注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年05月09日

充足力

卯月十日 晴れ時々曇り

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 生産力という意味では(おそらく経済的という意味でも)、きっと何も生産していない一日だったのかもしれない。 しかし日常であり、ありきたりの十数時間でもある、娘と(間接的には妻とも)共に過ごしたごくありふれた、循環的な充足力とでもいうべき時間に満ちあふれた一日でもあった。

 昨日は、朝からシャカリキに畑に出て、友人と共同で始める「自然農実験圃場」の準備作業に明け暮れた時間を過ごした。鍬を振るい、刈り払い機をぶん回し、畝を整え、草を運び、全身が筋肉痛になるような、そして明確に成果の伴う、心地よいほどに労働的でもあり、将来的にも生産的な一日だった。
 
 今日は、朝から、家での一日。 はて何をしたっけか。


 身体が軋んで少々寝坊をし、朝食を先に済ませていた妻と娘への侘び代わりに台所に雑巾をかけて朝が始まった。前駆陣痛に耐えながらもテキパキと家の改良作業(ただいま我が家では小規模な住居空間改善運動の真っ最中なのである)を進める妻を横目に、不便だった食器棚の一部に突貫工事で簡易棚を一段こしらえる。

 家のそこかしこから出てくる空き瓶をかき集めて、娘と日課のゴミ捨て場までの小散歩。帰り道、後ろ向きで道路歩に挑戦する娘の、ほんのささいな小冒険。

 ごみ捨て後は、汚れが目立ってきたスニーカー数足を庭のたらいに放り込み、洗濯石鹸と井戸水で、ゴシゴシとブラシング。裸足にサンダルで登場した娘も、いとこから譲り受けた汚れの目立つスニーカーで初ブラシ。洗剤で泡立ち、面白いように白くなる様子が楽しいようで、ゴシゴシゴシゴシ、すすぎまでしっかりと洗い通す。生分解性の洗濯石鹸ではあるが、水を畑には捨ててはいけないよと伝え、排水のお勉強もかねて。

 しばしコーヒーブレイク。最近豆乳ばかり飲んでいる三人は、抹茶ソイラテの娘、ソイミルクココアの妻、そしてソイラテの小生でそれぞれ一息。甘み一切なしで、抹茶ソイラテ(カテキン緑茶パウダー)を初飲みにてゴキゲンに楽しむ娘の味覚が頼もしい。

 ようやく曇り空から春盛りの濃厚な陽射しが降り注ぎ、庭に出て、玄関左でよもや倒壊寸前にまでなりかけていた、ビニルハウス倉庫の修繕に取り掛かった。娘と2人で、さながら大工の棟梁と見習いのごとく、ガムテープ! はいどうぞ! ここ押さえて! はい! と掛け声の威勢も良く、ビニールの修繕と張りなおし、補強、荷物の整理、掃除が進んでいく。途中で飽きた娘は、庭に落ちた梅の実をスカートに包んで拾い始める。

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 正午も過ぎ、山羊の粟子を庭に入れて、近所の知人からいただいたキャベツの残渣(外葉と芯)を食べさせた。1年前には、怖がって人の後ろからしか山羊に接することができなかった娘が、いつの間にやら掴んだキャベツを山羊に自分の手で食べさせている。人一倍、慎重派の娘が見せた驚くべき、ほんの小さな進歩。

 数週間前に、3人で庭の隅々に種まきした野菜たち。明日葉、ミツバ、ホウレンソウ、うまく発芽したものしないもの。密集したミツバの芽を見て娘が、「これは私が播いたんだよお」と、偉ぶるでもなく謙遜するでもなく。また、庭に茂った菜の花を2人で食べては、「まあまあ苦いね、辛いけど唐辛子ほどじゃないね」とワイルドな味を楽しんでみた。

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 庭で過ごす、あまりにも日常的、なのに少々面白おかしい今日の時間は、食いしん坊の(というより食欲魔人のごとき)娘の空腹感も追いやってしまったのか、いつもなら朝食後2時間で「昼ごはんはまだかなあ」とはじめるはずの娘の口から、一向に「昼ごはん」の言葉が出てこない。

