注)記事の日付は太陰暦を用いております

2009年03月05日

モゾモゾ

如月九日 【啓蟄】 晴れ


【啓蟄】…陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出れば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 冬:春=6:4

     啓蟄とは、土の中で縮こまっていた虫(蟄)が
     穴を開いて(啓いて)動き出す日のことです。
     この時期は、一雨降るごとに気温があがってゆき、
     春に近づいていきます。日差しも徐々に暖かくなってきます。
     ※読み:ケイチツ
     <参考:日本文化いろは事典 & こよみのページ



 雪と曇りが明けて、晴れ日を迎えた。虫がモゾモゾの頃、それが啓蟄。虫と共に、インチキ百姓もモゾモゾと土を這い回る。今日はネギの苗を植え、カブ、ニンジン、小松菜、ラディッシュ、春菊の種を播いた。順々に、作業は慣れだし手際が良くなるようでもあるが、作付する畝ごとに雑草や土の表情が異なるので、やはりその畝に合わせて按配して進めることになる。手間だが、まあなんというか、世話が焼けて可愛いようにも思えてくる。これが農繁期突入するとイイカゲンうんざりさせられるわけであるが。

 さて、お昼もすぎて厚手のインナーを一枚脱いだ頃、雑誌取材のライターさんとカメラマンさんが畑に到着された。「キャリアガイダンス」という、高校の先生(及び高校生)向けの、リクルート社の進路情報誌。いよいよ世の中も高校生にインチキ百姓暮らしを進める日が来たかというわけではなく、「環境を護る仕事」特集の中に取り上げていただくとのこと。なんか説明調だなこの文章。

 といっても高校生に対してナニカ、などと普段考えたこともないので、ライターの、いのうえさんが質問されることにそのまま答えるだけ。こういう場ではよく、自然農を始めたきっかけは、というところから始まるのでいつもは前職や大学時代の話が多くなるのだが、今日は自然と高校時代へも話が遡る。何も考えず、いや何かをモンモンと考えてはいて、その中で目の前の、自分を投影できうることにのみに「はっちゃけて」、それでも、漠然と将来へと漕ぎ進んでいたようには憶えている。その何も形にならない徒手空拳が、大学、就職を経ながら血肉になってきているような気がしないでもない。

 雑草屋での毎日の業いが、環境を護る仕事かどうかは解らない。そもそも「自然環境とは何ぞや?」という問いを小生に叩き付けてくれたのが自然農であるのだから。護るべき自然環境とは何ぞや?人間と自然環境とは何ぞや?それを問いかけながら生きていくのみではあるが、そんな問いを死ぬまで続けられるのだとしたら、それはとてつもない贅沢ではある。

 いのうえさんから取材後にメールをいただいた。

 「小松さんのお話をうかがっていたら、
  自然農と言うのは、大地と人間が二人三脚で、
  互いの力を引き出しあいながら、生きていく姿のような気がしました。
  で、それが、環境と関わるってことの
  本来のような姿のような。 (抜粋)」

 
 そうなのだとしたら、ちょっと、美しすぎますな(笑)。いやはや。こちとらモゾモゾしてるだけですから。はい。

posted by 学 at 21:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 故郷の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人も所詮は他の生物同様、自然の一部として生まれ、そして去っていくものだよね。だから「人」と「自然」という同列の分類ではなくて、「自然」の中に住まわせていただいている「人」っていうイメージの方が自分にはしっくりきます。
大体人が田畑を切り拓いた時から、もうそれは自然のありのままの姿ではないわけですし、田舎の光景を見て「自然はいい」と思ったってそれは人が作った「自然」であるわけで。でもそれが悪いとは決して思いません。人だって生きていかなくちゃいけないし、人も環境も徐々に、様々な変化に適応していくもののような気がします。どうでしょうね?

それにしても春が近づいてくると自然と心が弾みますね。今日は春一番とも思われるような暖かい突風が一日吹いてました。道端に生えているマツユキソウも花をつけていて、なんかちょっとだけ幸せな気持ちになったよ。
Posted by 頼子 at 2009年03月06日 08:43
今年は雨が多いような気がします。
昨晩帰りが遅くなったのですが、外気温が8度を示していました。
一雨ごとに春が近づいてるんですね。
Posted by yama at 2009年03月07日 08:39
>yoriko

北米大陸にも春一番が吹くんだね。初耳にてどこも一緒なのですね。
「自然」の一部としての「人」ではあるけど、人が生きてきた過程で手を加えてきているのはyorikoの言うとおりだと思う。個人的には、自然はありのままだろうと作ったものだろうと、遺伝子の大きな流れとしては雄大に「どっちでもいい」んだと思ってます。
だから、住まわせていただくという畏怖を抱きつつ、栽培する以上は同等にがっぷり四つに組んで対峙せん、という気合いも必要とも思う今日この頃なり。


>yamaさん

まさに「一雨ごと」な感じの最近ですね。夜に帰りが遅くなっても暖かい季節、いいですねえ(笑)!! まずは来週来週♪
Posted by インチキ at 2009年03月08日 00:11
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