注)記事の日付は太陰暦を用いております

2014年12月08日

うまいんだもん

神無月十七日 晴れ

 野菜がうまいなあ。


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 今年初めて育てた金カブを、さっと炒める。えもいわれぬ甘さと香り。自然農だから旨いのか、この種のもつ旨みなのか。

 傷物のアピオスとその蔓(根の茎?)を、香ばしく炒める。口に広がる、アーモンドのような、栗のような、風味満点のアクセント。 そしてそのカブとアピオスを絡めて絶品チャーハンに♪ あーうめー。

 ようやく育ち始めてくれた人参。粗野で、猛々しい、これぞ人参といった、甘みとエグみが混ざった存在感。

 大豊作の里芋。小芋はから揚げして、熱々をビールで。親芋はねっとりと甘辛く炒めてこれもビールで。

 プリプリに太ってくれた生姜は、小生は玄米酢とキビ砂糖で甘酢漬けを仕込み、妻はスパイス4種をブレンドしてジンジャーシロップを仕込む。辛さが鮮烈に漂う、これぞ自然農の生姜
 
 生でも焼いても炒めても煮ても揚げても旨い、さらには血糖値を下げて便通まで良くする、魔法の健康野菜、菊芋。

 
 一つの野菜だけ(金カブ)をクローズアップして褒めちぎろうと思ってたら、後から後から書かずにはいられない野菜たちの脳内主張。


 12月を過ぎて連日霜が降りはじめた畑には、霜にグッと引きしめられた冬野菜たちが今や遅しとこの口に入ろうと待ち構えている。ああ、乾燥中の大豆もそろそろ、丸々と乾きはじめてるだろうなあ。いったいお前ら、これからどんな主張おっぱじめる気なのよ、まったく。

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 まずは自分たちで。そしてお裾分けを縁のある方たちへ。たぶん、自然農のある暮らしって、そういうスタンスでいいんだと思う。 だって、うまいんだもん。
 
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2014年09月29日

恋人の味

長月六日 晴れ

 自然農の野菜はどんな味なんですか?

 雑草屋として自然農の野菜を少ないながらも人の手に届けるようになってから、幾度となくこの質問に答えてきた。野菜をお渡しする前に、「実際に食べてみてください!」とは以前はなかなか言えず(今では図々しく言えるようになってきた)、コミュニケーション能力を最大限に高めてどうにか自分の伝えられる範囲で対応してみるが、なかなかどうして、今でも、すんなりとは上手くいかない。


 数年前の出来事。とある連休に、前職時代の友人が友達二人で農園に遊びに来てくれたことがあった。10年来の付き合いの、フランクな会話を楽しみ会える友との酒の肴といえば、楽しい会話のキャッチボールであり、当然夜更けまで語り尽くした。翌朝、二日酔いの頭をたたき起こして台所に立ち、自家製米と手作り味噌汁と他一品、適度に自然農の恵みを混ぜ込んだ朝餉を並べることができた。
 二人とも、お世辞交じりにも旨いと言ってくれた会話の中で、「今までの中で、一番これはうまいなあと、リピーターがついているような自然農の野菜って何ですか」と尋ねられた。しばし思い起こし、「枝豆かもなあ」と答えてみた。色々と記憶をたどってみると人それぞれにお好みの野菜はあるようにも思えるが、しかしやはり一番印象が鮮やかなのは、やはり枝豆なのであった。

 お二人の出立が近づいていたので朝餉の時間はそれほどのんびりとは取れなかったのだが、ふといただいた興味深い問いかけにしばし時を忘れ、食事中にも関わらず思わず箸を置いて考えをめぐらせた。そのときの雑然とした思いは、数年たって確信に近づき、枝豆の季節が近づくたびに、このときの会話を思い出す。

 自然農の野菜はどんな味か、そのときの会話でめぐらせた思いが、きっと、その答えの鍵になっているに違いない。
 

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 なぜ枝豆がリピート率を誇るのか。

 まずここで、枝豆を食べるシーンを考えてみたい。ビールのおつまみにせよ、夕食の一品にせよ、他の商品と比較してみても、枝豆を口にするシーンにおいて、人々は、枝豆そのものの味わいを楽しみにして食べることが多い。その結果、枝豆の味に対して私たちは、他の野菜に比べてその枝豆自体の微細なさまざまな食味を、無意識的に記憶しているに違いない。その記憶はきっと、無意識ながらも明確に舌に残り、枝豆を食べるシーン折々ごとに、鮮やかに蓄積されていく。そのくっきりとした「味の記憶」が残る枝豆であるが故に、自然農の枝豆の衝撃的な旨み(甘み、コク、香り、膨らみ)がまざまざと記憶され、「自然農の枝豆は美味い」という感想が得られやすいのではないだろうか。

 一方で、小松菜やジャガイモなど他の自然農野菜が、小生が感じるほどにはその旨みに比例せず、枝豆ほど感動を呼ばないのにも、そのあたりに理由があるのではないかと思われる。小松菜やジャガイモなどの日常野菜は、主に、ありふれた日用食材として「加工されて」食されることが多く、枝豆とは違い、素材そのものの味わいを楽しむという機会が実はほとんどない。言い換えれば、それらの野菜は、もともとの食味の記憶を明確に刻印するチャンスが、枝豆にくらべて圧倒的に少ない。加工され、味付けされ、料理の一素材として調理されるため、野菜そもそもの味の記憶があいまいになっているのだ。例えば小松菜はおひたしとして、鰹節や醤油の味に主役を奪われ、例えばジャガイモは、カレーや肉じゃがなど、他の調味料や具(カレールーや牛肉など)に、美味しさの記憶を明け渡してしまっている。カレーライスで、ジャガイモの美味しさを記憶する人は、それほど多くないだろう。素材感を楽しんでいるような気がするじゃがバターであっても、実はバターと醤油の旨みあってのじゃがバターであることも少なくない。

 つまりは、特別な機会を設けて「食べ比べ」でもしない限り、一般的な野菜は、「栽培方法の差異」は味の違いがライブ感として認識されず(そもそも記憶があいまいなため)、どちらかと言えばなんとなく甘い、であるとか、なんとなく香りが強い気がする、程度の食味の違いでしか、反応されにくくなっているのではないかと思えるのだ。(もちろん世の中に、「旨い」と宣伝されるプレミアムな野菜が存在することは否定しません。)

 若干蛇足にはなるが、その点子供(とりわけ未就学の幼児)はまだまだライブに生きている。つくいちなどの対面販売の機会で試食してもらうと、まず真っ先に明瞭に反応するのは子供たちだ。例えばグリーンピース、例えば人参、家では絶対に食べられないと母親が懸念しながら興味本位で試食した子供が、「美味しい〜♪」と頬を緩めてニッコリして、母親が驚くという光景を、何度も目にしたことがある。いわんや枝豆をや。目つきが変わって何度も試食をほしがり、「これ以上はお家で食べてね♪」と応える小生に、母親が財布の紐を緩めるというやり取りが、幾度となく繰り返されてきた。



 では自然農の野菜は美味しいのか否か。

 実は私にとっては、本当に美味しいかどうか、という質問はあまり意味をなさない。上に書いたように子供の反応を取り上げて、「やっぱり自然農の農作物は美味しい」と言うことだってできるが、それは本当はあまり意味がないのではないかと思っている。

 本来「味のおいしさ」とは、体が旨いと感じる絶対的な旨さと、頭で判断して美味しいと感じる知覚的な美味しさの2種類に分けられる。前述のように子供が反応するおいしさは、おそらく絶対的な旨さである。それに対して我々大人の多くは、頭で考えて感じる知覚的な味覚によって、随分と偏って美味しさを判断しているような気がしてならない。その、頭で考えて判断するための重要なキーワードは、情報、そしてイメージである。行列店は美味しい、いや隠れ家的な店が美味しい、取れたて新鮮が美味しい、初物は美味しい。その数多の情報とイメージによって既に食べる前に味はほとんど決定しており、また、誰と食べるか、というシチュエーションも掛け算されて、素材そのものの味云々よりも、つまり頭によって味の記憶が決定されることが多いのだ。

 声高に美味しさを宣伝する、自然農野菜や有機野菜、ほかにも様々に工夫をこらした特別栽培された農産物、それらが本当の意味で美味しいのかどうか。それは、実は誰にもわからない。人によっては、糖度が高いから、とか栄養価が高いから、とかアンケートを通して、とかで美味しさを評価することを優先順位に上げたりもするが、それはそれである。

 味の判断基準そのものが、情報やイメージが優先されやすい傾向があるのだとしたら、自然農の野菜を美味しいかどうか判断するのはある意味簡単だ。その人にとって、自然農(という栽培のプロセスや意義)に対するイメージが好意的であるなら、それは間違いなく美味しい。あるいはそれを栽培する人に対して、好感を持っているのであれば、それもまた美味しさを演出する。そしてその逆もまた、真である。

 自然農の野菜が美味しいかどうか。それは、実は美味しく食べる為に欠かせない「スパイス」によって決まる。その「スパイス」とは、結局はこの野菜がどのように育ったのかという「背景を知る」ことなのだ。さあ、自然農で育つ野菜たちの幸せさをイメージしよう。化学肥料、有機肥料によって太らされるのではなく、自分が育つだけの分を他の雑草たちと分け与えながら適度に生育した、控えめで優しいイメージ。農薬や土壌改良剤や耕運機によって、微生物や昆虫や動物が住むことを許されない土ではなく、根っこの隣や草葉の影に賑やかしく他の命が溢れる、豊穣で健やかなイメージ。そのイメージにプラスして、顔も知り、性格も見知ったヒゲ面のややこしい想いも、アクセントに加えてみる。

 そうした背景を知って味わう準備が整った上で、本来の自然農の野菜が持つ「味」が、舌に放たれる。その野菜が、その味が美味しくないわけがない。(そしてもちろんここでも、その上で「おいしくない」と判断されることがあるのも、十分承知しています。)


 さて、話を少し脱線してみる。人々が、グラビアアイドルや芸能人を愛でる時の「味わい方」と、隣にたたずむ現実の恋人を慈しむ時の「味わい方」では、明確に論じらることはあまりないが、その「味わい方」はまるで違う。その理由は、グラビアアイドルの場合は顔の造形やスタイルの良さを視覚情報でのみ愛でるのであり、もしくは芸能人や歌手であれば、その視覚情報に加えて歌唱力であったり演技であったりは加味されるものの、あくまでも伝えられる「情報」によって愛でて味わっている。それに対し一般的には芸能人ほど外見が整っているとはいえない場合が多い彼女や妻ではあるが、それらを愛する場合は生い立ちや性格や内面などの、いわゆる背景込み、そして存在そのものを愛で、愛して、味わっている。(もちろん異論は認めます。)それはまさに、自然農の野菜を食べるのと同様に、「背景を知る」からこその美味である。

 つまり、自然農の野菜を食べる楽しみには、恋人や妻を愛するのと同様の楽しみが隠されていると言ってもよい。そして実はこの脱線した話こそが、味の本質、美味しさの真髄につながっているのだ。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 なぜ自然農の枝豆が美味しいのか、という話からだいぶ話がそれてしまった気がするが、いい加減まとめましょう。

 まず第一の理由は、その前提条件にある。枝豆を食べるという行為そのものに、野菜の本来の味を楽しもうという準備がされていること。「味わおう」という感覚が用意されているが故に届く、比較の美味。

 第二の理由は、雑草屋が自然農で育てた野菜を食べるという行為に、「背景を知って食べる」という、味のポテンシャルを引き上げる要因が隠されていること。背景を知るが故に広がる、恋人の美味。

 そして第三の理由は、その二つの条件が整った上で、満を持して舌に放たれる、本来の自然農の枝豆が持つ旨みそのものの実力。期待を超えて想像をはるかに上回る、衝撃の美味。


 その3つが必然的に満たされた、我らが自然農の枝豆が、美味しくないわけがない。一般的に枝豆の旨さとしてのキーワードとしての、香り、甘み、コク、があげられるが、その全てを、市販の枝豆(それは高級な枝豆やブランドだだちゃ豆なども含む)を衝撃的に上回る。味覚というものは個人個人によって違うし、大半は情報やイメージによって左右されるとわかった上で、それでも、この枝豆を手にして、口にしてくれた方たちが、「うまい!」と舌鼓を打ってくれることを信じて疑わない。

 そしてそれが「自然農」の魅力の一つになり、自然農に興味をもってくれるきっかけになってくれるのだとしたら、こんなにも嬉しいことはない。

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 個人的には、第二の理由、恋人の味こそが、自然農の作物たちが美味しく感じる秘訣なのだと、愛しい我が枝豆たちを味わうにつけ、感慨にひたっているのであります。

 ちょっとした、変態なのかもしれないけど。



 ※過去のBlogではこんなこともやってました >> 「おいしさ」





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2013年07月01日

うめー

皐月廿三日 曇り

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 今年は庭の2本の梅が、驚くほどの当たり年を迎えている。

 先日収穫していた青梅が冷蔵庫の中で少しずつ黄色みを帯び、庭には完熟梅が毎日のようにポトリポトリと落ちはじめた。痛んだ梅はヤギにあげて、大丈夫そうなものは拾い上げる。梅は青梅では少量の毒成分の為に生食は避けられるべきだが、自然落下するほど熟した実は、手に取っただけでスモモのような香りがたち、現に皮をのぞいてかじれば甘さ控えめの梅の果肉をなかなか美味しく食べることもできる。とはいえ、折角の梅は、なにはともあれ加工に限る。

 農作業が目白押しの最中、気分を変えて終日、梅の加工を楽しんだ。毎度お馴染みのオーソドックスな梅酒(梅の焼酎漬け)は、愛用している35度の玄米焼酎に放り込む。今年初めて挑戦してみるのは、純米原酒(日本酒)に漬け込む梅酒と、梅味噌ドレッシング。そしてことし一番気合を入れているのは、豊作につき計4kgを仕込むことにした梅干。その他にも、梅サワー(梅を酢と砂糖で漬け込む)やカリカリ梅干しは先日の青梅の時点で既に瓶詰めを終えている。今日の作業の後にもまだ梅は残っており、あとのレシピは梅肉エキスと梅ジャムにでも挑戦しようかと皮算用しながらの一日。

 
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 アク抜きとヘタ取りを日中に。順々に加工は夕刻に。結局今日は計5kg弱の梅を仕込み終えた。


 焼酎や日本酒、塩や砂糖などの補助食品や、加工時の消毒に使うアルコールなどは、もちろん自給できているわけではないが、庭になった梅を、なんとか手を加えて、保存食や加工食品として利用する。それならせっかくだから、自然素材に近い材料を選んで。これくらいが、今の自分達にできる身の丈にあった自然との共存スタイルだと思う。参考までに、利用している材料を。


【焼酎】:特製玄米焼酎35度(小正醸造)
いわゆるホワイトリカーではなく、丁寧に作られた本格焼酎、しかも加工酒用に度数を高めたもの。庭の梅の実だからこそ、無味無臭の工業製品的なホワイトリカーではなく、より素材の滋味をひきだすような焼酎を選んでいます。

 参考URLはこちら⇒製品紹介

【純米原酒】:梅酒用純米原酒20度(富久錦)
梅酒は、焼酎やブランデーなどいわゆる蒸留酒でつけるものだと思い込んでいたが、今年は日本酒でも漬けてみることに。その中でも、特にこだわりを持って梅酒用に造られた純米酒を見つけました。

 参考URLはこちら⇒製品紹介

【洗双糖】
砂糖についてのチョイスは様々。普段から小生は調理に加工にこの洗双糖を利用している。黒砂糖ではコクや雑味がすこし多すぎて、白砂糖は使用したくないような時、精製されすぎていないこの洗双糖は、甘み、コクともに優れていて愛用しています。

 参考URLはこちら⇒製品紹介

 ※様々な砂糖の違いについて⇒黒砂糖、白砂糖、洗双糖、三温糖の違い

【自然塩】
精製塩はなるべく使わないようにしています。今ではあら塩などの名前でどこでも買えますが、安いものは海外製だったりもします。海に囲まれた日本で、わざわざ塩を運んでくるのもなんなので、できるだけシンプルな製造法で海水からそのまま作られたようなもの、かつ手ごろな値段で買えるようなものを使っています。塩や砂糖は長期間保存がきくので、買い物先で安くて良品を見つけたら購入してストックしておくのが小生のスタイル。


 理屈をこねくり回すよりも、実際に手を動かして、作って、待って、食べて、楽しむ。これこそが加工食品の醍醐味であるのは言うまでもない。


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2013年04月26日

備飯録

弥生十六日 晴れ

第十七候: 穀雨 次候
【霜止出苗(しもやんでなえいず)】
=霜が終わり稲の苗が生長する=
 (新暦4月25日頃〜4月29日頃)
七十二候を取り入れています※



 雨、雨、そして時折のぽかんとした晴れ。いまだ少し気温が上がりきらず、先週まではコタツも出していた。朝晩の冷え込みに難儀して、ようやく、じわりとした暖かみが衣類を包むようになってきた。
 庭の梅が、この家に移ってから一番の生りを見せている。例年咲き誇るわりには実をつけず、なっていたとしても早い台風や大風で落ち、家で採れるのは多くて二十個ほどであった。それが今年は、このままうまく行けば100個は実を結びそうな、ほくほくの庭先。雀や鶯がよく枝葉にとまり、虫を食べては飛び遊んでいる。その鼻先にぷりぷりと日に日に大きさをます梅の実を眺めるのが実に楽しい。

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 連日の雨に作業が押されてなかなか田畑の用事が進まないが、その分、庭での畑に手が伸びる。低温の春でなかなか芽を出さなかった大根や小松菜が、ようやく発芽、本葉を伸ばし始めた。自然農のわりには、野菜屑や落ち葉がたっぷりと土に還る畑であるので、少々プラスのハンデを背に、このまますくすく育ってくれることを望んでいる。今年は作付けの田畑と共に、庭での自然農もさらに拡げていきたい。そのせいで本業の畑がお留守にならんように、今から注意しとかないとやばいねこれは。

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 さて。新生活を初めてから、備忘録、否、備飯録(@facebook)をつけている。家族で、それぞれが作れるときに作れる側が思い思いに料理し、作り置きも、食材も、メニューも、独善あり、コラボありでキッチンに立ち、食卓を囲む。そうして毎食、すこぶる美味い。自然農で育ってくれたものあり、スーパーの食材あり、こだわりのプレミア肉あり、特売品の割引食品あり、自家製味噌、市販の調味料、ざっくばらんにとりこんで、いただきますとごちそうさまを楽しんでいる。しいて言えば、味は濃からず、油は多からず、旬に従い、煩悩にも従い、臨機応変に。

 備飯録、目標は継続1年。続けられたら、嬉しいねえ。


 このひと月の、スマッシュヒットを三作品並べて、そろそろ明日に備えよう。 

 
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 【黒豆お汁粉】
自然農緑米の薄搗き餅、自然農黒豆の甘煮、きな粉

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【カレーうどん、豆腐あんかけ】
カレーうどん:猪の茹で汁、薬味ねぎ、カレー(トマト缶、玉葱、干し椎茸、干し茄子、豚コマ)
豆腐あんかけ:ネギの生姜煮に豆腐を加えて


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【彩り茶漬け】
出汁2種:昆布と荒削り鰹節、猪肉のだしスープ
具10種:焼き海苔、炒りゴマ、湯通しネギ、油揚げの素焼き、
大根の実の醤油漬け(2年もの)、茗荷の梅酢漬け(2年もの)、
穂紫蘇の塩漬け(1年)、カキドオシ(庭の野草)、
おかき(素焼き煎餅を砕いたもの)、鰹の酒盗(小名浜産)

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2012年06月10日

行ったり来たり

卯月二十一日 晴れ

第二十五候:芒種初候
【蟷螂生(とうろうしょうず)】
=かまきりが生まれ出る=
 (新暦6月5日頃〜6月9日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 畑の裏手の桑の林に今が盛りとばかりに桑の実(マルベリー)が色づいている。梅雨入り前のこの時期が旬であり、採りきれないほどに実をつけた桑の実が落ちた農道がどどめ色に染まり、完熟した果実特有の、なま甘い香りに辺りが包まれることになる。

 今日のつくいち前の収穫の朝、ジャガイモと空豆とスナックエンドウを採り終えたあと、広手の笊を抱えてひとしきりたわわに実のついた桑の枝を揺すり、ひと盛りの桑の実を収穫して市に繰り出した。もとより、桑の実なんて田舎のそこら中に生えていたようなもので、学校帰りの子供がその手をどどめ色に染め上げて母から叱られるのが定番になるくらい、よくある田舎の野良の果実である(正確に言えば小生の子供時代の風景に桑の木はなく、知人友人から何度も聞いた話の受け売りであるのだが)。 つくいちでも、何人ものかつての少年少女たちが雑草屋の桑の実を目にするたびに、懐かしい・・・と声を上げて通り過ぎた。それでも久しぶりの紫の果実を喜んでくださる来場者に、少量ではあったがノスタルジーと共に、昔と変わらぬ素朴なベリーをお分けすることができたのだった。

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 つくいち終了後、各店テントを空にして公園の一角に全員で集合しミーティングを行っている。すこし早いタイミングで店を開けた小生のテントに、午前中に「ジャムにするわ」と言って桑の実を買ってくださった方が訪れてジャムを一瓶持ってきていたのを、お隣の近江屋商店さんが変わりに受け取ってくれていた。ミーティング後に近江屋さんにお聞きした時には既にその方の姿はなくお礼もお伝えできなかったのだが、その好意に、5時間の接客疲れが洗われてしまうような気持ちがした。

 午前中に渡した桑の実が、午後にジャムになって帰ってくる。思えばそれはことさら特別なことでもなく、お渡ししたラッキョウが半年後に甘酢漬けになって帰ってきたり、生姜がジャムペーストになって帰ってきたりと、これまでも様々な作物が同じような道のりをたどっていた。桑の実ジャムを持ってきてくれた方は、「ビンは季節屋さん(つくいち仲間の手作りジャム屋さん)のだから食べ終わったらお返ししてね」との伝言も残されていた。

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 雑草屋で育てていない野菜を浅野さんから買い、卵はみたらい農園さんから買い、裸麦を自然堂さんから買い、オートミールのクッキーをつくばベーグルさんから買い、試食用の近江屋さんのポップコーンをおすそ分けでいただき、挙げだしたらきりがないが、こうしてぐるぐるぐると、つくいち内で閉じられた輪の中で生産物が往来をしている。そうしてさらに、来場者との間でも今回のような、小さな小さな輪の中での行ったり来たりのミニサイクルが展開している。そのサイクルには、お金のやり取りや金銭無しのやり取りと共に小さな幸福感がおまけについて回ってくる。
 グローバルなネットワークもいいしソーシャルネットワークもいいし、地球をまたにかけるビジネスもいいけど、この閉ざされているような小さなサイクルの中でのやり取りも、また輪をかけて良いと思わない? だからと言って向こう三軒両隣、ご近所さんと助け合いの暮らしを自分がしているわけでもないのだが、でっかくでっかく世界を見渡し日本を縦横無尽に流通させて届く生産物やプレミアムグルメとは別に、こういったコミュニケーションでの美味しさと幸福感の行ったり来たりもまた、たまらなく良いのではないかと実感するのだ。

 時折に、こうして、地に足つけながらのつながりの中で。甘さ控えめの、マルベリーの淡々とした香りを残したジャムをひとさじ舐めながら。

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2012年05月15日

どぶろっきんぐ

閏弥生二十五日 雨

第二十一候:立夏末候
【竹笋生(たけのこしょうず)】
=筍が生えて来る=
 (新暦5月15日頃〜5月20日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※



 暇はない、と昨日書きなぐったその手も乾かぬうちに暇をみつけて、ついに念願だった「どぶろく」を仕込んでしまった。先日の甘酒での予行演習も済ませての、いよいよ本番である。

 材料は、自然農で育てた米を三合、筑波の井上麹店の米麹200g、
 我が家の井戸水900ml、イースト5g。

 1.まずは米を7分搗き程に精米し、2合炊きの水分量で普通に土釜で炊く。

 2.その間に米麹をほぐしておく。20120515kouji.jpg





 3.米が炊けたら、どぶろくを仕込む甕に移し、水と混ぜる。
 4.温度が40度以下になったら、麹も入れてまたまぜまぜ。20120515rice&water.jpg





 5.最後にイーストもふりかけ、またゆっくりと丁寧に混ぜる。20120515almostfinish.jpg





 6.雑菌が入らないようにラップをかけ、あとは三日ほど待つばかり。
 7.20度以上の保温が望ましいので、冬に使う小生の腹巻で包む。 20120515warming.jpg



 今後は、 
 ・一日一度、しゃもじで混ぜてあげる。
 ・醗酵が収まり、もろみを絞れば完成。
 ・瓶詰めしたものは発泡の濁り酒、絞りかすは酒粕。
 
 ・・・マジですか?? すごいんですけどーーー。
 
 ありがとう雨!! 種、苗に恵みをもたらし、百姓にも暇をもたらし、どぶろく仕込みの機会までくださったのね。明日からの天気予報では、今日の雨が過ぎれば気温25度を超える日が続く模様。農作業が目白押しで疲労した体に自家製どぶろくの発泡が身に沁みる、そんな幸福によだれを垂らそう。このワクワク感、代えがたい楽しみであります。



※どぶろく作りではこちらのHPを参考にいたしました。勝手ながらリンクを紹介いたします。
 >ドブロクの造り方
 >自家製どぶろくの作り方
 >イースト(酵母)について



★この記事は、著者の妄想を書き留めたフィクションであり、実際の分量、製造工程、写真など全て架空の出来事です。酒税法という日本国家が誇る素晴らしい法律に異を唱えるつもりは全くございません。はーメンドクサ。★

 

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2012年03月31日

ぜってーうめー

弥生十日 曇りのち雨

第十二候:春分末候
【雷乃発声(らいすなわちこえをはっす)】
=遠くで雷の音がし始める=
 (新暦3月30日頃〜4月3日頃)
※今年から七十二候を取り入れてみました※


 晴天の続いたここ数日、ジャガイモの植え残しをまだまだ横目にやりながら蚕豆とえんどう豆の移植を最優先に終わらせた。土埃までは立たないが乾き気味の畝に手早く植え終えて、予報どおりの週末の雨に間に合わせた。今日は朝から風が飛んだ。春の嵐といわんばかりに地面をまき上げ、どうやらおさまってきたと思っていると、負けずにドザ降りの雨がやってきた。ずれにずれて満開を迎えていた筑波の梅が十分に咲き誇ったのを見計らっての、桜ならぬ梅散らしの雨となった。頃合としては3月半ばといったところか、花見も春雷も今年はもう少し後ろになりそうである。

 午後から雨、を予定して、今朝は仕事前に台所で仕込みを入れて畑に出た。痛む寸前のジャガイモを、買いだめしていたニンジンとエリンギとタマネギと豚モモ肉でカレーに煮込んでしまおうと、肉を自然解凍、ジャガとニンジンを下茹でしておく。自然農の米も自家精米して水につけ、余った時間で、思いつきで甘酒も作ることにした。味噌ならぬ手前どぶろくを、醸そう醸そうと企んでいるまま重い腰が上がらなかったこの冬。始めからアルコール化を狙っているが故の腰の重さであるのはわかっていたので、まずは米と麹で甘酒を造ることから切り込むことにしたのだ。米をお粥に炊いて、60度ほどに冷まし、乾燥麹を砕いて混ぜ、55度〜60度あたりで10時間保温。普段使わぬ電子ジャーを活用し、布巾を掛けて、あとは待つばかりとなった。

 雨に濡れる前に家に戻り、再び台所へ。お勝手の軒をバラバラと叩く雨音を聞きながら、嬉々として夕食を仕込む三十路独身男。玉葱を飴色に、豚肉はオリーブオイルでざっと炒め、エリンギに油を絡めてワインでひと煮込み。深鍋で、オリエンタルカレーのチャツネと共に仕込み済みの、ジャガイモニンジンのスープに、ザクザクと追加していく。後は肉が柔らかくなるまで煮込むのみ。
 甘酒は、7時間ほど経ってすっかりと完成に近づく。舐める、すくう、混ぜては味見る。炊飯ジャーの中のお粥と麹の混ぜ物は、すっかり溶け合って天然の甘みが香りたつジュレに変身していた。こりゃあ失敗のしようがないね。空いた時間にネットでさっと下調べして、次回のどぶろくへの意欲がいよいよ高まるのであった。

 日が落ちる頃には、雨も風も拍子抜けするほどすっかりやんでしまっていた。あとは畑で摘んだ菜の花をさっと御浸しにして、お米を炊いて、ルーを溶かして、ザ・ディナータイムを待つばかり。それではこの後は完成後の写真を並べることにして、今日はこの辺で閉じることにいたしやしょうかね。想像するだけでも、ぜってーうめーぞこらー。


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今宵のディナー:カレーライスとおひたしと自ビール(めっちゃ普通!)


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 水煮大豆と自然農ライス
  こってりカレーには菜の花を添えて
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コマツナの花の御浸しには    
甘酒ジュレドレッシングを(2種)



 さて、明日は品薄で出店を断念したつくいちの時間を、ジャガイモ植え付けにフル専念。

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2012年02月03日

豆と鰯と柊と

睦月十二日 晴れ

 鰯の頭も信心から。「鰯の頭のようなつまらないものでも信心する人には尊く思われ、物事をかたくなに信じる人を揶揄するときなどにもいう」といわれる諺であるが、それでも人は何かにあやかってついつい生活しているものである。占い、おみくじ、から始まって、金融、株式市場、政権、会社、考えてみたら生きている全ての対象が、信心・信仰に近い思い込みの共有から成り立っているとも言えてしまう。自然も、生命も、科学も、絶対の事実であるようについつい思ってしまうけれど、それだってどうか分からんもんだよね、自然農しかり。自分がどのような視点に立ち、どれほどの視野を持ち、どんな指針を立てるかによって見え方、信じ方、生き方が変わってくるのだ。畑で田んぼで起こっていること、起こって欲しいこと、楽しみたいこと、そのあたりに忠実に従いつつ余計なものをそぎ落とし、さらには程よく鰯の頭を信じながら進むべしと言ったところでしょうか。

 という訳で節分。昨日の買い物で鰯の丸干し8尾198円を求め、庭の柊の枝を落とし、切ってあった竹の残りの部分で竹筒を作ってみた。鰯の頭を落とし、身は焼いて丸ごとパクリ、別に香ばしく焼き上げた頭を柊に挿して玄関へ。門松に続いて、自家製の季節飾り第二弾「やいかがし」が完成した。
 
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 今日は朝から、週末のつくいち用の大豆の選別作業を行った。大きくて丸々としたものを最優先して今年の種播き用に、傷物・小物・虫食い物はよけて自分の調理用に、その他大勢の優秀君たちを商品に、より分けてゆく。作業中に出る、この三つの分類にも入らない屑くずを、まとめてあつめて枡に移しておく。胡坐と背中が痛くなった午後の夕日ごろ、玄関に出て、やおらその屑を豆撒きすることにした。張り切るには少々恥ずかしいくらいの声で、日本中のご家族や児童が叫び倒したフレーズを繰り返した。自然農の自家栽培で育てた大事な大事な豆を、投げ撒くほどの器量はありませんので、あしからず。決してパラパラと良い音にはならない屑豆や豆殻を、庭と裏庭に投げて鬼を追い出し、玄関や家壁に当てては福を招きいれた。ついでに山羊小屋も、鬼は外、福は内。山羊は気にもせず、投げ撒いたおこぼれをむしゃむしゃと食う。お前はそれでいいのだ。

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 のんびりと、陽射しのあたる縁側での選別作業にじっと手を動かすのももったいと思い、週末のつくいちでの販売促進の為にと試食を数品作ってみることにもした。木下豆・緑大豆・黒豆3種の大豆は、一晩水で戻してゆっくりと火をかけ、きび砂糖と醤油で甘めの煮豆に。小豆は、友人のご実家(竹内養蜂はちみつ店)で作られた天然蜂蜜を使っての粒餡へ。参考にしたレシピの調味料分量は半分以下に抑え、自然農の豆の味を最大限にいかしてみた。はたして、木下豆、緑大豆、小豆は既に完成、極うまの和スイーツになりましたぜ。黒豆は、火を落として一晩鍋で味を馴染ませるのが肝とのことで、明日にお預けとなっております。気になる方は日曜日のつくいち、雑草屋本舗にてどうぞ味見しておくんなまし。

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 自然農の豆はウマイ。これは信心かしら事実かしら。どうかしらね。



※節分についての参考サイト
 ・【豆まき】節分に豆をまこう!(allaboutより参考)

※大豆、小豆の調理についての参考サイト
 ・大豆レシピ (十勝小豆森田農場HPより)
 ・黒豆レシピ (同上HPより)
 ・粒餡レシピ (同上HPより)
 ・お手軽レシピvol.9[ハチミツで煮豆] (札幌山本養蜂園HPより)
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2011年09月24日

Aカップ

葉月廿七日 晴れ

 よく晴れたなあ。冬野菜の種播いて、初秋の陽射しにぐったりと日焼けして、ニヤニヤして枝豆のAカップのふくらみを眺める。

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 今年も来ました。自然農枝豆、3種。木下豆(黄大豆)、みどり大豆、黒豆、2011年度の出荷を控えて、着々と身ごもりはじめとります。10月2日の来月のつくいちにて販売開始の予定。今年の豆畑はなかなか好調よ。もちろん出荷はCカップ以上になってから。

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 詳しくは雑草屋本舗のHPにてご確認を。寝て待て!
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2009年07月15日

到来!

閏皐月廿四日 晴れ 

 うーーーん、雨が降らねえなあ!と空を見上げていたら、いつのまにか梅雨が明けていたつくば。例年より6日ほど早い、一昨日の梅雨明けである。梅雨が明けた空は、とにかく暑い暑い。夏、夏、夏の到来の、頭蓋骨のてっぺんを焼き焦がす、ジリジリの開幕。畑も、田んぼも、思ったよりも早かったジリジリの到来に少々戸惑ったように片方で悲鳴をあげながら、片方で雑草の草陰に守られて、自ずから対応していかんと必死に整えているように見える。

 週末にほぼ田植えを終わらせた田んぼも、梅雨明けの声を聞いて、情け容赦なく水位が日に日に下がってきている。それでも田に足を入れれば、草の根が、草の亡骸が水を蓄え、グッショリと足元に水が染み出てくる。自然農の田んぼは表面は干上がったように見えても、その草の下にジューシーな、スポンジのような層が陽射しに負けじと湿度を守ってくれているのだ。

 薄曇りの梅雨空からのこのところの急な炎天下に、少々ペースを崩され気味に感じていた今日、港町の我が実家より、最高の夏の土産が届いた。稲藁で焼いてたたいた美味極まるカツオに、自然農の玉葱、ミョウガ、大葉、ニンニクのスライスをもりもり乗せて、夏の到来を祝う。

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〜梅雨明けの 夕餉に光る 初鰹〜
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2009年01月07日

ムッチムチ

師走十二日 晴れ

 前日脱穀したプレーヤーさんから、籾摺りしたての新米のブレンド米をおすそ分けしていただいた。粳米はコシヒカリと旭竜、それにモチ米、神丹穂(赤米)、香り米、緑米と黒米の絶妙ブレンド。二合ほどのBIGプレゼントを、すぐさま土釜で炊き上げた。

 自然農三年目にして籾摺り精米機を程よく使いこなしたプレーヤーさんのブレンド米は、玄米度がいつもより高めに仕上がっており、強火で一気に炊き上げたその味はまさにムッチムチのツヤツヤ。数種の古代米の存在感も、取り除ききれなかった数%の残留籾も、この迫力味を引き立てる最高のアクセントである。


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籾摺り精米直後のカラフルさ
↓↓↓

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炊き立てで曇っております。


 ご飯は米、おかずも米。まじでそれだけで幸せになれるんです。ああもうこれ以上言うのやめます。七草粥?知らん。
 
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2008年12月05日

ぽっくぽく

霜月八日 曇りのち雨

 週末のつくいちで販売予定の「石焼き芋」を先日から少しずつテスト焼きしている。埃を被っていた中古の圧力鍋や煎餅が入っていた一斗缶に、ホームセンターにて数百円の丸石を敷きつめ、ストーブの上で数十分。えも言われぬポクポクの焼き芋が出来上がる。自然農イモは、ネバネバしたしつこい甘さがなく、落ち着きと清涼感がある旨味がある。人の意思で育てた甘さとはどこか違うような、軽くて深い甘さ。


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 冬、ストーブ、石焼き芋。幸せの方程式。

 
 ポイントとしては、掘りあげてから数日ほど置いておいたイモを、中火の火にかけた石の上で30分以上半密閉状態で焼いていく。ああ、それだけ。もう、ポックポクですわ。
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2008年10月05日

名月の前に

長月六日 晴れ

 一週間後は十三夜。長月九月の名月は、別名「豆名月」とも言われている。

 豆は、枝豆。インチキ百姓の自然農畑にも、ようやく、待ち焦がれていた枝豆が収穫の頃を迎えた。今年の畑は○×△、1年目の土は□☆※、他の作物はさっぱり◇◎×…、と雑音は後回しにして、まずは採れたてを味わうべし。

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 明日は「つくいち」。枝豆用、大豆用など数種類が実り始めてきたので、食べ比べて一番おいしいものを出荷することにする。yamaさんとわっせわっせ茹でて、しばし旨味にうなる。……いいもの育ってくれました。
 


 本日の献立、自然農ブレンド米ご飯、葱と豆腐の味噌汁、薬味ショウガの冷奴、そして枝豆祭り。豆腐以外は自然農の恵み。全てありがたくいただきました。
  
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日本食記:日本だけの食習慣 エダマメ
 
 …枝豆についてのウンチク、豆知識を見つけました♪
  中段には十三夜の記述もあり、なかなか為になりますね。


 …日本食紀という記事、もともとは小田原の蒲鉾メーカー「鈴廣」さんのHPから。
  季刊誌「如(ごとし)」に連載されてるコーナーでした。他の季節もなかなか乙。
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2008年05月30日

