となる。
 それだけ。それだけのことですよ。その先に人間様が野菜をいただいて、んでもって、頭でっかちになにやら屁理屈を捏ねて、循環だの持続可能だの安全だの安心だの価値だの生き方だのくっつけて騒いでるだけ。モグラの様には人間様は見事に死ねない。死ねない。だからせめて、屁理屈捏ねてそれでも少し自然の醍醐味に触れて、そう思い込んで、楽しんで生きるしかない。

 あなたは何の為に生きているのですか。俺は何の故に生きているのですか。

 
 酒かなあ。違うよな。
posted by 学 at 23:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 自然農のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする