注)記事の日付は太陰暦を用いております

2006年09月21日

うるうづき

閏七月二十九日 晴れ

 明日から葉月。今日は閏七月の晦日である。

 太陽暦で生活する今の日本人には全くといっていいほど縁のないこの「閏月」であるが、旧暦をカレンダーにして暮らしていると、3年に1度ほど、この名前に遭遇することになる。

 ここからはネットで調べたことですので、正確を記すようにしておりますが話半分でご覧あれ。





 旧暦である太陰太陽暦は、ひと月を「月」の満ち欠けで計算しており、太陽周期の1年である365日とは一致しない。簡単に言うと1年で約11日短くなる。そのため、定期的な補正を入れないと、この少し短い分のずれが蓄積され、暦と季節が無関係なものになってしまう。そのため、だいたい19年に7回の頻度で閏月が加えられることになるのである。

 では閏月はどのようにして決められるのだろうか?旧暦ではひと月は月の満ち欠け(朔望)であり、通常、二十四節句が二つ入る。節句とは「節」と「中」があり、月の名前はその月に入る「中」で決まることになる。

 例)立秋(節)→処暑(中)→白露(節)→秋分(中)→寒露(節)

 例であれば、「処暑」の入る月が「文月(七月)」、「秋分」の入る月が「葉月(八月)」となるのだ。
 節句の周期は約15日、月の周期は29日〜30日であるため、このおおよそ19年に7回というタイミングで「中」の含まれない月(の満ち欠け)が現れ、それが閏月となる。この一ヶ月(8/24〜9/21)は、入る節句は「白露(節)」のひとつだけであり、そのために「閏七月」となったわけなのである。

 ふう(汗)。


 さて、「閏月」の語源を調べてみると、これまた興味深い話にたどり着くことになる。語源を探るときに注意しなければならないのは、音としての「和語」と漢字としての「漢語」をそれぞれ分けて考える必要があること。「うるうづき」は、もちろん読みとしては「和語」だが、暦自体が支那からの輸入物であるため、もともとは「漢語」として発生したと考えられる。そこでこんな話が。

 古代の支那では王の執務が宗廟内の執務室で行なわれ、その執務室は12部屋用意され月毎に部屋を替わっていた。ところが閏月には部屋がなく、やむなく門で執務したとされたことから、「門」に「王」を記した「閏」という字ができたそうな。

 そこで和語へ。「閏」の漢字からまず連想される漢字は「潤」、その読みは「うるおう」もしくは「うるう」である。「潤」という漢字は、もちろん件の「閏」の意が余計なものや余分なものを表すことから、水が余分にあるということで出来たものだと推理できる。そして日本に入ったときにはその順序が逆になり、まずは「潤」の漢字に「うるおう」という和語があてられた。そして「閏月」などの暦に用いる際に、その「潤う」の読みかたをまねて「うるう」としたのではないだろうか。

 余談であるが、夏に閏月が来る年は夏が長くなるという噂もあるとかないとか。ことしの梅雨が少し伸びて夏の訪れが遅かったのも、もしかしたらそのせいか、などと考えてみる。その問いは科学的ではないかもしれぬが、そうして暦の醍醐味に浸るのも、存外悪くないのである。

 合理性を排して旧暦の世界にどっぷりつかることで、はるか古への言霊に想いをはせる。それもまた自然農的生活の面白さ。



※もっと詳しく暦について、という方へ
 ⇒こよみのページ:「旧暦と六曜を作りましょう
posted by 学 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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