注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年02月02日

師走ってるよ

師走廿九日

 久方ぶりに、酔いに任せて。

 副業の仕事で浜松に足を伸ばし、7〜8年越しの友人と夕食を共に過ごす。前職時代に公私に渡って時間を共にしていただいていた彼、彼女に、子らをも交えて夕餉に招いていただいた。職場での関係以上に、気兼ねなく遊び交わした彼らとの再会は、思っていた以上、期待していた以上に時の隔たりを忘れさせてくれる時間であった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 寒さと風が印象深い今期の冬。映像の向こうで眺める豪雪とは縁遠いつくばでは、カサカサに乾いた日々が続く。旧暦では師走も師走。明日は大晦日にて、いよいよ新春を迎えようとしている。自然農9年目、つくばにて6年目、玉取に田畑を移して4年目を迎える今年、あいも変わらず、いよいよもって、師走っているこの季節である。世の中になのか、自分になのか、異論反論が渦巻いては消え、消えては渦巻く時勢に揺さぶられ、それでも年齢だけは重ねるしかない、この自然界、生物界、人間界の法則。政治にとか、イデオロギーにとか、正論にとか、正しいことがあるかのように見せかけて実は、バイアス(先入感、偏見)のみが先行しているこの時代と季節に、自身も無駄に焦燥し、そしてまた諦観する、この師走。新暦では今日は2月に入っている中で、旧暦の師走と言って悦に浸ろうとする自我であり、その程度の自己満足でもある。

 先日のつくし農園の臨時集合日では参加者と共に「振り返り会」を開き、改めてプレーヤーの話をとつとつと聞きながら、はっと自分を振り返らせられることに何度も出会う。そうしてまた思考はめぐり、・・・・・(この先が続いてくれない・・・) あー。酔っ払い。ホテルの部屋から、インターネットを繋げて、倒れる前に書きなぐっている。


 明後日2月3日は、旧暦の睦月の一日、そして翌日は立春。ここ数年では珍しい、睦月と立春が近くに重なり合う新春の慶び。厳冬、花粉5倍、火山灰などの様々な不安事象を、根拠のないポジティブマインドに背負わせて、昨日今日明日をまた一日進む。残り少ない師走Days。

 とにかく、師走ってんだばーろちくしょー。明日に晦日を過ぎたら、もう新春だバーロー。うなぎパイのお土産買い捲ってんぞバーロー。つくばに戻って立春を過ぎたら、初詣に行くぞてめーこのやろー。誰でもかまわんが、自然農を、原発反対とか平和運動とかコミュニティとか、視野狭窄の安易なスローガンに結び付けんなこんちくしょう。人類にとって、自然は別に美しいだけじゃなく、人工は別に反自然なだけじゃなく、それらあらゆるものを飲み込んでなお持続可能な方向性が絶対的な存在基盤として必要だという課題が存在するからこそ、それを考え続ける自由と義務が人類に課せられてるんだ。逡巡こそ、真実なんだ。模索と諦観と希望こそ、○×△なんだ。だからこそ、俺は、生きてんだ。うーん、支離滅裂、ろれつめろめろ。


 Y野さん、Bたやん、ひーちゃん、あーちゃん、今日はありがとう。酔っ払いは、師走と共に去りぬ。おやすみ、明日はつくばに帰ります。
posted by 学 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 友と共に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

むつき

睦月七日 雪のち晴れ時々曇り


20110116snowed.jpg



 立春の声を聞いて間もない今年の睦月(旧暦)。先月までの芯から震えるような木枯らしの記憶はまだ残っているが、どうやら暖かな新春を迎えている。今朝がたにしんと降った柔らかな雪も、きりと引き締まった昼の太陽光線に押しのけられ、午後にはぽんわりとしたまろやかな空気があたりを包んでいる。

 旧正月の趣きもなにもないままに七草粥の頃を迎えてしまったが(とはいえ、一日には御神籤をひき、ついでに恵方巻に恵方餃子、恵方ピザと恵方ワインで楽しんだのだが)、そんなゆとりも持てぬまま、この迎春はいささか災難に襲われて過ごしていた。ようやくこうしてパソコンを開けるまで回復したのは幸いだが、数日前にささいな交通事故に遭い、間抜けなムチウチを患ってしまっていた。もともと体と精神が捻じ曲がっている上に、不運な衝撃が追い討ちをかけた結果、皮肉なことに首の骨も腰の骨もピンと真っ直ぐに伸びたのだという。真っ直ぐかと喜んでいたら、レントゲン写真の前に座った医者からは、普段は曲がってなくてはいけないので、頚部捻挫の典型的な症状ですねと諭された。たまにこうして被曝して、自分の体を透かして見るのも悪くない。これは意外と三、四ヶ月くらいゆっくりかけて様子をみたほうがいいなあと言う医者を、そんなに待てるかと心のうちで舌打ちしたが、焦って野暮な不安を残すよりは体の修復をじっくりと楽しんでやろうと考え直した。漢方を処方してくださる整形外科と、マクロビも嗜まれるという整骨院という、風変わりな両院にお世話になりながら、体を万全に修正していけることを望みたい。

 新年も新春も越し、土草もようようと息吹きはじめた。今年、この一巡りのテーマは、「優しさ・築き」と立てた。自分にも他人にも優しく、少しでも少しずつでも身の回りを築いていくこと。今欠けている、ものことを、自分の内外に備わるように。一方で、余分だと思うものは少しでもいいから忘れ捨てられるように。一つを得て、一つを捨てて、その先に何があるかは誰にもわからないのだから、やるしかない。
 自然農、生物多様性、野生と人間、体の動かし方、心の動き方、聴くことと話すこと、コミュニケーション、そして世界と自己。人が生きて死ぬ、ということにアンテナを張る限り生涯かかわってくるこれらの課題に、一筋でも係わりながら生計を立てるべく前を向いていきたい。おもしろきこともなき世をおもしろく。そう念じて、自然農をたずさえて、首を揉みながら今年の経営計画書(思いつきを書きなぐるメモ帳のこと)にペンを走らせる。自然農は、農に留まらない思想がある。その幹は、どうにか小生に接ぎ木された。それを信じて、葉を広げ、根を伸ばして、育てていこう。

 足元にはフキノトウ、頭上には梅の花、ヤギは丸々と太り、自分だけが足踏みをしている。世の中の些細な煩わしさはどうにでもなる。明日死ぬと思って、今日を生きる。堕落と奮起のペダルを漕いで、日常をサイクリングしていこう。田んぼと畑は、いつも目の前にある。なんか最近こんなことばっかり。

20110204risshun.jpg
(空豆 in 立春)
posted by 学 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

どずん

睦月二十二日 曇りのち雨

 つい先日まで雪を降らせていた空気がなんとなしに弛緩し、一昨日は春一番、昨日は陽気、今日は雨と、そろりそろりと春の足音を鳴らし始めた。百姓はその足音の前に作業を進ませなければいけないのに、毎度のことながらスタートダッシュは好調とは言えない。 驚くほどに日に日に足元の草が息吹をあげ、そこかしこに冬眠から目覚めた春草の芽が、溶けはじめた土から顔を覗かせている。焦る、焦るねー。

20110223moe.jpg


 2月の13日には、つくし農園の2011年度が開幕。前日までの降雪の影響で日曜日に順延された今期最初の集合日であったが、寒風に負けずに実習と共同作業を乗り切った。毎年恒例の一ノ矢八坂神社への参詣をすませ、農園に再集合してからイントロダクションとして、プレーヤーの皆さんに向けて自然農について話をした。ガイダンス的な概要でもなく、通り一遍の説明でもなく、今の自分として腹に落ちている「自然農」に対しての考えを、果たして話せていただろうか。畑に向き合うたびに皆さんと話すたびに今の自分が思い伝えるべきことは変わっていき、それを面倒がらずに応対していけるかという問いは、自分の存在証明でもある。いやむしろ面倒などではなく、その変化と逡巡が楽しみであるという方へ傾きつつあるのは、悪くない兆候なのだと思う。

 集合日の数日前、知人である石岡市の「あらき農園」さんにお邪魔して、団子と昼食を食べながら自然農談義に花を咲かせていただいた。それぞれの立ち位置や姿勢、歳月、条件は異なるものの、自負として真剣に取り組んできた数年の自然農を振り返りそして展望する中で、折々に荒木さんの言葉が染みた。それは具体的には言いまわされてきた言葉だったかも知れないのだが、実感と覚悟が伴って互いに握手しているような感覚で話していると、その中にどずんと太い理解が降りてくるときがある。空間的に、時間的に、立体である動態として畑を想像すること、自然農はルールではなく目的であること、解釈の自由さは「逃げ」ではなく「応用」であること、土は、微生物は、前提条件であり繊細でもあるが一方でとても力強いこと。・・・荒木さんと話しながら、「言葉にしたら消えちゃうんですよねー」と笑ったとおり、書くとやはりなんだか意味のないような文章になってしまってしまうんだよね。いいんだけど。時間でしか体感できない、感覚でしか実感できないモノは確かにある。それは、自分だけのモノであるべきなのだ。

 最高のタイミングでこうした内的な消化ができた後の集合日。はたしてなるべく言葉にしないように、でもなんとか思うことは話せるように、よくわからないまま時は過ぎ、いつもどおり農園のひとめぐりはスタートされた。なーんだかよくわかんねーな。大学の旧友からは「Blog見たらチョーシこいて格好つけてるくせに実際はこれだもんなあ」と、猥談に盛り上がる最中に言い放たれる始末の俺。

 
 いつのまにやら、来週には3月。昨年の猛暑で圧倒的に不足気味だといわれるジャガイモの種イモを必死で仕入れ、いよいよ本格的に農シーズンの到来を迎える。種まいて、イモ埋めて、土整えて、小屋も建てて、ムチウチ治して、映画も観て、飲んで騒いで、なんだかんだとおおわらわ。あらたいへん。
posted by 学 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然農のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする