注)記事の日付は太陰暦を用いております

2010年04月14日

おやすみ

弥生一日 晴れ

 ジャガイモの芽がようやく土を持ち上げて黒々と太陽の光を受け始め、春播きした各種の野菜たちが発芽を揃えて並び始め、お米の苗代も慌ただしく準備し始め、明日が昨日になるような毎日の自然農作業に追われている。合わせて、週に二回ほどの大工木工仕事のお手伝い。昨年夏から我が家に同居するヤギの粟子の毎日の草食み散歩(雨は休み)。いよいよ心技体をフル回転させての充足の日々へ進みたい、そんな弥生の月初め。

 これからさらに、という気の充実とは裏腹の、畑への不安感。この2年間の浮き沈みを憂慮し、それでも兆しをみせる自然農三年目の土の蠢きを半ば切望し、炭素循環農法をヒントに手を加えた区画にもトライし、なお一層、自然農の深みへズブリと足を踏み入れる。まだまだまだ、知ってること以上の知らないこと、進む道は前にあるのにどうにもこうにも迷うこと、確かなものを信じきった上での不確かなこと、三度目を迎えているこの玉取の畑に立ってなお一層、そいつらが現われてくる。
 
 気付くこと、見ること、嬉しさ、もどかしさ、それらは自然農に向き合って7年経ち、そしてBlogを始めて6年経つ今も変わらない。初めての驚きが降り積もっていつもの風景になったとしても、初めての戸惑いが積み重なって不感症のようになったとしても、それでも田畑に腰を下ろして目の前の自然に向き合うと、説明のつかない生命感のようなものを感じて何かをもらってしまう。たとえ育たなくとも、たとえ延々と続く作業に嫌気がさそうとも、たとえ毎年の繰り返しであろうとも。

 その渦の心地良さは毎日、自分のど真ん中に届いているはずなのだが、それをいざ帰宅して写真をダウンロードしてPCの前に座ると、ここ最近特に春の作業が目白押しになるにつれて、何も書くことができなくなってしまった。何も、出てこない。感じてはいたとしても。ただの忙しさと惰性に耐えられなくなっただけだったとしても。


 うだうだと書きましたが、そんなわけでしばらく、「毎日が自然農」はお休みすることにします。だって書けないんだもの。毎日自然農は続けておりますが、特に決め事もなく続けてきましたので、決め事もなくしばらくお休みします。よっしゃ。言ってすっきりした。

 自然農の畑で野菜が光り輝くように育ち、食べてもらいたくて仕方ないほど収穫できたら直売小屋でも作り、自然農野菜の食事でもしながら自然農の話や人間と自然の話などをできる場所ができ、みんなが自然農の楽しさと真髄に触れて喜んで帰っていくような一日を届けられるようなそんな日を目指して。これまでもそうだったけど、これからもさらに。無理なく、不合理なく、質素且つアグレッシブに。

 インチキ百姓の自然農の毎日は続きます。そのうちまた、Blogは適当に再開します。半年後か、一年後か、もしくは、明日か。それまでは農園で、もしくはつくいちで、もしくは飲み会で。ではおやすみなさい。


 
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 めー
posted by 学 at 21:57| Comment(3) | TrackBack(0) | 地に足つけて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする