注)記事の日付は太陰暦を用いております

2012年06月05日

開催

卯月十六日 曇り

第二十四候:小満末候
【麦秋至(むぎのときいたる)】
=麦が熟し麦秋となる=
 (新暦5月31日頃〜6月4日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※



 頃合いから言うと、麦秋、麦の収穫時期を迎え、緑が一斉に広がるこの季節にひときわ映えるように、一面に黄金色を称える麦の畑が周囲に見られるようになる。小生の自然農畑では今ひとつ麦類の生育が芳しくなく、種はまけども実らず、まだしばらくは豆類の栽培に頼る期間が続きそうである。
 自然農では、その時に相応しい雑草が頃合いを見計らうかのように生え始め、昨年にはほとんど見られなかった草たちがいつの間にやらその辺りの主役の雑草になっている事がよくある。野菜も同様に、始めは大豆などの豆類から良く育ち、畑が自然農栽培に向けて整い始めるにつれて、イネ科、ウリ科、ナス科などが育つように移行していく。野菜も雑草も、自分達のペースを、焦らず、急がずに時が来るのを待ち、それが満ちるときに自ずから生き生きと命を全うさせようとしているように見える。



 7月から、雑草屋として新しい試みをスタートすることにした。

 『話す・聴く・気づきのワークショップ(全8回/2012年度)』

 その紹介文に、こんな言葉を投げかけてみることにした。

 「あなたはいつも、誰かに向かって話をしていませんか?(中略) あなたはいつも、誰かの話を聞くときに、返事や相槌や頷きを無意識に用意して聞いてませんか?(中略) あなたはいつも、誰かとの会話や対面の最中、ふとした時に訪れてしまう沈黙に無意識に怯えてしまってはいませんか?(後略)」

 人が自分の言葉を誰かに伝えるとき、私達は誰に教わるでもなく、知らず知らずのルールを身にまとってコミュニケーションしている。そんな知らず知らずの習慣をあえて見つめなおして、自分の時が満つる時に話す、誰かの言葉をそのままに聴いてみる、そして会話だけでなく沈黙すらもコミュニケーションとして観てみる、そうした時間があるとしたら。

 このワークショップは、こうした対話やコミュニケーションをツールとして、毎月取り上げるテーマについての参加者各位の考察を深めていただこうというものです。テーマは、「自然農」にはじまり、「環境問題」や「生命」、「食」など、雑草屋が日頃から関心を寄せる事柄をピックアップしています。そうしたテーマにほのかに興味を持ち、そしてただ単なる意見交換会や勉強会などとは趣きの異なるコミュニケーションの時間を過ごしてみたい方がいましたら、是非こちらのホームページをご覧ください。

 【話す・聴く・気づきのワークショップ】
 
 7月からの毎月のとある休日、午後の4時間ほど、ヤギと雑草の息吹が聞こえる我が家のリビングルームにて、お待ちしております。

 第一回、7月22日(日)のテーマは「自然農」。野菜たちや雑草たちが、自分達の時が来るのをまって咲き誇るように、自分の言葉や想いが溢れ出すような場になればと願っています。 

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2012年06月10日

行ったり来たり

卯月二十一日 晴れ

第二十五候:芒種初候
【蟷螂生(とうろうしょうず)】
=かまきりが生まれ出る=
 (新暦6月5日頃〜6月9日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 畑の裏手の桑の林に今が盛りとばかりに桑の実(マルベリー)が色づいている。梅雨入り前のこの時期が旬であり、採りきれないほどに実をつけた桑の実が落ちた農道がどどめ色に染まり、完熟した果実特有の、なま甘い香りに辺りが包まれることになる。

 今日のつくいち前の収穫の朝、ジャガイモと空豆とスナックエンドウを採り終えたあと、広手の笊を抱えてひとしきりたわわに実のついた桑の枝を揺すり、ひと盛りの桑の実を収穫して市に繰り出した。もとより、桑の実なんて田舎のそこら中に生えていたようなもので、学校帰りの子供がその手をどどめ色に染め上げて母から叱られるのが定番になるくらい、よくある田舎の野良の果実である(正確に言えば小生の子供時代の風景に桑の木はなく、知人友人から何度も聞いた話の受け売りであるのだが)。 つくいちでも、何人ものかつての少年少女たちが雑草屋の桑の実を目にするたびに、懐かしい・・・と声を上げて通り過ぎた。それでも久しぶりの紫の果実を喜んでくださる来場者に、少量ではあったがノスタルジーと共に、昔と変わらぬ素朴なベリーをお分けすることができたのだった。

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 つくいち終了後、各店テントを空にして公園の一角に全員で集合しミーティングを行っている。すこし早いタイミングで店を開けた小生のテントに、午前中に「ジャムにするわ」と言って桑の実を買ってくださった方が訪れてジャムを一瓶持ってきていたのを、お隣の近江屋商店さんが変わりに受け取ってくれていた。ミーティング後に近江屋さんにお聞きした時には既にその方の姿はなくお礼もお伝えできなかったのだが、その好意に、5時間の接客疲れが洗われてしまうような気持ちがした。

 午前中に渡した桑の実が、午後にジャムになって帰ってくる。思えばそれはことさら特別なことでもなく、お渡ししたラッキョウが半年後に甘酢漬けになって帰ってきたり、生姜がジャムペーストになって帰ってきたりと、これまでも様々な作物が同じような道のりをたどっていた。桑の実ジャムを持ってきてくれた方は、「ビンは季節屋さん(つくいち仲間の手作りジャム屋さん)のだから食べ終わったらお返ししてね」との伝言も残されていた。

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 雑草屋で育てていない野菜を浅野さんから買い、卵はみたらい農園さんから買い、裸麦を自然堂さんから買い、オートミールのクッキーをつくばベーグルさんから買い、試食用の近江屋さんのポップコーンをおすそ分けでいただき、挙げだしたらきりがないが、こうしてぐるぐるぐると、つくいち内で閉じられた輪の中で生産物が往来をしている。そうしてさらに、来場者との間でも今回のような、小さな小さな輪の中での行ったり来たりのミニサイクルが展開している。そのサイクルには、お金のやり取りや金銭無しのやり取りと共に小さな幸福感がおまけについて回ってくる。
 グローバルなネットワークもいいしソーシャルネットワークもいいし、地球をまたにかけるビジネスもいいけど、この閉ざされているような小さなサイクルの中でのやり取りも、また輪をかけて良いと思わない? だからと言って向こう三軒両隣、ご近所さんと助け合いの暮らしを自分がしているわけでもないのだが、でっかくでっかく世界を見渡し日本を縦横無尽に流通させて届く生産物やプレミアムグルメとは別に、こういったコミュニケーションでの美味しさと幸福感の行ったり来たりもまた、たまらなく良いのではないかと実感するのだ。

 時折に、こうして、地に足つけながらのつながりの中で。甘さ控えめの、マルベリーの淡々とした香りを残したジャムをひとさじ舐めながら。

posted by 学 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 食の喜び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

泥縄

卯月二十五日 晴れ

第二十六候:芒種時候
【腐草為蛍(かれたるくさほたるとなる)】
=腐った草の下から蛍が生ずる=
 (新暦6月10日頃〜6月15日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


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 気がつけば梅雨に入っていたそうな。いつの間にか作業に追われているうちに、田んぼの蓮は日に日に根を伸ばし葉を広げ、杞憂を軽やかに吹き飛ばしていく。


 一方畑。豆を播き、播いては雉が啄み、食われては播き直す。始めから、対策をとればよいのに播く段になってついつい億劫怪獣が心の内に語りかけ、大丈夫なんじゃないか、という90%信用できないその声に従い、そしてまた食われる。毎年の、毎年の光景。しかしながら今年は大豆の年と決めた以上、この馬鹿げたやり取りを繰り返すわけにはいかんので、重い腰を周回遅れくらいで上げての雉対策を打つことになる。

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 発芽した、そのぷりぷりでぴちぴちの双葉を、奴らはむしり食う。飛べもしないくせに、翼を持ってるのに歩いて移動しやがり、草葉の陰で発芽した豆を探し回るキジ野郎への今のところの最大の防御策は、ネットの囲みを設けること。逃げるときだけ羽を使い、普段は脚で歩き回る日本の国鳥様は、どうやら自分の背の高さ程度の障害物があるとそれを超えることはできんようなのです。

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〜それだけを しときゃいいのに 後手を打ち〜



 というわけで、ようやく綯い始めた泥縄にて、いよいよ大豆集中播種月間は山場を迎えようとしているのであります。ん、この週末はレッツ息抜きんぐなのでした。また明日の早朝にひと播きしたら一息ついて、フル充填して、また田畑にGOいたします。

 
posted by 学 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月21日

梅雨来たりて夏に至る

皐月二日 曇り

第二十七候:芒種末候
【梅子黄(うめのみきなり)】
=梅の実が黄ばんで熟す=
 (新暦6月16日頃〜6月20日頃)


第二十八候:夏至初候
【乃東枯(なつかれくさかるる)】
=夏枯草が枯れる=
 (新暦6月21日頃〜6月25日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


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 台風の暴風雨、台風一過の猛暑、そして台風一過一過の今日、湿気も落ち着き日差しも隠れ、どんよりとした梅雨曇りの皐月の二日。 二十四節句は夏至。一足先に太陽の運行上のピークは訪れたものの、しかし地の上の気はようやく夏が春を追い越し、梅雨の緞帳が重く空に掛かる頃。七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる」。乃東とは漢方にも使われる夏枯草(カコソウ、別名ウツボグサ)の古名。この草は冬至の頃に芽を出し、田んぼや畑の畦道などに生える野の草であるが、ちょうど夏至の頃に種をつけ終えて黒く枯れることから、季節に読まれることになった。この辺りの野辺には見かけないが、その夏枯草と同様に、冬(晩秋)に芽を出した草花がようやく命を閉じていこうとするのがこの季節となる。麦、えんどう豆、菜種、そして数え切れぬほどの冬草の雑草たち。

 自然農で田畑に向かう時よく耳にし、かつ暦を重ねる度に身をもって知る草の姿に、冬草と夏草の二種類がある。生物学上にこうした草の分け方があるかは知らないが、川口由一さんの本にも、その他の自然農の手引きの類にもよく現れる言葉である。冬草は、大まかにいって秋から冬に芽を出し、春に盛り、夏の始まりに枯れていくというプロセスをたどり、同様に夏草は、春に始まり夏から秋に大きく育ち、冬に倒れて種を結ぶ草たちのことである。稲は夏草の代表であり、麦は冬草の代表である。豆で言えばえんどう豆は冬草、大豆は夏草と言えるだろう。もちろん、自然はそんなにシンプルではなく、この冬草夏草のグラデーションの間に様々な個性が入り乱れるわけなのだが、総じて、そのような色分けは間違いではない。自然農では、雑草にも当てはまるこうした草の傾向と個性を見分けつつ、刈る草、抑える草、生やす草、そして育てる作物に応じてゆく。この季節に枯れ行く冬草の命をあえて刈り倒して閉じずに、ただ根元をより分けて種蒔きするだけでよいし、これから共に生まれ育とうとする夏草たちは適度に刈り抑えて、作物が負けぬよう目配りをしなければならない。

 先日の台風4号の襲来後の猛暑で再確認したことだが、やはり太陽の素の力強さは、比すべきものが無いほどに荒々しい。 台風が、梅雨の一時の曇天を持ち去ってしまった後のあの突然すぎる猛烈な熱射は、まさしく太陽光のすさまじい厳しさを思い知るのに十分であった。幸いなことに日本には梅雨があり、夏至を迎えて間もないまだ成育途中の夏草たちを、湿り気と時折の五月晴れで優しく育てあげる。頃合いを見計らったころに梅雨が明け、それまでに根と葉を伸ばした草たちは、ギラギラの夏に耐え抜く力を宿すのだ。しかし梅雨明ければまもなく暦は立秋、夏は盛りとはいえ、既に太陽運行はピークではなく、とはいえ残暑を獰猛に蓄えながらも、日に日に季節は秋へ秋へと進んでいく。 つまり、最も暑さが極まろうとするこの夏至の太陽光を、梅雨空は穏やかに遮り、大地を乾き尽くすことなく瑞穂が根を張り巡らせるために優しく居座ってくれているのだ。

 ともすれば、カビだ、湿気だ、陰干しの匂いだと、嫌われる対象にあげられてしまう梅雨であるが、見方を変えれば日本にとって欠かさざるべき大切な大切な季節の営みのはずである。そうであるなら、季節、気候、天気は、決して克服すべき相手なのではなく、寄り添い共に歩む相手としてしか存在せず、季節や天候がどうあってもそれに幸福感を左右されない生活スタイルを模索していくのが本来の人間のあり方なのではないかと思う。 本来の人間のあり方など希望せず、文明生活に依存して自然克服型の生活スタイルしかもちえないのだとしたら、それはおそらく大きな損失であり、その先にいかに眩ゆい程に輝く素敵なリッチライフがあろうとも結局は根本的では自然環境に左右されてしまうことは避けられない。


 梅雨空にカビを恨めしく思いながらも感謝もし、気まぐれの猛暑に嫌悪感を覚えながらも感謝もし、育っても感謝、育たなくても苦笑、死んでも笑い、生きても笑い、それでも起こりうる悲喜こもごもをなんとか適当に乗り過ごして生きてゆきたい。 社会情勢も大変だけど、国際社会も喫緊だけど、それぞれが足元から幸せになりましょうよ。それでいいと思うんだよね。
 なんか最近こんなことばっかり書いてないか俺。ちょっとうぜえなこれ。やれやれ。 

 と、知人の自然農家さんからいただいた梅を塩漬けしながら、梅雨明けの土用干しを待つのでした。

 
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posted by 学 at 21:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月29日

独り立ち

皐月十日 晴れ時々曇り

第二十九候:夏至次候
【菖蒲華(しょうぶはなさく)】
=あやめの花が咲く=
 (新暦6月26日頃〜6月30日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


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 六日前の土曜日から、今年の田植えが始まった。4月に種を降ろし、二ヶ月を苗代で少年時代を過ごし、これから二ヶ月お盆を過ぎる頃に花を咲かせるまで、根付き、茎を増やし、葉を広げ、成人時代を送ることになる。種を降ろしてから稲刈りまでおよそ六ヶ月の稲の命は、まるで家族と過ごした青年が独り立ちするように、込み合って育った苗代から十分に分蘗できるスペースへと一本一本田植えされていく。

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 半夏生の頃、梅雨が明けるまでに田植えを終わらせるべく、そしてまだまだ終わらぬ大豆の種蒔きシーズンのエンドラインも背後に迫り来ている。これからしばらくは、田植えに4時間、大豆の播種に4時間、休みが許されない怒涛の二週間が待ち構えている。つくいちもあり、農園集合日もあり、LONOFもホストし、他の農作業もあり、なんかキテルなこれ。

 精進精進。菖蒲も、アジサイも、季節の彩りにも心を費やすことなく、しばらくは精進です。
 
posted by 学 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする