注)記事の日付は太陰暦を用いております

2012年08月03日

朝、音、香り

水無月十六日 恐らく誰がなんと言おうと晴れ

 
第三十六候:大暑末候
【大雨時行(たいうときどきふる)】
=時として大雨が降る=
 (新暦8月2日頃〜8月6日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※



 朝、4時過ぎにうつらうつらと朝ぼらけを迎え、6時ごろまでタオルケット1枚の布団でごろごろとまどろんだ。網戸越しに聞こえてくる、空も明けきらない4時台の音は、ヒグラシから始まるセミのささめきであった。一度意識が布団の中に戻り、またふと目が覚め5時に近づくと、そのささめきにカッコウや名も知らぬ鳥達の声が混じり始めた。空はもう薄明るさを手に入れている。そして意識が完全に布団から抜け出した6時ごろ、ささめきはついにアブラゼミのさざめきへと移行する。空色と空気はまだまだ朝露の中に濡れているが、音だけは既に、夏の灼熱の音色に染まり始めていた。 耳の変化に気づいた朝を楽しんでいると、ほのかに、だがとても主張の強い、甘さを含む風が網戸をくぐり抜けて鼻に届いてきた。どこかで嗅いだ記憶があるが、だがどこにも記憶が辿りつかない、そんな香りだった。その香りは、この朝の音の変化のグラデーションの中に訪れ、そして今咲いたよ!という見えない時間を鼻に届けてくれた、確かな瞬間でもあった。明け方には咲いておらずに、自然が少しずつ起きはじめる最中にそれは開花し、それをしっかりと誰かに(おそらくは花粉を運んでくれる虫達に)伝えるために、どんよりと濡れた重めの空気に乗せて香りを放ち始めたのである。あきらかにしっかりとした意思のような願いを込めて。その願いの主が誰なのか確かめたくなり、たまらなくなってサンダルで庭に下りると、それは軒先にグリーンカーテンを覆い始めたゴーヤの小さな小さなレモン色の花であった。


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 昨夜、1年前の8月から迷い込んだ居候氏の入居1周年祝いを催した。実家から届いたチルドパックの鰻の蒲焼に、甘味噌で炒め絡めた蒸し芋、キュウリの酢の物、刻み茗荷を乗せた冷奴を添えて、キンキンに冷やした自ビールで乾杯した。研究に忙しい主役の居候氏はビールを飲めずに接待側が一人で飲み暮れていたが、結局は飲んでも飲まなくても同じになり、深夜まで語りつぶれて寝床についたのだった。そして1、5日酔いの朝。

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 田んぼは田んぼで、畑は畑で、途方に暮れたり憔悴しきったりすることも相変わらずあるのだが、それでも一日一日の起承転結は二度とないものであるし、そして再発見や新発見の種に溢れている。それは身の回りの自然が多様であればあるほど。自然は多様であればあるほど様々な変化率が増し、そして同時に豊かで、安定にも満ちている。そんな論文が掲載されたと、居候氏から教えていただいた。それは理工学的アプローチであり、おそらく演算的なシミュレーションなのかもしれないけど、そうした人工的な科学の発見の先に、理想モデルとして多様性である自然が導き出されると言うことは、まさにさもありなんという想いを強くするのである。

 炎暑の間隙を縫ってのジャガイモの収穫に明け暮れる肉体労働の日々の中に、こうして時々に再発見や新発見の花が咲く毎日の暮らし。それを続けながら、落ち着かせながら、ふと身近に嬉しい顔があるような生活を、ほのかに、ささやかに、願う。
 
 おおお、7時半になったらついにミンミンゼミが起きだした! 6時台に感じていた最後の物足りなさはこいつだったのか!

 
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 自然農の夏の朝は雫で溺れそうになる。


posted by 学 at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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