注)記事の日付は太陰暦を用いております

2013年01月15日

遅ればせながら

師走四日 晴れ

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 新年明けましておめでとうございます。

 遅ればせも遅ればせているうちに、新暦の小正月。年末から見舞われたパソコントラブルがにっちもさっちも行かず、ふと、宝くじを祈るような思いで電源を入れた雪明けの午後。うううううううん、とそろりそろりな起動音とともに愛しのDELLが復活しました。ようやく、雑草屋も目が覚めました。

 旧暦では、まだまだ師走も師走。つまりは新暦正月の休暇モードとPCの不調にかまけてどっかりと冬を休んでいたツケが回り、2月10日の旧正月までは怒涛の忙しさで走り回ることになりそうな予感と悪寒。


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 連日連夜記録的に冷え込みの続いた年末年始。元旦、一ノ矢神社に参拝し、畑と田んぼへ足を伸ばすと足元にギリシャ神殿を思わせるような霜柱が屹立していた。
 自然はいつも、想像を超えて目の前に広がっている。この美しさを、人はたやすく真似ることはできない。しかしそれを感じて学び、受け取って味わうことは許されている。だからこそ小生は、「自然農」を選んで生きようとしている。自分の思い通りに自然を利用するのではなく、自然のありように沿って生きる術を選びつかもうと。


 今年の農初めは5日、つくいち前日の畑の中で菊芋を二時間掘り続けた。また今年も、歩いて歩いて。這って這って。人と、自然と、関わりつづけながら過ごしていきたい。

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 ・・・七十二候、、、びっくりするほど過ぎていました。わかってたんだけどん。ずらり、一気に六十五候から六十九候まで。これだけ眺めていても、季節の巡りを実感するもんだね。ええ、確かにキジが鳴きましたとも。

第六十五候:冬至次候
【麋角解(さわしかつのおる)】
=大鹿が角を落とす=
 (新暦12月26日頃〜12月30日頃)

第六十六候:冬至末候
【雪下出麦(せっかむぎをいだす)】
=雪の下で麦が芽を出す=
 (新暦12月31日頃〜1月4日頃)

第六十七候:小寒初候
【芹乃栄(せりすなわちさかう)】
=芹がよく生育する=
 (新暦1月5日頃〜1月9日頃)

第六十八候:小寒次候
【水泉動(しみずあたたかをふくむ)】
=地中で凍った泉が動き始める=
 (新暦1月10日頃〜1月14日頃)

第六十九候:小寒末候
【雉始雊(きじはじめてなく)】
=雄の雉が鳴き始める=
 (新暦1月15日頃〜1月19日頃)

※今年から七十二候を取り入れてみました※

posted by 学 at 19:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月31日

えにし

師走廿日 晴れ

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第七十候:大寒初候
【款冬華(かんとうはなさく)】
=蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す=
 (新暦1月20日頃〜1月24日頃)

第七十一候:大寒次候
【水沢腹堅(さわみずこおりつめる)】
=沢に氷が厚く張りつめる=
 (新暦1月25日頃〜1月29日頃)

第七十二候:大寒末候
【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】
=鶏が卵を産み始める=
 (新暦1月30日頃〜2月3日頃)

七十二候を取り入れています※


 ほんのりと、冬が融け始めている。 

 昼、庭にウグイスを見つけた。ネズミが天井裏を駆け回り、壁のあちらこちらの飾りに稲束や大豆の枝がぶら下がるこの家に、越してから早や5年が過ぎた。初めてこの家に移ったときと同じように、梅のつぼみが膨らみ、柿の冬枝が張り、足元にフキノトウがほころびはじめる頃である。晩に朝に、依然としてキンと冷え締まることこの上ないが、どうやら昼の陽射しには、たしかな暖かみが混じるようになった。

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 冷えに冷えたこの冬であったが、それでも自然は巡り巡り続けて、春はやってくる。この18ヶ月間、寝食を程よく共にした居候氏は、目出度くこの折に転機を迎え、春風よりも一足早くこの家をあとにすることとなった。息を抜いて間抜け面をしているときに限っていつ帰宅するかわからないという、楽しいスリルが味わえないのがことのほか残念であるが、互いの行く末を共に慶びあえる友人を見送れることが何よりも嬉しい。

 この1月、話すことと聴くことにフォーカスしたワークショップを2回開催した。先に開いたでは、テーマを「聴く・話す」として、じっくりと5時間半かけて過ごした。参加した友人から後に届いた言葉は、積み重ねの成果を感じた時間だったという、嬉しい内容だった。つい先日に開いたヨガと気づきのワークショップでは、初めてお会いした参加者の方から、参加できたこの日を宝物のように大事にしたい、という言葉をいただいた。「ヨガ」と「話す・聴く時間」がどれほど親和するのかは、主催する側にとっては確信めいたものであったが、参加された方にとってどういった時間になるかはまるで手探りであるがゆえに、その時間を喜んでいただけたというサインは、力強く我々を勇気づけてくれるものだった。

 あと4日で立春。今年の旧正月は11日後。七十二候は、昨年の立春より巡って七十二を数える。春を迎えての、また新しい一巡りへの移りかわり。田畑も森羅万象も、常に萌芽は内在している。土は徐々に暖まり始め、虫が起き、草木の息吹きがあちこちに聞こえている。小松学も、雑草屋も、70億の人類も八百万の神々さまも、巡り巡りて新陳代謝を繰り返していく。変わらないまま変わりつづける。人も、自然も、世の中も。

 16日前、とてもとても繋がりの深い親友が、命を全うして旅立った。またその一方でほとんど同時期に、不幸なる政治に巻き込まれた見知らぬ方々が命を落とし、さらには帰趨さえも耳に届かない世界中の方々が、今もどこかで命を落としている。小生は、たまたまの人生をなにごとかの係わり合いの中で生きつづけているに過ぎない。だからこそ、畏友を胸に抱き、自らの生を全うすべく、手元足元にある幸せのかけらを携えながら、今日も大豆を選別しつづける。暖房を節約しつつ、豆の出来不出来に一喜一憂しつつ、週末のつくいちを心待ちにしながら。居候氏の荷物が空いた6畳間に、ぽかりと物寂しさを感じる厳冬のなかで。

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 亡き親友に、そして今命ある全ての縁(えにし)に、祈りを捧げます。

 安らかに。そしてまた会おう。



posted by 学 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 友と共に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする