注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年12月28日

門松る

師走四日 晴れ

 昨日からの風が止み、冷える空気の中に晴天から射す冬の陽がほのかに暖かい。すっきりと乾いた空気に洗濯物を干し、庭に残していた黒豆の脱穀にようやくとりかかることができた。山羊は今期数度目の発情期。近くに放してかがみながら作業をしていると、もてあましたフェロモンをこすり付けんばかりに体を、ツノを押し当ててくる。痛いやら、悪い気はしないやら、こちらの気忙しさなどお構い無しに本能に忠実に体を反応させている。もうすぐお婿さんの手配も考えないとね。
 
 黒豆の方は昼過ぎには予定の作業を終わらせ、この秋に収穫した穀類の脱穀は年内に済ませることができた。脱穀が終わった大豆と黒豆はまだまだ選別作業が山積みではあるが、ひとまずは、収穫した状態のものは全て袋の中に保存できる状態まではこぎつけた。セーフ。一つ前の記事で年末年始に振り回されたくないようなそうでもないようなことを書きつつ、やはり区切りは気持ちいいものです。

 早めに終えた作業を片付けながら、ふとした気の迷いで正月飾りを自作してみることにした。インターネットでさくさくと門松の作り方を調べ、隣の竹を切り出し、庭の松を切り落とし、裏手の南天を拝借して、あとは見よう見まねで2時間ほど。少々物寂しいのを補おうと、居候氏のご実家からいただいたタンカンと農園からの稲穂をアレンジして、全て自然素材で、初めての自家製門松をなんとか完成させてみた。できれば対で構えたかったが、家にある適当な有りもので作っているのでその辺りはご愛嬌。不恰好ながら、今日から玄関前に鎮座していただくことになりました。

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正月までに、もう少し形を整えたいところ。



 最近は、いよいよもって虫に食われたセーターを裁縫で穴埋め修復やってみたりと、何かと手作業で済ませてしまうことが増えてきた。セーター修復は、できないと思い込んでいて捨てようと思っていたのだが、どうせ捨てるなら試しにやってみるかと手を動かしたら、存外簡単に(見栄えをそこまで意識しすぎない範囲で)繕うことができた。買えば、金出せば、今ならなんでも自分の手を動かさなくてできちゃうんだけどね。どっちが良いんだろうかね。なんだって自分でできると思い上がって、経済活動を否定するスタンスとるのはありがちで鼻持ちならない。自然農とかやってるとこういう勘違いをしてしまいそうになるので、その辺りは全力で避けなければならない。だからといってこの、手仕事でひとつひとつ、さしてたいしたことでもないことを自力でこなしていく喜びには、代用の効かない価値や充足感が秘められているのは疑いようがないのだ。

 いやいや、同世代の自慢の友人たちの日々の仕事のスケール感に比べてなんと小さいことを話してるんだろうと、本気で自嘲しないわけでもないのだけど。それだけ、門松立てられたのが嬉しかった、という告白でございました。次は甘酒いってみようかのー。
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2011年12月22日

ふゆきたり

  
霜月廿八日 【冬至】 曇り

 冬至を迎え、ようやく秋から冬へ、季節の主役が入れ替わりをみせる。庭のモミジも、柿の木も、いつのまにかすっかりと葉を落とし、落葉樹の枝が、高い冬の空にシルエットを描きはじめている。季節のバランスは秋が4.9、冬が5.1といったところか。朝に夜に空気が締まり、昼間でも雲が空けぬと、足元からしみじみと冷えが伝わってくる。今日から春分まで、冬の寒気に支配される四半期が続くのだが、その四半期の中に、立春(来年は2月4日)という春の芽吹きが含まれているという、あたり前のことに改めて驚き、喜びを覚えてしまう。冬来たりなば春遠からじ、ですゆえ。


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 このところ、大豆との日々が続く。カラカラにパリパリに干しきった大豆の枝をむしろと板の上に広げ、叩き、踏み、叩いては、豆をいじめて莢から弾き飛ばす。家の庭で延々と、育てた3種類の大豆を全て終えるまで数日続く。焚き火で手足を揉み解しつつ一日叩き飽きたら、唐箕で莢と豆を選別し、ようやく外作業がひと段落。さらにその後、日暮れた家の中に暖を取りながら、一粒一粒良い子悪い子普通の子とより分けていく。コタツと年末特番を相棒にして。延々と。 
 来年には今年の倍の量を作付けしようと思っていたのだが、はてどうしようとまた考える。この倍の作業をするわけ?まじで? 自分用なら味噌でも煮豆でも豆ご飯でも、良い子も悪い子もカマワネエけど、人様にお届けするならやらんといかん仕事だよねえ。まったく。来年のこと言っても鬼が笑うだけだし、作って採ってから考えるしかねえべな。

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 居候君が米国帰りの知己を我が家に招いており、朝飯どきに会食する。冬至でガツンと冷えた朝となり、珍しくストーブも朝から焚いて、どうやら僅かにまだ残っていたらしいサービス精神を奮い立たせた。会話は実に広大性と深長性に富み、面白く、温まった部屋で武者震いをしてしまった。(小生はドーパミンが出ると、頭に血が回って、寒気を感じてしまうのです。) 真のコミュニケーションは、こういう類いのものでなければならない。安易で即効性の高いネットワーキングばかりに目を向けず、一人でもいいからこうした深みのあるつながりを少しずつ築くことが、疎かにならない社会になりますように。まあ、小生がそれを続けるだけでいいのか。少しずつ、少しずつ、少しずつ。炎をいたずらに燃え広がらせずに、静かに燃やし続けて。いつか来る、火柱が立つその時の為に、目の前の作業に暮れろ。

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 なんのこっちゃ、わかんねえけど。これから忘年会と新年会ですなああ。飲みてええ。
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2011年09月23日

飛んできた

葉月廿六日 【秋分】 晴れ時々曇り

 めっきり、秋色の風。足もとの露はひんやりと足袋を湿らせ、畑の草のあちらこちらに来春の種が実り、心地良い気温が絶好の野良仕事をおしすすめる。最後の力を振り絞ってだろうか、蚊の勢いが盛夏よりも激しく、刺さるたびにチクリと痛みを感じる。秋分だというのにまだまだ君達もがんばるねえ。ともあれ、いい季節になってきた。



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 気持ちよい作業ついでに駐車スペースの草刈りもやってしまおうと草むらを睨みつけると、なにやらカラフルなものが目に入る。ヤギがしきりにそちらの方を見ていたので何があるのかと気にはなっていたものの、わざわざ見やることもなく気にもしなかったんだが。はてと近づくと、どこかしらか飛んできたのだろうか、名無しの可愛らしい傘が草葉に隠れてひらいていた。道路からも、周りの民家からも、どちらも50m程は離れており、しかも開いたまま。おそらく台風15号ロウキーがやらかしたんだろうけど、いったいどなたが飛ばしたのか。なかなか手入れも良いし、よく飛んだに違いないね。

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 心当たりのあるお方、たたんで畑の竹竿に掛けておいておりますので、いつでもどうぞお持ち帰りくださいますよう。 
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2011年09月22日

台風、復旧、夏野菜

葉月廿五日 晴れ時々曇りのち雨

 
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 小屋や畑の支柱に少々のダメージ、稲にはほとんどノーダメージにて、台風15号が一過し、夕方の雨とともに肌寒い秋の夜がつくばに訪れた。



 ともあれ、zassouya.com、とりあえず回復しました。しかし、これ、まいったね。
 
 9月上旬から突然「zassouya.com」のドメインが利用不能になり、はなから経費削減で無料レンタルサーバーや格安ドメインホストサービスを利用していたせいもあって、今の今まで復旧作業がおぼつかなかった。否、むしろ今でさえも最低限のこのサイト「毎日が自然農」だけはなんとか表示にこぎつけたが、「つくし農園」と「雑草屋本舗」のサイトは、従来のURLでは表示できずにBlogのURLでの暫定措置に留まっている。何しろ、インターネットの根本の仕組みが実際のところわかっていない。頭での理解が、どうにもこうにもたどり着けずに今でも半分お手上げ状態なのです。

 DNS、サブドメイン、cname、Aレコード、IPアドレス、・・・・・・つまみ食い、ひろい食いしてどうにか無理やり設定しているけど、ぜーんぜんワカリマシェーン。3年前、一体どうやって自力で設定できたのかも覚えていない。

 自然農生活とかいって、こんな感じでネットに振り回されて、何してんのかね。

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 二週間ほど前に、畑で収穫したトマトとルッコラとインゲンとナスで、最高に美味いランチを作って写真をアップしたかったものの、上記のトラブルでできなかったので、今更ながら写真だけでも。残暑がどっぷりと漂っていた午後、原色に輝く美味をビールで流し込む。これぞ、夏野菜のダイナミズム。

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<サラダ>

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<パスタ>
 
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2011年08月08日

チリン

文月九日 【立秋】 晴れ

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 過去最低の売上げを記録した8月のつくいち。むん、と熱気と炎天が公園に充満し、客足もまばらに、作物も華やかにはそろわず、なかなかシビアな誕生日となった。それでも馴染みの来場者との会話や、数年来の学友との再会、出店者たちとの雑談も楽しみ、やはり日々是好日を過ごした。

 家に戻ると、実家からは福島の桃の届け物が、会員登録している企業からは雑貨の贈答品が、親友からは風鈴の贈り物が届いていた。35歳。口で言っているうちはただの数字でしかなかったが、改めてこうして文字にしてみて、少々驚く自分に気付く。表面には出てこないが、じわじわと背中をこするような、底の深い焦り。何かが一線を越えてしまったような、得体の知れない不安。と、ネガティブに追いやってみた先に揺り戻してくる、諦観とポジティブシンキング。んなこと言ったって、生きるしかないし、前向くしかないしね。こうした葛藤と日常を正面から乗り越えた向こうに、不惑の域に到達するのかしらね。

 野菜で言ったら今の俺はどんな状態なのやら。根は生やしたか?背丈伸ばしてるか?蕾つけてるか?花咲いてるか?種はまだだな。枯れもしてまい。…あかん、これ以上、自分の歳について何も語ることがない。そもそも、ホントは何も考えていない。誕生日をテーマに、書きたくもないのに、無理やり書いているのだ。
 現実の35歳は、つくいち翌日の今日に休日を過ごしてリフレッシュし、明日から秋冬野菜の種播きに没頭し、また毎日が自然農の迷走生活にどっぷりと浸かるのだ。不安は不安を拡大再生産させる。その愚はせず、楽観もせず、野心と分別を携えて、己れの人生を進め。

 風鈴は、風の吹かぬ部屋の中に吊るしては鳴らず、風のあたる軒に吊るしてこそ涼を伝える。自分の軒はどこか。自分の風は何か。いつしかチリンとひと鳴り、音色を奏でるべく。

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〜秋の立つ 炎天の下 鈴チリン〜
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2011年07月14日

梅雨明けぬ

水無月十四日 晴れ

 〜梅雨待ちの 肩越え笑う 昇り雲〜

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 実は薄々感づいていた、先週末にやってきたいきなりの梅雨明け宣言。その宣告に張り倒されたかのように、水バテか、PETバテか、はたまたビールバテか知らないが、週明けにぐったりと体が重くなった。まだまだ残した作業はあるのに、などという意志はたちまちに切れ、しばしダウン。この辺り、文化人生活から数年遠のいた感覚は正しいもので、少々汗かいても水は飲まず、飯もそれほど食わず、自分の体感を感じて胃も腎も休ませてひたすら板間で寝ていたら、すっかり回復してしまった。嘲笑うかのように毎日筑波山の奥に立ち昇る入道雲を恨めしく眺めていても、結局夏は来る。 
 
 暑すぎて思考停止。 人は何をもって幸せ感ずるや。 夏の早朝、昼寝、ぐうたらの酒、汗と水浴び。悩み×突破=爽快感? 南無南無南無、全ては陽炎(かげろう)に溶けゆく。ああ、雲は遠く、雨は来ず。
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2011年07月07日

ザ・日本

水無月七日 雨のち曇り

 夜明けから田植え、暑くなったら草刈り、家に戻って水風呂に浸かる。 午後に畑で豆を播き、夕暮れ前にまた田んぼ、水シャワーで汗を流し、ビールで酔わせてまた翌日。 そんな毎日がこのところ続く。

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 家から歩いて5分、畑からは歩いて2分のご近所に鎮座します一ノ矢八坂神社。毎年旧暦六月七日に、由緒正しきニンニク祭が開催される。神輿が出たり、太鼓が鳴ったり、境内にニンニクお守りが並べられたり、とそれ以外にとりたてて見るものがあるわけではないのだが、地元の祭としてはなかなかそれでいてごった煮で、汗臭くて、猥雑で、とりわけ今時珍しく平日だろうがなんだろうが旧暦で開催するあたりが好ましい。着馴れない女子の浴衣、精一杯に背伸びしたカッコつけの少年、ビールと半被姿で完成された神輿衆とそれを見守る茶髪の奥さん連中。洗練されてないクセに値段は張る屋台の軽食、たこ焼きソースとワタ飴のむせるような香り、生活補導の中学校の先生達。ああ、日本の夏祭りは、いわきでも、つくばでも、変わらないのね。ザ・日本。
 いっぱい働いて、毎日ビール飲んで、時々こうやって。 それで日々は回っていく。 頭でなく、生活で。 



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 浴衣姿で一人、ファインダー越しに祭に浸かっていると、なぜかふと、異国に紛れ込んだ異邦人のような気分に襲われた。お前はどう見ても日本人のオヤジだよ、と誰かに言われそうだけど。 ともあれ、神輿のかっこよさってハンパナイっす。
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2011年05月25日

どうでも

卯月廿三日 晴れ

 雨が二日続き、久しぶりにぐっと晴れた。 先週土曜日の21日、暦では「小満」を迎え、夏の気が、辺りに充満し始めてきた。その週末に山に入り、裸足で踏み分け、闇に座し、火をおこし、動物と人間の関係性に想いをめぐらせた。書物も、思考も、会話も、段々とどうでもよくなっていくような気分が充填されてきている。言葉よりも大事なもの、認識よりも大事なもの、存在。頭をできるだけ小さくして、感覚を。
 外に発することも、中に満たすことも、大事だと思い込んできただけで実はどうでもいいのかもしれないということを、火を熾(おこ)し、裸足で山に踏み分け入りながら、感知されていくのだった。知識は人格を制しない。

 苗代の籾が発芽して田んぼの雑草は生い茂り、畑の草も覆いはじめ、鳥ともモグラとも戦いながら作付けをすすめる。言葉よりも行動。それのみ。


 
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にんにく

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おおむぎ

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なっぱ

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きくいも

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天道虫



※コメントへの返信をちょっと休憩中。お許しあれ。
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2011年04月28日

あらら

弥生廿六日 晴れ時々雨

 朝、自宅のパソコンのモニター(ディスプレイ)が故障。急に何も映らなくなってしまった。親友に借りているノートパソコンでなんとか急場をしのいでいる。先日から車を廃車して自転車中心の生活になり、少しずつ慣れてきたかなと思っていたら、今度はパソコン。マイカーの無い生活は、可能性としてありえるかもしれないが、パソコンの無い生活は、今のところ想定していなかった。連絡も、事務関係も、趣味も、仕事も、ほとんど毎日何かしらの形で関わり、内容としてもかなり依存している。名簿もパソコン、記録もパソコン、予定もパソコン、あらあらら。

 マイカーを少し手放して、あらためて必要性と不必要性に気づきつつあるように、パソコンもそういうことは可能なのだろうか。知人の自然農法家には、インターネットも携帯電話も手放している猛者もいる。小生はそこは目指してはいないが、どこかしら淡い憧れを抱くような軽やかさを感じることもある。震災後、あらためて身の周りの用不要を問いかけられてきている。諸事情で通常よりも高く支払っていた電気代の基本料金をあらためて見直したら、月額2500円もカットできることになった。車の代わりに購入を検討している単車も、時を経るごとに買わなくてもいいか?と思うようになってきた。便利さを手に入れて失うことがあることを、今までの日本人は見なおす機会を失い、見ることも忘れていたが、そこを改めて問い直してみる好機を手にしている。思考を止めず、あるレベルの不自由さと不便さを身に着けることで、逆に驚くほどの自由と快適を手に入れることができることもある。慣れと思考停止が、全ての停滞を生む。体内細胞は常に傷つきながらも、しかしそれを永続的に修復と新陳代謝を繰り返しているからこそ生命は維持されている。低量の放射線などで人体は犯されすぎはしない。怯えて目を凝らしているつもりでいたら袋小路に追い詰められるだけかもしれず、無防備に楽観ばかりしていたら自分の足元をすくわれるかもしれず、どちらか一方サイドの判断、価値に身を預けることは一時の楽を手に入れて結局は自身を追い込んでいく。放射線こそが、人類を滅ぼすのではない。電力会社こそが、日本人を滅ぼすのではない。慣れと思考停止こそが、その人自身を滅ぼしていく。いったりきたりでも、間違いに気づいて戻っても、試行錯誤してもなんでもいいから、前向きに生きていきましょう。

 あー、中古のディスプレイ、どこかに落ちてやしねえかなあ。今のところこればかりは、必要リストに入れるしか仕方ないのよね。車も持ってると便利よね。自転車に乗って電気店にモニター背負っていったのは、さすがに嫌になったわ。こんなことパソコン使って書いてないで、はよ畑に出んかい、俺。


 不便さを着こなし、科学を見つめ続ける。それくらいのスタンスでいきたいものだ。


★追記(5/1):思いもよらず、ディスプレイを譲ってくださるというご連絡をたくさんの皆様からいただきました! 1番にお声かけくださった方からお譲りいただき、早速使わせてもらっています。皆様からのご好意に本当に感謝いたします。 なにごとも言っているもんですな。
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2011年04月12日

ぼやく

弥生十日 晴れ

 つくばでは桜が満開を迎えた。震災から一ヶ月経ち、今もあの日の14時46分、停電に暮れた夜、翌日の緊張した街の様子、実家との連絡を取り合った数日間を思い出す。先日の日曜日、大学時代の友人と、つくば中央公園の桜の木の下で花見を開いた。卒業して10年以上が過ぎ、伴侶や子供を家族に増やした友人たちと、持ち寄った手料理、お土産のデザート、ビールにウイスキーをあけて笑顔を共にした。

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−ジャガイモの発芽−


 週が明けて畑に向かうと、ためにためこんんだ作付け予定が、待ったなしで覆いかