注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年12月08日

では乾杯

霜月十一日 曇り

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 日曜日のつくいちを終えて翌日。つくいちメンバーの、はじめての懇親会。乾杯の挨拶が「では乾杯♪」で、締めの挨拶が「来月も頑張りましょう!」。それだけ。それが今のつくいちの、象徴のように思えて、ちょっとワクワクした。

 イベントではなく、毎月の市場として根づいていきたい、という何となくの共有認識。「いいことやってる」ための確認場所でもなく、「いいことやりたい」ための表現場所でもなく、「いいこと一緒にやりませんか」というつながり場所でもなく、「わたしたちがここにいる」ための自己満足の場所でもなく。出店者のそれぞれの日々の中の、月に一度の出張所としての場所。こんな市場があったらいいよなと思った人がいて、その思いに相乗りする人がいて、各々の「こだわり」の一点は譲らずに、価値観を共有できる場所として生まれた定期市。

 でもそれは雑草屋の小松が一人で思っている「つくいち」でもある。こうして考えを表に出してみて、違和感を感じたりするだろうし、別の考えも出てくるのかもしない。いち出店者として、つくいちに抱いてるイメージを少しだけ書いてみたかった。決して「つくいち」全体がひとつの考えをもっているわけではない。「背景までおいしい」という曖昧にも思えるテーマに対して、誤解を恐れずに言えば本気で真剣に受け答えられるお店や生産者が集まる市場でありたい。そんな人たちが集まっているし、増えていってほしい、と思っている。そんなワクワク感が好きなんだと思う。
 
 選んだ商品の袋詰めの最中に「友達待ってるから早くして」と言ってしまうお客さんに対して、「どうして待てないんだろう?」と違和感をおぼえたりすること。何も買わずに挨拶もそこそこに写真だけ撮影してテントを離れていく来訪者に対して、それは失礼でしょ?と違和感をおぼえたりすること。お店にも客を選ぶ気持ちがあるということを、もしかしたら忘れてる人が多いのではないか、と思わされることを見聞きする今日この頃。「お客様は神様」という半分デタラメな信仰に対して違和感をもって、信念を持って商品とお客さんに向き合う出店者が集まった市場。と、いち参加者として思う「つくいち」。


 参加しているメンバーの、それぞれの思いや気合いは、月に一度の出張所で表されるのではなく、それ以外の29日/一ヶ月にこそある。だから、乾杯の挨拶も、締めの挨拶も、象徴的に思えたのだと感じている。また来月、中央公園で、よろしく。「つくいち」はそんなテイストなような気がした、単なるいち出店者の、懇親会の後の、酩酊しながらのつぶやき。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 地に足つけて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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