注)記事の日付は太陰暦を用いております

2012年08月01日

自分で診る

水無月十三日 晴れ 
 
第三十五候:大暑次候
【土潤溽暑(つちうるおいてむしあつし)】
=土が湿って蒸し暑くなる=
 (新暦7月28日頃〜8月1日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 自身が三十路を越えたころから、周囲に身体の調子を崩される方が増えてきた。ごくごく親しい人も、久しぶりに顔を合わせる人も、そしてなにより自分も重ねて。

 今年の3月、両親、姉と家族4人で福島の温泉地へ一泊二日のドライブ旅行に出かけた。それこそ数年来することもなかった、家族水入らずの旅であった。桃はまだ開かず、桜の開花はいよいよ見ごろかという頃の穏やかな旅行であったのだが、道中の夕食で、母が突然倒れた。持病はそれなりに年相応にあり、更年期も程よく付き合い、とはいえ目立った大病も無く過ごしてきた母であったが、和やかな夕餉の途中、うっっ、とうつむきみぞおちを押さえ苦しみだした。しばしの間様子みてからフロアスタッフを呼び、車椅子に乗せて部屋へ戻り、いつでも救急車を呼べる体制を整える。父と姉と共に数時間、驚くほどの低体温と顔色の悪化を心配しつつ、とにかく看病に努めた。幸い腹痛も収まり体温も戻ったためにその夜は部屋で過ごすことで事なきを得た。翌朝家族で顔を合わせて、はて原因は。もしや昨夜の会食にて、我が家の家計から少々背伸びした夕食価格を冗談交じりに母が尋ねた直後だったので、はては価格に驚いて卒倒しかけたのではないかと笑いあえたのだが、それは幸いにも、その後大事に至らなかったからである。

 その折、友人知人、医者に医院にと夜分の迷惑をかえりみず手当たり次第に電話をかけ、改めて医療に対する自分の見識のなさを痛感したのは記憶に新しい。母の例は一端であり、本当にこのところ、周囲の同世代の友人達にも、重さの程度はあれど病を患う知らせを耳にする。その度に、ただ耳にするだけで何も力になれない自分の無力さに、今更ながら呆れるのである。他人の病に深くかかわることはできなくとも、せめて近しい近親家族に対して自分が向けられる術はないものかと考えていたところ、先日、医師の友人と電話で談笑しながら、一つのヒントを授けてもらえることになった。彼は受話器の奥で、「今の患者さんの多くが、本来自分の身体とは自分のものだという当たり前の感覚を忘れてしまっているようにみえる」と嘆いていた。それはあたかも、車の車検をディーラーにあずけて済ませるような感覚で、病院に行き、医者に診せ、「さあ金は払うから後はまかせた。しっかり直して体を返してね。」と言っているかのような印象を受けるのだという。

 友人の気づきとは、自分で全てをできる必要はないが、あまりにも自分の体に対しての認識が薄いのではないかというものであった。体のサインや兆候、人間が本来持つ自己治癒力、体と心のバランスの取り方、そして病や死についての向き合い方、それらいずれかもしくは全てにおいて、まるで日常生活には必要の無い情報として捨て去っているかのように生きている人がいる。そしてその無意識に他人任せにし、体への認識を大切にせずに暮らしてきた末に、病を医療に預けきってしまうことになる。

 恐らく、それでも良いのであろう。何も、不都合なことは無いのかもしれない。現代社会は大自然の中の生活ではなく、健康保険制度の下、最新医療の恩恵に包まれて医者に任せて自分の人生を送ることにどこに問題があるのだろう。しかし。自分の体を自分のものとし、不調や病を自分で診て、緩やかに改善し、そしてそうした個性を受け入れながらライフワークバランスや食事やアクティビティを取り入れ、自身で健康に導く生き方も存在する。薬や医療や健康情報に任せすぎず、己の生命が発するシグナルに適度に耳を傾け、整え、治癒させていく。単なる民間療法という意味ではなく、もう少しだけ自分ごととして、自分の身体を手に入れるようなそんな感覚。それはきっと難しいことなんかではなく、時間や経済に過度に追い立てられることから少しだけ自由になることで、静かに聞こえてくるような気がするのだ。もしかしたらそれはヨガのようなものであったり、もしくは瞑想のようなものであったり、食事に気を配ることだったり、あるいは東洋医学に理解ある医師と適度に関係を築くことだったりするのだろう。もちろん最新医療との関係も、適度に必要とすれば良い。

 自分の身体をよく観ることなく肉体を不適度に使ったために腰を痛めたり。夏に冷たい飲み物をがぶ飲みしてばかりで、陰の気が高まり体調を損ねたり。適性に向かぬ仕事に傾きが大きくなって、ストレス性の頭痛を抱えてみたり。相変わらずそんなことばかりなのである。それでも少しずつ、「自分で診る」という友人のヒントを身に沁みこませながら、自分が、そして近しい人たちが、緩やかな健康を手にすることができるようにと願っている。それは小生にとって自然農と同じように、自然に沿いながら生きていくことと同義のプロセスであるはずだ。

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 庭でもいだトマトを井戸水で冷やし、日中の作業で上気した身体を冷やして整える。ただそれだけのこと。それでもこうやって自分の身体は見事に維持されている。大げさかもしれないけど、でもその積み重ねで人間は生きている。


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第2回 話す・聴く・気づきのワークショップ =8月19日(日) 開催=
 今回のテーマは【生命(健康・病・自分で診る)】です。
 参加者募集しております♪ 終了しました。
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2012年08月03日

朝、音、香り

水無月十六日 恐らく誰がなんと言おうと晴れ

 
第三十六候:大暑末候
【大雨時行(たいうときどきふる)】
=時として大雨が降る=
 (新暦8月2日頃〜8月6日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※



 朝、4時過ぎにうつらうつらと朝ぼらけを迎え、6時ごろまでタオルケット1枚の布団でごろごろとまどろんだ。網戸越しに聞こえてくる、空も明けきらない4時台の音は、ヒグラシから始まるセミのささめきであった。一度意識が布団の中に戻り、またふと目が覚め5時に近づくと、そのささめきにカッコウや名も知らぬ鳥達の声が混じり始めた。空はもう薄明るさを手に入れている。そして意識が完全に布団から抜け出した6時ごろ、ささめきはついにアブラゼミのさざめきへと移行する。空色と空気はまだまだ朝露の中に濡れているが、音だけは既に、夏の灼熱の音色に染まり始めていた。 耳の変化に気づいた朝を楽しんでいると、ほのかに、だがとても主張の強い、甘さを含む風が網戸をくぐり抜けて鼻に届いてきた。どこかで嗅いだ記憶があるが、だがどこにも記憶が辿りつかない、そんな香りだった。その香りは、この朝の音の変化のグラデーションの中に訪れ、そして今咲いたよ!という見えない時間を鼻に届けてくれた、確かな瞬間でもあった。明け方には咲いておらずに、自然が少しずつ起きはじめる最中にそれは開花し、それをしっかりと誰かに(おそらくは花粉を運んでくれる虫達に)伝えるために、どんよりと濡れた重めの空気に乗せて香りを放ち始めたのである。あきらかにしっかりとした意思のような願いを込めて。その願いの主が誰なのか確かめたくなり、たまらなくなってサンダルで庭に下りると、それは軒先にグリーンカーテンを覆い始めたゴーヤの小さな小さなレモン色の花であった。


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 昨夜、1年前の8月から迷い込んだ居候氏の入居1周年祝いを催した。実家から届いたチルドパックの鰻の蒲焼に、甘味噌で炒め絡めた蒸し芋、キュウリの酢の物、刻み茗荷を乗せた冷奴を添えて、キンキンに冷やした自ビールで乾杯した。研究に忙しい主役の居候氏はビールを飲めずに接待側が一人で飲み暮れていたが、結局は飲んでも飲まなくても同じになり、深夜まで語りつぶれて寝床についたのだった。そして1、5日酔いの朝。

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 田んぼは田んぼで、畑は畑で、途方に暮れたり憔悴しきったりすることも相変わらずあるのだが、それでも一日一日の起承転結は二度とないものであるし、そして再発見や新発見の種に溢れている。それは身の回りの自然が多様であればあるほど。自然は多様であればあるほど様々な変化率が増し、そして同時に豊かで、安定にも満ちている。そんな論文が掲載されたと、居候氏から教えていただいた。それは理工学的アプローチであり、おそらく演算的なシミュレーションなのかもしれないけど、そうした人工的な科学の発見の先に、理想モデルとして多様性である自然が導き出されると言うことは、まさにさもありなんという想いを強くするのである。

 炎暑の間隙を縫ってのジャガイモの収穫に明け暮れる肉体労働の日々の中に、こうして時々に再発見や新発見の花が咲く毎日の暮らし。それを続けながら、落ち着かせながら、ふと身近に嬉しい顔があるような生活を、ほのかに、ささやかに、願う。
 
 おおお、7時半になったらついにミンミンゼミが起きだした! 6時台に感じていた最後の物足りなさはこいつだったのか!

 
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 自然農の夏の朝は雫で溺れそうになる。


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2012年08月06日

天から

水無月十九日 曇りのち雨

 来たぞ雨。いつぶりだったのやら、おぼろげに記憶している最後の小雨が降ったのは先月半ば、ざっと20日ぶりの、はっきりとした降雨。ここ数日の天気予報で何度か起きた、数日先の傘マークが当日には消えている件を今日の今日まで危惧していたが、ようやく、お昼の雨雲を天にいただき、恵みの雨が降り注ぎました。

 早朝から午前中へ、いつもよりも厚めの雲に日射が遮られて過ごしやすく、しかし蒸し暑さは変わらない畑で作業して、疲れもピークを迎えようかという頃、南の空から近づく雷鳴に耳を向ける。本当か?いやいや今日も騙されんぞ、と一人ごちながらも、ついつい無理して種蒔きを続ける。いつもだったらとうに音を上げている頃なのに、ついついもう一列、もう一列と手が進む。オリンピックで連日目にしていているつもりではあったが、そして比べるのにも程があるが、人間ってやろうと思えばやれるもんだね。
 と、そんな馬鹿馬鹿しさも嬉しい午後の数時間、ひとしきりの天恵なのでした。「大雨時行(たいうときどきふる)」、今日は大雨とは行かなかったものの、七十二候もまさに旬。ようやく、雷雨の楽しみが増えそうな季節へ。もちろん、過ぎたるは及ばざるが如しであるのも肝に銘じながら。


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 とはいえ、こんなには降り続けてはくれなかったけどね。


・ ・ ・ ・ ・

 8月6日だから思うわけではないが、天から降りてくるものは「恵み」だけにして欲しい、と我が生が続く限り願う。世界中の、どの地域にも。今も、これからも。


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2012年08月11日

秋立った

水無月廿一日 曇り時々晴れ時々雨

 
第三十七候:立秋初候
【涼風至(りょうふういたる)】
=涼しい風が立ち始める=
 (新暦8月7日頃〜8月11日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 8月7日は二十四節句の「立秋」。自分が生まれた日であることを祝われていた子供の頃は、夏休みでお誕生会もないし、鼻の日だし、有名人はのび太だし、そんなもんかという一日だった。いつの頃からか生まれた日かどうかは概念上のものとなり、「秋が生まれる日」なのだと暦を眺めるようになり、自然農を始めてからは、風や夕日の色が変わる頃だと気づくようになった。 

 前日の午後に雨に恵まれ、明けた立秋の朝。土が喜んでいるのか草が喜んでいるのかは分からないが、とにかく、けぶるけぶる。どれだけ雨が沁みたものかと、心待ちにして田畑に出てみたものの、乾ききって凍み豆腐のような大地には、数時間程度の降雨では出汁で戻すほどにも足りず、しんみりと濡れた程度であった。とはいえ朝靄の空は白く、日は霞み、気持ちだけでもの立秋の景色を映していた。

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 気休めの雨が去った後、それからまた、降らぬ日々が続いている。そんな中にも、夜更けの風に冷気が混ざるようになり、気の持ちようによっては少しずつ少しずつ、夏の盛りは穏やかに過ぎていこうとしている。気がつけばコオロギが鳴き、気がつけば大豆の花が咲き、気がつけば水無月は去り、またいつの間にか台風の季節、長雨、秋到来、と季節も暦も経過していく。その経過のプロセスは、人間がこの世に出でし頃から、恐らくほとんど変わらない。

 当たり前に過ぎ行く、日本の四季。誰も操作しないのに続く、地球の自転、公転。人間は、その営みの中でしか生きる糧を育て得ないのに、その理を忘却して発展した気になってしまっている。我々は自然の営みから離れた食べ物を生み出して作り出して生きることはできない。それを忘れての人生も社会もないことに気づかなければならない。全ての人が気づかなくとも、自分だけでも、自分の周りだけでも、その理に触れて生きてやる。これは思想だ。そして闘いでもあり、共生でもある。

 たかが食べ物じゃない。たかが農じゃない。生き様だ。それくらいの気概は、一年に一度くらいは持たないと駄目なんだ。矛盾もよし、自己満足でもよし。生き死にを問われて、それでも譲れないものを抱えて生きることを選ぶ。それはもう、自然農とかどうこうではなく。
 
 
 立秋。春を始まりとする北半球、東洋の暦の中で、立春からちょうど半年過ぎたその日。自分はその日に生を受けた。歳を重ねるたびに、たまらなく秋が好きになってくる。半年間、広がり、膨れ、大きく、生命力を高める季節が進み、その日より季節は、半年かけて狭まり、縮み、小さく、生命力を閉じていこうとする。自然も、人間も、動物もそれに近似したプロセスを備えている。その理から、エッセンスをつかもう。楽しみを、可笑しみを、喜びを、憂いを。私達は、過ぎ去り、変わり、そしてまた生まれ、育む、そうした流れの中での営みの中にこそ生きる。

 なんじゃもんじゃよくわからんが、そんなことを思う残暑の夜の夢。ま、たまには鼻血出そうな感じもよかろう。そして何より、雨がまた軒を濡らし始めてきたのだ。

posted by 学 at 22:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

夏雑感

文月四日 晴れ
 
第三十八候:立秋次候
【寒蝉鳴(ひぐらしなく)】
=ひぐらしが鳴き始める=
 (新暦8月12日頃〜8月16日頃)

 
第三十九候:立秋末候
【蒙霧升降(ふかききりまとう)】
=深い霧が立ち込めるる=
 (新暦8月17日頃〜8月22日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


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〜にがうりを ならべてすずし 盆の空〜



 四日月(そんな言葉は日本語にはないが)が、存在感を示しながら西を照らす夕暮れ。このところ、雨が稀にドカ降りするようになった。やれやれの安堵もあり、しかし田んぼに水は張るほどでもなし、それでも稲は日に日に、文字通り日に日に分蘗を進めている。

 盆に実家に勢いで戻ってみたり、体調を不安定にしてみたり、塩をふったナメクジのように寝室で溶けてみたり。夏を五感で味わっています。 このところお会いできていない方も、お会いできた方も、ご機嫌宜しくお過ごし下さい。

 初夏の頃からの雑感ではあるが、今年は季節が2週間ほど遅く訪れているような、そんな感覚がある。立ち上がる春も、梅雨の頃も、そしてこのうんざりの猛暑も、夕立の空も。そうして今、立秋を思い出すかのように暑さが根強く荒ぶり、それと同時に朝夕の日差しの色やセミの声が緩やかに、夏のピークから交代し始めている。とはいえ、もんのすごく暑いんだけどね。なんとなしに、大豆の生育も稲の出穂などもきっかり2週間とは言わないが、その程度の、七十二候で言えば二候や三候ほどが、遅れて届くようなそんな感覚。
 はてさて、そんなのはただの思い込みなのか。そしてそもそもそんな雑感がクソの役にもたつのだろうか。ヒグラシは、ずっっと前から鳴き始めているけどさ。知らんけども。


 この夏、とうとうエアコン作動なしで乗り切れそうな暦になってきた。このままエアコン無しで済ませられるかな。先日ビクビクしながらエアコンなしで乗り切ったワークショップでは後日、暑かったとの声が届いた(笑)。風鈴じゃ、団扇じゃ、やっぱり無理があったかなあ。濡れ手拭いを首に巻いたり、動脈をキンキンに冷やしたり、空気全体を冷やさずに夏の気を空間として追いやることはせず、涼しく過ごすことを選択する人たちが増えたら、日本が、世界が、文明が変わるのだろうけど。大げさではなくね。こればっかりは・・・反省材料ともしつつ、他者の感覚とも乖離しすぎずに歩いて生きたい。

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 気がつくと一週間、忘れるとあっという間に過ぎますな、日記は。やれやれ。

posted by 学 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする