注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年04月12日

ぼやく

弥生十日 晴れ

 つくばでは桜が満開を迎えた。震災から一ヶ月経ち、今もあの日の14時46分、停電に暮れた夜、翌日の緊張した街の様子、実家との連絡を取り合った数日間を思い出す。先日の日曜日、大学時代の友人と、つくば中央公園の桜の木の下で花見を開いた。卒業して10年以上が過ぎ、伴侶や子供を家族に増やした友人たちと、持ち寄った手料理、お土産のデザート、ビールにウイスキーをあけて笑顔を共にした。

20110412jagaimo.jpg
−ジャガイモの発芽−


 週が明けて畑に向かうと、ためにためこんんだ作付け予定が、待ったなしで覆いかぶさってくる。振り返る暇はなく、今日はジャガイモ、明日もジャガイモ、明後日はジャガイモ、その後もジャガイモ、合間に他の種播きと、どうにかこうにか日常に追い回されることになっている。時々に畑は大きく揺れ、そのたびにラジオを聞き、放射能よりも花粉を厳重にガードし、毎日を取り戻そうとしている。震災後の毎日を過ごすということは、その現実と自分の実情を重ね合わせて前向きに生きるしかないのだ。心配しすぎても楽観しすぎてもいいけど、生きるのは自分だ、と覚悟を決めて。


 ここ数年、自然農に関わらず、エコロジー関係やスローライフ、ナチュラル志向のインターネットやメールなどのツールからの情報を普段から取り入れてきたが、震災や原発事故の後のそれらの空間で語られる言葉に対して、なんともいえない感覚が頭の片隅にざらついている。なんだろねこれ。
 原発事故を受けて、いざ行かむと東北関東を離れ、西日本に移住(一時避難ではなく移住)を声高に宣言する人々。もしくは、あなおそろしやと東北関東の大地を忌み、放射能による悪影響を決めて疑わずに唱える人々。みなそれぞれ、ご自身の行動、宣言に、信じて恥じぬ確信と熱血に満ちて周囲に説いている。その声を聞くたびに、よくわからないチクチクしたものが小生の心の中にめばえはじめる。なぜだろうこれ。
 小生が茨城に住んでいるからなのか、家族がいわきに居るからなのかはわからない。不幸中の幸いにたまたまの幸運で住処を離れずに済んだ自分や、親類友人に想いを寄せるにつけ、どうしても、声高な危険の吹聴や移住の宣言に対して、何かが違うという思いが色濃くなっていく。
 危険か安全か、危険を恐れればどこまでも恐れることはできる。今までのような無意識の安全宣言は、できるはずはない。肯定的な話を断片で聞いたり、悲観的な噂を早馬に手に入れたりして、結局は素人集団である市井の庶民が自分自身で判断するしかない。しかしだ。絶対に確定的なレベルの事実以外に関しては、福島や茨城の各地それぞれの、大気中の、土壌中の、生活環境としての放射線による人体への影響についてなど、誰がどんな立場であれ、結局は将来に至らなければ分からない。だから恐ろしいんじゃないか、というのもわかる。わかるんだけど、なんだかなあ。

 都内に住むいわきの友人は、「いわき産も、買いますよ!(中略)今はいわきを近くに感じたいです」と話していた。おぼろげではあったが、心の片隅で、私はいわきを愛している。同時に、数えて10年近く腰をおろしているつくばを、いとおしく思っている。その説明しがたい感情に身を寄せていると、どうしても、遠巻きに被災地を眺めながらの「恐怖の宣伝」に違和感を覚えずにはいられない。
 
 何故だろう。原発事故による様々な影響を憂えての、政策としての原子力発電への反対ならわかる。うんやりましょう。私も反対していこう。現地に住むものとして、あるいは自身や家族を思う気持ちとして、放射線による健康への悪影響を心配しての、移動や食料安全への声かけなら共感できなくもない。女房子供に万が一のことはさせられない。確かにその通り。しかし本当に身近な「生活」としてこの問題を考えた時、遠めで観察している人たちからの、「危ないよー」「癌になるよー」「もう福島には住めないよー」という言葉が、申し訳ないが大きなお世話に聞こえてしまうんだよなあ。各種の専門家からの様々な発信なら、ネガティブでもポジティブでも、その方達のプロとしての発言であるから耳に入れられる。危険を説いてくださってもいいし、安全性を訴えてくださってもいい。しかし、その言葉を聞いただけの素人の方たちが、自分の好みの情報を選択して自己判断しただけの「確信」を、周りや当事者達に必要以上に浴びせるのはもう止めてくれないだろうか。被災地に対しての「善意」の流言、アドバイスが、実はご自身の安心の為、行動の正当化の為に使われているのだとしたら、どううかお控えくださいませんか。もちろん私とは逆に、そうした善意を大歓迎されている方もたくさんいらっしゃることも、知ってはいるつもりなんだけど、なんだかね。こうしたこと書くと、おそらく「善意」の方たちからはお叱りを受けるのだろうけど。

 原発反対の意志を、反政府、Love&Peace、etc、様々な左右のイデオロギーに結びつけて語るのもやめて欲しい。経済推進派だろうが軍事独立派だろうが科学万能派だろうが、一方でスローライフ派だろうが核兵器全廃派だろうが地球市民派だろうが、立場を問わずに日本の原発行政についての視点のみで意見を闘わせ、賛否両論の議論を経ての原発脱却でなければならない(たとえ継続の結果が出ようとも、それはまた別の話である)。説得、共通理解、創造というのは、批判して相手を叩きのめしてというアプローチとは、彼岸にあるように思えてならない。これまで燻らせていた社会に対する不平不満をここぞとばかりに原発や災害行政に重ねてぶつけるのではなく、こうして将来への真剣議論のきっかけが否応なく訪れてしまったのだからこそ、ネガティブワードはできるだけ自分の懐に隠し持って、共通のゴールに歩み寄ろうという自制心が必要なのではないかと思う。お互いに、ただ日本の将来を、今よりも良いものにしたいという想いなのだから。


 つくばでの花見では、東京からの友人がわざわざ電車に乗って来てくれた。誰も強いてはいないし、皆自分の判断でつくばに来て、桜の下で宴を開いた。不必要には怖れることなく、懐かしい思い出を共有するつくばに戻って来てくれて、笑顔で酒を酌み交わした。その、なんでもないいつもの来訪に、つくば住民として涙が出るほど嬉しかった。そんな漠然とした感情はどうも説明することはできないのだが、彼ら友人たちのバランス感覚に、好意を抱かずにはいられなかった。

 また明日も、遠くから心配してくださる方たちの「善意」に背を向けて、毎日の自然農を続けていきます。どうぞよろしくね。・・・ということで、ぼやき終了。もうしばらくは、ぼやかんぞ。だってあたくし、元気ですから。
  
posted by 学 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする