「鬼は内!!!」
叫んだ瞬間に長女の顔が後悔と困惑の表情に溢れ、取り戻すように、振り払うように、「鬼は外!鬼は外!鬼は外!福は内!」と連呼して、我が家の節分はクライマックスを迎えた。
明日は立春。春が産まれる、冬の盛り。
満月の節分を迎え、季節の節目を感じながら。
庭の霜柱は連日のように隆起し、寒さは極まる。田畑からついつい足が遠のき、納屋や縁側に積まれた未脱穀の大豆の山に向き合う日々。そうこうしているうちに、畑の大根や里芋は零下の冷え込みに襲われて傷みが拡がってきた。毎年毎年、寒さにやられることがわかっているのに、ついつい、「今年はまだ大丈夫かも」というアホのような理屈で畑に放置し(作業が後れ)、いくつかの収穫物を、ダメに(=次シーズンの栄養に)してしまう。
いよいよ腰を上げて里芋を救出したここ数日。今日も長女と二人で畑で作業をして、帰りは久しぶりに裸足ウォーキングで帰ってきた。裸足と言えば1月から、素足月間を過ごしている。靴下重ね履きで冷え性対策を敢行する妻に影響されて、昨年末まで重ね履きを実施していたが、足の爪の感触に急に違和感を覚え、一転して裸足健康法に振り切ってみた。もともと裸足暮らしに薄憧れている身として、無理のない範囲での、裸足での生活。そんな延長で、真冬に外でも裸足ウォークを楽しんだ。太陽に照らされたアスファルトは暖かい、日陰は冷たい、草の上は暖かい、濡れてる土は凍るように冷たい、という生の感触を、5歳の娘とともに体感して、皮膚感覚に刻み込みながら楽しんだ。

夕方、毎年恒例に飾る「やいかがし」作りを忘れていて、突貫工事で玄関に飾ることにした。残念ながら枯れてしまった庭のヒイラギの葉は手に入らないため、鬼が嫌う「トゲトゲ」なら同じだと、先日剪定した生垣のカイヅカイブキに棘の鋭い葉が出ていたので、それを使用。鰯の頭も用意できなかったので、カタクチイワシの煮干を丸ごと串刺しにして代用し、なんとか応用編を完成させた。
そして豆まき。近所のスーパーでほとんど無料配布に近い形で並べていた豆会社の鬼の面を拝借し、夕日が沈んだ庭でいそいそと豆まきステージの演出に取り掛かる。我が家には、父や母が鬼の面を被って追いやられる光景はない。庭の木陰や庭石の奥に潜む(=こちらを凝視する)、リアルに家を襲おうとする鬼に向かって、大豆を投げつけるのだ。もちろん大豆とは、販売用に選別した過程で発生する、虫食いやら殻やらの屑豆たち。すっかり暗くなった庭に、今年は5人(5匹?)の鬼が襲来し、懐中電灯で照らし出されたその面を見つけた長女は、気が動転するのをなんとか抑え、近所に響き渡る大声で、「鬼は外!」を連呼したのだった。
2月、立春を、毎年のスタートと認識したのはいつ頃からだろうか。いよいよ、また今年のひと巡りが始まる。鬼と共に、福と共に、鬼も福も内に呼び込んで、清濁合わせながらが、我が家の自然農スタイルなのだ。

↑ 鬼!鬼! ↑
第七十二候: 大寒末候
【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】
=鶏が卵を産み始める=
(新暦1月30日頃〜2月3日頃)
【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】
=鶏が卵を産み始める=
(新暦1月30日頃〜2月3日頃)
※七十二候を“ときどき”取り入れています※