注)記事の日付は太陰暦を用いております

2005年04月17日

芽と汗

弥生九日 晴れ

 しばらくBlogを書けない日が続いたが、畑の草たちにはそんなことは関係ない。日々日々春の陽の光を浴びて、根を張り葉を広げては無限の太陽エネルギーを畑の力に取り込んでいる。つい一週間前まではいたるところで見かけていたツクシは姿を潜め、代わりにグンと勢いをつけてきたのは、カラスノエンドウとスズメノエンドウのマメ科の雑草コンビである。マメ科の草は、窒素を固定する性格をもって畑の土を肥やすと聞く。どこからともなくやってきて、2年目の自然農畑に根を伸ばしている。

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 ↑↑↑ さあ、畑には、ジャガイモの芽が顔を覗かせた。ソラマメは花を広げ、エンドウマメは蔓を伸ばし始め、麦もますます青々と茂りだした。昼に体を動かすと、汗ばむ陽気になってきた。いよいよ、と思わずにはいられない、心地よい汗が服の下に滲み始める。
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2005年04月07日

しちゅーづくり

如月二十九日 晴れ

 えんどう豆がぐんぐん伸びている。伸びる茎の先から細長い糸のような手を広げ、掴まるものを探している。か弱い細腕が頼るに足ると判断すると、くるくるっと巻きつけ、それを足掛かりとして上へ上へ、太陽に向かって背を伸ばしてゆく。蔓性の豆の栽培には、こうした性質を補うための支柱作りが欠かせない作業となる。今ではちょっとしたホームセンターに足を運べば、ほとんどの農業資材は揃えることができる。もちろんこのえんどう豆の蔓のための支柱やネットだって、今が盛りと売り出している。
 さて、幸いなことに昨年の稲藁が残っており、畑の裏には篠竹の林を抱える小生は、少し手間をかけて無料の自然資材(エコロジー、スローライフ、かつエコノミー)を活用することにする。とはいえ、とりわけ面倒でも難解でもなく、みようみまねで一回覚えただけの浅知恵と少々のセンスさえあれば誰でもできる、簡単支柱作りである。

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 えんどう豆の成長に合わせて一列、また一列と少しずつ作り、今日もまた一列付け加えた。風に稲藁が揺れて、なかなかえんどうの蔓が掴まえられない様子もまた良し。早くしっかり絡みついて、春の盛りの収穫に向けて背を伸ばしておくれ。


 昨日は26度、今日は24度。それにしても暑くない?
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2005年03月19日

命の準備

如月十日 晴れ

 花粉症のインチキ百姓ほど、始末の悪いものもない。作業をすればするほど、鼻の奥へ眼の裏へ喉の向こうへ花粉を運ぶ風が吹き込んでくる。マスクでは心許ないので、途上国のバイクタクシーの運転手のように、鼻から下の顔半分に手ぬぐいタオルを巻きつけて防御に徹する。が、所詮浅知恵、防ぎきれるものではない。と、愚痴はここまで。

 春分前の土曜日に、なんだかんだと作業が遅れていたジャガイモの植付けを行った。今季は6種。「男爵」、「メークイン」、「インカのめざめ」、「アンデス(赤)」、「ジャガキッズパープル」(以上野口種苗店より購入)、そして丸ヶ崎自然農の会から譲っていただいた「オオタキイモ(中津川イモ)」。中津川イモは、痩せた土地であればあるほど、小さく(!)うまい(!)という、頼もしいヤツ。少し遅くなった、この春一番目の命の投下。半分ほど終わらせたら久しぶりの作業に腰が痛み出した。それすらうれしい、命の準備作業。

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 <メークインを植える前の一枚>

 
 冬を越した仲間たちも、今日の日差しにこたえるように青々と葉に光を受ける。ソラマメ達に鼻を近づけると、ほんのりと、ビールの大親友である、憎たらしい大粒の、あの香りすら漂ってくるような、花粉症の鼻でさえそんな気がしてしまう。遅霜には油断はできないのだが、もっともっと頑張って育ってほしいなと、ついつい周囲の草を倒す手にも心が宿る。さあ、いよいよ、嬉しく忙しい季節が、今年もやってくる。

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2005年02月17日

秘密の空間

睦月九日 晴れ

 午後のひと作業、合計7本の孟宗竹を切り倒し、無数の篠竹を刈り倒した。北の畑の上の竹山。昨年の春以降に、一度開墾(篠竹刈り)に手をつけたが夏の暑さに戦意喪失した場所。竹は春の来る前に制すべし、という全国各地で耳にする言葉を胸に、ここ数日は竹山征伐に集中している。

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2005年01月17日

悩殺

師走八日 晴れ

 不作の続くインチキ畑で、またひとつインチキ野菜を収穫した。枯草に覆われ、お世辞にも色気があるとは言えない当農園に現れた救世主。キューティーハニーもびっくりの、悩殺ポーズでお出ましよ♪

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グラビアカメラマンになりきって、ベストアングルを狙うこと15分。あまりに過激なポーズは載せられない為、結局無難な正面写真に落ち着くことに。この撮影時に、誰も通りかからなくて幸運だった。多分、誰も、通らなかったはず・・・だけど。
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2004年12月29日

初物届く

霜月十八日 雪
 朝の知らせと共に空から初物が届いた。ちらほらと、どこか申し訳なさそうに頭に肩に降り積もり、間もなく消えてゆく。畑にもその知らせは届き、まだらに白さに包まれた初雪の景色となった。今晩の友人達との鍋パーティーに持参する予定の水菜や菜っ葉類も、嬉しそうに白い衣装をまとっている。

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 かじかむ指と手をいつもより手際よく動かし、積もった雪も振り払わずにビニールの袋へ放り込むと、葉っぱたちは逆に水を得たように元気そうに見えた。そのまま袋をバッグにつめて、友人宅へ。晩飯時に取り出した雪どり野菜達は、新鮮さをまるで失わずにみずみずしく、キムチ鍋に入れてもその存在感が際立つ、まさに旬の味であった。これもまた、初めて味わう冬の楽しみかもしれない。
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2004年12月26日

サンタの落し物

 クリスマスから一日明けた今日、サンタクロースの落し物だろうか、畑に思わぬプレゼントを発見した。今日は良く晴れて風も少なく一日ほんわかとした陽射しが続くなか、休息中の畑に米糠を振りまいた。抜いたセイタカの上から、枯れ倒れた雑草の上から、手首を利かせて振りまいていく。なるべく均等に、薄すぎず濃すぎず。ふと雑草の中に、ずしりとした存在感を見つけた。枯れ草の中に隠れるように、誰からも見つからずに、静かにこちらをのぞいている。

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>>続きはこちら
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2004年12月07日

まずまずなみずな

神無月二十七日 晴れ

 【大雪】 …雪いよいよ降り重ねる折からなれば也(暦便覧)
       朝夕には池や川に氷を見るようになる。
       大地の霜柱を踏むのもこの頃から。
       山々は雪の衣を纏って冬の姿となる頃。
       ※読み:タイセツ
      <参考:こよみのページ


 暦は「大雪」に入り、いまや遅しと冬へのカウントダウンが始まっている。しかし幾分感じる最近の暖かさは、やはり今年の冬は暖冬になるのかと思わせるのに充分である。まだ氷も霜柱も見られない。
 そんななか、秋の盛りに播いた野菜達が思いのほか(一部)元気に育っている。比較的土が良さそうな場所に播いた、白菜やタアサイ(中国野菜)、空豆、えんどう豆はすくすくと成長を見せ、水菜はそろそろ食べ頃が近づく。夏にコテンパンにやられただけに、ちょっとの成功でも嬉しいもの。毎日みても見飽きずに様子を確認しては、ほくそ笑む。ああなんて安上がりな満足感。本日畑でビリリとちぎり試食し、若菜の意外な苦さを思い知った。

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2004年11月20日

収穫の二句

神無月九日 晴れ

 軒下の 連れ添う豆の 可愛さよ

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 鈴成りや 秋の陽を背に あずき豆 

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2004年11月03日

また失敗

長月二十一日 晴 
 思いつめすぎると自然ではなくなり、思いをなくしすぎると自分の心から離れていく。畑も、人も同じ。

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 今年比較的うまくいっていたと思っていたサツマイモの収穫は、無残にもあきれるほどの少ない結果となった。乾燥に弱いが水はけが悪い土、つるボケした根、雑草に負け気味だった葉。失敗は成功の元か。では自然農の成功とはなにか。自分はいったい何を求めているのか。大いなる実りか、青人草(※)の理か。そんな大したものではないが、焼芋たくさん食べたかったということ。


※古事記では神々に対しての人々を、『青人草(あおひとくさ)』と表した。「青々とした人である草」と解釈され、古よりこの国では人は「草」であり、土の中から萌え出た草の仲間であると考えていたのかもしれない。
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2004年10月21日

キラキラヒカル

長月八日 晴れ
 昨夜の台風23号は、埼玉北部には大きな被害を与えることもなく過ぎていきました。
 さて、雨がたっぷり染み込んだ畑に顔を出すとキラキラひかる水面があちこちに。農作業の経験があまり無い方はピンとこないかもしれないし、自分もそうであったのだが、畑にも水溜りは出来るのである。特に周りより低い土地にある畑では、排水をきちんと考えていないと大雨の後の通路(畦「あぜ」)にたっぷりと水が溜まってしまうことがある。今年の梅雨が空梅雨だったのをいいことに排水対策をいい加減にすると、こういうことになる。雨が多すぎると苗を育てている畝「うね」の上まで冠水することもあるのでご用心。大根、カブなどは、冠水に弱いからなおご用心。我が畑の一部、大根、カブの畝は見事に冠水して、南無三。突貫工事の排水路で、少しは水が流れると良いんだけど。。。

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 あ、丸ヶ崎の稲木は、大丈夫かなあ?
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2004年10月14日

紅白の明暗

長月一日 濃い曇り
 八月末に播いた、蕎麦の種。赤蕎麦と普通の蕎麦。うまくいけば、今ごろはそれぞれにルビー色の花と純白の花を咲かせる頃である。
 播いた時期のズレは一週間程度、それほど大きな差とは思えない。
 播き方もほぼ同じ、セイタカを抜いて表土を出した土にすじ播きし、鍬で草や土を被せる。
 播いた場所は、若干異なり、赤蕎麦はこの夏に春蕎麦を育てた所で、普通の蕎麦はこの夏セイタカアワダチソウが群生していた所。

 結果は、ご覧の通りとなった。

@赤蕎麦(背丈20cm程、間隔もまばら)   A蕎麦(背丈50cm以上、列にびっしり)

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 アワダチ倶楽部で赤蕎麦の種播きを手伝ってくれたM君、ごめん。赤蕎麦はやはり幻になってしまいました。残念です。原因は、連作だろうか、それとも赤蕎麦は自然農では厳しいのか。答えが出ぬまま日が暮れる。かくなるは、普通の蕎麦(常陸秋蕎麦)のほうの収穫までは最後まで見届けなければならないが、どうなるやら。
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2004年09月25日

困惑のエロス

葉月十二日 晴れ時々曇り のち雨
 セイタカは今、可憐だ。伸びた茎の先に丸みをおびた小さい蕾たちをつけ、ほのかに黄緑から黄色に移りかけている。もう後十日もしない内に一斉に花を咲かせる前の、ほんのひと時である。
 常に我が畑を占領し、来る日も来る日も、縦横にはびこらせた根、そこから猛然と生える茎、と闘ってきた。春先は土から勢揃いした若芽を抜き取り、サクラの後には野菜の苗にダメージを受け、梅雨前の熱さの中でぐんぐん伸びる茎を抜き去り、真夏には自分の背丈をゆうに越える勢いに圧倒された。思えば今年はセイタカアワダチソウと共に過ごした一年だと言える。いつもこいつを憎んでいた。そんなセイタカが、今、なぜか可愛いらしく見えるのである。騙されてはいけない。こいつはその花を咲かせたら最後、無数の超強力な種爆弾を周囲に完全に撒き散らすのだ。刈るのは、この時を逃して他にない。

 ところで、快感、といってよいのだろうか。可憐をひたすら抜き倒すこの快感、これはいったいなんであろうか。これは今までのセイタカ抜きと、どこか違う。いつもは、憎い相手でしかなく感情など芽生えずにただひたすらに作業を繰り返してきた。しかし、ここ数日の相手は、なんとも可憐さを漂わせている。だが抜く。抜くほかない。心の深い奥の方で、コントロールできない欲情が困惑している。紛れもなく、エロスだ。可憐な物をなぶり倒すという、エロス。これって男友達なら解ってくれるだろうか、いやさこれぞ文学ではないか。
 普段憎らしいからこそ可憐なのか。そしていつもは見せぬ可憐さに戸惑い、しかしそれを抜き去り、刈り倒すことで、何かが止揚されるのだろうか。アホか。もうあと数日で、畑のセイタカを刈り終えることになる。それはそれで、どこか寂しい。


 ↓この可憐さを見よ!
   040925seitaka-small ⇒拡大して大画面でどうだ!!

 
 ★ちなみに、これを放っておくとこのようになる(汗)!!

 040925seitaka-abe
 <この素敵な写真は、下記HPより転用させていただきました>

森羅万象…セイタカの写真を探してたら偶然見つけたHP。
      タイトルどおり、自然と人々の生活を独自の視点
      で切り取った、素敵なサイト。ちょくちょく遊びに
      行ってしまいそうです。

 ◆特にセイタカアワダチソウのコラムは、大和心や歴史など
  の観点を絡めた意見が珠玉。なんとも心に新しい。

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2004年08月26日

在り難き心遣い

文月十日 晴れのち曇り
 江南の地に畑を借りて半年、今日ほど落胆したこともなかった。同時に、自然農の難しさを身をもって知ることになった。
 畑の、道路に接する2m程のエリアをご近所のご好意の方が草刈機で刈り払ってくださったのである。まさにアリガタイ御心遣いだが、そこにはしっかり生姜の無残な姿が残っていた。ついでにサツマイモも少々刈り払ってくださっていた。いやあ在り難いです、自分にとっては。

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 刈り払われた周囲(左)と無残な生姜(右)


 毎日少しずつ進めるべき畑周囲(つまり道路に接した部分)の草刈り作業は、ついつい畑の中ばかりに手が伸びてしまっておろそかになりがちなのが人の性。特に自然農の場合、畑自体が草だらけであるが故に周囲の草刈りは重要である。なぜなら普通の人にとって雑草などは、刈っても刈っても生えてくる厄介物であり、是非とも生えて欲しくないもの。それが畑には生い茂る、道路近くにも伸びつつあるでは、多分に日々気になっていたのであろう。私がここを借りる以前、おそらく今日の方がいつもご好意で道路付近の雑草を刈り払ってくださっていたことは想像に難くない。現に今年も数回(一回かな?)刈ってくださっていたのだから。

 全ては自分の落ち度である。一つはその方にお会いする機会があったにも関わらず都合が合わず一度も顔を合わせていなかったこと。つまりコミュニケーション不足。二つは常に気をつけるべき畑周囲の雑草管理を怠ったこと。つまり管理不足。三つは自然農畑(草生栽培)で育てている作物の表示や立て札などを立てたり工夫をしなかったこと。つまりアピール不足。人の土地にどうして?等というお子様常識は非常識だとも言える。地域には地域の慣例は付きものである。
 身に沁みて自分の甘さに思い至る。救いなのは、途中で気づいてくださったのか生き残りの生姜も数本あることだ。毎日が自然農、甘く見てはいけない。
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2004年08月23日

空気の移ろい

文月八日【処暑】 雨時々曇り 
 明け方、どこかで感じたことのある空気に触れた。雨がぱらついているのに湿り気がなく、鼻の奥へ通り過ぎるような冷ややかな空気。昨年、京都の山村で過ごした中で出会った、夏から秋へ移り変わる頃の朝の匂い。肌が、鼻が、きちんと覚えていた。夏の雨、夏の朝とはまるで違う空気に、また会ったねとつぶやいた。

 本日の畑作業、道路周辺の草を刈り、セイタカアワダチソウを抜き倒した畑に放り込んだ。土を覆い、やがて朽ち、次の命へ繋ぐ「亡骸の層」を作る。


※処暑…陽気とどまりて、初めて退きやまんとすれば也(暦便覧)
処暑は暑さが止むと言う意味。萩の花が咲き、朝夕は心地よい涼風が吹く頃だが、台風のシーズンでもある。

参考:こよみのページ
 
 

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2004年08月19日

宵を待つ花

文月四日 晴れ
 三日月の夜が過ぎて、久しぶりに朝一番に畑に出て驚いた。畑一面、淡い薄黄色の花が群れをなして咲いている。花の名は「待宵草(マツヨイクサ)」、その性格は慎ましく美しい。名前の通り、花を咲かすのは日が落ちた夕暮れの後。夜の間だけ花を咲かせて朝にはしぼみ、一夜限りの命を落とす。
 むろんこれまでも昼に夕にその姿を見かけてはいたが、ぽつりぽつりと見かけた程度で大して気にもならなかった。それはやはり本来の姿ではなかったのだね。まるで美しさの勢いが違う。今まで見過ごしてきてごめんなさい。

 明治の画人、竹久夢二はこう詠んだ

 まてどくらせど 来ぬ人を
      宵待草の やるせなさ
           こよひは月も 出ぬさうな

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※マツヨイクサには大待宵草、待宵草、雌待宵草など数種類ありますが、この畑で咲いてる花がどれかわかる方がいたら教えて下さい。
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2004年08月11日

親は無くとも…

水無月二十六日 晴れ
 小名浜から戻ってようやく畑に出れた。心配、はしてないが自分がいなくてあいつらは無事か、といらぬ世話心を焼いてみる。がしかし、自然農は変わらず大きくインチキ親を出迎えた。あるものは雑草に覆われ、あるものは虫に喰われ、あるものはズイズイと生い茂り、あるものは静かに変わらない。ちっとも可愛くないよ、おまえらは。そして大きいよ。
 かくして、当たり前だが何の感慨も無くインチキ百姓生活再開である。また、雑草と野菜達のバランスを整えていく答えの無い毎日(いや隔日)に戻る。陸稲は既に穂をつけ、カボチャの蔓は無限に伸び、ナス・ピーマンは見る影も無く、里芋はここにきてグイグイ葉を広げてきた。駄目なものは圧倒的に駄目で、いくつかの命が辛うじて生命力を奮わせている。なんとなく、仕切り直しの気分で、後半戦スタート。

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 里芋、葉を連ねて空に向かう
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2004年07月28日

天を突く

水無月十二日 晴れ
 あいかわらずの晴れ続きの畑に、たくましい夏の魂が雄叫びをあげた。

 おおー!俺はトウモロコシだー!!

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 ついでではないが、アワダチ倶楽部の皆で播いた大豆群も順調に発芽を始めている。ぴょこぴょこ、ぽこぽこ、さあ、これから根付くかどうかがお前達の生命力の見せ所だ。明日は台風10号も近づくというぞ。雨をしっかり期待して、心して待つように!

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2004年07月27日

再会と出会い

水無月十一日 晴れ
 雑草と共に生きる自然農。時に「再会」という普通の農では考えられない言葉とも仲が良くなる。
 この春に意気揚揚と畑に植えた「生姜」の種芋(?)であるが、植えて一、二ヶ月程芽を出すことがなかった為、失敗かと諦めて放任しておいた。この季節となって一般道路に接したその場所の雑草刈り(自然農といえども道路に面した個所の雑草を刈るのはマナーです。)をすると、その草刈鎌の先に嗅ぎなれた鮮烈な香りが漂う。もしや?と思ってその刈り進めた草を吟味すると、まぎれもない「生姜」の茎が横たわっているではないか!!なんと、芽も生やさずに諦めかけて数ヶ月したその雑草の森の中に、しっかりと確実に命を延ばしていたのである。その瞬間に「雑草刈り」は「生姜の確認」に名前を変え、残る10株程の生存確認に時間を費やすことになった。結果私が刈り殺した一株以外は皆見事に芽を伸ばし、爽やかな茎葉をみずみずしくたぎらせていた。
 なんとも突然で嬉しい再会であった。

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 ↑わかるかな?刈り倒した草の中に伸びる二本の生姜が!


 そんな生姜詮索作業をしていると、犬の散歩途中のご婦人が声をかけてくださった。
 「ご苦労様〜。これは、もしかして『自然農…業…』とかいうのかしら?」
 「うわあ、良くご存知ですね〜。全くお恥ずかしいほどなーんにも育ってないですけど…。」
 「でもあの里芋とかそうでしょ?このあいだTVでやっていたの見たのよ。本当に雑草の中で育つものなのね〜?」
 「そうですね〜。草の中で一緒に育つ野菜の中に居るのが楽しいのは確かですけどね〜♪」
 「頑張ってね〜。」
 ここ江南に来て色々周りの方と話をすることはあったが、「自然農」を知っていた人は初めてである。私はTVがないから知らなかったが、そういった番組が流れ、それを見る人も増えてきたということなんだろう。いよいよ、期は熟さずとも春は遠からじ。こうして、少しずつ自然農が広まれば世の中が面白くなるに違いないから。
 なんとも小さくも嬉しい出会いであった。
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2004年07月23日

確かに長い

水無月七日 晴れ
 畑に出て、明日のBBQ(バーベキュー)に持っていく野菜を探す。探す・・・インチキ百姓としてこれほど情けない姿もない。そんな中、私を驚かす光景に出会った。畑の一角のササゲ豆の区画にひょろりと伸びる青い筋が光る。私が見たことも聞いたこともない、伸びに伸びたその姿は、豆の概念を吹き飛ばすモノであった。友人からもらったその豆の名前は「長ササゲ」。確かに長いわい。
 
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 手にとればそれは指の先から肘をも超え、肩まで届こうかという勢い。食せばインゲン豆のようでもあり、そのまま熟せば赤く熟れる豆は赤飯の色付けにも使われると言う。自然農に何の支障も見せず、大きく蔓を伸ばしてからは下草の影響など微塵も受けずに花を咲かせ実をつけている。
 ありがとう、と感謝して摘み取り、儚げに育つ「空心菜」と一緒に籠に入れた。うーん、BBQにするのもなんだから、焼きそばの具に入れる感じで許してもらおう。

 
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