注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年12月08日

うまいんだもん

神無月十七日 晴れ

 野菜がうまいなあ。


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 今年初めて育てた金カブを、さっと炒める。えもいわれぬ甘さと香り。自然農だから旨いのか、この種のもつ旨みなのか。

 傷物のアピオスとその蔓(根の茎?)を、香ばしく炒める。口に広がる、アーモンドのような、栗のような、風味満点のアクセント。 そしてそのカブとアピオスを絡めて絶品チャーハンに♪ あーうめー。

 ようやく育ち始めてくれた人参。粗野で、猛々しい、これぞ人参といった、甘みとエグみが混ざった存在感。

 大豊作の里芋。小芋はから揚げして、熱々をビールで。親芋はねっとりと甘辛く炒めてこれもビールで。

 プリプリに太ってくれた生姜は、小生は玄米酢とキビ砂糖で甘酢漬けを仕込み、妻はスパイス4種をブレンドしてジンジャーシロップを仕込む。辛さが鮮烈に漂う、これぞ自然農の生姜
 
 生でも焼いても炒めても煮ても揚げても旨い、さらには血糖値を下げて便通まで良くする、魔法の健康野菜、菊芋。

 
 一つの野菜だけ(金カブ)をクローズアップして褒めちぎろうと思ってたら、後から後から書かずにはいられない野菜たちの脳内主張。


 12月を過ぎて連日霜が降りはじめた畑には、霜にグッと引きしめられた冬野菜たちが今や遅しとこの口に入ろうと待ち構えている。ああ、乾燥中の大豆もそろそろ、丸々と乾きはじめてるだろうなあ。いったいお前ら、これからどんな主張おっぱじめる気なのよ、まったく。

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 まずは自分たちで。そしてお裾分けを縁のある方たちへ。たぶん、自然農のある暮らしって、そういうスタンスでいいんだと思う。 だって、うまいんだもん。
 
posted by 学 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 食の喜び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

丸められんのか?

霜月九日 晴れ

 白菜ひと玉結球させるのに、7年かかった。小さく、小さく、霜に外葉を枯らしながらその白菜は少しずつ膨らんでいる。

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 今の畑に移って自然農を始めて7年。今年ようやく、友人との共同企画として実験的な試みを試した区画での成果。もしこれまで同様の畑だったら、果たして結球させられていたかどうかはわからない。いやおそらく、できてはいないだろう。

 農のあり方として、技術として、知識として、白菜を結球させることは、今の時代難しいことではない。ではいったい、結球させるために7年掛けることに、果たして意味はあるのだろうか。

 有史以来、人は、自分の望みに適う「自然からの恵み」を、いったいどれくらいの速さでどれくらいの規模で生産してきたのだろう。今私たちが数百円(時期によっては百数十円)で手に入れることができる白菜を、いったいどれほどの年月をかけて育種し、積み重ね、改良し、その知恵を積み重ねてきたのだろうか。

 とはいえ、自然農は、別にそんなことを体感するために行う農法ではない。10年ほど前に小生が自然農に取り組み始めた頃と比べても、わかりやすいテキストになるべき書籍が何冊も発行され、自然農で作物を育てる「方法」が情報化され、技術化され、もしかしたらお手軽になっているのかもしれない。きっと上手な白菜の育て方も書籍の中を探せばのっているはずだし、きっと育つのかもしれない。

 実際にこれまで何度か白菜の種を蒔き、苗を植え、収穫することを夢見てきた。しかし、育たなかった。

 大きく、甘く、形良く、育てるのが目的なら、きっと他にもすべがある。だから、肥料を使ったり、機械を使ったり、農薬を使えば、丸い白菜という結果を手にすることはそれほど難しいことではない。だが、白菜を丸く結球させるのに7年かけてそれを楽しむすべは、自分が取り組んでいる自然農において他にない。

 
 自分の人生を何に費やすか。

 とりあえず今の自分は、これからさらに数年かけて、無肥料、無農薬、不耕起の自然農で白菜を上手に育てることを一つのテーマに生きてみる。それは決して生産的ではなく、活動的でもなく、ポジティブでもスピリチュアルでもなく、ただの、流れみたいなものなのだと思う。それで金を稼ぐとか、名を成すとか、国家を背負うとか、日本をよくするとか、そんなもん関係なしに。
 
 インターネットや雑誌やFBの中で声高に世界や日本や社会や人生を息巻いて話す人々の声を聞きながら、お前らは、肥料なし、トラクターなし、農薬なしで、白菜丸められんのか? と思っていた。「いや別に育てなくていーし」と言う声も聞こえてきた。 そして来年の俺、白菜丸められてる?

 2014年、最後の雨上がりの畑に出て、まだまだ決して丸まっていない、中途半端な白菜をながめながら。


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  明後日の新暦1月1日は、七十二候の「雪下出麦(ゆきわりてむぎのびる)」。 とりあえず、麦は生えたぞこんちくしょう。


第六十七候: 冬至末候
【 雪下出麦(ゆきわりてむぎのびる)】
=雪の下で麦が芽を出す=
 (新暦1月1日頃〜1月4日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※



posted by 学 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

どうにかこうにか

霜月十日 晴れ

 どうにかこうにか大晦日。大掃除は30日までに済ませておきたかったが、致し方なし、てんやわんやと家族総出で片付けた。

 朝から窓全開で、不精が災いして数年間溜まりにたまった雨戸の汚れを洗い流す。家で一番大きなガラス戸も、玄関の引き戸も片っ端から外しては、ブラシと雑巾、洗剤なしでひたすら磨いていく。

 窓が片付いたら、庭木の剪定。フェンスから道路に伸び放題の生垣の枝葉を、ぐわしぐわしと切り落としていく。時折道路に落ちる大きな枝は娘を呼んで片付けさせ、脚立にのぼり、木にも登り、3メートル近い垣根を、素人なりに、刈り揃える。いや揃ってないが、どうにかこうにか樹勢を落ち着かせる。落とした枝をかき集めて、粟子(ヤギ)の前に置けば、これ幸いと、むしゃりむしゃり平らげていく。家の周囲をざっくり剪定しただけだったが、山積みの剪定葉が積みあがった。これで正月帰省時の粟子の餌には困らなさそうだ。

 剪定を終えると既に夕暮れ前。昼から湿らせて仕込んでおいた稲藁を手に、しめ縄作りに取り掛かる。昨年覚えた手仕事は、数回の練習でだいぶ勘を取り戻し、汗の染みた服が冷えて手先が凍えてくるまでラストスパート。手元も暗く時間もなく、昨年に比べるとだいぶシンプルになった玄関前の注連飾りと、簡易な輪飾りを数本、なんとかかんとか日暮れ前に綯い終えた。

 
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 今年最後の日没を前に、乾燥中の大豆に防水シートを掛けに畑に車を飛ばした。晴れ続きの予報から一転して、今年最後の寒気団が通過して、除夜の鐘を前にひと雨降るとの予想。カラカラに乾かしている大豆の干し場に駆け寄り、沈みかけた西日の明かりを頼りに、大急ぎで雨避けを広げて、2014年の仕事納めとなった。


 妻は妻で、朝から夕まで、一夜漬けならぬ一日おせちに爆走中。合間に洗濯、授乳、片付け、長女の話し相手、全てこなして、年越しそばまで用意してくれた。2015年まであと4時間。合計12品のおせち完成まであと20%といったところ。これから夫婦二人で駆け抜けます。

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 写真は今年の畑で採れた里芋の「白煮」。味見ぱくり、絶品!!



 それではみなさま、どうぞ良いお年を。ぜーはー。

posted by 学 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする