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2004年08月26日

在り難き心遣い

文月十日 晴れのち曇り
 江南の地に畑を借りて半年、今日ほど落胆したこともなかった。同時に、自然農の難しさを身をもって知ることになった。
 畑の、道路に接する2m程のエリアをご近所のご好意の方が草刈機で刈り払ってくださったのである。まさにアリガタイ御心遣いだが、そこにはしっかり生姜の無残な姿が残っていた。ついでにサツマイモも少々刈り払ってくださっていた。いやあ在り難いです、自分にとっては。

040826shoga2 040826shoga1

 刈り払われた周囲(左)と無残な生姜(右)


 毎日少しずつ進めるべき畑周囲(つまり道路に接した部分)の草刈り作業は、ついつい畑の中ばかりに手が伸びてしまっておろそかになりがちなのが人の性。特に自然農の場合、畑自体が草だらけであるが故に周囲の草刈りは重要である。なぜなら普通の人にとって雑草などは、刈っても刈っても生えてくる厄介物であり、是非とも生えて欲しくないもの。それが畑には生い茂る、道路近くにも伸びつつあるでは、多分に日々気になっていたのであろう。私がここを借りる以前、おそらく今日の方がいつもご好意で道路付近の雑草を刈り払ってくださっていたことは想像に難くない。現に今年も数回(一回かな?)刈ってくださっていたのだから。

 全ては自分の落ち度である。一つはその方にお会いする機会があったにも関わらず都合が合わず一度も顔を合わせていなかったこと。つまりコミュニケーション不足。二つは常に気をつけるべき畑周囲の雑草管理を怠ったこと。つまり管理不足。三つは自然農畑(草生栽培)で育てている作物の表示や立て札などを立てたり工夫をしなかったこと。つまりアピール不足。人の土地にどうして?等というお子様常識は非常識だとも言える。地域には地域の慣例は付きものである。
 身に沁みて自分の甘さに思い至る。救いなのは、途中で気づいてくださったのか生き残りの生姜も数本あることだ。毎日が自然農、甘く見てはいけない。
posted by 学 at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
冷静と憤慨のあいだに。
ちゃんと分析できてるね。

それにしても、数本残っているのは本当に救い。
豚の生姜焼き、冷やっこ、ブリあら、風邪対策の生姜汁、、、、
危うく、「ほわんほわんほわんほわんホワワワワ〜ン」と消えていくところだった。

@コミュニケーションはおまかせします。
A管理はお手伝いします。
Bアピールは早く作らなくちゃね。
 丸ケ崎に放置されてる板をいくつかもらおうか。
 立て札用に。
Posted by 助手K at 2004年08月27日 09:09
あ、
ちなみに、カウンター1,000をゲットしちゃいました。
おめでとう!!!

何かプレゼントある?
Posted by 助手K at 2004年08月27日 09:10
では、ショウガの株権差し上げます。
こうなりゃやけだ(笑)。

身近な方のカウンタゲットは幾分嬉しいですな。

もちろん、遊びに来てくださる皆様に感謝。
Posted by 学 at 2004年08月27日 11:12
夏真っ盛りの沖縄からも遊びにきていますよー。
でも日が暮れる時間が早くなってきて、夏の終わりを感じます。

Posted by イッキ at 2004年08月27日 13:45
なるほど〜。

自然農って、土と草と虫と太陽と、
そしてやっぱり「人と」が大事なんでしょうね。

いつも勉強になります。
明日、おじゃまします。
 
Posted by まつ at 2004年08月28日 02:06
うーーーーーーん、すげー大変だ。

ちょっと色々考え込みました。

好意が迷惑。でもそれは身勝手。

ちゃんと分析しつつも、そんなけなげな生姜が好き。

早く遊びに行きたいもんです。

*TSUYOSHIへのメッセよろしく
Posted by taka at 2004年08月30日 16:19
こんにちは、山本@丸ヶ崎自然農の会です。
こちらには初めてお邪魔します。よろしくお願いします。
 私も何度となくこの様な経験をしました。最初にお借りした畑などは収穫寸前の麦畑(草の中に麦がチョボチョボでしたが)を全面的に耕運機で耕して頂いたこともあります。無残に泥まみれになった麦をみながら、これは人災じゃない、天災なんだ、これは洪水でやられた姿なんだ、などと自己暗示をかけましたが..。そのほかにも田植え寸前の陸稲の苗床を草刈り機でバッサリとか、痩せた土地で普通の背丈の半分ながら頑張って実をつけてくれた収穫寸前のトウモロコシが、これまたバッサリとか..。
 で、栽培している、ということをアピールすることの重要さというのを痛感しました。畝を立てる、(作物が無くても)支柱を立てる、畑の周囲はなるべく大きい作物を作る等など..。しかし、最も効果があるのが、作物がある、と認識できる状態にすることです。
 これは自然農だから、草が生えていても放って置いてくれなどといっても、理解してもらうのは難しく、畑に雑草を盛大に生やすのは、農家にとっては耐えがたいものがある様です。(全ての人がそうだとは言いませんが..)とは言うものの、作物があると判れば畑と認識してくれる様で、苗床バッサリ事件の時もそばにあったジャガイモは無事でした。
 また、自然農を生業としている方(伊豆の高橋さんとか、徳島の沖津さんとか)の畑の場合、作物が草に埋もれているという状況がありません。もちろん一面に雑草が生えていますが、作物は作物として認識できる状態です。(そうでないと収穫が大変ですし。)
 さらに、草とのバランスという自然農的な命題以外に、農村社会での田畑の維持ということもあります。最近、日高市の農家の方とお話する機会があったのですが、草取りについて「向かいの畦の草取りをしてから自分の田んぼの面倒をみろと散々親に言われた。(後からだと疲れて手が回らない)」と言ってました。そうやって共同体を維持していかないと、あっという間に畑は草地に戻ってしまう訳です。
 まあ、そんなこんなで書けばきりがありませんが、途中で気が付いて作物を残して下さった、ということですから、救いがありますよね。それに、除草剤でなくて本当によかったです。(ああ、除草剤をかけられたこともあったなあ..)
Posted by 山本@丸ヶ崎自然農の会 at 2004年08月30日 21:16
山本さん、いらっしゃいませ。
経験の言葉、重みがあって参考になります。
たしかに沖津さんの畑とかって本当にきれいですよね〜。
見てると心が和みます。それに比べて自分の畑は…。
荒廃…しとるな。少しずつ、自分のペースで整えていきたいです。
来週は田んぼに行きます。宜しくお願いします。
Posted by 小松 at 2004年09月05日 18:29
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