注)記事の日付は太陰暦を用いております

2010年12月17日

アクセル

霜月十ニ日 晴れ

 暖かい初冬だ、などと言っていた舌の根も乾かぬうちに、冷たい雨を越したここ数日のつくばは本格的な寒さに包まれようとしている。朝には薄い霜が降り、水バケツの表面には淡い氷が張るようになった。林に積もる落ち葉もぐっと重みを増し、その分、空が少しずつ開けてくるように感じる。冬の空の、どこかしらくっきりとした開放感は、こうした知らぬ間の落葉樹たちの営みによって作られていく。

 ひとしきり種播きの季節は休みに入り、もっぱら畑での作業は、草刈りと土の養生ばかりとなった。自然農の畑で野菜が十全に育つことが目的の一つであるならば、冬の間の土との会話は、自身が思っている以上に大切な時間だ。春から秋、作業に追われる季節では、成り行き上どうしても育てる作物の動向に注視してしまい、土にフォーカスできる分量が落ちるのは経験上しかたがない。それならば、作業の少ない冬の内に、というよりそれこそが冬の作業だとアクセルを踏んで、土の、畑の、草の、根の、状態を見て、触れて、想像して、次の春への準備を進めたい。

 今、主に野菜に育ってもらっている畑は三箇所ある。子(ね)の畑、午(うま)の畑、未(ひつじ)の畑、それぞれ、状態、今までの手のかけてきた内容が異なる。それぞれに、生えている草、生えてきた草、野菜の育ち方も違っていて、それはメモ帳であったり、頭の中であったり、記録されてきた。その各々の様子をイメージし、どんな手の加え方をこの冬にして行くかを行きつ戻りつしている。チガヤを冬の間に根から抜き切る箇所、家の裏の林や隣の桑畑からの落ち葉を持ち入れてみる箇所、畝間の溝に、刈り倒した枯れ草や周囲のセイタカアワダチソウを敷き詰めてみる箇所、一日一日、少しずつしか進まないのであるが、初春の声を聞くまでの数十日をかけて、手足と気持ちを入れて、その先に畑が整っていくはずなのだ。あくまでも、そのはず、でいいのだとしても。

 それすらも楽しめるのだから、まあ幸せ者なんでしょう、私は。いろいろいろいろ、どんなことも人生では起こりますが、時々に飲みつぶれ、友人や学友に大言壮語し、歌い、笑い、本を読み、そうして生きて、死ぬまでの繰り返しに自然農を織り交ぜて。

 また明日、畑に這って、草を抜く。それが今のところの冬の楽しみなのだから。

 20101217shimotsuki.jpg

 それにしても、夜の屋敷がすこぶる冷えてまいりました。


posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然農のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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