注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年03月18日

日常、そして希望

如月十四日 晴れ

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 気温が低くなると予報されていたが、風はさほど吹かず、射す光は暖かく、多目に着た上着を一枚また一枚と脱いでの野良仕事となった。地震から7日が経ち、農作業の予定が驚くほど後ずさりしていることにようやく気がつき、一週間の遅れを取り戻そうと、あわてて種播き仕事にとりかかった。寒い空、冬の風がぶり返したこの頃であったが、一週間で、畑はじんじんと次の季節へと進んでいた。冬菜は菜花への準備をはじめ、麦はそろそろと立ちだし、少しずつ畝の上に黄緑色が覆い始めている。

 枯れ草や根付き始めた春草に埋もれた人参の葉を救出し、復活しだした小松菜をなで、やおら種播きに取り掛かる。セイタカアワダチソウの根はまだまだはびこり、鍬で少し耕しての種播きになったが、上に掛ける草として、冬の間の枯葉ではなく近くの青草をようやく刈って置けることに、なんとなしに心が躍った。どんなに心は乱され、花粉は頭上に降りそそぎ、井戸ポンプが復旧せずに風呂なしで体が臭くなろうとも、春はすぐそこに迫っている。

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 つくばの研究機関が調査する放射線量を信じれば、ほんのわずかの放射性物質は、ここ数日、大気を漂ってつくばの地にも届いている。(通常の何もない状態での測定値を0.06マイクロシーベルトだとして、本日18日の測定値は0.10〜0.16マイクロシーベルトを観測している。参考:産総研「つくばセンター放射線測定結果」) 確かに、福島原発の震災後の事故によって、放射性物質が運ばれているようである。だとして、私は、畑を置いてつくばを後にすべきなのだろうか。今、つくばに届いている、ほんのわずかな、ごくごく少量とも言える放射性物質は、研究所によれば最も多いヨウ素(I-131)で、半減期が8日、テルル(Te-132)は3.2日でヨウ素(I-132)に変わり、その後数時間で減少するという(詳細は、産総研HPを参照)。 福島で、現場周辺で、同様のことが言えるなどとは微塵も思わないが、小生は、まだこの時点でこのつくばの地を離れる気は起こらない。それでも臆病な自分は、ゴーグルと防塵マスクで顔面を覆って、花粉対策と共に万全を期して畑に向かう。

 大学の友人は、女房子供を西に向かわせ一人残って仕事をすると言っている。別の友人はご主人を茨城に残し、自分と子供は関東から離れた。その彼女は、少しでも現地の資源の消費が減り、主人は自分達に安心して仕事に打ち込めるはず、と話す。また別の友人は、私は仕事しかないから東京に残って続けるわ、と笑った。彼ら彼女らの言葉から感じられるのは、自分の立ち位置で何をすべきかという真剣な姿勢であり、その奥には自分の存在を超えた公への意識が湧き出ている。関東から離れようが離れまいがどちらでもかまわず、どちらであっても、自身の存在と日本の現状を見据えて、冷静に、己の選択を導き出している。

 私の家族からは昨日、幸運なことに知人からガソリンを分けてもらってつくばまでの燃料は手に入れたとの連絡を受けた。また姉は、苦慮の末に知人とともに知り合いのある長野へ、数日の避難を決めた。姉の知人のご両親の言葉を聞くと、70近いから放射線浴びても浴びなくても変わらないよ、と話したという。父は無言だが、母と共にいわきにまだ残ることを決めた。また、東京に暮らす中学時代の後輩は、祖父母への避難の呼びかけに対して応じてくれないことなどを総じて、「いわきにいるいわき人はどっしりとしてるのですよね」と話していた。

 この震災は、どこにいてどんな被災にあろうとも、その人それぞれが当事者である。そのため、どんな反応も、どんな行動も、どんな意見も、それぞれに正しいはずだ。限られた情報を神経磨り減るほどに目を通して判断するのもよし、TVの言うままに信じて行動するのもよし、ネットでの大量のつぶやきを手にするのもよし、である。ただひとつ、小生が寡聞なりにもこの数日を過ごしてラジオにテレビに(これはネットで視聴しているのだが)インターネットに漂ってみて手にした直感は、「批判」する人の言葉は信用できない、である。総理が悪い、東電が悪い、マスコミが悪い、買占めが悪い、逃げるやつは悪い、いたるところに「批判」の山。そこからはギリギリに魂をすり減らしたような叫びはなく、初めから普段のバイアス(偏見)や政治的スタンスをただスライドさせた否定的な文句にしか聞こえてこない。もし被災地のような現場で実際に困っている方たちからの否定的な言葉があったとしても、それは「批判」ではなく「必死の声」である。それは、「批判」する暇などない切迫した事態を切実に訴える叫びである。しかして押しなべて、自身は大した被災も負ってない者こそが、「批判」を撒き散らしているように思えてならないのだ。当人たちが、まるで真剣であればあるほど、その語調は強くなって、ネガティブな心象を世の中に広げているかもしれないのに。もちろん一部のマスコミの姿勢がそういう傾向であるのであり、全体を流れる声は、もっと希望に傾いていることには、心は救われるのだが。マスコミを信じる信じないとか、そんなこと言っているのではなく、この瞬間の小生の、思いなのです。

 今のこの事態に、特に責任ある立場にある方たちが、本当に保身だけで行動する人間がいるだろうか?残念ながらそれは、おそらくいるかもしれないし、しかしもし幸運であれば、いないかもしれない。人間、そんなに捨てたモンでないかもしれない。民主党だろうが自民党だろうが、駄目なヤツは駄目で、人物は人物であるはず。だとしたら、せめてこの喫緊の間だけでも、まずは応援し、駄目だとしても、いや負けるな、頑張れと鞭打ち、俺たちも頑張る、となんとか最善の手をうってくれるように声を出すべきではないのか。放射能被害を案じて、東北関東から離れた方たちは、せめて遠くから安全と収束を静かに願い、残ったものは自分の選択と日常を信じて手足を動かす、それが日本人の有してきた「わきまえ」のようなものではないだろうか。だから政治家の皆さん、本気で人生掛けてリーダーシップを発揮してください。公務員の皆さん、役職を超えて走り回ってください。ボランティアの皆さん、誠意を発揮してください。私たち庶民は、それぞれの立場で、日本を元気にするために日常を全うします。どうか、被災地の皆さん、最後の最後には人を信じて救援を待っていてください。原発周辺の皆さん、恐怖に負けず自分の信念によって行動されてください。


 最後に、つくし農園に遊びに来られたことのある方(TAKUさん)のBlogを紹介したいと思います。感じることはそれぞれかと思いますが、希望に目を向け、そして自分にも希望を灯す。それが今自分がつくばに残って出来ることだと信じる。

 戦士
 戦士2
 ※両記事とも、TAKUさんのBlog「秘密の場所で一考」より。


 普段は文句ばかり言ってたとしても、このときばかりは、希望を言うことを私は選ぶ。

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posted by 学 at 23:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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