注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年04月07日

本当は

弥生八日 晴れ

 本当は、書くべきことは山ほどあるんだけれども、昨年の結婚祝いに親友からいただいていたオーガニックワインをおもむろに開栓して、すこぶる旨くて、酔っています。ワインに寄せて、今日は何の記念日にしようかと妻と娘と話す夕餉が楽しくて、結局は、娘が始めて花を植えた記念日であり、妻が焼いた手作りヨモギベーグルがとびきり美味かった記念日とすることになりました。・・・こんなのほろ酔いじゃないと書けねえ。

 ついでに雑談をかませば、家のトイレには、旧暦と月の満ち欠けと四季の移り変わりが一目でわかるカレンダーが貼ってあり、便器に腰かけてそれを眺めていると七十二候の驚くべき正確さに舌を巻く。今まさに桜が満開のつくばで、花がほころび始めたのが、3月29日(@筑波大学一の矢学生宿舎前にて)。七十二候では、3月26日〜30日が【桜始開(さくらはじめてひらく)】であった。

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ほころびの桜と青空
 

 また、我が家が雨漏りと天井破損に見まわれた、先週木曜の大風や雷雨。思い返せば、七十二候では、3月31日〜4月4日が【雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)】となっていた。うむむ、驚き。だから好きなのよね。

 さて日常、寒の戻りの肌をさすような風にもめげず、山羊の手綱を引かされながら、娘は毎日畑で時間を過ごす。今日は、隣接地の境界に、どうにかして除草剤を撒かれずに済むようにとの思いを込めて、花壇作戦を実施すべく、親子で花を畑の隅に並べて植えた。昼、自転車で通りかかった友人が畑に寄っては雑談し、午前の用事を済ませて畑に合流した妻と親子3人で畑ランチをし、夕方までジャガイモを植えつつ仕事帰りに農園に寄ったプレーヤーさんに娘を愛でられ、そしてほろ酔いの晩ご飯。本当は、こんなことを書くつもりではなかったのだけど、まあ、いいのだ。こうして、生きているのだから。

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 毎日が自然農、リアル百姓の生活日記は、まさしく、こんな感じなのです。おやすみー。


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いやあ、一人で手綱を引けるようになったもんだ。


第十三候: 清明 初候
【玄鳥至(つばめきたる)】
=つばめが南からやってくる=
 (新暦4月5日頃〜4月9日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※
posted by 学 at 22:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

雑草ライフ

弥生九日 晴れ

 家族そろって、植物に埋もれる日々を過ごしている。春爛漫を迎えて庭に野原に田畑に緑が増すたびに、ますます我が家が緑に染まっていく。庭の畑仕事の合間に野草を摘んでは、『食べられる野草辞典』を開き、果敢に食卓に乗せる妻。おひたしでも、胡麻和えでも、アク抜きして味付けすればおよそ何でも食べられるんじゃないかという気さえしてくる今日この頃。特に春のこの時期、春の語源として命が「張る」意味が含まれるとされているように、摘む草採る芽それぞれに生命力が溢れていて、デトックスなのかは知らぬが利尿に整腸にすこぶる効いている。

 さて今日は、畑通いの毎日からちょっと気分転換して、桜の木の下で昼食をとろうと外出することにした。用事も兼ねてたまたまの花見ランチの会場に選ばれたのはつくば市旧桜庁舎。駐車場に車を停め、野原に腰掛けて、桜吹雪を楽しんだ。空からの花びらのシャワーにひとしきり満足した頃に足元に目をやると、日本タンポポが3株ほど、ひっそりとたたずんでいた。外来種のセイヨウタンポポの繁殖に押され、今ではすっかりメインの座を明け渡してしまった感のある日本タンポポだが(現に畑の周辺にはセイヨウタンポポを見かけるのがほとんどである)、偶然に訪れた適当な空き地に、こうして人間の思惑をよそにマイペースで成育してることに一安心を覚えた。「これ、持って帰ろうとするのはエゴだよね?」と尋ねる小生に、「やめましょう」と即答する妻、改めて敬服いたしました。


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 花の下の膨らみ(総苞片)が、外側にめくれるのがセイヨウタンポポ。
 これはめくれていないので日本タンポポ。



 午後に畑に戻り、またジャガイモの植え付けに数時間。このところ、娘も自分一人で時間を過ごすことにようやく慣れはじめてきた。今日はジャガイモ畑に(自然農ならではの景色である)繁茂する雑草を手に取り、大好きな絵本で覚えたところの、スズメノエンドウかカラスノエンドウかが気になり始めた様子。「これはどっち?」と聞くので、「粟子(飼い山羊)をつないでいた辺りにも似てるのがあったと思うから比べてみたら?」と誘い水を出してみた。最初は渋りながらも、「あとで父さんに教えてよ。」と声をかけると、よし、と鼻息荒く探索に出かけていった。数分後、にやり顔と共に戻ってきた娘の両手に、大きさの違う近縁種の雑草、スズメノエンドウとカラスノエンドウがしっかりと握られていた。「大きいのがカラスノエンドウ、小さいのがスズメノエンドウ♪」と話す顔には、発見と納得に満ちた表情が溢れていたようだった。



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 ジャガイモ作業に専念したい父親は、さらに誘い水をかける。「これを絵に描いて、ホンモノも貼り付けて、図鑑をつくろう。」 それに同意した娘は、さらに鼻息荒くクレヨンと手帳をマイバッグから取り出し、ものの数分で、初めての、図付きの植物標本を見事に完成させたのであった。

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 そんなわけで、本日もワインとビールがうまいのであります。着実に、我が家は、身近な植物たちにどっぷりつかって楽しんでいる。純度高めに、雑草につつまれているよね、この雑草ライフ。TV見なくても、DVD観なくても、子供どっかに連れて行かなくても、楽しくやっていけるっぽいぜー(笑)。
posted by 学 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 草を楽しむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月14日

1500

弥生十四日 晴れ
 
 申し訳ないが、自然農のジャガイモはすこぶる美味い。他の栽培方法、普通の慣行農法、有機栽培のジャガイモも良く口にするが、申し訳ないが、存在感がまるで違う。イモがイモとして、「俺たちは本当はこんな味わいだったんだよー」と呼びかけてくるような、単なる甘さや単なる満腹感とは違う、「ふくよかさ」を蓄えているのが、自然農のジャガイモなのだ。
 
 そんなイモの大ファンである妻のリクエストに応えて、今年はジャガイモをどっさり植えることにした。種芋の注文も例年にないほどに増やし、大幅増の1,500個ほどの種芋を植え終わることができた。
 
 いやあ、植え終わったー。一ヶ月前に植え始めた畝はしっかりと発芽が確認できた。その一方で、まだ終わらない種イモを昨日と今日のラストスパートで植えまくった。

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 言葉にならない充足感。当たり前の、当たり前の作業を終えただけなんだけど。それでもこの1,500個は、自分の血肉に、そして収穫へと、つながっているのだ。よー働いた!


第十四候: 清明 次候
【鴻雁北(こうがんかえる)】
=雁が北へ渡っていく=
 (新暦4月9日頃〜4月14日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


posted by 学 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

遠足の前のように

弥生廿八日 晴れ

 遠足の前の日のように、ワクワクして過ごしている。妻が臨月を迎え、いつ産んでもおかしくないような状態になってきた(と、妻が言う)。家で産んでも構わないと心の準備はしつつもいつでも病院に搬送できるように、車の内外をピッカピカに掃除し、家も片付け、本業よりも出産を優先しているこのところ。

 立夏を前に春の土用に入り、新月を控え月が欠けていき、そして初めての新生児の誕生が近づき(恐らく好意的、ポジティブな意味でのマタニティブルーが無意識に内在して)にわかに落ち着かない心持ちにもなり、この3者が入り乱れて、田畑への足取りも含めて生活そのものは消極的な日々が続いている。しかしその一方で心は日に日に、妻の胎内からいよいよ赤ん坊が生まれ出るその時が満ちるにつれ、ワクワクが増していく。気も漫ろであり、新生活への準備も進め、日常の諸事ものろまにやっつけ、娘とも笑って過ごし、妻とも笑って過ごし、つまりは楽しんで暮らしている。

 こんなにも、子供の誕生を我が事として楽しみにすることができるとは思わなかったし、もちろん腹に胎動を抱えられぬ性としては神秘の本質には触れられぬのだが、仕事も相棒も環境も家族も全部ひっくるめて、一生に一度二度あるかないかの出来事を、こんなにも近く、こんなにも日常に、過ごせることができるとは自分はなんと幸せなのだろうか。胎動を喜び、それを快く伝えて共有してくれる妻。それを娘とともに楽しみ、少しだけ産後のバタバタを心配もし、その上で心底、ワクワクが止まらない。
 
 例えば食事や、教育や、暮らしぶりや、仕事など、夫婦二人の嗜好を全て前向きにすり合わせて重ねていくことは単純ではないが、気持ちと愛情さえあれば簡単なのかもしれない。自然農をベースとした「自然であること」へのシンパシーは、日常生活にまつわる森羅万象へ広がり、自分と妻の人生観の根底に共有されている。人生も、環境も、大きな流れにまずは委ねて、そしてその上で自分たちの櫓で漕いでいければいい。臨月になったことで結果的にここ数日の生活が社会的ではなく家庭内で収束したドメスティックな状態になっており、メールの返信や仕事の連絡などで家族外の周囲にちょっとした迷惑をあれこれかけているかもしれないのだが、そんなことは(言葉を選ばす言えば)どうでもいいのである。授かった命が十ヶ月の旅を経てようやくこの世界へ顔を出すという生涯の一大事ほど、神秘的で、感性的で、感動的な行事はそうそうないのだから。そしてもっと言えば、家族と、つまりパートナーや子供(や友人や知人たち)と育む日常の小さな幸福の毎日こそが一番の大切なことであり、それを侵してまでの価値ある社会的な行為など、そんなには存在しないのだ。その幸福な毎日があるからこそ(もちろん一人でだってその幸福を育むことは可能であるが)、全く同時に、社会的な真の意味での貢献が可能になるのだ。目に見える価値や、インパクトや、評価や、華々しさではない。内側に満ちる、個としての充足から産まれる、他への働きかけ。それを自然に備え、折々に生きることができれば、常に遠足の前日ようなワクワク感を持って人生を歩いていけるような気がしてくる。

 
 じっとしているだけで、マタニティブルーの合間に、自然と、フワフワと、表現しがたい高揚感が湧いてくるのだよ。この、我が子との対面までを待つ、「その時」までの日々の中に。

 
 
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 そもそも、男にマタニティブルーなんてほざいてんじゃねえよというツッコミは、甘んじて受けさせていただきます。冷静にみれば、仕事がはかどってなさ過ぎてヤバイしな!


第十七候: 穀雨 次候
【霜止出苗(しもやんでなえいづ)】
=霜が終わり稲の苗が生長する=
 (新暦4月25日頃〜4月29日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


posted by 学 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 沿って暮らす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする