注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年01月06日

Burning

師走十一日 晴れ

 初心を忘れた有様が、いきなり具象化したような、一大事であった。プレーヤーの方達と作業して、友人とも打合せもして、半日が経過した今もなお、漠とした動揺の火が燻っている。

 ここに顛末を記す。


 風向きと、水の準備を、相応に十分考えたつもりで、今日の午後に野焼き作業にとりかかった。三年前の地で一度経験済みの焼畑であった。自然農と焼畑についての考察はその記事に譲るとして、芝と茅の根が犇く畑の勢力を転換しようというある種の強行手段的な実験である。今年のどうしようもないほどの負け戦(作物が全く育たなかった)の次なる手としての焼畑。

 実況する。

 風下から着火し、微風にて、想定した畑地の焼畑は風上方向に順調に進む。しかし、広がらぬように水をまいて対策した風下、ここに想定を超えた一大事が発生した。水まきのバリアをいとも簡単に越えて、火が、乗り越え広がってきたのだ。それからのわずか数分のいっとき、いまだ消えぬ動揺の大パニックのスタートであった。乗り越えた火は幅数mの駐車場エリアをチロチロと、だが確実に平面的に進み広がる。用意した水をジョウロで、ポリタンクで、消火させていく。消火したその瞬間、「面」として進む火は隣に生き延びて元の木阿弥に復活してしまう。それと同時に、多方向の火はさらに広がろうとこちらをあざ笑う。数mの駐車場をもし火が横断しきってしまったら、その先に広がるは耕作放棄地の大雑草群。燃え移れば完全に最後である。
 パニックへのカウントダウン。あとはいったい何をしただろうか。盛り土を運んでかけ消す。駄目、間に合わない。目の前にあるドラム缶を転がして押し消す。駄目、すぐに復活する。ああ、もはや。絶望と新聞記事とつくし農園の終焉を瞬時に頭をよぎらせながら、堆肥場にかぶせてあったトタン板を思い出した。あの畳大の平板を火に乗せて真空作用で消す。もう、それしかない。10kg弱はあるその板を、火に置いては消し、消しては次の火へ。常時であれば持ち運ぶだけでも体力の要るトタンを奇術の様にバッタバッタと動かすことができたのは、正真正銘の火事場のクソ力である。消火作業終盤に畑に到着したプレーヤーの目には、軽々と木板を上げ下げしていてまるで必死の作業には見えなかったらしいと言うのだから皮肉である。あわや、両腕の筋肉が引きつってもう動かんという頃、最後の火種を消し潰し、ひと騒動は文字通り、鎮火することとなった。



 090105burning.jpg

 
 この数年間でこれほど切らしたことがない完膚なきまでの息切れと、脳みそが全成分溶け出したかのような茫然が体内を大循環し、全精力が空中に霧散して野辺に突っ伏した。アドレナリンやら、血中酸素やら、ヘモグロビンやらインシュリンやら、全ての体内成分が、超特急で全身を駆けずり回っていた。

 その大興奮の後に訪れる、底知れぬ恐怖。汗が冷えた寒気よりも深い、骨が震えるような怖ろしさ。幸運なことに、プレーヤーのTさんAさんUさんがいてくれたことで、横になりながら、話しながら、マッサージしていただきながら、少しずつ少しずつ、空の穏やかさと皆さんの暖かさに介抱されて呼吸を取り戻すことができた。


 欠けていたモノ、過信していたモノ、忘れていた愚かさ、大なり。不幸中の幸いであった機転の結果と、糧として得たはずの何か、これも大なり。脳みそをまっさかさまに揺さぶられて筋肉が想像を超えて動かされた数分間。決して教訓などという言葉では括ってはいけない、生命の危機に繋がる、骨髄に釘を打ち込まれたような実体験。噴出したアドレナリンがいまだに体に戻ってきてくれてないような、今宵の丑三つ時。まだ寝られそうにない。

 天の神様、竜神様、一ノ矢神社のお社様、本当にありがとうございました。反省して反省して反省して、地に伏して今日の出来事を魂に宿らせることを誓います。



 恥を捨て、皆様の一助になればとこの体験を記事にすることにしました。不注意による火災事故が決して起きませんよう、身をもって戒め、同時に心より祈念いたします。

posted by 学 at 23:59| Comment(7) | TrackBack(0) | 学びを知る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様でした。
なにはともあれ、鎮火良かったです。ご苦労様でした。


今日 このページを拝見したのも 天の知らせ と受け止め 私も 火に気をつけます。


なんてったって 神様のひとつですもんね 「火」。


肉体的にも精神的にもお疲れのところ
書き込みありがとうございました。


…あ 近況。 3月まで科学博物館の植物園で主に羊歯の標本分類の手伝いやってま〜す

昨日は「満州」やら「朝鮮」やらの1930年採取 なんていう 帝国大学の標本なんか分類しちゃったりして ドキドキです。
Posted by しのぶ at 2009年01月07日 19:11
>しのぶさん

えーと、農園に御見学にいらっしゃってたしのぶさんかな。
シダの分類の手伝いという仕事があるんですね。すごいね。

簡単に育てられてしかも美味しいシダをこっそりポケットに
分類してしまった時は教えてください。
庭の裏に育ててみたいかもしれません(笑)。
Posted by インチキ at 2009年01月07日 23:21
必然の出来事だったとはいえ、
大事に至らずインチキさんが無事でいられたことに、感謝です。ほんとヨカッタ。
読みながらも、火を消しているインチキさんが見えましたョ(私も筋肉痛になりそう)。
今年(畑だけでなく)どんな収穫があるのか楽しみですね。
Posted by Jeannie at 2009年01月08日 06:03
あああああ。
焼畑は、延焼防止に、
「完全に木と草を取り除いた、土の緩衝ベルト帯」を作る、
と聞いたことがある。
読んだのは、焼畑の本だったけどね。
かなり広い巾の帯をつくる。
でないと、ま、あぶないんだろうね。
特に、冬場は、すごく乾燥してるしね。
・・・
延焼してたら、新聞記事モノだったなあ。
ま、無事でなによりでした。
Posted by ほほほね at 2009年01月08日 22:24
>Jeannieさん

時々Blog拝見させていただいてます。
選ばれている言葉がどこか心地良くて、しっくりと目に届く記事を楽しませてもらっています。

1/7の記事にも、今回のことにシンクロさせられる言葉がありました。
なんとなく、ゆっくりと、体に入ってくる感じで。

おかげさまで、変わらず連日の自然農作業に戻っています。
ありがとうございました。



>ほほほ将軍

土の緩衝ベルト帯、知っててやらなかったんですよね。
まさに「かなり広い幅の帯」というのがポイントなんですよね。
ホントニ、アカンネ。
御指摘ありがとうございます。でももう、しないっす(涙)。
Posted by インチキ at 2009年01月08日 22:46
ていしゅが、参考文献を持ってきてくれました。
「おばあさんの山里日記」(葦書房)
P9〜P17。
緩衝帯の巾は、4尺から1間。(120cm〜180cm)
焼くのは7月。春の場合もあるけど、そのときは、緩衝帯に、落ち葉1枚残さず、慎重に。
山の上と下で同時に火をつけると、真ん中で自動消火するそうです。
ま、もう、やらんか。(笑)。
Posted by おほほね at 2009年01月08日 22:58
>将軍

文献ありがとうございます。
山里はさらにスケールアップしそうですね。
落ち葉一枚、という表現が「おばあさん」の意思を感じます。
実体験の言葉というのは実に参考になりますね。

Posted by インチキ at 2009年01月18日 07:55
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