注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年02月24日

暖かさ

睦月廿五日 晴れ

 いよいよ始まった庭の梅の開花を眺めながら、先日の、珍しくつくばに訪れた大雪を思い出している。

 8日からの降雪の後、まだまだ溶けずに残っていた10日の畑。木陰、草陰、凹凸などで様々に積もる量は当然異なるものの、溶けるところ、残るところに差異が見られてくるのが大変興味深かった。

 植物は、その物言わぬたたずまいから、動物よりも静物と認識されてしまうことが多い。その静物的認識は、例えば体温のようなものにも当てはまる。我々動物は、熱き血潮とも表わされるように、血液が流れ、体温を保持していることを無意識的に認識している。それにくらべて植物は、血は流さないし温もりも感じられないことが多いため、「体温」があることをついつい忘れてしまう。しかしもちろん植物は生き物であり、生き物である以上、生きるための基礎代謝は必要であり、つまりは「温もり」が存在している。

 ふいに訪れた大雪の畑で、そんなことにふと気づかされたのは、雪解けもままならない畝を歩いていてのこと。雪に埋もれた作物を心配し、助けてやらねばとあくせく駆けつけてみると、野菜たちは見事に自らの「体温」で周りの雪をゆるやかに溶かし、その姿を陽射しに照らしていた。

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 このことは野菜たちだけに当てはまることではない。もちろん雑草たちだって体温はある。耕されて、草を取り払われた土は、雪を自ら溶かす体温が存在しない。除草剤、農薬(殺虫剤)が散布される畑は言わずもがなであろう。ときおり、自然農の畑は暖かいと表現されることがある。それは感覚的なものだけではないのだ。雑草が生え、作物が生え、微生物も動き、昆虫も眠るその土は、あふれるように「体温」が存在している。

 雪溶けは、まずは草木のある所から始まる。だからこそ、自然農の畑は暖かいのだ。


第四候: 雨水 初候
【土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)】
=雨が降って土が湿り気を含む頃=
 (新暦2月19日頃〜2月23日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

 


posted by 学 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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