注)記事の日付は太陰暦を用いております

2010年11月06日

長月廿九日 晴れ

 備忘録として。

 呆然とする今年の夏の暑さを思い出す暇も無く、庭に畑に落ち葉が落ち始めたと思うと、木枯しが吹き、稲は枯れ色に染まり、気付けば暦どおりに霜が降りはじめた。葉物野菜の秋播きの頃はとうに過ぎ、稲刈りも、豆の播種も、芋掘りも、目の前に覆い被さらんとする10月の下旬であったが、ここぞとばかりに長年の懸念事項であった腰を痛めることとなった。

 腰についてともかく言うのも野暮であるので割愛するが、とにかく、大きく体を動かせぬ日々が続いた。その間にも、枝豆は熟し、稲は台風で傾き、種播きスケジュールは後ずさりし、いよいよ、霜まで降り始めた。秋が深まれば、生姜も、里芋も、サツマイモも、地上部が霜に融け、収穫が面倒になる。目の前には、収穫と種播きと草刈りと冬支度と、しばらくは腰も落ち着けない日が続くというのに。これいかに。

 週末のつくし農園の集合日と日曜日のつくいちまで、できる範囲で仕事をして、後はしばらく体を休めるのに専念しよう。焦りは禁物。体も、田畑も、時間が必要な時があるのだ。こちらの(目の前の)都合だけで考えるのではなく、全体を俯瞰して。どこに自分が、どこに田畑が「いる」のかをできるだけ見ようと努めて。

 老いるには、まだ、もうちょい、しばらくは、先なのだからね。


 
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 〜晩秋の 霜にせかされ 掘る生姜 〜


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 〜ゴザ寝して 動けぬ身から 仰ぐ秋 〜
 

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 〜曲げられぬ 腰を笑うは 混み菜かな 〜 
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2010年11月09日

小春日和にて

神無月三日 晴れ

 昨日の立冬をつくいちで迎えた。冷たく湿った朝露に煙る早朝の畑で冬菜を間引きし、朝めしに雑草を食べさせたヤギを車に載せて家へ戻る。少し恐がっていた腰(まだギックリはしていない)はどうやら回復傾向に向かっているようで、友人にお借りしたサポーターのお蔭もあって、軽作業であれば問題はない。

 前日の集合日での暖かな陽気を期待して少し薄着で家を出たが、陽射しが遅れて、秋の寒さを感じる開場となった。来場者の出足は上々。サツマイモ、里芋、菊芋、生姜といった土モノに加えて、間引き菜(今回のつくいちでは「早摘み冬菜」と命名♪)の緑色も加わり、久しぶりに彩りと品揃えに賑わう雑草屋本舗のスタッフにもついつい笑顔がこぼれる。

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 朝の寒さもいつのまにか太陽に押しやられ、中央公園の芝生は、月に一度の青空市場を楽しむ方たちであふれていた。小春日和とファーマーズマーケット。子細は抜きにしても、この相性の良さについては異論はあるまい。売り手も買い手も雑談しながらいつのまにか時間が経過し、早締めが続いたここ最近では珍しく、気が付けば終了予定の14時を回っていた。

 田畑はまだまだ途上の自然農。その途中の折々に触れるこうした作り手の小さな喜び。先ははるかな道にも見えるが、こうした補給があって、さらにもう一歩前に歩ける。いつもお手伝い&協力していただいている皆々様、感謝感謝です。自然農の野菜を、わざわざ雑草屋本舗でお買い求めくださる皆様、本当にありがとうございます。


 さて、またがんぱっぺー。 今週は、(もうほぼ回復した)腰の養生に専念しますぜ。


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2010年11月10日

「話す・聴く」小論

神無月五日 晴れ

 いつもの友人たちとの会話、仕事場でのコミュニケーションとはどこかルールの異なる、じっくりと「話す・聴く」という時間。小生とダンズテーブルのダンさんが共同開催する「自然農と想いを巡らす一日」では、「自然農」を中心に置きながら、一方で「話す」ことと「聴く」ことにも耳を傾ける一日を過ごしていく。我々が少なからず確信しているその面白さについて、少しゆっくりと考えてみたい。

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posted by 学 at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月18日

見事に

神無月十三日 晴れ時々曇り

 やおら、ぐっと冷えてきた。台風こそ数えるほどしか来なかったもののぼんやりと雨の多い印象を残した中秋を越え、立冬を過ぎた頃から、程なく冬の訪れを感じさせられる。朝に夕に空気が引き締まり、命あるものに否応なしに寒さへの準備を迫るような、そんな勢いのある寒さ。
 田畑は、その空気を柳腰に受けて、ぐんと色を褪せさせていく。一週間前までは、枯れ色の中にもどこか生命力の残りを宿すような薄黄色で一面に広がっていた茅(チガヤ)の群生地が、この数日で目にもさやかに黄金色に霜枯れてきた。それはそれは見事に。

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 その見事な季節の移ろいに急かされ、百姓は遅れている種播きに鞭を入れることになる。あまりの生育の悪さに、この夏に意気を落として雑草を群生させてしまっていた畑に、空豆とエンドウを播き終わらせなければならない。まずは、指の太さ、背の高さほどに生え茂ったセイタカアワダチソウやオオマツヨイクサの茎を、一部は北西の筑波山からの風除けふうに畝上に残しながらも、ずんずんと刈り倒していく。ふと、枯れ茎のジャングルの中、ほんのりとした色味が目に入る。誰が、いつ種を残してきたのかはわからないが、それは野菊であった(はたして本当に野菊なのかはわからない)。空豆にも、エンドウにも、種播きに邪魔にならないような場所に、すまなそうにしながらも、媚びることなく見事に花を咲かせていた。

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 まだまだ、今月いっぱいは遅れた鞭で尻を叩く羽目になりそうであるが、この季節の昼にかく汗は、一年で一番気持ちが良い気がする。まだ慣れない寒さに及び腰になる人間を尻目に、着々と根を伸ばす冬野菜や野生の花々を見て、自然の力強さを感じるのも心地良い。この季節の、こうした焦燥感と期待感の心地良い混在は、なんとなしに、冬に備えて餌を貯め込む野生動物の遺伝子から通じているように思えるのは、ちょっとメルヘンですかな。
posted by 学 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする