注)記事の日付は太陰暦を用いております

2015年08月07日

自然体宣言

水無月廿三日 晴れ

 寝苦しい夜が続く。

 明け方3時。トイレに立つ娘が、廊下が暗くて怖いと言って、私を起こした。そのまま自分もトイレに入り、そのまま、ビールを一缶手にして、なんとなしにパソコンの前に座った。


 今日は39歳の誕生日。

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<トウモロコシ越しに日の出を拝む>



 きっと、もうすぐ明ける早朝に畑にでて、汗まみれになる9時前に家に戻り、冷水シャワーでさっぱりし、妻子と計画している餃子&流し素麺パーティーを楽しみ、ビールに酔い、夕方には縁側で寝るに違いない。


 39年生きて手にした幸せ。好物の餃子を150個焼いてあげると腕まくりをする妻の笑顔。きっと奇声を上げて楽しむ長女の姿を思い浮かべながら竹を割って流し素麺の仕掛けを作る喜び。畑の後の水シャワー。移動してから8年目を迎えた自然農の田んぼと畑に、今更ながら改めて具合不具合に感嘆する日々。土が変わっていたり、植物の変遷に目を丸くしたり、毎年異なる気象環境に手業を応じたり。


 この夏、畑の区画の一部を、地主さんにお返しすることになった。お借りしていた地主さんのご家族が兼業の手を広げられるとのことで、借りる以前の状態に戻してお返しすることに。2年前ほどから土や草の様子がぐっと変わり、農地の中で一番今後が期待され始めた区画であった。そのフカフカの土、積み重なった雑草堆肥、豊かな微生物群が生息している土壌環境を、草を刈り倒して、トラクターで耕して、返却する。返却したあと地主さんは、その後の作付けのために、土壌消毒し(微生物を化学薬品で殺菌して無生物状態を作り出す)、化成肥料と農薬を使用した慣行農法で、出荷用野菜を栽培されるそうだ。

 自然農のプロセスは、自然力とそれらの積み重ねが半永久的に存続していく。時間の積み重ねであり、人の手、つまり関わりの積み重ねであり、そして植物動物微生物、気象環境天候全てが絡まりあい、紡ぎあい、折り重なり、その場所、その人の自然農の田畑が作られていく。そうした農の営みなのだと思う。

 それに比べると慣行農(いわゆる現代の化学農法)はどうだろう。いつからやっても、誰がやっても、どこでやっても、何を蒔いても、同じように作物が育つように、物質化工業化単純化経済化して、作物を生産していく。化成肥料ならある程度の確立で同水準の野菜が収穫できるけど、自然農ではその標準化が難しい。自然農ではこうした工業的な標準化を目的としない。複雑系の中で奇跡的に営まれるバランスを、自然と自分の係わり合いの中で探していく、永続的な探求の日々である。

 だからメンドクサイし、マニュアルが無いし、簡単とは言い切れないし、わかりやすくない。
 だからこそワンダーフルだし、一喜一憂だし、一期一会だし、飽きることがない。

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<人参の花 そして種取りへ>


 こうした自然農の日々を過ごし始めて、はや12年。自然農によって触発される、この自然の妙へのワクワクのプロセス。それが高じて、関心は「自然体」へ広がっていく。こころ、からだ、くらし、いのち、全てが自然の理の中に存在している。野生100%という意味での自然とも違い、あくまでも人間としての自然は、周囲の影響を受けながらも、人間にとって心地よい状態を自ずから導き出していくプロセスのようなものである。

 心と身体が自然、もしくは自然体であれる状態とはどんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものがあるのか。社会が自然、もしくは自然体であれる状態とは、どんな状態であり、それを実現する手段はどのようなものか。自然農とは、自分にとって食糧生産と自然環境と経済活動が「自然体」に近づくための農の面からのアプローチである。

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<マツヨイクサの蜜を集める蜂>



 農に限らず、身体の使い方、自然治癒力、心の整え方などなど、「自然体」というキーワードで人生を彩っていきたいという想いが止まらないのだったら、それは始めるべきなのかもしれない。そんな職業がないのであれば、武術研究者の甲野善紀氏の言葉を借りれば「今までにない職業をつくる」だけだ。それなら、森羅万象思うままに自然体を探求する研究所でも開いて、自然体研究家にでもなってみよう。

 39歳。自然農百姓、兼自然体研究家の、小松学が生まれました。これからも、どうぞよろしくお願いします。



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2015年08月15日

殺戮

文月二日 晴れ

 先の記事にも書いたが、7年間自然農の畑として命を育てた農地を、地主さんにお返しした。

 冬から打診され、作付けの後始末と移植を計算して、この夏にお返しすると決め、少しずつ少しずつ、畑に別れを告げてきた。春からの種まきはもちろん取りやめ、ニンニクや玉葱などの収穫物を取り、取り忘れの人参やミョウガを掘り起こし、いよいよ、正式に返却することになった。

 豊かに、優しげに、柔らかく変わってきていた自然農の土、草、営み。

 記憶と記録に残すべく、写真と共に記す。

【1】まずは草の種別関係なく、とにもかくにも、刈り倒す。

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 刈りますよー。
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 本来であれば、このまま、表土は枯れ草、枯れ枝が積み重なり、その直後に分解の営みに引き継がれていく。
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 足を踏み入れると、耕していなくてもフカフカに沈み込むほどの柔らかさをみせる、自然農の土壌。
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【2】数年間の太陽エネルギーを宿した刈り草と表土の一部を、せめてもの土産にと、集め、軽トラックに載せ移動する。(これは後に資源として利用する。)

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 刈り草を移動した後には、団子虫や、テントウ虫が、姿を表した。
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【3】 土を均すために、耕す。

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 広い土地であるため、数年ぶりに知人のご好意でトラクターをお借りし、文字通り、耕運機を運転して耕した。とにかく、無差別に、無慈悲に、過去のつながりを一瞬で断絶すべく、トラクターの重量で大地を踏み潰し、その後に機械の猛烈な刃で撹拌する。根は切られ、虫は潰され、生物の住処は破壊された。


 あっという間に、土は土漠状態へ。
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 先ほどのテントウ虫も団子虫も、もはや居場所はない。
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 どこかしらか、トラクターの音を聞きつけてか、サギの幼鳥が降り立ち、さっそく剥き出しになった土に丸見えになった虫たちを啄ばみ始めた。
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 そして、なにもいなくなった。
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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 これを世間では、「きれいにして」お返しするという。 いったい、なにが、綺麗なもんか。
 俺はこの日、何万もの、何百万もの命を、殺戮したのだ。


 安保法制に賛成の人も、反対デモの人たちも、いったいいかほどの人たちが、この殺戮の上に提供される安穏とした日々を、理解した上で暮らしているのか。
 我々は、戦争でのみ殺戮という行為を犯すのではない。少なくとも、現代農業で、現代畜産業で、現代工業で、幾千万の殺戮、蹂躙を犯し続けながら生きている。それを忘れて、一つのイシューに対して右だ左だと言う気持ちには、少なくともこの日だけは、浸かる気にはなれなかった。


 そしてまた、自然農の日々は続くのである。


 同じ出来事を、妻はこんな言葉で綴っています。


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2015年08月24日

風の音にぞ

文月十一日 晴れ

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 8月8日の立秋を迎えて、早や2週間。日中の暑さにはグウの音も出ないが、朝晩の居室に流れ込む風の涼やかさに、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」気持ちになる。

 夏の盛りに藤原敏行が古今和歌集に詠んだこの句を、以前は共感など微塵も感じなかった。ここ数年、妻のBlogにもよく登場するように、冷房無し、扇風機無しの暮らしに突入してから、大げさではなく1000年の時を越えて万葉の肌感覚を体験しているような気がする。例えば、8月を過ぎてなお、日中の作業は残暑が厳しく眩暈がすることもしばしばある。しかし6月7月の頃の、これがまだまだ続くのかという絶望感はなく、陽が傾けばぐっと涼むことを身体は知っており、すでに暑さの峠を越した実感が訪れるのだ。
 暑ければそこにクーラーがある、という感覚にどっぷり浸かっていた以前では、そこまで敏感には体感できていなかったように思える。文明は人間の人生を豊かにしているのか否か。きっと、クーラーに入り浸りを余儀なくされる都会生活、現代生活を選択していたら、この体感は得られなかったかもしれない。暑さという苦痛から「逃れる」という意味においては、クーラー生活は豊かだとも言える。その一方で、暑さの移り変わりを体感し、季節の彩りを肌感覚で楽しむという贅沢もまた、豊かだとも言えるのだ。

 もっと言っちゃえば、クーラーの効いた店舗の空調を「ありがたい」と思うのではなく、「邪魔だなあ」と思えるような、価値観の変化が、訪れつつあるのだよね。これマジで。


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 話は変わるのだが、旧暦の七夕は、四日前であった。風変わりなのは自覚しているが、我が家では、巷から一ヶ月以上遅れて、旧暦で七夕を祝っている。数日続いた曇天に娘は少し残念がったが、この二日間は晴天になり、遅ればせながら天の川を楽しませることができそうだ。

 歴史上長い間、時計やカレンダーとは縁の遠い暮らしをしてきた人類。今日が、今が、何年何月何日何時何分何秒、地球が何回まわったとき、なんて、そこまで大切な概念ではなかった。せいぜい、月を眺め、季節の移り変わりを目安に、漠然と(かつ丁寧に)時の流れを把握して日々を暮らしていた。その上で、社会規範としての日時のルールは存在し、緩やかに、その取り決めと便利さは人類の財産として少しずつ利用する機会が増えていき、時計、カレンダー的なものが次第に共有されてくるようになった。月日の目安であれば、新月と満月を頼りにしながら。時間の目安であれば、太陽の昇没を頼りにしながら。という具合に。

 七夕とは、旧暦の七月(文月)の七日に、天の川に隔てられた織姫と彦星が、再会を果たすという一年に一度の約束の日。古来、シナ大陸から日本に渡り、東洋に広く伝えられているメルヘンな物語であるが、明治以降の新暦の7月7日では、梅雨の真っ最中。年に一度の再会も、毎年毎年果たせない、悲しい物語になりつつある。当然この話が作られたのは旧暦の時代。梅雨が明け、秋雨前線の到来の前(もともとの大陸ではどうなのかは残念だが知らないが)、真夏の盛りの7月下旬から8月下旬にかかるこの時期に、旧暦七月、文月七日はやってくる。それはつまり、夏の夜空に天の川がきらめき、織姫と彦星が再会するのに絶好の機会なのである。

 今年の文月七日(8月20日)は、残念ながらの曇り空。月の運びで8月下旬にずれ込んだ今年の暦は、秋雨前線を少々早く送り込んだ模様。娘には、「再会を待ちきれずに乙姫が流した涙の雨だ」と、絵本の引用で納得してもらいながら、今年の七夕も楽しんでいる。

 幸い、テレビ、ラジオ、雑誌、新聞の、世間の洪水のような情報からは遠のき、イベント盛りだくさんで用意してくださる幼稚園保育園からも離れた家庭保育の日々。我が家では我が家なりに、本来の、季節と風習がマリアージュした、伝統行事を楽しみながら過ごしている。それもそれで、豊かなのではないか、という自負も抱きつつ。


 ところで蛇足ながら、文月は、お盆の季節でもある。ここからは小生の私見だが、お盆とは、旧暦の七月、死者の霊をお迎えするのに夜道が暗くては、という優しさから、十五日の満月を中心に、十二日〜十七日頃までの期間に設けられていた。それはご先祖様を迎えるせめてもの、心遣いであった。明治以降、その旧暦七月の十五日、という風習のみが、意味を問われる事なく新暦8月15日に翻訳され(旧暦は新暦の約一ヶ月後ろにずれることから単純に8月15日と変換されたのだろう)、月の明るい頃かどうかは関係なく、明るい夜だろうが暗い夜だろうが、蛍光灯とLEDに照らされたお盆の夜に、ご先祖様が無理やり召還されている、という少々風変わりがお盆が現在展開されているのだ。

 明日から、旧暦のお盆の入り。仏壇の無い我が家に線香でも炊いて、帰省ラッシュを避けてあげてのご先祖供養も悪くないのかもしれない。

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 だからなんだ、と言われればそれまでなんだけど。

 季節と風習は、こんなにも絶妙で風流で、天然色の楽しみ方もあるのだという独り言。


posted by 学 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする