注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年02月01日

再生

睦月二日 曇り

 2014年の1月30日は旧暦師走の大晦日。普段は新暦通りに暮らしつつ、月の満ち欠けに沿った旧暦にも耳を傾けて過ごしているが、今年は立春を前に年が変わることになった。大晦日のこの日、妻と仕事の打ち合わせでカフェにこもり、雑多なミーティングをこなしつつ、翌日から始まる新しいひとめぐりの年にあわせて今年の言葉を決めた。

 今年は、 「再生(rebirth)」 とする。
 

 自然農により深く、初心以上に、子供のように、好奇心にそって。そして、日々毎分毎秒、生き死にを繰り返して再生し続ける細胞のように、身体も、心も、より新陳代謝させていきたい。

 それに付随させて具体的な試みもいくつか。一つ。つくばにいる日は、毎日、どんな時でも、一日一度は田畑に出ること。食事をするように、トイレに行くように、田畑を行き来する。二つ。飲酒は週一日以内とすること。まずは年明けから10日間の断酒。できることから、ひとつひとつ。



 夕方家に戻り、ひと月遅れの大掃除の最中、月がもっとも欠ける新月を翌日に控えた師走の晦日が夕暮れてきた。昼過ぎから降っていた雨が上がり、にわかに辺りが明るみ始めた。なにやら神々しいほどの外からの光に誘われ家族三人で庭に出ると、西には幻想的に輝く曇り空が広がり、東には凛として七色を備えた虹が立っていた。

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西の空

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 東の虹




 明けて睦月一日、日の出と共に目が覚めて家の隣の林を歩き、杉の木立の奥から昇る初日の出を拝んだ。

 
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 太陽は、沈んでは昇りを繰り返し、月は、満ちては欠けてを繰り返す。四季は巡り、自然もまた、茂っては枯れ、また芽吹き、次の命へ続いていく。節句、気候もようやくひとまわり、七十二候目へ。

 再生を胸に。今年もよろしくお願いいたします。

 ちなみに大晦日の晩、昨年まで我が家に同居していた居候氏と宴席を。「ご馳走させてください!」と言ってくれた居候氏にどっぷりと甘えて、ここぞとばかりに飲み、呑み、飲み、酔い、語り、夜更かし、笑いました。これにて酒の充填完了(笑)。


第七十二候: 大寒 末候
【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】
=鶏が卵を産み始める=
 (新暦1月30日頃〜2月3日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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2014年02月08日

睦月九日 大雪

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  立春を過ぎ、七十二候は「東風解凍」。つくし農園の集合日を予定していた今日、メディアによっては二十年に一度の大雪ともいわれる雪雲が関東一円(日本列島)を覆い、つくばは白に包まれている。草は全て雪の下。うーん、することないねえ。

 先日の4日も雪。降雪の中に娘と畑に出て、雪が積もりながらの草刈り作業に明け暮れていたら、呆れた娘がストライキを開始した。氷点下に迫らんという畑の小屋の下で、身動きせずに泣き続けるという暴挙を敢行。刈り払い機のエンジン音に包まれた小生の与り知らぬままにしばらくストライキは続けられ、視界に映らなくなった姿にようやく気がついたころには娘の唇も手足もすっかり血の気を失い、号泣と震えという代償と引き換えに彼女は「帰宅」という成果を手にしたのだった。

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 それ以来娘は、「雪やこんこ♪」と歌うたび、「お父さんは犬だけど、私は猫だからね」と念を押すのである。さて本日の吹雪。娘は一切雪あそびに興味を示さず、ストーブの前で絵本を読みあさるのである。

 うん、君は猫だね。
 たしかに寒いもんね、雪の草刈りはね。


第一候: 立春 初候
【東風解凍(はるかぜこおりをとく)】
=東風が厚い氷を解かし始める=
 (新暦2月4日頃〜2月8日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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2014年02月09日

ふったふった

睦月十日 大雪のち晴れ

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 畑の上に、多いところで15cmも積雪したのは、ここに居を構えてからは始めてかもしれない。

 とにかく、降った降った。施設に頼らない自然農は、雪の重みで倒壊しかねないハウスの心配などをする必要がないのが楽なところだが、その代わり今回のようなドカ雪での作物へ雪害が顕著に表れるのが痛手となる。 

 
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2月9日深夜0時50分@つくば栗原


 とにかく、積もった積もった。昨晩、興奮して夜更かししたせいで寝坊し、朝飯をかきこんで家族と一緒に畑の観察ついでの散歩に出たのがお昼前。結局、作物への心配はそっちのけで、大はしゃぎで雪遊びしながらの散策となった。

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〜 雪道に おわしましたか 八咫烏(やたがらす)〜



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〜 春立ちぬ 雪と稲荷と 八重桜 〜
 


 大雪の畑を口実に、スキーウェアを着て、サングラスかけて、カマクラをつくり、汗にまみれ、雪球を娘にぶつけて、家族で一番楽しんで、布団に倒れこむ。そんな日曜日。 


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そして人生初カマクラ♪
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第二候: 立春 次候
【梅花乃芳(うめのはなかんばし)】
=梅の花が開き香る頃=
 (新暦2月9日頃〜2月13日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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2014年02月11日

雑草館−その壱(冬)

睦月十二日 曇り

 雪景色が続いたのでちょっと別視点で1週間ほど前の景色を。

・ ・ ・ ・ ・

 自然農のフィールドに立てばこそ、「いわゆる」雑草と共に日々を過ごすことになる。とはいえ忌み嫌う敵ではなく、かといって来るもの拒まずのボーダーフリーでもなく、「ちょっとこの辺り使わせてくださいね」的な意識で雑草たちの都合と我々の都合の狭間のポイントを探しながらの日々。

 とは言うもものの、数多に存在する草花をこれまではBlog内でフォーカスを(無意識的に、意外なほどに)してこなかったので、畑に見られる雑草たちを季節ごとに追いかけてみようという、今年からの気ままな試み。学術的でもなく、体系的でもなく、いい顔(写真)が撮れたらアップしてみよう、程度に。お気軽に。
 

【その壱(冬)】

 まずは冬の畑にたたずむ、我が地を代表する三種。セイタカアワダチソウ、チガヤ、ススキ。

 宿根性の多年草。開墾当時から周囲に繁茂し、数年間手入れ(草刈り)し続けて、少しずつ少しずつその根の勢いを減らしながら作物を育ててきた。手をかけて減ってきた農地も、1年放置するとまたモリモリと勢力を巻き返しにかかってくる。これからの季節、茂る盛りには目もあてられないほどに嫌悪してしまいがちなこやつらも、澄み渡る冬空の下、筑波颪に揺れる姿は、大自然が産んだ芸術さながらに光り輝く。


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<セイタカアワダチソウ>



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<チガヤ>



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<ススキ>


 あくまでも、あくまでも、この時期の、このたたずまいにおいての、この鑑賞態度でありますゆえ。こやつらに対しての、春以降の、胸のざわつきにも目を向けていきたい。

posted by 学 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 草を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月13日

観る、話す、聴く、

睦月十四日 晴れ 

 心に、深く深く染み入る映像を鑑賞し、その後に、ゆっくりと、頭の中をめぐらせる。
 と同時に、他人と「おしゃべり」ではない時間で共有していく。

 その体験が、こんなにも心地よく、自ら語りかけられるものが多く、通常の映画鑑賞以上に肉体化される時間になるとは、想像以上だった。

 1月25日につくサスが主催した「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第一番」の上映会。その午前と午後の上映の合間に、「話す・聴く・気づきのワークショップ」の特別編を開催した。派手さやハラハラドキドキが欠かせない劇場映画とは明らかに異なり、あるいは危機意識を煽るような教育映画とも一線を画した、観る人それぞれの時間の中にゆっくりと染み込んでいくような「地球交響曲」にこそ、この時間が意味を持つ。そう期待して、この機会に是非とも開催したいと実現に踏み切った。


 後日、参加された方からの感想が本当に的を得ていて、了承を得て全文抜粋する。

あの場(話す・聴く・気づきのワークショップ)だから、
この映画を語れたのだと思いました。


一人で観て自分の心に感動が刻まれるのもいいし、
友人や家族と観てお互いに感想を
シェアするのもいいのですが、
『良かったねー感動した!!』だけで終わってしまい
深いところまで行き着けないような気がします。


自分の中で反芻しつつ
思ったことを
漠然としてた想いをかたちに変えて
自分の心に耳を傾けてみる。
アウトプットしてこそ気がつくことってたくさんあるのですね。

映画をみたあと、あれだけ静かに語らう時間を
持ったことがあっただろうか?


そして
他の方の話からもさらに連想がひろがって、
自分だけでは気づけなかったものが得られたと思います。

これがワークショップの醍醐味なのかも?

映画とともにとても充実した一日になりました。



 悩みながら、自問自答しながら、毎月開催を続けるワークショップ。派手さもなく、参加後すぐさま役に立つようなノウハウもなく、わかりやすくパッケージングできるようなメッセージもなかなか宣伝できない。しかし、それでもこうした参加者からの生の声をいただくたびに、とにかく続けてみようと思う。
 
 
 上映会のワークショップを開いてみて、とりわけ今後、可能な範囲内で「地球交響曲」以外の映画でも、映画をテーマにワークショップを開催してみたい思いが強くなった。メッセージを放つ映画を鑑賞した後の感覚を共有し、違う感性を持つ他人と同じ時間を過ごす。単なる勉強会とは違う、意見交換会とも違う、静かな交流こそが「醍醐味」の映画のワークショップ。

 果たしてテーマに適う映画に出会う日は来るだろうか。果たして開催が叶う日は来るだろうか。
 自然農に勤しみながら、そんな出会いを心待ちにする日もまた、百姓の毎日としては悪くないのだ。

 
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第16回 話す・聴く・気づきのワークショップ =2月23日(日) 開催=
 16回のテーマは【食(食育・食材・食生活)】です。


第17回 話す・聴く・気づきのワークショップ =3月15日(土) 開催=
 17回のテーマは【身体(運動・心・体の動かし方)】です。

 どちらも参加者募集しております♪
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posted by 学 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 学びを知る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

十年一日

睦月十五日 雪

 驚くことに、十年が過ぎた。

 当時Blogというネット素材が今ほどまでに普及する前(すでに今はFacebookなどのSNSが優勢かもしれない…)の2004年、「毎日が自然農」のBlogは産声を上げた。脱サラして一年後、山羊牧場での研修を終えて、縁を頼りに埼玉県の江南町に居を構え、何はともあれで自然農の毎日が始まるのにあわせて、日記気分で始めたのがスタートだと記憶している。日記サイトよりも気軽にアップできるのが良いと、流行り好きの友人を参考に、Blogをスタートさせることにしたのだった。
 血気盛んに、何も知らないままに、お借りした小規模の畑に「武蔵野農園(仮)」などと名前もつけ、コンビニバイトに精を出しながら、がむしゃらに鍬をふるっていた。

 >『始めの一歩!』 (「毎日が自然農」2004年2月6日)
 >『つづく開墾作業』 (「毎日が自然農」2004年2月22日)
 
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埼玉の畑に立ちて 【2004年2月6日@埼玉県熊谷市江南】



 八年前の2006年、わずか二年ほどのトライアルを経て江南を離れ、つくばに拠点を移し、いよいよ「つくし農園」を開園する。つくばに引っ越す数ヶ月前には、「つくし農園」のBlog(スタート当初は「つくば"自然農"スタイル開拓史」と名乗っていたのね…)も産声をあげ、何も決まってないままにメンバーを募集するという(そしてBlogでしか宣伝していないにも関わらず、参加希望者から問い合わせがくるという)、はちゃめちゃな展開を経て、雑草屋としての活動が本格スタートしたのだった。

 >『第一歩』 (「つくし農園のススメ」2005年12月1日)
 >『いざ出陣』 (「毎日が自然農」2006年1月9日)
 >『開墾』 (「毎日が自然農」2006年3月15日)


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つくばの田んぼを開墾前に 【2006年3月15日@茨城県つくば市吉瀬】



 あれから、再び活動拠点を(つくば市内で)移動し、今の住みかと田畑に根を下ろしてはや六年。この春からはこの地で七年目、自然農十一年目、のひとめぐりが始まっている。

 二週続きの雪に埋もれながら、明日の集合日(8日→9日→15日と順延続き)も翌週に順延になるのか!とモンモンモン。十一年目の春を前に「何事も予想通り行くと思うな」と自然が諭しているのだと解釈しつつ、久しぶりに十年一日を思い出してみたのだった。ブルブルブル!武者震いするねえ!
 

第三候: 立春 末候
【魚上氷(うおこおりをいずる)】
=温かくなった水の中に魚の姿が見え始める頃=
 (新暦2月14日頃〜2月18日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


 とはいえ、今日もこの雪ですけど!!
 
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雪の田んぼに桑の蕾を見つける 【2014年2月14日@茨城県つくば市玉取】

posted by 学 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 故郷の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月24日

暖かさ

睦月廿五日 晴れ

 いよいよ始まった庭の梅の開花を眺めながら、先日の、珍しくつくばに訪れた大雪を思い出している。

 8日からの降雪の後、まだまだ溶けずに残っていた10日の畑。木陰、草陰、凹凸などで様々に積もる量は当然異なるものの、溶けるところ、残るところに差異が見られてくるのが大変興味深かった。

 植物は、その物言わぬたたずまいから、動物よりも静物と認識されてしまうことが多い。その静物的認識は、例えば体温のようなものにも当てはまる。我々動物は、熱き血潮とも表わされるように、血液が流れ、体温を保持していることを無意識的に認識している。それにくらべて植物は、血は流さないし温もりも感じられないことが多いため、「体温」があることをついつい忘れてしまう。しかしもちろん植物は生き物であり、生き物である以上、生きるための基礎代謝は必要であり、つまりは「温もり」が存在している。

 ふいに訪れた大雪の畑で、そんなことにふと気づかされたのは、雪解けもままならない畝を歩いていてのこと。雪に埋もれた作物を心配し、助けてやらねばとあくせく駆けつけてみると、野菜たちは見事に自らの「体温」で周りの雪をゆるやかに溶かし、その姿を陽射しに照らしていた。

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 このことは野菜たちだけに当てはまることではない。もちろん雑草たちだって体温はある。耕されて、草を取り払われた土は、雪を自ら溶かす体温が存在しない。除草剤、農薬(殺虫剤)が散布される畑は言わずもがなであろう。ときおり、自然農の畑は暖かいと表現されることがある。それは感覚的なものだけではないのだ。雑草が生え、作物が生え、微生物も動き、昆虫も眠るその土は、あふれるように「体温」が存在している。

 雪溶けは、まずは草木のある所から始まる。だからこそ、自然農の畑は暖かいのだ。


第四候: 雨水 初候
【土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)】
=雨が降って土が湿り気を含む頃=
 (新暦2月19日頃〜2月23日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

 
posted by 学 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

なぜかしら

睦月廿八日 曇りのち雨

 昨日までの陽射しの暖かさが収まり、どこかしら重い曇天から氷雨が落ちる今日。これから数日寒さが続くという予報が聞こえてもくるのだが、なぜかしら、今年の春は暖かくなるような、そんな気がしている。

 先日の、月半ばの大雪豪雪大吹雪を経て、それからもしばらく続いた寒気にあたっていた数日間。寒空に毎日田畑に出かけながらも、日中のほんのりとした肌暖かさを感覚していて、そんな霊感(笑)を感じていた。こういう時、所詮は当たるも八卦当たらぬも八卦、気象サイトの長期予報などを確かめることはない。ここにこう書いてみているのも、ただ、そんな予想をして、自分の感性をなんとなしに野にさらしておこうかという程度の、戯れなのだろう。

 そしてこのところの、汗ばむような陽気から一転、今日から週末にかけての寒さのぶり返しの予報。結局は三寒四温なだけなのかも知れない。それもこれも含めて、今年の春は暖かくなる、そう予感して公言したい自分がいる。・・・なんだこの感じ(笑)?。さあ、どうでるかなー。


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 春霞につつまれる陽気の中にいると、ついつい日暮れまで畑に居たくなる。



第五候: 雨水 次候
【霞始靆(かすみはじめてたなびく)】
=霞がたなびき始める=
 (新暦2月24日頃〜2月28日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

posted by 学 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする