注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年12月28日

門松る

師走四日 晴れ

 昨日からの風が止み、冷える空気の中に晴天から射す冬の陽がほのかに暖かい。すっきりと乾いた空気に洗濯物を干し、庭に残していた黒豆の脱穀にようやくとりかかることができた。山羊は今期数度目の発情期。近くに放してかがみながら作業をしていると、もてあましたフェロモンをこすり付けんばかりに体を、ツノを押し当ててくる。痛いやら、悪い気はしないやら、こちらの気忙しさなどお構い無しに本能に忠実に体を反応させている。もうすぐお婿さんの手配も考えないとね。
 
 黒豆の方は昼過ぎには予定の作業を終わらせ、この秋に収穫した穀類の脱穀は年内に済ませることができた。脱穀が終わった大豆と黒豆はまだまだ選別作業が山積みではあるが、ひとまずは、収穫した状態のものは全て袋の中に保存できる状態まではこぎつけた。セーフ。一つ前の記事で年末年始に振り回されたくないようなそうでもないようなことを書きつつ、やはり区切りは気持ちいいものです。

 早めに終えた作業を片付けながら、ふとした気の迷いで正月飾りを自作してみることにした。インターネットでさくさくと門松の作り方を調べ、隣の竹を切り出し、庭の松を切り落とし、裏手の南天を拝借して、あとは見よう見まねで2時間ほど。少々物寂しいのを補おうと、居候氏のご実家からいただいたタンカンと農園からの稲穂をアレンジして、全て自然素材で、初めての自家製門松をなんとか完成させてみた。できれば対で構えたかったが、家にある適当な有りもので作っているのでその辺りはご愛嬌。不恰好ながら、今日から玄関前に鎮座していただくことになりました。

20111228kadomatsu.jpg
正月までに、もう少し形を整えたいところ。



 最近は、いよいよもって虫に食われたセーターを裁縫で穴埋め修復やってみたりと、何かと手作業で済ませてしまうことが増えてきた。セーター修復は、できないと思い込んでいて捨てようと思っていたのだが、どうせ捨てるなら試しにやってみるかと手を動かしたら、存外簡単に(見栄えをそこまで意識しすぎない範囲で)繕うことができた。買えば、金出せば、今ならなんでも自分の手を動かさなくてできちゃうんだけどね。どっちが良いんだろうかね。なんだって自分でできると思い上がって、経済活動を否定するスタンスとるのはありがちで鼻持ちならない。自然農とかやってるとこういう勘違いをしてしまいそうになるので、その辺りは全力で避けなければならない。だからといってこの、手仕事でひとつひとつ、さしてたいしたことでもないことを自力でこなしていく喜びには、代用の効かない価値や充足感が秘められているのは疑いようがないのだ。

 いやいや、同世代の自慢の友人たちの日々の仕事のスケール感に比べてなんと小さいことを話してるんだろうと、本気で自嘲しないわけでもないのだけど。それだけ、門松立てられたのが嬉しかった、という告白でございました。次は甘酒いってみようかのー。
posted by 学 at 23:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>経済活動を否定するスタンスとるのはありがち
>その辺りは全力で避けなければならない。

とても共感します。

年が明けましたね。
幸多き一年になりますよう。
Posted by しの at 2012年01月01日 15:49
>しの様

年初めのコメントありがとうございます。
本音では現代の価値観をぶっ壊してやりたいなどとも思ったりもしますが、それでも、今の世の中を肯定したその先にしか将来は描けないのではないかと、折々に思うようにしています。

できるできないかは別なんですけどね。

しの様にも幸多き一年になりますよう。
Posted by 雑草屋 at 2012年01月03日 13:45
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