頬張りながら

卯月二十六日 曇り

 絹サヤエンドウ、スナップエンドウ、旬で食べるのが追いつかずに豆を太らせ、グリーンピースにする他なし。茹で上がって、豆を取り出す前にこいつらの顔を見ていると、口に放り込まずにはいられなくなった。


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 収穫のことだけを書いていると順調に見えるが、播き時が遅かった(11月半ば頃)ためか、もしくは地力が十分でないためか、全体の生育が昨年の5割〜8割程度になってしまっている。空豆などはチラホラと収穫できる程度で、ほぼ負け戦に近い様子。うーん、育たない。

 おいしさ爆発のグリーンピースを頬張りながら、今秋以降の播種計画を頭で練り直す夜。その前に、入梅前の種播きラッシュだけど。
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2008年01月15日

ツヤピカ

師走八日 晴れ

 今年度最後の集合日を終え、自分の米も精米することができた。収量の都合でyamaさんと一緒に籾摺り精米した「旭竜」という種類の粳米(うるちまい)。埼玉・江南町の頃からいただいて作り続けてきた種類の米。一年の、過ごした時間と想いが詰まった米は、籾摺り精米機の能力で二分搗き(玄米から二割ほど糠を削った割合)程度に精米され、玄米と白米の中間くらいの色に輝いて精米機から取り出される。

 寒さが沁みる脱穀作業と、稲木の片付けや竹垣の解体を終えた集合日のその夜、湯気が出そうな新米を、土鍋でツヤピカに炊き上げた。


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 甘すぎて、旨すぎて、そしてヨダレが止まらない芳香。滋味と美味の混在。自分で米を作る喜びは、静かで、激しく、尊い。

 なんだかんだとうまくいったりいかなかったりの自然農ではあるが、こうして少しでも食べることにつながる喜びの蓄積が、自分を底で支えてくれるのだ。
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2007年12月22日

冬至の一日

霜月十三日 【冬至】  曇りのち雨

 季節は、いよいよ冬本番を迎えた。秋の空気は晴れた日の陽気の中にのみ姿を見せるくらいとなり、冬の気がついに秋の気を凌ぐ頃である。
 ここ二週間、来客の続いた週末の農園も、今日は静かに時間が過ぎる。にわか雨の午前中には、ベランダに並べていた採種用の果菜類のたねとりを数種済ませ、雨があがった昼からは畑に出て、里芋、ヤーコンなどの掘り忘れを収穫した。夕方前、雨に備えて農具をしまい、夕暮れまで新しい畑にでて、米糠を振り撒いた。
 夕日を眺めて作業を締めたかったが、冬至の日の入りは厚い雲に遮られ、薄暗い緞帳が静かに下りてくる様に穏やかに空が暮れていった。

 夕飯。たねとりに保存しておいたカボチャが予想以上に状態がよく、それなら、と「冬至南瓜」というわけではないが甘辛く煮ることにした。一方、収穫後に冷たい場所に置き忘れてしまって黒変しはじめた薩摩芋にがっくりし、食べられる箇所だけを選んで、年の瀬にあわせてキントンを作ることに。割れ米の多い昨年の黒米を贅沢に混ぜたご飯と、今年は豊作だった里芋の味噌汁を作り、コトコト南瓜を煮、ゴシゴシ薩摩芋を裏ごしし、カラカラとゴマを炒ってごま塩を作り、二時間ほどで晩飯にありついた。


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 こんなにどっぷり作業してどっさり料理してゆっくりご飯食べるのも久しぶりだな、と雨音を聞きながら一年で一番長い夜に一息ついた。冬の雨は、底冷えを和らげてくれてありがたい。


【冬至】…日南の限りを行て日の短きの至りなれば也(暦便覧)
      一年中で最も夜の長い日。この日より日が伸び始めることから、
      古くはこの日を年の始点と考えられた。
      冬至南瓜や柚湯の慣習が残る日。
      ※読み:トウジ
      <参考:こよみのページ


冬至にかぼちゃをたべるわけ
 …ニュージーランドかぼちゃ.com というかわいいサイトを見つけました。
  冬至に「ん」のつく物を食べると縁起が良いとのこと。
  ちなみにカボチャは「なんきん」です。
  


ということは、、、「キントン」もありか??(笑)

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栗の甘露煮でも加えて、正月に食べますかな。
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2007年12月13日

メザス

霜月四日 雨のち晴れ

 この年齢になっても、初めて経験するものは数え切れないほどあるのだが、シンプルな加工食品をシンプルに作ってみるとその単純で理に適ったノウハウに素直に感動する。先週末、閉店間際に駆け込んだお気に入りのスーパーで、カタクチイワシ25尾120円の半額シール付きを買い求めた。カタクチイワシなど自分で買って食べたことなどほとんどなかったが、あまりの安さに反射的にかごに入れてしまっていた。味噌、梅干、ラッキョウ漬け、ビール、干しイモ、などなど、小生が浅く積み重ねてきた加工品リストに加わる新たな品目、「メザシ」への挑戦である。

 太平洋岸の港町で育った小生である。干物との付き合いはわりと長いほうだ。とんと忘れていたことだが、小学生の頃までの実家の裏には干物加工店が干し場を広げ、キャッチボールの暴投が家の裏に投げ込まれると、猫用の金網を潜り抜けて干し台に頭をぶつけないようにボールを取りに入ったものだった。子供心に「魚くせー」程度にしか感じてはいなかったものだが、今思い起こせばあんなに近くに加工食の現場があったのだった。高校に入る頃、干し場は消え加工場もたたまれたあとには、若い夫婦が入るような2DKのテラスアパートが建築され、干物の匂いもカラスの鳴き声も猫の徘徊もパタリとなくなってしまったことを覚えている。そしていつのまにか、干物は家の裏で干されているものではなく、スーパーや魚屋で買って食べるものに変わってしまっていたのだった。
 
 さて、家の裏に干物場があったとはいえ、干物の作り方を知っているわけではない。20尾のイワシを調理場に並べて、なにはともあれインターネットで調べつくし、メザシ作りにとりかかった。

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簡単に殴り書く。
 海水程度の塩水で簡単に鱗と血を洗い流す。
 海水の2倍ほどの塩汁に8〜10時間ほど浸す。
 フキンやペーパーで水分を取り、竹串などに目玉を刺して数尾並べる。
 軒下など直射日光が当たらせ過ぎないように干す。
 夜は取り込み、数日干せば出来上がり。
 一日干しでも美味しく食べられる。


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 好みではあるが、頭もワタも、丸ごと焼いて、自然農の大根おろしと共に飯をかきこむ。出来れば炭火。ガスレンジで焼いても負けずに美味。手作り、天日干しのメザシがこんなにウマイとは、満足。

 イワシは丸ごと塩汁に漬けるのが良しとされるので、その塩汁を捨てるのがもったいないのだが、アジやサンマなど大きな魚であれば開いて塩振りして干して良いとある。冬は干物に向いているとされる。カタクチイワシを制した今、次は何を目刺してみよう。しばらくは、スーパーの半額値札から目が離せそうにない。

 ちなみに上記の塩汁を何十年(一説には400年以上とも言われる)繰り返し使われて発酵した液につけ、加工されたものが、かの干物の王様「クサヤ」であることを知った。残念であるが、今のところ、小生にクサヤを作る勇気はないが。


干物の作り方・・・伊豆は伊東の島源商店のHPより

 このたびは「イワシの丸干し−朝の食卓に2、3本いかが?」を参照
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2007年11月25日

まどろみの先

神無月十六日 晴れ


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 「慣行農、有機農、自然農のカブ、五感をつかって味の違いを感じとってみてください。」そんな粋な企画に出迎えられつつ、まどろみカフェの夕べを楽しんだ。提供した野菜の量は限られたため限定十数食の自然農プレートとのことだったが、小生がまだつくばを発つ前に、カフェからは「開店二時間で完売」というメールが届く。嬉しいやら申し訳ないやらである。朝いちでお願いされていた里芋の追加注文分も持参して上京するはずだったのに、気も漫ろでTXに乗り込んだ結果、車の中に忘れてくるという失敗も犯して、期待の里芋コロッケは食べられないなあなどと腹の虫を鳴らしながら、メッキリ冷えた空気に包まれた中野駅に降りた。


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 初めて訪れる「まどろみカフェ」は、賑やかな駅前の喧騒から逃げるように線路沿いを歩いた先に、ぼんやりとたたずんでいた。無機質なアパート群と時折見える庭木に囲まれた通りにふらりと顔を出す看板には一房の稲穂がライトに照らされて、こちらを手招きをしている。誘われるようにして門を入ると、靴が並んだ昔風の縁側に出迎えられ、その大き目のガラス戸の奥には紛れもなく暖かい室温が待ち構えてくれていた。暖かさの中に知ってる顔がちらりほらり。つくし農園のプレーヤーや、大学時代の友人らがいて、のんびりとしたカフェの空気がますます和やかになっていく。
 メールでは完売とのことであったがそこは予約客、なんとかプレートを食べられそうでひと安心。その一方で、普段自然農の野菜に触れることの少ないお客さんに食べてもらえる機会を自分が奪うのはいったいどうなんだとも思ってみる。一瞬。しかしキッチンの奥から漂う優しい調理の香りに鼻腔が占領され、その瞬間に頭が空腹に占領されることになった。小さめの調理場の中では、プレーヤーのyさんがこまごまと手を動かしてガスレンジと格闘していた。さて、飯だ。

 本日頂いたメニューは覚えている限りではこちらのとおり。

 ・カブのおひたし(テイスティングテスト)
 ・里芋コロッケ
 ・キクイモのキンピラ
 ・有機野菜のサラダ
 ・自然農ブレンド米
 ・サツマイモの茶巾+豆乳アイスなどのデザート

 シンプルで、素材を活かすことに意識された優しい味付け。「ウマイ」という表現より、「おいしい」という言葉のほうがふさわしい。そして何より、口に入れるのが「嬉しい」。メニューとして提供してもらった我が子の晴れ姿は、いつもの手料理とはひとあじ違い、よそ行きの顔をして澄ましているようなそんな別の魅力があった。こうした喜びはなかなか代えがたいものでもあるなあ、とシンプルに胸が充足していく心地。次回がいつかは決まっていないが、出来うる限りつなげて行きたいと思う。自然農で育った野菜の味を知ってもらうこと、それは今自分が思っている以上に意味があることなのかもしれない。



 いつの日かつくばでも。できたら、だな。
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2007年08月06日

土用干し

水無月二十四日 晴れ

 7月20日から明日の立秋まで、夏の土用となり、巷ではウナギの匂いが香ばしく立ち込める頃となる。梅雨が明けるこの時期は、暑さも極みに向かい恐ろしいほどの晴天がひとしきり続く季節でもある。とてもじゃないが昼間に農作業など出来やしない百姓は、この晴天を利用した加工食などの作業をしてきた。

 梅雨入り前の青梅が出回る頃から漬けはじめた梅が甕の中でシソに染まる頃、梅雨明けの晴れ空の続く数日間に「土用干し」を行なうのだ。

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 曰く、「土用の晴天の日、三日三晩干す。梅を一つずつザルに広げて干す。夜もそのまま干す。梅酢、しそは甕に入れたまま、ビニールをかけて太陽にあてる。三日干したら、午後三時頃、干した梅を甕の中に入れるとジューと音がして赤く染まる。土用干しをした梅はやわらかくて、種ばなれがよく、おいしい。(保存食と常備菜 島田昌子著 葦書房)」


 太陽にさらして数十分、様子を見に行くと、塩漬けした結晶が梅の実の肌にうっすらと薄白く浮かんでいた。天気予報では、これから三日間は雨のマークの気配なし。初めての梅干作りも、なかなか順調です。

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 ついでに二月に仕込んだ味噌の天地返しも行ないました。しゃもじについた味噌は皿に取り、キュウリですくって昼飯に。ほとんど完成している味噌だったが、もう少し寝かせて熟成させてみる。

最近、食べ物ネタばかりでスミマセン。
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2007年08月04日

肉厚

水無月二十二日 晴れ

 自然農の畑でもズンズンと育つズッキーニが「雑草屋」の野菜売り場を占領するのは嬉しいのだが、ナカナカドウシテ、売れてくれない。デカイきゅうり、変わったヘチマ、などとあだ名されてひっそりとたたずみながら、籠に残されて日が暮れてゆく。しぜんと食卓はズッキーニ一色に染まる。美味い食べ方を親友に教えてもらいながら、今宵もまた腹の中に消えてゆく。


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 オリーブオイルを塗っては焼き塗っては焼いた、絶品の網焼きズッキーニ。ジャガイモも添えて。そして余ったナスやらカブやらグリーントマトやらと山盛りのズッキーニを炒め煮したタイカレー。肉厚のズッキーニが、大量の汗と共に体を冷やしてくれる気がするような、そんな夕食のメニュー。

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