注)記事の日付は太陰暦を用いております

2012年06月10日

行ったり来たり

卯月二十一日 晴れ

第二十五候:芒種初候
【蟷螂生(とうろうしょうず)】
=かまきりが生まれ出る=
 (新暦6月5日頃〜6月9日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 畑の裏手の桑の林に今が盛りとばかりに桑の実(マルベリー)が色づいている。梅雨入り前のこの時期が旬であり、採りきれないほどに実をつけた桑の実が落ちた農道がどどめ色に染まり、完熟した果実特有の、なま甘い香りに辺りが包まれることになる。

 今日のつくいち前の収穫の朝、ジャガイモと空豆とスナックエンドウを採り終えたあと、広手の笊を抱えてひとしきりたわわに実のついた桑の枝を揺すり、ひと盛りの桑の実を収穫して市に繰り出した。もとより、桑の実なんて田舎のそこら中に生えていたようなもので、学校帰りの子供がその手をどどめ色に染め上げて母から叱られるのが定番になるくらい、よくある田舎の野良の果実である(正確に言えば小生の子供時代の風景に桑の木はなく、知人友人から何度も聞いた話の受け売りであるのだが)。 つくいちでも、何人ものかつての少年少女たちが雑草屋の桑の実を目にするたびに、懐かしい・・・と声を上げて通り過ぎた。それでも久しぶりの紫の果実を喜んでくださる来場者に、少量ではあったがノスタルジーと共に、昔と変わらぬ素朴なベリーをお分けすることができたのだった。

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 つくいち終了後、各店テントを空にして公園の一角に全員で集合しミーティングを行っている。すこし早いタイミングで店を開けた小生のテントに、午前中に「ジャムにするわ」と言って桑の実を買ってくださった方が訪れてジャムを一瓶持ってきていたのを、お隣の近江屋商店さんが変わりに受け取ってくれていた。ミーティング後に近江屋さんにお聞きした時には既にその方の姿はなくお礼もお伝えできなかったのだが、その好意に、5時間の接客疲れが洗われてしまうような気持ちがした。

 午前中に渡した桑の実が、午後にジャムになって帰ってくる。思えばそれはことさら特別なことでもなく、お渡ししたラッキョウが半年後に甘酢漬けになって帰ってきたり、生姜がジャムペーストになって帰ってきたりと、これまでも様々な作物が同じような道のりをたどっていた。桑の実ジャムを持ってきてくれた方は、「ビンは季節屋さん(つくいち仲間の手作りジャム屋さん)のだから食べ終わったらお返ししてね」との伝言も残されていた。

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 雑草屋で育てていない野菜を浅野さんから買い、卵はみたらい農園さんから買い、裸麦を自然堂さんから買い、オートミールのクッキーをつくばベーグルさんから買い、試食用の近江屋さんのポップコーンをおすそ分けでいただき、挙げだしたらきりがないが、こうしてぐるぐるぐると、つくいち内で閉じられた輪の中で生産物が往来をしている。そうしてさらに、来場者との間でも今回のような、小さな小さな輪の中での行ったり来たりのミニサイクルが展開している。そのサイクルには、お金のやり取りや金銭無しのやり取りと共に小さな幸福感がおまけについて回ってくる。
 グローバルなネットワークもいいしソーシャルネットワークもいいし、地球をまたにかけるビジネスもいいけど、この閉ざされているような小さなサイクルの中でのやり取りも、また輪をかけて良いと思わない? だからと言って向こう三軒両隣、ご近所さんと助け合いの暮らしを自分がしているわけでもないのだが、でっかくでっかく世界を見渡し日本を縦横無尽に流通させて届く生産物やプレミアムグルメとは別に、こういったコミュニケーションでの美味しさと幸福感の行ったり来たりもまた、たまらなく良いのではないかと実感するのだ。

 時折に、こうして、地に足つけながらのつながりの中で。甘さ控えめの、マルベリーの淡々とした香りを残したジャムをひとさじ舐めながら。

posted by 学 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 食の喜び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする