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2011年06月11日

来し方と行く末

皐月十日 雨のち曇り

 恐れていたこと、というよりも起こるべくして起こってしまったことが、ここ数日の報道で明らかになってきた。地震と津波と原発事故が発生した直後からどうしても気になっていた、震災後の廃棄物の行方である。 津波の被害にあった東北地方の太平洋沿岸地域で進められている瓦礫の撤去作業であるが、その想像を超えるほどの津波の後始末は、懸命の作業で除去された後に地域ごと特定の場所に運ばれ、現在一時的に山のように積み上げられている。その集積所の作業員や周囲の住民にこの瓦礫からと思われる健康被害が報告されはじめた。また別の報道では、東京都内や各自治体の下水道処理施設での汚泥の焼却灰から周辺地域の観測値よりも高い数値の放射線量が測定されたのだという。

 現在の自然農生活の前職、小生が勤めていたのは産業廃棄物のリサイクルを主に取り扱う企業であった。今でこそエコやロハスといった言葉のように幾分オシャレ側に寄り気味の環境配慮の姿勢であるが、そもそも現代社会において環境問題に足を突っ込むということはそれほど生易しいことではない。その最も象徴的な分野が、社会の全ての事象の最終的な到着地である「廃棄物」、つまり「ゴミ」である。一般的に生活していてゴミと聞いて思い描くのは、当然家庭から出る「燃やせるゴミ」や「空き缶」などの生活ゴミだろう。しかし現代日本でゴミとして発生するもののほとんどは、企業から発生する「産業廃棄物」である。いわゆる産廃といっても、一般的にイメージしやすい工場などから発生する副産物だけではなく、建築現場からの土砂や木屑、解体現場からの建築廃材、ごみ処理施設からの焼却灰など、ありとあらゆる経済活動の際に発生していることは実態としてあまり認識されていない。そしてその産業廃棄物の多くは、現代のオシャレで快適で便利な生活とはあまりにもかけはなれた、キタナイ、クサイ、アブナイものとして存在している。産廃の現状は語り始めるとキリがないが、つまりは現代生活を送るということは、自分の見えないところで自分の思っているよりも遥かに多くのゴミを産み出しながら生活しているということでもある。

 この度の津波は、映像で見てもわかるようにありとあらゆるものを差別することなく壊し、押し流していった。そこには、家があり、工場があり、畑があり、つまり人間生活があった。家や建物には、建築資材としてアスベストや防腐処理材などが使われていただろう。工場には、危険物としての石油製品、化学薬品、塗料、金属粉、など通常時に厳重保管が必要な資材がたくさんあっただろう。田畑を営む農家や農協の倉庫には、取り扱いに注意を要する農薬や化成肥料が山積みされていただろう。それらがほとんど何の躊躇もなく津波に襲われ、流出し散乱して地域一帯に広がり、もしくはどこかに溜まっていったことは想像に難くない。そしてそれら全ての混合物は、一部は海や川へ流され、しかし多くの残骸は地面に残され、現在急ピッチで進めれられている瓦礫撤去の先の集積場所に、小山のように積み上げられている。その山には目に見えるゴミとしての木屑やプラスチックや金属が散乱しているだけではなく、危険な化学物質などが付着したり混在しているかもしれないことは、あり得る事態として想像できる。小生が関わってきた限りにおいて、化学物質を扱う製造業が保有する原材料や発生する産廃(液体や固体関わらず)の、人間に対しての危険度はとても高い。だからこそ、厳重な取り扱い方法や適切な産廃処理が執り行われるための管理体制がとられ、コントロールされてきた。それが今、非常に残念なことにどうしようもなく拡散してしまった上に、急ぎで進められている瓦礫の撤去という作業を経て、また新しい問題が生じてしまっている。

