注)記事の日付は太陰暦を用いております

2005年07月07日

偽七夕

水無月二日 曇り時々雨 【小暑】

 一番迷惑してるのは、勝手に一年に一度の再会日をずらされてしまって毎年曇天に邪魔されることになってしまった織姫と彦星だろう。

 何度も言うが、古来からの日本の風習、行事とは、概ね旧暦(太陽太陰暦)に従って慣行されたものであり、季節感、言い伝えなど、まさしく「生活」に根ざしてきたのであり、その時期は理にかなっている。早朝から女子アナが浴衣で登場する分にはケッコウですが、コメントがみな一緒で華がない。曰く、「今夜は曇り空が広がると予想され、折角の七夕ですが天の川は見られそうにありません」。ご丁寧に「七夕で晴れたときってなかなかないですよね」ともおっしゃる御仁も数多い。・・・そりゃそうだよ、7月頭は梅雨だもの。旧暦に従えば七夕(文月七日)は毎年8月の半ば頃であり、空気が真夏の盛りを経て空が乾きだすころである。つまり、満点の星が夜空を彩るのに十分ということ。この時期に花火大会が全国で開催させることを思わずとも、夜空の快晴ぶりが窺い知れる。偽善者ぶった現代人が七夕物語の悲運(?)を嘆いてくれなくとも、おそらく天上の当人たちは数百年(千年?)の習慣どおりに8月の真夏の夜空で再会を果たしているに違いないのだ。

 思うに日本人のなんとなしのだらしなさの源は「ごまかし」に甘んじることではないかと考える。旧来の暦にならって育まれてきた文化・風習を、形だけの舶来品(新暦)になすりつけて満足しつつその気づきもしない不具合に頭をかいている。生活は新暦、行事は旧暦、と分けることなど世界中どこでもしていること。ごまかしたままで慣れてしまって、ぬるくなった文化に気づかずにいる。食料自給率、環境汚染、平和主義、対テロ戦争、ごまかしの根は深いが、大上段に構えることはない。今、自分に、ごまかすことなく生きる。生活に、慣習に、価値観に安住せずにそれは本質なのか、ごまかしていないかと問うてみる。そうした自問をしてみるだけで、何かが変わるきっかけとなる。ロンドンでの惨事が大ニュースになり、その数時間前のイラクでの惨事は一面には載らないという現実。自分は、と問う。そこから始まる。

 7月7日の梅雨前線のお陰で薄曇りが続き、随分と田植え作業がはかどった。一ヶ月以上先の織姫と彦星の幸せを知っている小生は、偽七夕の今日の曇天に余すところなく感謝をささげた。

 今日から小暑、いよいよ梅雨明けの声も近づく。


【小暑】…大暑来れる前なれば也(暦便覧)
     梅雨明けが近く、本格的な暑さが始まる頃。
     集中豪雨のシーズン。蓮の花が咲き、
     蝉の合唱が始まる頃である。
     ※読み:ショウショ
     <参考:こよみのページ



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