注)記事の日付は太陰暦を用いております

2016年04月04日

「教育」を飛び越えて

如月廿七日 雨のち晴れ

 いよいよ、百姓の仕事の一つに「教師」も加わることになる。
 今年7歳を迎える長女は、この春から、ホームスクールの生徒となった。

 世間では小学校に入学し、ピカピカのランドセルを背負って、学び舎での学校生活をスタートさせる歳である。「小学校に入学する」。数年前の自分にとって、そのことに、疑問を差し挟む余地はほとんど無かった。しかし今、あらゆる教育の選択肢を眼前に広げて自分たちの胸に耳を澄ませた結果、我が家では、親子で学童期をともに過ごすことを選ぶことにした。

 家で行う教育。いわゆるホームスクール。
 自分なりの解釈であれば、これは最小の私立学校である。

 我が家が大切にしたいことは、自然の営みと日本の風土に感謝しながらの心と身体の発育、そして好奇心の発露である。その上で個人的に想いを込めたかったことは、入学式の日付と、行事カレンダーであった。小学校に憧れもある長女の夢もかなえてあげたかった私は、入学式や遠足などの行事などは、ひと通り用意したい。そこで、学校の名前は家の仕事の延長線上として「こぐましょうがっこう」とした。入学式は、4月ではなく、春真っ盛りの二十四節気の「春分」の季節に。そして生命活力がもっとも増大する満月の日(今年は3月23日)に、こぐましょうがっこうの入学式を執り行うことにしたのだ。

 
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 3学期制も我が家にはそぐわないので、こぐましょうがっこうでは四季で行事を進めていくことにした。季節のカレンダーは手作り。個人的に15年近く構想と実践を重ねた、季節と月齢のカレンダーを、画用紙とクレヨンで自作した。
 
12年前の関連記事はこちら⇒【小松的 夏至の意味】

 
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 セレモニーの舞台は庭。看板、踏み台、飾りの花々は、全て、娘と共に手作りした。ランドセルは、なんと妻が使用したもの。大事に大事に使い、義母が保管していたものを、長女へプレゼントした。笑顔満載の入学式の後は、ピザパーティー。長女と妻が一緒に捏ね上げた生地に、季節の野菜や天然食材をトッピングして、娘の大好物のピザを大いに楽しんだ。


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当日の詳細は、妻のBlog【雑草屋の嫁日記】から



 それから二週間。「春分」は過ぎ、今日から暦は「清明」へ。節気ごとに手紙を渡し、季節の移り変わりと文化を体感してもらおう。畑に出たり、手伝いしたり、手遊びしたり、制作したり、本読んだり、好奇心の赴くままに。自由とお手伝いの狭間の中で、思う存分、羽ばたいていってほしい。

 今日の長女は一番に早起きして、母のヒンメリに触発されてのヒンメリ制作に取りかかった。朝食後は苦手だった折り紙で、ヒンメリの材料を入れる紙箱作りへ。雨の合間には、父と一緒に山羊の餌のための草刈りへ出発。次女も引き連れて散歩しながら、荷車いっぱいに草を刈って山羊の朝食を世話してあげた。絵本を読んだ後の昼は、母と一緒にニョッキづくりのお手伝い。茹でたカボチャをつぶして小麦粉をまぜて、大興奮。しっかりと昼食準備に貢献してくれた。午後は、両親に促されての雛飾りづくりへ。(我が家では、伝統行事は本来の季節感にあわせるために旧暦で楽しむことが多いのです。今年の雛祭りは4月9日。) 折り紙が足りないと、裏紙のA4用紙を正方形に切り出しクレヨンで着色して雛人形の折り紙に。ひな壇は、絵の具遊びをしたいからと、大き目の紙に赤い絵の具できれいに染めて、工夫をこらしていた。

 こんなに活動的な日が毎日な訳ではない。それでも、こうした長女の日々を、凸凹でもいいから共に過ごし、学校も否定するわけでもなく、全部受け入れる必要も無く、まずは2年間、その後は様子も見ながらというスタンスで、ホームスクールの日々が動き出しているのだった。

 シュタイナー、モンテッソーリ、サドベリー、さまざまなオルタナティブ(代替)教育の思想・実践を参考に、大胆に、こどもに真摯に、カリキュラムも指導要領なんかもばっさり置き去りにして、「子育て」をとことん自然体に。自由に。こどもの本来力を信じて。人間を信じて。
   

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 さて、そもそも。

 そもそも子育てが、人に預けることが本流、王道になったのはいつごろからなのだろうか。それは産業革命に遡る。手元にあるサドベリースクールの書籍の一節がこう明言する。

 「産業革命以前の時期に子供が成長するのに必要とされたスキルとは全く無縁の、行動様式や初歩技術を教え込むために<教育>が動員された」

 それまで、家族の構成員の一員、もしくは社会の構成員の一員として、それぞれの受け皿の中で、ある一定の制限と自由を与えられながら、徐々に歳を重ねて、成長していったこどもたち。教育ではなく、知恵の伝授や体験の蓄積が、生活単位の中で、親であり、若者であり、老人たちによって自然に行われ、こどもから大人へと時を過ごしてきた。それが産業革命以後、資本主義経済を支える構成員を大量生産する目的で発明された学校教育が、こどもの成長過程に関与する主役にとって代わった。以後100年程の歴史の中でメインストリームとなる。そして現在、資本主義経済や民主主義などと同じスタンスで、学校教育は、疑う余地の無いほとんど絶対の社会概念として世界に蔓延している。

 実は、こどもが歳を重ねながら学びを広げ深めることと学校に通うことは、論理的には対称関係にはない。決して、「学校に通う」=「こどもの成長」ではないのだ。つい、そんなはずがないと思ってしまうかもしれないが、そもそも学校教育とは、こどもが経験を積む場所や時間のひとつの選択肢(それも極めて歴史の浅い選択肢)に過ぎず、絶対の価値ではない。


 とはいえ自分のことを振り返ってみても、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と過ごすことに、一点の疑問もなかった。底抜けに楽しく、時に色々とつらいこともあり、のびのびと謳歌もすれば、窮屈に苦しむこともあり、つまり善いところも悪いところも存分に味わって、「被」学校教育者として育ってきた。そして今の自分がいる。そこに何の不満も無い。学校生活、青春、ありがとう、と声を大にして言える。

 しかし、自分の学校体験が悪いものではなかった、というのは、学校教育に賛同することには繋がらない。「学校体験が有意義だった=学校教育は良い」という方程式は、「原子力発電は今まで事故が少ないから安全=原発は良い」という方程式と同じである。その方程式は、決して正しいとは言えない。電気の発電方法や売電方法に様々な選択肢があるように、教育にも様々な選択肢があり、それは個々人のチョイスで決められても構わない。 というのが、本来の意味で自由な教育というものである。


 ただし、この日本で、学校に通わないという自由な決断は、ほとんど受け入れられにくいという現実も事実である。今はまだ。しかし、だからといって、それに従う必要も根拠もこれっぽっちも無い。

 農作物を育てるのに、農薬、肥料、大型機械は必ずしも必要でないので、自然農を楽しみながら作物を栽培する。たとえ世間のほとんどが、現代科学農法だとしても。

 病気を治すのは医者や薬ではないので、病院には行かずに食事を中心に心身を整えていき、自己治癒力を引き出していく自然療法を実践していく。たとえ世間のほとんどが、現代医療を選んでいようとも。

 栄養素やカロリーで生命が成り立つわけではないので、自然なものを大切に味わって食べ、食を楽しむことで健康を保っていく。たとえ世間のほとんどが現代栄養学をベースに健康に気遣っていようとも。

 子育ても、教育も、同じ延長線上にある。

 自分自身は、自然の智慧、野生の感覚、魂の成長、それらを存分に味わいながら生きていきたい。そして我が子にも、そのエッセンスを是非とも伝えていきたい。私も、(きっと)妻も、人間が本来備わる力に耳を傾け、目を凝らし、その発現力を最大に引き出すことを人生の目標に置いている。だとするなら、今の学校教育では、(怒られるかもしれないが、)どうしても物足りない。もっともっと、大事なことを、五臓六腑全身全霊を持って体感しながら育ってほしいと願っている。現代の「教育」や「成長」の概念を軽やかに飛び越えて。
  
 であるから、「学校教育」を絶対の選択肢として考えることはせず、こども本来の学び育つ個性に、親自ら耳を傾けて寄り添っていくことが、自分たちにとってはごくごく自然な選択なのだ。だからこそ、ホームスクールを始めることに、私たち夫婦は、何も躊躇することはない。たとえ世間のほとんどが、こどもを学校に行かせることを選ぶという事実があろうとも。


 だって、子育てを他人に任せるなんてもったいないじゃん!! 
 そしてもちろん学校とも、仲良くしながらだけんちょもね。


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我が家の教育方針(?)はこちらから⇒【エリート教育】




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2016年02月15日

怒らない決意

睦月六日 雨のち晴れ

 午前中、長女を叱り飛ばし、昼過ぎから一緒に過ごすつもりだった予定を取り止め、自分だけ家を後にした。送り出す際の、妻の複雑な視線をちらりと見つめ、その背徳感に耐え切れなくなって、玄関を飛び出した。

 午後からの用事は、身体のバランス感覚、力の強張りや無駄な動きへの認識、より自由な自然な身体の操作方法などへフォーカスしていく、研究会。正午過ぎのスタートから夜遅くまで、内容を変え場所を変え様々に自由稽古が続けられていく。

 稽古後の食事会を終え、帰宅を前に、夕方に妻から届いたメールを見返す。そのまま書くことはできないが、メールには、「気持ちを整えて、攻撃力を下げて帰ってきてね」といった内容が記されていた。何時間かの稽古会で過ごした、より自由な、より力の抜けた、強張りの無い身体の使い方を練っていく時間のなかで、自分の身体と心は確実に落ち着きを取り戻していた。 午前中に長女とやりあった心の刺々しさは、自分の至らない身体の不自然さと同様に、ひどく不恰好だった。

 自然農の畑に向き合うとき、無意識ではあるが、心に決めて取り組んでいることは多数ある。その中でも、農薬・肥料を使わないことは筆頭に上げられる。それは、自分で決めたことであり、決意であり、誰がなんと言おうとも不要と確信しているので、ただただ、どんな結果になろうとも、原則として用いることは無い。農薬・肥料を必要とするのは、田畑が自然のあり様としては不完全であり、状態としてはまだまだ未熟であるが故に、発生する症状と考えられる。安定して成熟した自然農の田畑では、農薬も肥料も不要であり、そしてそこに生まれる様々な不具合も、ある程度のバランスで修繕されていく。そんな田畑にするための前提条件として、「農薬・肥料は必要不可欠」という世間一般の常識から脱皮することが、何よりも求められていく。


 そんな自然農に対する決意と同じように、自分は、「怒らない」という決意を宣言しよう。

 「怒らない」。もっと厳密に言えば、「我が子に怒りをぶつけない」。午前中の不恰好を経て、午後の身体の探求を過ごし、自分の不自由さを実感し、そう決意することにした。自然農の田畑に、決して、農薬・肥料を用いることを選ばないように、我が子に対して、不細工な怒りをぶつけないことを選ぶ。聖人君子になろうということではなく、決めたことを、ただ実行する。きっと「イライラ、ムカムカ」は生まれ続ける。しかし「怒らない」。「怒り」の実行は仕方が無いものだと決め付けている、何よりも自分自身の常識から脱皮して、ただ決意して実行する。ポイントは、「怒らない」のではなく、怒りの感情がうまれたとしても、それを彼女に伝えるまでに至らせないこと。そこが自分の決意である。

 決めたことを守れるかどうかは実はわからない。しかしともかく、自分自身は、その決断が良い方向にむかうに違いないと確信している。であるならば、田畑に接するように、自分に対しても実行させていくしかない。誰が見ているわけでもない。それは自分と娘たちとの密約である。厳密に言えば片思いの約束でしかない。学童期を迎えようとしている長女は、時に反発し、時に怒り、時にエゴを撒き散らす。しかしそれは、自分の決意とは実は関係がない。関係があろうがなかろうが、未熟な畑に対してでも肥料を用いようとは決して思わないように、彼女の反応に対して怒りをぶつけまい。そう決意してみる。

 自分の怒りの感情に対して、こんな決意ができるとは、実は気づいていなかった。決意がもてるということは、取り組めるということであり、対象の観察、もしくは程度の把握もできるということなのだろう。そこに、実はワクワクしている。それは自分が決めたことであり、しかもどこかの受け売りではなく、自分がきっとこうだという確信からの発生であるから。

 その決意、果たして貫くことができるだろうか。とある事象に怒っていた人間が、同じ事象に対して怒らなく(しかも決意によって)なることができるのかどうか。自然農の田畑の営みを見守り続けたいように、自分の変化を見守っていってみたい。田畑について記していくように、その後の経緯も記してみたいと思う。


 怒りをぶつけるのは簡単だ。子供を、自分に従わせているように感じることができる。それはまるで、肥料や農薬を用いることで、作物を従わせているように感じることができるように。その、魅惑から、習慣から、自由になることができるか。さあ、また新しいチャレンジへ。


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 雨のち晴れ。雨降って、地固まる。



タグ:子育て
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2016年02月11日

エリート教育

睦月四日 晴れ

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 今、我が家では、究極のエリート教育を行っている。自然農百姓風情が何をぬかしているのかと思われるかもしれないが、これは紛れもない事実だ。

 エリートの定義はここでは触れないが、他人や社会からの外圧によって人生を疲弊せずに、自然と共存しながら自他共に幸福を追求していける人間になって欲しい。ただそれだけの願い。しかし現代では、それをシンプルに追求しながら子育てをすることが恐ろしいほどに困難であり、異端となって映ってしまう。社会に阿ることなく、現代の標準的な価値観に堂々と疑問をぶつけて生きようとすると、残念ながらどうしても、一般的な暮らしぶり、子育て方針とはかけ離れていってしまう。

 現在6歳6ヶ月の長女と1歳9ヶ月の次女が、日々受けているエリート教育は以下の通り。

【発育・健康分野】
 砂糖が含まれる食事・お菓子をめったに食べられない。
 動物性たんぱく質も毎日の食事には出てこない。
 ファーストフード、ファミレス的な外食をほとんどしない。
 自然農、有機栽培の野菜を多く口にする。自分でも育てる。
 ヤギの草刈り、餌やり当番を割り当てられている。
 予防医療も対症療法も含めて、ほとんど現代医学の恩恵に与らない。

【現代文明・生活分野】
 テレビ、ネットに限らずメディアにほとんど触れる機会が無い。
 電気性の音楽がほとんど無く、自然の音か、家族の歌声が響く。
 LED電球、携帯電話、電子レンジを身近に使わせてくれない。
 冷暖房を使用せず、日本の四季を乗り越えている。
 料理洗濯掃除などの家事手伝いを、毎日何かしらお願いされる。

【教養・情操分野】
 毎日幼稚園や学校に通う必要が無い。
 両親とほぼ24時間、一緒に過ごしている。
 絵本、児童書は、惜しみなく手にすることができる。
 家の周りに、木があり、草があり、虫があり、鳥があり、花がある。
 時々焚き火をする。なんなら煮焚きもする。
 おそらくあらゆる早期教育から、開放されている。

【家族関係】
 両親が尊敬する仕事人たちと、折々に出会える。
 両親の仕事場に、時々連れられて時間を過ごしている。
 両親が、愛し合っている。ときどき喧嘩している。
 親子間にも愛があるが、適度に諍いが生じる。叱られる。


 どんな子育てにも、光があり、影があり、それ自体に、成功も失敗も無い。だからこそ、両親がまず信念をもって人生を歩き、多面にアンテナを広げ、魂の声に耳を傾け、子供に向き合っていきたい。適度にいい加減に。力抜いて。泥臭く。そして重要なのは、自分たちのこうした指針に、決して縛られ過ぎないこと。これからも、子供の成長に応じて融通無碍に。

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 今日は尊敬する友人夫妻が来訪して、自然農で育てたお米を、脱穀精米していった。長女はそれに甘え、遊び、手伝い、夕方には、庭でフキノトウを見つけ、今期初収穫。その合間には、来月の初スキーに向けて体力づくりの真っ只中で、庭を100周マラソンする日々。頑張れよー。


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 明日は畑の後、近所の友人家族たちとお遊び会。
 明後日は、今年度のつくし農園オープンの日
 三日後は、古武術稽古的な遊びの場にお出かけ。

 ホントはもっと、のーーーんびりしたいんだけど!



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2015年11月02日

自然農教育@ 肥料を使わない子育て

長月二十一日 雨

 耕さず、虫も草も敵とせず、農薬・肥料を使うことなく、自然の営みに沿った親子のあり方。
 なんだかおかしな言葉だが、本人いたって真面目である。
 

 ご縁があって今週末の11月7日、自由な教育を実践・研究されている古山明男さんをお招きして、子育てに関するワークショップを開催することになった。古山さんの言葉の中に、「無農薬教育」という考え方を拝見したことがある。一言で述べるのは難しいのだが、Blogからの言葉をお借りすれば、「強制力や賞罰を使わず、生徒の感受性と理解力を信頼する教育のことである」。

 あえて置き換えることが許されるとすれば、自然農とは、「農薬や肥料を使わず、植物の共生力と成長力を信頼する農法のことである」。

 無農薬教育という概念を提唱された古山さんの言葉を見つけた友人は、「無農薬」という言葉だと先に農薬があることが連想されてしまうため、より軽快な発想の自然農教育はどうだろう、と提案されていた。明らかに我田引水なのは承知の上で、お二人に敬意を表し、私も乗っかって「自然農教育」を名乗ることを許していただきたい。


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 また古山さんは、学校の教師の仕事は、農民の仕事に似ている、とも説く。書籍からの言葉をお借りすれば、「作物を種蒔きから収穫まで世話する農民と、生徒の成長に長期間つき合う教師は、立場が似ている」と。これも我田引水が許されるならば、自然農は作物を育てるというよりも、「田畑の土、生態系を豊かに育むこと」が主目的という点で、田畑育てと言ってよく、子育てとも通ずるものが多い。であるなら、「子供たちの生きる力を豊かに育むこと」が主目的という意味において、自然農教育という概念が、我々夫婦が子供に対してのアプローチの根底に広がってくるのだ。


 自然農の本質とは。

 それは大自然の「豊潤にあろうとする生態系の方向性を信じること」である。
 その自然の豊かな営みの海の中で、少しだけ人の都合に応じて手を入れ、望むような作物が育ってくれる田畑を育み、見守っていく。大自然は、雑草、野菜、微生物、小動物を分け隔てなく、全ての総量として生命力がが豊かになろうと進んでいく。人間は、そうした本来の大自然(生態系)のダイナミズムを邪魔せず、ほんの少し、野菜たちが優先されるように、作物が生き生きと育つように頃合いに応じて手を差し伸べるだけでよい。

 
 では子育ての本質とは。

 それは、、、まだ答えが見つかったわけではない。 しかし上に述べた自然農の視点が、子供の生きる力を育み、たくましく、瑞々しい感性が花開く手助けになるのではないかと、確信している。あえて現時点で言葉にしてみるならば、「豊潤にあろうとする人間の方向性を信じること」と言ってみたい。

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 大型機械で耕して、肥料をたっぷり入れて、農薬を撒き、ただただ収穫を追い求める。そんな子育てに果たしてなっていやしないか?と常に自身に問いかけながら、耕さず、農薬肥料を使わず、自然の営みに沿った農のあり方に耳を澄ますように、子供たちと関わっていきたい。

 そんな子育てだからこそ、大量生産はできない。誰かにゆだねてお任せも、なんだか違う気がする。だからといって、親の思いを押し付けることと勘違いしてはならない。畑が豊かになることを、自然に沿って見守るように、子供と生きてみたい。 毎日田畑に関わるように、子供に関わる。 時間はかかる。それでいい。もとより、自然農と子育てとは、時間が最高のパートナーなのだから。


 もちろん、こんなことを書いているのは、いまだに、そんな関わり方ができずにいるからなのです。今日もまた、子供に肥料と農薬をふとした折りに撒こうとしてるんだよねええええ。


こぐま塾 特別ワークショップ 【 自由な教育 】
=2015年11月7日(土) 開催=

 残席わずか、参加者募集中!

 
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2014年09月10日

月とジャガイモと兜

葉月十七日 曇り

 スーパームーンも十五夜も十六夜も、長女が19時就寝の我が家ではまだ季節の行事にはならない。それでもお月見の話はして、月に見立てた蒸しジャガイモを食べて過ごした今日この頃。娘としては、「花より団子、月よりジャガイモ」で満足だった様子。月の代わりに、イモを愛で、栗を眺め、豆を楽しむ。よしよし、すくすく育っておくんなまし。  

 
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 〜栗ひろい 月には捧げぬ 娘かな〜



 季節の行事といえば、この夏の誕生日に折り紙本をプレゼントしてもらった長女。なんとか自分で頑張って色々折っているものの、なぜかこの季節に、ご機嫌で「かぶと」を折ってかぶってきました。丁寧に、自分用と、ぬいぐるみ用も用意して。 まあいいや、すくすく育っておくんなまし。
  
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 〜名月に 兜を折りて 秋を待つ〜


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2014年05月26日

手の中に

卯月廿九日 曇りのち雨
 
 2週間ほど前。我が家に次女がやってきた。

 
140516welcom.jpgphoto taken by ikki yamaguchi


 家系的に、お産が早い早いと言われてきていた。夫婦で、万が一がないように寡聞ながらも勉強と話し合いを重ねてきて、産婆さんによる自宅出産ではなく産婦人科での出産を心積もりしてきた。しかし次女は、どうやら、この家で、小生の手の中に、長女が応援する中で、生まれてくることを選んでくれた。


 自然分娩、自宅出産。本格的な陣痛から数十分での出来事。妻の悲鳴が家の廊下に響き渡り、事前に周到に用意していた洗面器やバスタオルや出産グッズの数々を小生と長女が、廊下で四つん這いの妻の傍に並べる。間に合いそうだったら自家用車で病院へ行こう。しかし妻の悲鳴は絶叫に変わり、四つん這いの下半身からは、既に次女の頭(髪の毛)が見え始めていた。腰を全霊をかけてさすり、洗面器を股の下にセットし、「無事で出てきてくれ! 頑張れ!」と念じるしかできない。長女はしっかりと、赤子の生まれる瞬間を一点に見つめている。頭が出た。この無駄にデカイ、荒れた手で、薄い膜に包まれた命を受け止める。産道を潜り抜けてきた次女の頭と顔は驚くほど細く小さく、母親からつるりと滑り落ちる前に両手に乗せ、気がつけば本能的感覚で、次女の顔を包んでいた膜を、優しく破っていた。それと同時に、か細く、しかし明確に生命力の躍動を思わせる、産声の第一声が廊下に響いた。


 何度も何度も妻と話し、万が一を十分に考慮して、産婆さんによる自宅出産を諦めて産婦人科での出産を決めていた次女のお産。しかし、妻にとって、自分にとって、家族にとって、「自分たちにとって望ましいお産とはなんだろうか」、「どこで、誰と、新しい命を産み落とすのが幸せか」と、幾度となく話しあってきた。心は我が家で、現実には病院で、というジレンマ。しかし私たちは、期せずして、ハプニングと、慎重な事前準備のバランスの上で、偶然と必然の間で、自宅での、家族のみでの、出産を体験することになった。父親にできることはあまりない、といわれるお産の瞬間に、自分はこの手で、我が子の最初の第一歩を支えてあげることができた。自宅での出産は、あらゆる面を考慮するならば決してオススメできるものではないかもしれない。その認識に立った上で、あえて私たち家族は、まさかの時のためにワクワクしながら自宅出産の勉強をし、ドキドキしながら陣痛を待ち、前日には妻は一日中、畑で作業していた。

 振り返れば、当日は、朝から、言葉では表しきれない、いよいよの空気が満ちていた。お互いに言葉にはしないが、今日かもしれないという緊張感と予感が、家の中に漂っていた。どちらかが誘うわけでもなく、その日は畑に出ないで家で仕事をすることにした。妻は前の晩に陣痛の夢をみていて、娘は、今日は病院に行ったほうがいいんじゃない?と口にしていた。朝食後、いつもよりちょっと重めの前駆陣痛に苦しむ妻をよそに、娘はのんびりとしたまどろみを過ごし、普段は絶対にしていない昼寝を(もしかしたら当日結局23時まで眠れないことを想定してか)かましている。自分はといえば、もしかしたらのソワソワ感にしたがって、自家用車内の掃除と、(車で破水してしまった時に備えての)出産セットを座席に詰め込む。徐々に狭まりつつある前駆陣痛の間隔に半信半疑になりながらも、まだこんなもんじゃないよね、と遅めの昼食を済ませ、それでもちょっと苦しいからと妻が横になっていた。そんな折の、突然の15時過ぎの、陣痛がスタートしたのだった。


 そのあたりの前後の様々な、病院までのあれやこれやは、妻のBlogに詳しくある。洗面器で捕らえきれなかった血の海(おそらくは羊水と子宮内膜の混合物?)を古バスタオルで拭い取った廊下は、翌日にはすっかりその跡もなく、また変わらぬ我が家に戻っていた。血の掃除も、タオルの洗濯も、全て自分でやった。愛する妻の体から、娘と共に出てきたそれらは、神聖でありこそすれ、決して汚れたモノには思えなかった。恐らくどうかしているのだろうけど、全ては「生命」の形を変えた姿なんだと、自然に腑に落ちている自分がいた。今では、布オムツに排泄された娘のウンチを洗うたびに、ああ、これは妻が食べたご飯が母乳になって、それを飲んだ娘の身体を育て、そしてその残りがここにあるんだと実感する。さらにさかのぼれば、このウンチは、畑の作物であり、虫や微生物の営みの果てであり、無限の食物連鎖を経て辿り着いた、このネッチョリなのだ。今更ながら、オムツを洗いながら、その旅路に思いを馳せる。

 出産当日、義父からの電話では、「自然農の次は自然出産かいなー!」と笑って祝福をいただいた。小生自身、何がなんでも、「自然」であればいいと思っているわけではない。しかし、この度の立会い出産を経た今、静かに心に漂う思いは、「生命」がそこにある限り「自然」から離れられるものは存在しない、という確信である。生きている限り、私たちは自然の奇跡の中に存在している。衣・食・住、職・学・遊のカオスの中にいてついつい忘れてしまうのだが、いかに科学技術の、情報科学の先端にいるつもりでも、体のメカニズムという自然のなせる業から離脱することはできない。だからこそ自分は、「自然とは何か」という大命題に、どっぷり浸かって生きることを是としてみているのだ。その中の一つの、自宅での出産であり、育児であり、農であり、食であり、暮らしなのだ。


 
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photo taken by ikki yamaguchi



 出産の5日後、産後を病院のベッドですごした妻と次女は、新緑あふれる我が家に帰ってた。家族四人で、山羊にも、畑にも、木にも草にも虫にも(笑)、ここにある限りの自然に包まれて過ごして行こうと思う。この手の中に降りてきてくれた新しい命とともに。


 
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photo taken by ikki yamaguchi

 
 さあ、稼がねーとな!!!




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2014年05月09日

充足力

卯月十日 晴れ時々曇り

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 生産力という意味では(おそらく経済的という意味でも)、きっと何も生産していない一日だったのかもしれない。 しかし日常であり、ありきたりの十数時間でもある、娘と(間接的には妻とも)共に過ごしたごくありふれた、循環的な充足力とでもいうべき時間に満ちあふれた一日でもあった。

 昨日は、朝からシャカリキに畑に出て、友人と共同で始める「自然農実験圃場」の準備作業に明け暮れた時間を過ごした。鍬を振るい、刈り払い機をぶん回し、畝を整え、草を運び、全身が筋肉痛になるような、そして明確に成果の伴う、心地よいほどに労働的でもあり、将来的にも生産的な一日だった。
 
 今日は、朝から、家での一日。 はて何をしたっけか。


 身体が軋んで少々寝坊をし、朝食を先に済ませていた妻と娘への侘び代わりに台所に雑巾をかけて朝が始まった。前駆陣痛に耐えながらもテキパキと家の改良作業(ただいま我が家では小規模な住居空間改善運動の真っ最中なのである)を進める妻を横目に、不便だった食器棚の一部に突貫工事で簡易棚を一段こしらえる。

 家のそこかしこから出てくる空き瓶をかき集めて、娘と日課のゴミ捨て場までの小散歩。帰り道、後ろ向きで道路歩に挑戦する娘の、ほんのささいな小冒険。

 ごみ捨て後は、汚れが目立ってきたスニーカー数足を庭のたらいに放り込み、洗濯石鹸と井戸水で、ゴシゴシとブラシング。裸足にサンダルで登場した娘も、いとこから譲り受けた汚れの目立つスニーカーで初ブラシ。洗剤で泡立ち、面白いように白くなる様子が楽しいようで、ゴシゴシゴシゴシ、すすぎまでしっかりと洗い通す。生分解性の洗濯石鹸ではあるが、水を畑には捨ててはいけないよと伝え、排水のお勉強もかねて。

 しばしコーヒーブレイク。最近豆乳ばかり飲んでいる三人は、抹茶ソイラテの娘、ソイミルクココアの妻、そしてソイラテの小生でそれぞれ一息。甘み一切なしで、抹茶ソイラテ(カテキン緑茶パウダー)を初飲みにてゴキゲンに楽しむ娘の味覚が頼もしい。

 ようやく曇り空から春盛りの濃厚な陽射しが降り注ぎ、庭に出て、玄関左でよもや倒壊寸前にまでなりかけていた、ビニルハウス倉庫の修繕に取り掛かった。娘と2人で、さながら大工の棟梁と見習いのごとく、ガムテープ! はいどうぞ! ここ押さえて! はい! と掛け声の威勢も良く、ビニールの修繕と張りなおし、補強、荷物の整理、掃除が進んでいく。途中で飽きた娘は、庭に落ちた梅の実をスカートに包んで拾い始める。

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 正午も過ぎ、山羊の粟子を庭に入れて、近所の知人からいただいたキャベツの残渣(外葉と芯)を食べさせた。1年前には、怖がって人の後ろからしか山羊に接することができなかった娘が、いつの間にやら掴んだキャベツを山羊に自分の手で食べさせている。人一倍、慎重派の娘が見せた驚くべき、ほんの小さな進歩。

 数週間前に、3人で庭の隅々に種まきした野菜たち。明日葉、ミツバ、ホウレンソウ、うまく発芽したものしないもの。密集したミツバの芽を見て娘が、「これは私が播いたんだよお」と、偉ぶるでもなく謙遜するでもなく。また、庭に茂った菜の花を2人で食べては、「まあまあ苦いね、辛いけど唐辛子ほどじゃないね」とワイルドな味を楽しんでみた。

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 庭で過ごす、あまりにも日常的、なのに少々面白おかしい今日の時間は、食いしん坊の(というより食欲魔人のごとき)娘の空腹感も追いやってしまったのか、いつもなら朝食後2時間で「昼ごはんはまだかなあ」とはじめるはずの娘の口から、一向に「昼ごはん」の言葉が出てこない。

 ビニルハウス修繕の際、娘はひとつ大きなブツを発見をしていた。なんとも大きな、そしてぷっくりと太った、本シメジかと見まがうほどの色艶のよいキノコであった。一段落したら図鑑で調べようと籠に入れ、いよいよリビングの植物図鑑と野草辞典を開いてみた。カサを眺め、ヒダを調べ、クキを撫で、それでもなかなか判別がつかない。図鑑だけでは心もとなく、google先生にも尋ねる。調べること数十分。我々にくだされた決断は、「クサウラベニタケ」という、日本の3大毒キノコ(症例数において)にあげられる毒キノコであった。もしかしたらハタケシメジかもしれない、と祈る娘と小生であったが、食べたら腹が裏返るほどの痛みが起こるとの記事を見つけ、南無三、庭に戻したのだった。


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 ※参考HP
 ⇒【 代表的な毒きのこ。見分け方も紹介。】
 ⇒【 きのこ図鑑「クサウラベニタケ」】


 キノコが終われば、しばし別行動。午前から、家の中でこまごまと手を動かしながらも身体を休める妻。午前中の庭仕事から離れ、いったん絵本に囲まれて過ごす娘。小生は続けて、テラスの大掃除に取り掛かった。テラスに置きっぱなしの雑具を片付け、溜まった落ち葉を履き始めるころ、またも外着に着替え直した娘が参戦。この箒はお父さん、こっちが私、しっかりね、と指示をだし、あれやこれやと手を動かしている。ふと、掃除のさなか、両手の平ほどの大きな貝殻でできた化粧皿を発見し、娘に差し出す。取るが早いか箒を手放し、彼女はテラスを離れていった。妻は布団から身体を起こし、庭の畑から夕食の菜花を摘み始める。小生はテラスからの排水を整えようと庭に溝を切る。貝の皿を庭の石に乗せた娘は、「家(うち)は草だらけだから、ちょっと取ってもなくならないよね」と誰かしらに確認しながら雑草と花を器用に飾り盛り、生春巻きと花びらサラダという、東南アジアのオシャレレストランもビックリのプレートを作ってみせた。写真を撮らなかったのが残念だが、これが本日の白眉であったのは間違いない。

 そのまま夕暮れまで、庭での作業を終えて家に入れば、キッチンテーブルに食器を並べる娘と、疲れを吹き飛ばすエスニックメニューを用意してくれた妻の料理。TVのない我が家の食卓に、今日一日の盛りだくさんの思い出話、いまだ産声が聞かれないまだ観ぬ赤ん坊、両実家のじじばばの話、それぞれに花が咲き、(いつもよりも数倍ほど)のどかで平和な晩御飯のテーブルとなった。


 ただ、それだけの一日。とりあげて何かイベントがあったわけでもない一日。そしてそれに反比例して満ちる充足力。なんだってんだ人生は。
 
 それではおやすみなさい。

 
第十九候: 立夏 初候
【蛙始鳴(かえるはじめてなく)】
=霜が終わり稲の苗が生長する=
 (新暦5月5日頃〜5月9日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


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2014年04月28日

遠足の前のように

弥生廿八日 晴れ

 遠足の前の日のように、ワクワクして過ごしている。妻が臨月を迎え、いつ産んでもおかしくないような状態になってきた(と、妻が言う)。家で産んでも構わないと心の準備はしつつもいつでも病院に搬送できるように、車の内外をピッカピカに掃除し、家も片付け、本業よりも出産を優先しているこのところ。

 立夏を前に春の土用に入り、新月を控え月が欠けていき、そして初めての新生児の誕生が近づき(恐らく好意的、ポジティブな意味でのマタニティブルーが無意識に内在して)にわかに落ち着かない心持ちにもなり、この3者が入り乱れて、田畑への足取りも含めて生活そのものは消極的な日々が続いている。しかしその一方で心は日に日に、妻の胎内からいよいよ赤ん坊が生まれ出るその時が満ちるにつれ、ワクワクが増していく。気も漫ろであり、新生活への準備も進め、日常の諸事ものろまにやっつけ、娘とも笑って過ごし、妻とも笑って過ごし、つまりは楽しんで暮らしている。

 こんなにも、子供の誕生を我が事として楽しみにすることができるとは思わなかったし、もちろん腹に胎動を抱えられぬ性としては神秘の本質には触れられぬのだが、仕事も相棒も環境も家族も全部ひっくるめて、一生に一度二度あるかないかの出来事を、こんなにも近く、こんなにも日常に、過ごせることができるとは自分はなんと幸せなのだろうか。胎動を喜び、それを快く伝えて共有してくれる妻。それを娘とともに楽しみ、少しだけ産後のバタバタを心配もし、その上で心底、ワクワクが止まらない。
 
 例えば食事や、教育や、暮らしぶりや、仕事など、夫婦二人の嗜好を全て前向きにすり合わせて重ねていくことは単純ではないが、気持ちと愛情さえあれば簡単なのかもしれない。自然農をベースとした「自然であること」へのシンパシーは、日常生活にまつわる森羅万象へ広がり、自分と妻の人生観の根底に共有されている。人生も、環境も、大きな流れにまずは委ねて、そしてその上で自分たちの櫓で漕いでいければいい。臨月になったことで結果的にここ数日の生活が社会的ではなく家庭内で収束したドメスティックな状態になっており、メールの返信や仕事の連絡などで家族外の周囲にちょっとした迷惑をあれこれかけているかもしれないのだが、そんなことは(言葉を選ばす言えば)どうでもいいのである。授かった命が十ヶ月の旅を経てようやくこの世界へ顔を出すという生涯の一大事ほど、神秘的で、感性的で、感動的な行事はそうそうないのだから。そしてもっと言えば、家族と、つまりパートナーや子供(や友人や知人たち)と育む日常の小さな幸福の毎日こそが一番の大切なことであり、それを侵してまでの価値ある社会的な行為など、そんなには存在しないのだ。その幸福な毎日があるからこそ(もちろん一人でだってその幸福を育むことは可能であるが)、全く同時に、社会的な真の意味での貢献が可能になるのだ。目に見える価値や、インパクトや、評価や、華々しさではない。内側に満ちる、個としての充足から産まれる、他への働きかけ。それを自然に備え、折々に生きることができれば、常に遠足の前日ようなワクワク感を持って人生を歩いていけるような気がしてくる。

 
 じっとしているだけで、マタニティブルーの合間に、自然と、フワフワと、表現しがたい高揚感が湧いてくるのだよ。この、我が子との対面までを待つ、「その時」までの日々の中に。

 
 
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 そもそも、男にマタニティブルーなんてほざいてんじゃねえよというツッコミは、甘んじて受けさせていただきます。冷静にみれば、仕事がはかどってなさ過ぎてヤバイしな!


第十七候: 穀雨 次候
【霜止出苗(しもやんでなえいづ)】
=霜が終わり稲の苗が生長する=
 (新暦4月25日頃〜4月29日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※


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2014年02月08日

睦月九日 大雪

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  立春を過ぎ、七十二候は「東風解凍」。つくし農園の集合日を予定していた今日、メディアによっては二十年に一度の大雪ともいわれる雪雲が関東一円(日本列島)を覆い、つくばは白に包まれている。草は全て雪の下。うーん、することないねえ。

 先日の4日も雪。降雪の中に娘と畑に出て、雪が積もりながらの草刈り作業に明け暮れていたら、呆れた娘がストライキを開始した。氷点下に迫らんという畑の小屋の下で、身動きせずに泣き続けるという暴挙を敢行。刈り払い機のエンジン音に包まれた小生の与り知らぬままにしばらくストライキは続けられ、視界に映らなくなった姿にようやく気がついたころには娘の唇も手足もすっかり血の気を失い、号泣と震えという代償と引き換えに彼女は「帰宅」という成果を手にしたのだった。

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 それ以来娘は、「雪やこんこ♪」と歌うたび、「お父さんは犬だけど、私は猫だからね」と念を押すのである。さて本日の吹雪。娘は一切雪あそびに興味を示さず、ストーブの前で絵本を読みあさるのである。

 うん、君は猫だね。
 たしかに寒いもんね、雪の草刈りはね。


第一候: 立春 初候
【東風解凍(はるかぜこおりをとく)】
=東風が厚い氷を解かし始める=
 (新暦2月4日頃〜2月8日頃)
七十二候を“ときどき”取り入れています※

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