 
 原発事故後に放出された放射性物質は、量の多少に関わらず福島周辺に広がり、風や雨によって地面に降りた。その為に起こっている飲料水や農水産物への放射能汚染に対する人それぞれの対応の現状は、日々のニュースによって報じられている通りだ。健康を侵さぬようにと願っての、放射性物質の除去は関東東北在住民の関心ごとの一つでもある。マスクをして、雨合羽を着て、野菜や食品からの除去方法の情報を求め、少しでも放射性物質を自分から遠ざけることを考える。その結果、マスクや雨合羽はゴミ箱へ、野菜屑もゴミ箱へ、野菜を茹でた煮汁は下水道へ、また食品として取り込んだものもやがてはトイレに流され下水道へ、自分の目の前から消えていく。しかし、物質はゴミ集積所に持っていけば消え去るものでもなく、排水口から流れてしまったらどこかに消滅してしまうものではない。全てのものは地球上のどこかに存在し、必ず残り続ける。ゴミは、処理場へ集められて焼却処理され、灰となる。今までは、その灰は一部はセメント原料などに使用され、一部はどこかの埋立地に埋め立て処理されている。下水は、下水処理場に運ばれ、濾過と沈殿と化学処理などが施された後に、水は川や海へ流され、水以外の物質は汚泥として乾燥処理され、通常であれば一部は再利用されたり、また埋め立て処理などされている。このように、ゴミも下水も、365日フル稼働で地域の処理施設へ集積され、濃縮され、処分されている。その灰や汚泥には、日常生活のほとんど全ての原子分子が集められていることになる。(厳密には異なる点もあるが。) 拡散されて地上に降りた放射性物質が、人間による洗浄や選別を経た後に、結局また集められるというのは、皮肉以外の何物でもない。さてどうしたらいいんでしょ、と思ってみても、現在のその先の処理対応について、プロではない我々にできることはほとんどない。適切に、もしくは超法規的にでも、解決策にたどり着いてくれることをまずは応援するしかない。

 
 しかし、ついつい注目しがちな現在の不安とは別の次元として、今までの我々の快適な生活スタイルが、背後にいかに大量の化学物質、廃棄物のリスクを背負いながら成り立っているかを、今まさに気付かなければならない。地震が起きなければ問題は無かった、津波が来なければ今までどおりでよかった、それで思考停止して果たして良いのだろうか。自分だっていつもこんなこと考えているわけではない。だったら文明生活捨てるのか、なんて思わない。廃棄物や資源の浪費がないから自然農が答えだ、みんなやれ、なんて思わない。ただ、今の生活の環境、身の回りにある便利なモノすべてがどんなプロセスで作られ、途中でどんな廃棄物を産み、どんな原料が用いられ、使用後にどんな経路をたどって捨てられていくのか、少しずつでも気に留めながら過ごしてみることに、意味がないとは思わない。自分の洋服を必要以上にきれいにするために使用する合成洗剤が、目の前の排水口から流れた後に消えて無くならずにどこに向かうのか。カラフルな入浴剤の化学物質がお風呂を捨てた後にどうなってしまうのか。100円ショップで手にした余りにも安くて便利な抗菌グッズは、途上国の工場で塗料や薬品がどんな管理をされながら生産され、手に入れることができるのか。それが商品であれエネルギーであれ食べ物であれ、その「来し方と行く末を思う」という認識と想像が世の中の常識になることができれば、今よりもちょっとだけ世界が変わり、社会が変わり、人生が変わるきっかけになるのではないかと信じている。 自然農が魅力的なのは、ついつい忘れかけてしまうその大切なエッセンスを作業の合間合間にふと思い出させてくれる小宇宙が、田畑の中に展開されているからに他ならないのだ。

 化学物質汚染の恐れがある災害瓦礫、原発事故の末の放射能を帯びた下水汚泥、そのいずれにも「ゴミ」としていかに処分するかという人間の業が濃縮されてしまっている。それをできるだけ上手に解決することは容易ではない。うまくいけば一部は何かの原料としてリサイクルこともできるかもしれないし、しかし恐らく現実として多くは、結局は人間生活から少し離れた地球のどこかに「捨てる」以外に今のところ方法はないのかもしれない。厄介なものをこうして目の前からただ遠ざけることを基盤とした今の生活が、本当に理知的で文明的な社会なのか、考え直すべき時期に差し掛かっている。震災後に発生したこの廃棄物問題は、津波が、東電が、政府が引き起こしたのではない。このライフスタイル自体が本来内在していた問題であるのに、見えないように目を閉ざしていただけに過ぎない。答えはない。しかし、答えを探すことは許されている。変わることは許されている。

 一人では、一瞬だけでは、変われないからまた自然農の田畑に出て、出会いができた方々と、農作業の時間を過ごす。そんな奇麗ごとだけじゃねえんだけどもさ。


posted by 学 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 本質を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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