注)記事の日付は太陰暦を用いております

2008年12月26日

12月31日に

霜月二十九日 晴れ時々強風

 12月31日に何をするか。大掃除、正月の準備、帰省、買い物、レジャー、旅行、皆それぞれ、何かをして過ごす。では何故?と問いかけられて、はたと考えてみる。

 人はそれぞれに各人の物語の中で生きている。クリスマスも大晦日も、正月も旧正月も誕生日も、全てはその人が生きる物語の中になにかしら位置付けされてはじめて意味をもつ。どのように生きたいか、どのように生かされているか、自身のこれまでの歴史とこれからの指針が交差するなかでの無意識と意識の積み重ねが、物語を築いてゆく。それは行事に限ったことではもちろんなく、最終的には「価値観」や「世界観」というその人をかたちづくる個性そのものと同意義なのだろうと思う。「その人をかたちづくる」というのは、反対から見ると「その人が縛られている」とも言い換えられる。もしくは「その人がある価値観をもっている」とも言えるだろう。価値観というとポジティブに聞こえるが、「価値観を持っている」ニアリーイコール「縛られている」ということに、なかなか人は気づかない。価値観や個性だと思い込んでいる「縛り」が、実は無限の思考や行動の可能性を制限しているのだとしたら、それは自分を小さくまとめる鎖でしかなくなってしまう。人が生きる現実社会には、「縛り」でもあり「価値観」でもあり「物語」でもある事象が数多く存在している。仕事であり、お金であり、人間関係であり、家族であり、過去であり現在であり、そして常識。その人を形づくるそれらを無意味に批判したり相対化したいのではなく、それらから一時的に開放される自由を自分は持てているだろうか、という問いである。

 自分の思考はお金に縛られていないか。自分の思考は仕事に縛られていないか。自分の思考は過去に、現在に縛られていないか。
 

 Danさんが企画した大晦日の時間の過ごしかた。「新暦」の「大晦日」というひとつの「行事」を意識しつつもそこからちょっと開放されて、遊び気分で「思考」の旅を過ごす。面白ければGO、なおかつ意義があればGO。さらにちょっとだけ反抗的であればなおさらGO。肩書きも、人間関係も、できる限りどこかに追いやって。そんな時間をともに過ごしたいという人が増えたら、けっこう面白いなあと思うんだよね。


 自然農の畑は、そんな大晦日の夜も正月の朝も、ひたすら意味を持たずに営みを続ける。人間は意味を必要とする。対照的な自然の大きな無意味な流れの中で、小生が紡いでいきたい意味とは何か。色々考えたいこの時期だからこそ、「縛り」を開放する機会を。さて、どんな旅になるかな。
 

 まだもう少し参加受付可能かもしれません!!DAN'S・TABLEへGO!


posted by 学 at 23:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小松さん、ご紹介ありがとう。30日まで申込してます。ご興味ある方、ぜひ。
Posted by Dan at 2008年12月28日 09:52
Danさん、コメントありがとうございます。

なぜか最近Seesaaの反応は調子悪く、コメントいただいても「最新のコメント」欄に反映されてくれない。。。どうして??

とにもかくにも、今年はお世話になりました〜。
Posted by インチキ at 2008年12月30日 19:57
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