注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年12月22日

ふゆきたり

  
霜月廿八日 【冬至】 曇り

 冬至を迎え、ようやく秋から冬へ、季節の主役が入れ替わりをみせる。庭のモミジも、柿の木も、いつのまにかすっかりと葉を落とし、落葉樹の枝が、高い冬の空にシルエットを描きはじめている。季節のバランスは秋が4.9、冬が5.1といったところか。朝に夜に空気が締まり、昼間でも雲が空けぬと、足元からしみじみと冷えが伝わってくる。今日から春分まで、冬の寒気に支配される四半期が続くのだが、その四半期の中に、立春(来年は2月4日)という春の芽吹きが含まれているという、あたり前のことに改めて驚き、喜びを覚えてしまう。冬来たりなば春遠からじ、ですゆえ。


 20111222kara.jpg

 このところ、大豆との日々が続く。カラカラにパリパリに干しきった大豆の枝をむしろと板の上に広げ、叩き、踏み、叩いては、豆をいじめて莢から弾き飛ばす。家の庭で延々と、育てた3種類の大豆を全て終えるまで数日続く。焚き火で手足を揉み解しつつ一日叩き飽きたら、唐箕で莢と豆を選別し、ようやく外作業がひと段落。さらにその後、日暮れた家の中に暖を取りながら、一粒一粒良い子悪い子普通の子とより分けていく。コタツと年末特番を相棒にして。延々と。 
 来年には今年の倍の量を作付けしようと思っていたのだが、はてどうしようとまた考える。この倍の作業をするわけ?まじで? 自分用なら味噌でも煮豆でも豆ご飯でも、良い子も悪い子もカマワネエけど、人様にお届けするならやらんといかん仕事だよねえ。まったく。来年のこと言っても鬼が笑うだけだし、作って採ってから考えるしかねえべな。

 20111222midoridaizu.jpg


 居候君が米国帰りの知己を我が家に招いており、朝飯どきに会食する。冬至でガツンと冷えた朝となり、珍しくストーブも朝から焚いて、どうやら僅かにまだ残っていたらしいサービス精神を奮い立たせた。会話は実に広大性と深長性に富み、面白く、温まった部屋で武者震いをしてしまった。(小生はドーパミンが出ると、頭に血が回って、寒気を感じてしまうのです。) 真のコミュニケーションは、こういう類いのものでなければならない。安易で即効性の高いネットワーキングばかりに目を向けず、一人でもいいからこうした深みのあるつながりを少しずつ築くことが、疎かにならない社会になりますように。まあ、小生がそれを続けるだけでいいのか。少しずつ、少しずつ、少しずつ。炎をいたずらに燃え広がらせずに、静かに燃やし続けて。いつか来る、火柱が立つその時の為に、目の前の作業に暮れろ。

20111222takibi.jpg 
 
 なんのこっちゃ、わかんねえけど。これから忘年会と新年会ですなああ。飲みてええ。
posted by 学 at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック