注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年08月08日

チリン

文月九日 【立秋】 晴れ

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 過去最低の売上げを記録した8月のつくいち。むん、と熱気と炎天が公園に充満し、客足もまばらに、作物も華やかにはそろわず、なかなかシビアな誕生日となった。それでも馴染みの来場者との会話や、数年来の学友との再会、出店者たちとの雑談も楽しみ、やはり日々是好日を過ごした。

 家に戻ると、実家からは福島の桃の届け物が、会員登録している企業からは雑貨の贈答品が、親友からは風鈴の贈り物が届いていた。35歳。口で言っているうちはただの数字でしかなかったが、改めてこうして文字にしてみて、少々驚く自分に気付く。表面には出てこないが、じわじわと背中をこするような、底の深い焦り。何かが一線を越えてしまったような、得体の知れない不安。と、ネガティブに追いやってみた先に揺り戻してくる、諦観とポジティブシンキング。んなこと言ったって、生きるしかないし、前向くしかないしね。こうした葛藤と日常を正面から乗り越えた向こうに、不惑の域に到達するのかしらね。

 野菜で言ったら今の俺はどんな状態なのやら。根は生やしたか?背丈伸ばしてるか?蕾つけてるか?花咲いてるか?種はまだだな。枯れもしてまい。…あかん、これ以上、自分の歳について何も語ることがない。そもそも、ホントは何も考えていない。誕生日をテーマに、書きたくもないのに、無理やり書いているのだ。
 現実の35歳は、つくいち翌日の今日に休日を過ごしてリフレッシュし、明日から秋冬野菜の種播きに没頭し、また毎日が自然農の迷走生活にどっぷりと浸かるのだ。不安は不安を拡大再生産させる。その愚はせず、楽観もせず、野心と分別を携えて、己れの人生を進め。

 風鈴は、風の吹かぬ部屋の中に吊るしては鳴らず、風のあたる軒に吊るしてこそ涼を伝える。自分の軒はどこか。自分の風は何か。いつしかチリンとひと鳴り、音色を奏でるべく。

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〜秋の立つ 炎天の下 鈴チリン〜
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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