 ビニルハウス修繕の際、娘はひとつ大きなブツを発見をしていた。なんとも大きな、そしてぷっくりと太った、本シメジかと見まがうほどの色艶のよいキノコであった。一段落したら図鑑で調べようと籠に入れ、いよいよリビングの植物図鑑と野草辞典を開いてみた。カサを眺め、ヒダを調べ、クキを撫で、それでもなかなか判別がつかない。図鑑だけでは心もとなく、google先生にも尋ねる。調べること数十分。我々にくだされた決断は、「クサウラベニタケ」という、日本の3大毒キノコ(症例数において)にあげられる毒キノコであった。もしかしたらハタケシメジかもしれない、と祈る娘と小生であったが、食べたら腹が裏返るほどの痛みが起こるとの記事を見つけ、南無三、庭に戻したのだった。


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 ※参考HP
 ⇒【 代表的な毒きのこ。見分け方も紹介。】
 ⇒【 きのこ図鑑「クサウラベニタケ」】


 キノコが終われば、しばし別行動。午前から、家の中でこまごまと手を動かしながらも身体を休める妻。午前中の庭仕事から離れ、いったん絵本に囲まれて過ごす娘。小生は続けて、テラスの大掃除に取り掛かった。テラスに置きっぱなしの雑具を片付け、溜まった落ち葉を履き始めるころ、またも外着に着替え直した娘が参戦。この箒はお父さん、こっちが私、しっかりね、と指示をだし、あれやこれやと手を動かしている。ふと、掃除のさなか、両手の平ほどの大きな貝殻でできた化粧皿を発見し、娘に差し出す。取るが早いか箒を手放し、彼女はテラスを離れていった。妻は布団から身体を起こし、庭の畑から夕食の菜花を摘み始める。小生はテラスからの排水を整えようと庭に溝を切る。貝の皿を庭の石に乗せた娘は、「家(うち)は草だらけだから、ちょっと取ってもなくならないよね」と誰かしらに確認しながら雑草と花を器用に飾り盛り、生春巻きと花びらサラダという、東南アジアのオシャレレストランもビックリのプレートを作ってみせた。写真を撮らなかったのが残念だが、これが本日の白眉であったのは間違いない。

 そのまま夕暮れまで、庭での作業を終えて家に入れば、キッチンテーブルに食器を並べる娘と、疲れを吹き飛ばすエスニックメニューを用意してくれた妻の料理。TVのない我が家の食卓に、今日一日の盛りだくさんの思い出話、いまだ産声が聞かれないまだ観ぬ赤ん坊、両実家のじじばばの話、それぞれに花が咲き、(いつもよりも数倍ほど)のどかで平和な晩御飯のテーブルとなった。


 ただ、それだけの一日。とりあげて何かイベントがあったわけでもない一日。そしてそれに反比例して満ちる充足力。なんだってんだ人生は。
 
 それではおやすみなさい。

 
第十九候: 立夏 初候
【蛙始鳴(かえるはじめてなく)】
=霜が終わり稲の苗が生長する=
 (新暦5月5日頃〜5月9日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


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2014年05月26日

手の中に

卯月廿九日 曇りのち雨
 
 2週間ほど前。我が家に次女がやってきた。

 
140516welcom.jpgphoto taken by ikki yamaguchi


 家系的に、お産が早い早いと言われてきていた。夫婦で、万が一がないように寡聞ながらも勉強と話し合いを重ねてきて、産婆さんによる自宅出産ではなく産婦人科での出産を心積もりしてきた。しかし次女は、どうやら、この家で、小生の手の中に、長女が応援する中で、生まれてくることを選んでくれた。


 自然分娩、自宅出産。本格的な陣痛から数十分での出来事。妻の悲鳴が家の廊下に響き渡り、事前に周到に用意していた洗面器やバスタオルや出産グッズの数々を小生と長女が、廊下で四つん這いの妻の傍に並べる。間に合いそうだったら自家用車で病院へ行こう。しかし妻の悲鳴は絶叫に変わり、四つん這いの下半身からは、既に次女の頭(髪の毛)が見え始めていた。腰を全霊をかけてさすり、洗面器を股の下にセットし、「無事で出てきてくれ! 頑張れ!」と念じるしかできない。長女はしっかりと、赤子の生まれる瞬間を一点に見つめている。頭が出た。この無駄にデカイ、荒れた手で、薄い膜に包まれた命を受け止める。産道を潜り抜けてきた次女の頭と顔は驚くほど細く小さく、母親からつるりと滑り落ちる前に両手に乗せ、気がつけば本能的感覚で、次女の顔を包んでいた膜を、優しく破っていた。それと同時に、か細く、しかし明確に生命力の躍動を思わせる、産声の第一声が廊下に響いた。


 何度も何度も妻と話し、万が一を十分に考慮して、産婆さんによる自宅出産を諦めて産婦人科での出産を決めていた次女のお産。しかし、妻にとって、自分にとって、家族にとって、「自分たちにとって望ましいお産とはなんだろうか」、「どこで、誰と、新しい命を産み落とすのが幸せか」と、幾度となく話しあってきた。心は我が家で、現実には病院で、というジレンマ。しかし私たちは、期せずして、ハプニングと、慎重な事前準備のバランスの上で、偶然と必然の間で、自宅での、家族のみでの、出産を体験することになった。父親にできることはあまりない、といわれるお産の瞬間に、自分はこの手で、我が子の最初の第一歩を支えてあげることができた。自宅での出産は、あらゆる面を考慮するならば決してオススメできるものではないかもしれない。その認識に立った上で、あえて私たち家族は、まさかの時のためにワクワクしながら自宅出産の勉強をし、ドキドキしながら陣痛を待ち、前日には妻は一日中、畑で作業していた。

 振り返れば、当日は、朝から、言葉では表しきれない、いよいよの空気が満ちていた。お互いに言葉にはしないが、今日かもしれないという緊張感と予感が、家の中に漂っていた。どちらかが誘うわけでもなく、その日は畑に出ないで家で仕事をすることにした。妻は前の晩に陣痛の夢をみていて、娘は、今日は病院に行ったほうがいいんじゃない?と口にしていた。朝食後、いつもよりちょっと重めの前駆陣痛に苦しむ妻をよそに、娘はのんびりとしたまどろみを過ごし、普段は絶対にしていない昼寝を(もしかしたら当日結局23時まで眠れないことを想定してか)かましている。自分はといえば、もしかしたらのソワソワ感にしたがって、自家用車内の掃除と、(車で破水してしまった時に備えての)出産セットを座席に詰め込む。徐々に狭まりつつある前駆陣痛の間隔に半信半疑になりながらも、まだこんなもんじゃないよね、と遅めの昼食を済ませ、それでもちょっと苦しいからと妻が横になっていた。そんな折の、突然の15時過ぎの、陣痛がスタートしたのだった。


 そのあたりの前後の様々な、病院までのあれやこれやは、妻のBlogに詳しくある。洗面器で捕らえきれなかった血の海(おそらくは羊水と子宮内膜の混合物?)を古バスタオルで拭い取った廊下は、翌日にはすっかりその跡もなく、また変わらぬ我が家に戻っていた。血の掃除も、タオルの洗濯も、全て自分でやった。愛する妻の体から、娘と共に出てきたそれらは、神聖でありこそすれ、決して汚れたモノには思えなかった。恐らくどうかしているのだろうけど、全ては「生命」の形を変えた姿なんだと、自然に腑に落ちている自分がいた。今では、布オムツに排泄された娘のウンチを洗うたびに、ああ、これは妻が食べたご飯が母乳になって、それを飲んだ娘の身体を育て、そしてその残りがここにあるんだと実感する。さらにさかのぼれば、このウンチは、畑の作物であり、虫や微生物の営みの果てであり、無限の食物連鎖を経て辿り着いた、このネッチョリなのだ。今更ながら、オムツを洗いながら、その旅路に思いを馳せる。

 出産当日、義父からの電話では、「自然農の次は自然出産かいなー!」と笑って祝福をいただいた。小生自身、何がなんでも、「自然」であればいいと思っているわけではない。しかし、この度の立会い出産を経た今、静かに心に漂う思いは、「生命」がそこにある限り「自然」から離れられるものは存在しない、という確信である。生きている限り、私たちは自然の奇跡の中に存在している。衣・食・住、職・学・遊のカオスの中にいてついつい忘れてしまうのだが、いかに科学技術の、情報科学の先端にいるつもりでも、体のメカニズムという自然のなせる業から離脱することはできない。だからこそ自分は、「自然とは何か」という大命題に、どっぷり浸かって生きることを是としてみているのだ。その中の一つの、自宅での出産であり、育児であり、農であり、食であり、暮らしなのだ。


 
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photo taken by ikki yamaguchi



 出産の5日後、産後を病院のベッドですごした妻と次女は、新緑あふれる我が家に帰ってた。家族四人で、山羊にも、畑にも、木にも草にも虫にも(笑)、ここにある限りの自然に包まれて過ごして行こうと思う。この手の中に降りてきてくれた新しい命とともに。


 
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photo taken by ikki yamaguchi

 
 さあ、稼がねーとな!!!




posted by 学 at 23:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 沿って暮らす | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする