注)記事の日付は太陰暦を用いております

2006年05月12日

ジタバタしてみて

卯月十五日 晴れ

 田んぼの苗代がどうも順調に発芽しない。4月半ばに籾を落としたのに、まともな発芽が見られず、「このままでは今年の田植えができない!」というサラリーマン時代には考えたこともない生々しい恐怖に襲われていた。愚かなインチキ百姓は頭をあっちこっちに揺さぶって犯人探しをし、やれスズメだ、雑草だ、挙句の果てには本来なら発芽促進のはずの『水位』さえも疑って平常心を失う。犯人はわからず、さりとて何もしないわけにはいかず、田んぼが駄目なら畑だ、と水田からはなれた畑に苗代を急遽こしらえることに独断で決定させた。(詳細は「つくし農園」Blog参照)

 ひとまず作った畑苗代も、やはり恐怖の筆頭はスズメである。数日間は、篠竹で作った天然素材の要塞で防いでみたが、二日三日し見回れば見回るほど、確かな被害はないくせに不安で不安でたまらなくなる。

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 要塞を覗くとこんな感じ、下は苗代保護の稲藁が見えます。
 
 やむなく心の安定と確かな安全策のために目の細かい鳥避けネットを購入し、ずいぶんと頑丈な苗代に様変わりを見せた。(土日に竹要塞を手伝ってくれた方たち申し訳ない。)
 
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 結局こうなりました・・・(汗) 


 と一安心した後の金曜日、あきらめがちに水田の見回りに足を運ぶと、なんともはや、稲が発芽を見せているのでした。なんでも、今年は全国的に苗代の発芽が送れているとか。はてさて、いったいどうなることやら。もちろん、水田の苗代も、畑の苗代も、無事に育ってほしいのが親心。ジタバタして、さりとて自然の摂理はそれを超えて背中を優しくなでて、少しは落ち着けと語りかける。
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2006年04月20日

雨のち晴れ

弥生二十三日【穀雨】 雨時折風、のち晴れ時々曇り

 田んぼにスズメよけのネットを張ったり、忙しく春の種蒔きに追われたり、今後の自分のプランニングに頭をショートさせたり、一日が目まぐるしく早く過ぎてゆく。時間があればあるだけ畑作業をしていたいし、でもそれに付随する準備作業もあり、勉強もあり、もちろん生活のための副業もあり、出会いもあり、飲み会もあり、ぐるぐるぐると落ちつかない。

 そんな日の雨。何ものも恐れず、どうだ俺は、と言わんばかりに打ち下ろし、思考をストップさせる大存在。その抗えない自然の圧力。午後遅く、これまた吹き荒れた春風に流された雨雲の間から、懺悔したくなるような柔らかな光が届く。

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雨のち晴れ。そうだよなあ。絶対に間違いのない、世の中のあたりまえの真理を、またひとつ再発見。

【穀雨】…春雨降りて百穀を生化すれば也(暦便覧)
     穀雨とは、百穀を潤す春雨をいう。
     この頃は、春雨のけむるがごとく降る日が多くなり、
     田畑を潤して穀物などの種子の生長を助けるので、
     種まきの好期をもたらす。雨が長引けば菜種梅雨となる。
     ※読み:コクウ
     <参考:【室礼】和のこよみ
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2006年04月11日

管理という表現

弥生十四日 曇りのち雨

 春の風が勢いよく過ぎてゆく。晴れの日と雨の日が互い違いにやってきて、畑の雑草が嬉しそうに背丈を伸ばす。先週あたりから、畑にはポコポコと新芽の声が聞こえ始め、畑に向かう毎日の足取りがついつい早くなってしまう。

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大根のふたばが息吹をあげた!



 今年から農園として人を招いているため、いかに心地よい空間を演出できるかを漠然と意識しながらの日々になっている。自然農というメチャクチャに面白いテーマに参加者がこころおきなく取り組んでいけるように、周辺の整地や道草の管理を考える。それもまた、自然と農業(農作業)との対話であり、自分の心の表現でもある。

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 先週の土曜日、畑と道路の境に、篠竹の束で簡易に境界線を作ってみた。何もないよりはマシかという程度の管理であるが、身の回りにあるもの、畑の周囲にあるものでいかに済ませられるか、という問答も、面白いものなのだ。こんなことばかり楽しんでいるせいで、自分の畑の種まきが全然進まなくて困るのも考えものでもあるのだがね。

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2006年03月11日

主役不在

如月十二日 晴れ@つくば

 今週の月曜から、節句は「啓蟄」を迎えている。虫の騒ぎ出す頃なのだ。そんな頃に、いつもの主役が顔を見かけない。

 つくばの畑にて溝掘り作業を進めていると、ちょっとした事だが気になりだしたことがある。掘り起こした溝の土に、ミミズの姿がまだ一度も現していないのである。2年前、江南にて雑草伸び放題の荒地を開墾(溝掘り作業です)した時はそこかしこ、もぞもぞもぞりと突然の鍬に驚いたミミズたちが動き回っていたのを思い出す。なんとなく硬く引き締まっていた荒地で、のことである。一方、ここつくばの畑は、前年まで有機農で使われていて「豊か」だと思われる土。だのに、なぜ。

 思うに、その原因は有機農業で使用されるトラクターではないだろうかと推察される。いわゆる重機、重い重い機械で土の上を走行し、鋼の回転カッターで土を切り刻むことで土を「耕す」のがトラクターの仕事。つまり、表土はふかふかに耕されるものの、みみずちゃんや土の中の昆虫君たちが五体満足で留まる術はほとんどないのだ。もちろんそれは有機農業としての正攻法であり、みみずなどいない代わりにたっぷりと有機肥料を投入して、おいしく元気な野菜が育てられていることに問題はない。ただ、自然農に慣れてしまった感覚からみてしまうと、土を掘ってミミズがにょろりと登場しない畑というのはなんとなく物足りないかな、というセンチメンタリズム。もちろん、これから不耕起を続けることで、どこからともなくミミズ野郎が住み着いてきてくれることをゆっくりと期待するのだ。

 ミミズが増えるとモグラが釣られてやってきて、畑が荒れだすという悲しい連鎖反応も待っているのだが、それもまた嬉しい悲鳴ということで。


 その代わりと言ってはなんですが、啓蟄の主役はミツバチが、しばらく座を譲らなさそうです。ぶーんぶんぶん。

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【啓蟄】…陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出れば也(暦便覧)
     この頃になると、冬の間、土の中で冬ごもりしていた、いろいろな虫が
     穴を啓いて地上へ這い出してくるというところから 啓蟄と呼ばれる。
     またこの頃は、春雷がひときわ大きくなりやすい時期でもある。
     そこで昔の人は、冬ごもりの虫が雷の音に驚いて這い出してくるのだろ
     うと考え、「虫出しの雷」と名付けたりもした。まだまだ、寒い時節で
     はあるが、日足も目に見えるように長くなり、日の光の中に春を強く感
     じるようになる。ちなみに、「蟄」は「ちゅう」の慣用読みで、虫など
     が土中にかくれている意である。
     ※読み:ケイチツ
     <参考:【室礼】和のこよみ
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2006年03月03日

儀式

如月四日 晴れ時々曇りのち雪 @つくば  

 つくばと江南を行き来するここ数日。この日はつくばでの畑に手を入れることになった。


 農園をスタートさせるための下準備。畑を(素人のスキルで)測り、紐を引き、区分して、溝をつけていく。

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 前年まで有機農をしていたというホコホコの土が、早春の草花に覆われ、鍬を入れる手も少し緊張してしまう。自然農をはじめる時の、いつもの儀式がこの溝掘り。すべては、ここから。


 午前中から午後にかけて晴れ間が爽やかに見えていたが、おやつの時間が近づく頃、北西から暗雲が立ち込めてきたかと思うと引き締まった寒気とともにいきなり雪が降り始めた。やむをえず、この日の作業はこれまで。新暦のひな祭りだと、まだまだ、冬も居座っているようです。

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新しい田んぼの上、にわか雪が激しく舞う
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2006年02月23日

三度目

睦月二十六日 晴れ

 あたりを歩くと、乾いた水田の土に鮮やかに緑の若葉が整列している風景が並ぶようになった。小麦の葉がいよいよ春を彩り始めている。一方、武蔵野自然農園の畑にも「農」ではない春が彩り始める。

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 ここに移ってから三度目の、ホトケノザと、オオイヌノフグリの息吹き。目線を足元から畑全体に移す。区画をした通り道も、米ぬかを補い続けた痩せ地も、もう少しでお別れ。我が子とまではいかないものの、また荒れ地に戻るかもしれないこやつの行く末に、ものさびしさとやり残した気分が交錯してしまう。

 どなたか、江南のこの地で、自然農をされる方いないかなあ。と、ボソボソボソリ。 
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2006年02月01日

2月の雨

睦月四日 雨

 江南での生活も残り一ヶ月となりました。最近デスクワークの日々が続き、作物の影が見えない田畑へは足が遠のくばかり。そんな土の上に冬の雨が落ちる。身を切るような冷たさの雨ではなく、寒さの峠を和らげるようなそんな雨が落ちる。育てるもののない畑、見知らぬ草に覆われはじめる畑、他の土を選ぶことによって、またこの土を雑草たちのもとに返すこととなる。からからに乾いた1月の土よりも雨に和らぐ2月の土が、心なしかいとおしく見えた。
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2005年11月20日

最後の完熟

神無月十九日 晴れ

 稲刈りを進める。「旭竜」という白米の種類を今日刈り終えた。「イセヒカリ」よりも若干成長がゆったりめで、背が15cm程高い。分ケツ量が多く、多い株では茎が四十本近くにも分かれている。収穫量と味はまだわからないが、なかなかよさそうな感じがする。この地があっていたのかもしれないが、この太さは単純に嬉しい。

 風が穏やかになってきた午後、畑に足を運ぶ。畑は冬モードへの準備が着々と進んでいる様子。ここ数日で霜でも降りたのだろうか、夏野菜たちの葉、茎はしおれて、収穫し忘れた者達が悲鳴をあげている。おそらく最後になるであろう、完熟トマトをもぎ取り、種用にと残して採り忘れてしまっていた大豆をかき集め、対照的に勢いをつけてきた葉もの(水菜や小松菜など)の間引き菜も籠に入れる。サツマイモ、サトイモ、は完全に茎が枯れて、土の中に成果を掘り出されるのを待っている(はず)。
 こうして晩秋の畑で冷気に枯れはじめた野菜たちを見ると、今期の農作業がそろそろ終わりに近づいてきたことを感じる。米作りに追われて畑が少々疎かになったことを少しだけ後悔し、来期の皮算用が頭に浮かんでくるようになった。土を育てて二年か。まだまだこれからだよなあ。
 
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 今日の美味しさをパッケージ。
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2005年11月03日

モゾモゾ発見

神無月二日 晴れ

 遠ざかっているような気のする畑でも、秋の命は少しずつ育っています。

 10月に雑草の生い茂る畝へ種をばら蒔き、その後で草を刈りその衝撃(刺激?)で重力に任せて種が落ち、その上に刈った草を振り掛けた。たったそれだけの秋の種まき。そして種の力に任せること(放置?)すること一ヶ月。冬野菜たちがゴソゴソモゾモゾと顔を覗かせ始めた。ホント、こぼしただけなのに。

 
 カブが一番元気かな?

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 冬菜(名前失念…)も頑張ってる♪

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 昼夜の寒暖の差が大きくなってきた。おいしく育つかな。虫に食べられずに強く育ちますように。
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2005年10月21日

こぼれた末に

長月十九日 晴れ  

 自然農の畑と切っても切れない単語に「こぼれだね」というものがある。その単語が起こす現象を、「こぼれだねの発芽」、もしくは「こぼれだねの成長」などと呼ぶ(テキトウです)。その現象が現れるのは必ず畑をはじめてから二年目以降となる。なぜか。「こぼれだね」とは、前年育てた作物が実らせた種が自然に落ちた(もしくはどこかから持ち込んだ何かの種が意図せずに落ちた)ものであるので、初年度には起こり得ないからだ。
 不思議なことに、「こぼれだね」は強い。買って蒔いた種が成長するまでには、どんなに気を向けても失敗することもあるが、彼らは気づかずに発芽し、雑草に囲まれても尚しぶとく成長し、そろそろ雑草でも刈ろうかなと注意を向けた頃にようやく気づかれることも少なくない。そしてまたなかなかに育っていることも少なくないのだ。

 本日畑で出会った「こぼれだねの成長」君は、なんと稲。それもおそらく昨年畑の資材に使用した、稲藁についていた種籾からの発芽である。もちろん水分や日当たりは不十分の為にヒョロリ君ではあるが、まさかの対面に思わず笑みがこぼれてしまった。そしてやっぱり感心してしまうのだ。「やるなあ、こぼれだねは。」

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 この一輪の稲穂でなぜか思い出したのだが、旧知の友人が心地よい且つ職人的感性の溢れるBlogをはじめた。彼女の最近の記事での、天井に映った一輪(?)のパキラにシンパシーを感じつつ。感性を鉱物に注ぎ込むセンスと技術に敬意。(リンクにアップ!!)
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2005年10月11日

空中発芽

長月九日 曇り 

 重陽の節句のこの日、特に何もせず、淡々と収穫作業を進めた。友人にも手伝ってもらい、サツマイモの様子を探り、秋トマト(そんな言葉はないが)を頬張り、高キビをようやく刈り採った。その高キビに、ここ数日の秋雨の湿気の影響だろうか予想だにしていなかった事態が起こっていた。なんと収穫前の穂の粒から、空中で発芽していたのが見つかったのである。もう少し枯れはじめてからの収穫を想定していた、インチキ百姓の怠惰への罰なのだろうか、見た瞬間に汗が引いた。こりゃあせっかくの初収穫がおしゃかになっては困る。急遽、作業の予定を変更し収穫の手順に頭をひねった。

 高キビは予想以上に脱穀しやすいようで、手荒にするとポロポロと実を落としやすい。そのため落とさぬように穂をまとめて新聞紙にくるみ、アパートの軒下に持ち運び、コンクリートの上で乾燥前の作業をすることにした。

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 高キビは、黄緑の茎や葉に鮮血を浴びたような赤い模様が目に鮮やかであるが、その赤の色素はしっかりと実にも移っている。収穫量はしれたものなので、軒下で葉を取り数束にまとめ、ベランダの物干し竿に吊るすことに。もちろんその束には発芽してしまったものもあり、中には空中でカビが生えてしまったものまである始末。これからのベランダ干しで、他の実は無事に乾いてくれればよいのだが。秋の湿気は馬鹿には出来ぬと、また学びを深めた日。
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2005年09月25日

セイタカの報告 

葉月二十二日 雨のち曇り

 昨年は人手の多さもあって没頭することができたセイタカアワダチソウとの共存(と書いて退治と読む)だが、今年は田んぼの忙しさ含むモロモロがあり、畑のセイタカが復権を見せた。つまりは、一部の自然農実践エリアを除き、昨年しっかりセイタカを抜き散らした箇所はものの見事に元通りになってしまったのだ。恐るべし自然の力、恐るべし自然農(関係ないか)。
 とはいうものの、ジャングル然と生い茂りまさに開花の押し迫るセイタカを放置するわけにもいかない。その根は来年も悪魔のように繁殖をうかがい、その種は火の雨のように周囲の土地に降り注ぐのだから。

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 刈り払い機を振り回すこと数時間、エンジンの振動で両手の感覚を麻痺させながら彼らをなぎ倒した。

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 ・・・ひとまず小休止。しばらく終わりそうにねえや。やれやれ。


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2005年09月23日

秋分の畑

 畑では、ようやくようやく、遅すぎる赤信号が点滅した。(悪い意味ではないが。)可愛い可愛い、トマトちゃん。種まきが随分遅れたせいではあるが、真夏をとうに過ぎたこの秋分に、初収穫の喜びである。嬉しすぎて、もぎたてをガブリ! 甘すぎないみずみずしさがたまらなくキュートである。

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途中で雨に邪魔されながらも畑をさまよい、トウモロコシももぎ取る。黒トウモロコシは、色こそ過激ではあるが、茹で味は実に素朴。スーパーマーケットで王位を譲らないスイートコーンとは甘味に雲泥の差があり、お世辞にも甘いとは言えないが、その中に潜むたくましさが感じられる野生味が嬉しいのだ。

 050923kuromorokoshi 



 追伸:エイポン、ユウキ、ケンタ。こないだは二日酔いの応対、  
    まことに失礼しました。うだうだの真夏日の中、手持ち
    無沙汰にさせてしまってごめんなさい。しっかり美味い
    米収穫するから待っといてくいや。 
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2005年09月15日

ツルガエシ

葉月十二日 晴れ

 少し汗が滲んだが、時折影を落とす雲や吹き込む風に涼しさを感じるようになった。午後いっぱいを、畑に腰を下ろした。セイタカアワダチソウが悪魔のように生い茂る中を突き進み、その中に広がる頼りない空間は、意図したわけではないが外の道路からは隔離されており、ちょっとした秘密基地の気分にさせられる。
 基地の中のトマトやサツマイモは手入れの少ない雑草の盛り上がってきた畝にしっかり育っており、スマンスマンと草刈り鎌を進めた。サツマイモは一株から蔓をグングンと伸ばすが、伸ばす過程でところどころの土に新たに根っこを張ろうとする。これを放っておくとそのうち芋となる根に成長してしまい、本株の芋が太くなりにくくなる。そのため気の付くたびに蔓をぺりぺりと引き上げてひっくり返してあげる。人呼んで「蔓返し」。今日は蔓返しに合わせて雑草刈りも同時に行い、刈り倒した草たちの上に蔓を寝かせてあげた。蔓を返すたびに、少しずつ、もじゃもじゃと蔓が長さを伸ばしていることに気づく。

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 近づく芋名月(中秋の名月の別称)で、サツマイモをついつい思い浮かべるが、芋名月のイモはサトイモのことですので悪しからず。(月見団子が丸いのは、皮をむいて茹でたサトイモの名残だとか。)

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2005年09月01日

残暑の甘味

文月二十八日 晴れ 

 残暑のぶり返し。せっかく農作業にでようと思っていたというのに、今日もまた昼の熱射を避けて夕方に避難避難。

 手入れが出来ずに伸び盛るセイタカアワダチソウを退治。昨年は抜いてそのまま畝に置いたセイタカだが、今年は対処を変えることにしてみる。育ち過ぎたセイタカは枯死すると固く木質状に残り、腐敗しにくいうえに畑の表面を覆って他の植物(雑草)が繁茂しにくくなる(ような気がする)。よってその性質を利用して畝間の溝(通路)に敷き倒すことでちょっとした雑草管理に利用しようという試み。屋外施設などで雑草を抑えるのに木材チップを敷き詰めるのをヒントにしてみた。どうなるもんかな。

 随分と時期は遅いが、畑から色々をゴロゴロもぎ取ってきた。収穫時を逃して秋ジャガ用に掘り起こしたジャガイモ(アンデス)、遅れて播種してようやく実をつけたモチトウモロコシ、小さく小さく膨らんだ黄色スイカ。

 050901shuukaku 


 シャワーを浴びて、汗が冷える前にスイカをガブリ。残暑に少し感謝した、二百十日の宵の口。



※二百十日…雑節の一つ。立春から数えて210日目のこと。(毎年9月1日頃)
      この日は八朔や二百二十日とともに三大厄日とされてきた。
      この頃は毎年周期的に台風が襲来する時期で、丁度稲の開花期にも
      あたる。警戒を促すために暦に記載された日本独特の雑節となる。
      暴風雨があると稲作に大きな打撃を受ける農村では、暴風雨のない
      ことを願って二百十日前に風除けの儀礼として風祭りを行う所も多
      く残っている。 (参考:【室礼】四季の行事より引用)
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2005年08月26日

倒されて

文月二十二日 まだまだ暑い

 台風一過、カンカン照りの残暑となった。雨に喜ぶ田んぼは次々に出穂を始め、何種類もの稲穂ごとに彩りを見せ始める。穂含月(ほふみづき)、その名にふさわしく頬も緩む。

 とはいえ、台風の爪跡がなかったわけではなかった。畑に足を運ぶと、風の通り道にぶつかった作物達(とは呼べないにしても育ってくれた物達)が押し倒されていた。トウモロコシ、大豆、そしてタカキビ。背の高さが災いしたのか、根元からコテンと倒れて雑草の中に右へ左へと埋もれそうになっていた。自然農は強いといっても、雑草と競争させると背が伸びて風に倒れやすくなるとも考えられる。こりゃ明日にでも応急処置いるかな。(台風前に対策しとけよ。)



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タカキビが、いよいよ実をつけ始めた。ただしな、この畑には雑穀狙いの鳥の目が鋭く光っているんだよなあ。さあ、どうしましょい。



 早めの台風に少し戸惑うも、節句はなるほどよく知っている。


【処暑】…陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也(暦便覧)
     処暑は暑さが止むと言う意味。
     萩の花が咲き、朝夕は心地よい涼風が吹く頃だが、
     台風のシーズンでもある。
     ※読み:ショショ (今年は8月23日より)
     <参考:こよみのページ> 

 
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2005年07月23日

依怙贔屓

水無月十八日 【大暑】 曇り時々晴れ

 エコヒイキしていないかと疑惑の声があがる。全くもっておっしゃる通りである。なにせ、アパートの目の前にある田んぼが可愛くて仕方なくて、徒歩3分の裏手にある畑への足を運ぶ数が昨年に比べて激減している。比例して畑の様子が荒れる。田んぼの世話がひと段落つきだしたこの頃、申し訳なくちょくちょく顔を出すと、贔屓にふてくされた様子が著しい。もちろん主役は雑草である。

 相変わらず周囲を取り囲むのはセイタカアワダチソウではあるが、昨年とまったく一緒ではないということ、つまりよく見ると植生が変わり始めている(ように希望的観測視される)個所も控えめに(だが確実に)存在する。昨年から今年にかけて比較的丁寧にセイタカ抜きを心がけた畝は、一見セイタカに覆われているが近づくとその密度は低く、小型の蔓性植物が元気が良い。昨年は見かけなかった名前も知らない草たちも種類を増やしている気がする。

 順調に見えたジャガイモが予想外に出来が悪く、一方でサツマイモ、トマト、スイカ、オクラ等が一縷の望みをつないでいる。ごめんね。しばらくは付き合うから許してくれよ。

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 曇りの合間の大暑にスイカの花が咲く。


【大暑】…暑気いたりつまりたるゆえんなれば也(暦便覧)
     最も暑い頃という意味であるが実際はもう少し後か。
     夏の土用の時期。学校は夏休みに入り、空には雲の峰が
     高々とそびえるようになる。
     ※読み:タイショ
     <参考:こよみのページ



追伸:秋野先生、今年も暑い夏になりそうです。

秋野豊ユーラシア基金
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2005年06月09日

お水サービス

皐月三日 晴れ時々曇り

 先月(5月)半ば、サツマイモの苗を植えた。昨年の失敗を念頭に入れ、土の下に水が溜まりそうにない箇所にちょうどきり良く五十本。5月後半の晴天続きに、三分の一ほどが苗枯れ気味になりかけたが、思い出したように適度に水遣りに気を配った甲斐もあって九割ほどが順調に根を張り始めた。残りの一割も、まだ完全に死んだわけではなく、土の上の蔓を枯らしておいて土の下にはチャンスをうかがうように苗蔓が生きているのだ。他に比べて生育は遅くなるが、根を張り蔓を伸ばし始めればこっちのもの、それまでもうしばらく、水のサービスを続けよう。
 自然農の畑では、草に土が覆われるために、天然の水遣り(要するに雨)で十分だと言われることもあるが、そこはほら、畑次第ってやつで、雑草もセイタカアワダチソウがほとんどで土も固くて乾燥が激しいようなこの地では、適度に必要というわけ。だって昨年水なしで苗を枯らしたこと数も種類も限りなしですから。そこはほら、何事も経験ってやつで。
 それにしても水汲み場の近くにないこの畑は、ポリタンクで運ぶのも一仕事。適当に雨でも降ってくれたら楽なのにね。と愚農はひとりごちる。

 
 050609satsumaimo

 〜イモ蔓の 空向く顔に 運び水〜

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2005年06月02日

雑穀とやら

卯月二十六日 曇りのち雨

 雑穀を育ててみたいと言う友人が、雑穀の種と雑穀雑誌を持参してやってきた。健康食ブームの到来で、小生が子供の頃には食材としての存在がほとんど認識されていなかった(もちろんそれよりちょっとさかのぼれば常食していた時代があるのであるが)「ヒエ」「アワ」「キビ」などのいわゆる雑穀が注目されている。

 ひえ、あわ、と聞いて思い出されるのは、日本昔話に登場するような貧乏百姓が泣く泣く口にする食べ物のようなイメージがどうしても拭えずにいるのであるが、その裏には、日本にしっかりと根付いた食文化のひとつであると言える事実が隠されている。友人に借りた雑穀雑誌「つぶつぶ」に書かれてある「日本発祥の雑穀 ヒエ」というフレーズも(根拠や定義は全く不明ながら)なんとなく心に引っかかるものがある。五穀豊穣の「五穀」とは、一般的には米、麦、豆と、粟(アワ)、それに稗(ヒエ)か黍(キビ)を指している。仮にも百姓を表する者が五穀を知りませんでは済まされまいと、今後少しずつ勉強していくとともに、栽培にもトライしてみようではないか。

 あわてて農事暦(作物栽培の目安カレンダーのようなもの)を広げてみると、これまた若干時期が遅れた感じが否めないというテイタラクぶりではあるのだが(友人すまぬ)、誰かの言葉ではないが「やってみるが勝ち(価値)」である。雨が降り出す前にせっせと蒔き床をこしらえ、友人持参の「タカキビ(高粱、モロコシ)」と、小生の手に入れた「モチキビ」を蒔いた。雨のお陰で他の「アワ」数種は蒔けず。まだ間に合うか。何気に惹かれている「ヒエ」は手元に種がないので来期に試みたい。


 土を均して指で窪ませた穴に、五粒ほど放って土をかぶせ・・・
 
  050602takakibi2   050602takakibi1(←種見える?)


 草を被せる。さあ、芽はでるか。

 050602zakkoku 
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2005年05月04日

草たちの攻防

弥生二十六日 晴れ

 農作業に遅れが目立っていた武蔵野農園であるが、連休ののんびりしたムードに乗って、ここ数日の間に夏野菜の準備を進めている。畑はいよいよ生命力に溢れ出し、新しい命(雑草たち)が次から次へと交代しては育ち乱れている。昨年の覇者にしてインチキ百姓の最大の目の敵にされたセイタカアワダチソウはと言えば、根こそぎ大作戦の効果だろうか一年前の勢いはだいぶ減じているように思われる。昨年野菜を育てて逐一セイタカを抜いていた箇所は顕著に変化が見られ、他の種類の雑草が取って代わって勢力を伸ばしつつある。そのひとつが、タンポポである。可憐なる黄色い花こそ目立たずに畑の中に埋もれて咲いていて特に気も付かずにいたが、綿毛を飛ばすこの時期になって、気がつけばあちらこちらに白い綿坊主が顔をのぞかせている。すでに任務を完了してハゲ頭の者、恐縮しているようにつぼみを閉じて佇む者、そしてわが世の春とばかりに満開にして風にそよぐ者。
 
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 こうしたタンポポの描写については、多分に皆さんの原体験を仮定して、ここまで書けば後は記憶を頼りに頭に浮かぶだろうという認識で書いているつもりだが、タンポポの原っぱを知らず、綿毛のクビチョンパ遊びもせず、黄色の首飾りも作らずに育っているかもしれない子供たちの世代にはいったい小生の文章は通じるのだろうか? そう思うと、自分たちの子供時代ってまだまだ野原を駈けずり回って遊んでいたんだよな。別にノスタルジックになっているわけでもなんでもなく。

 昨日、今日の作業:トマト、ナス、スイカ、枝豆、他の種まき、サトイモの植え付け、雑草管理。


 次の覇者は誰になるのだろうか?セイタカの返り咲きだけは、許してはならない。
 
posted by 学 at 23:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 畑の記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする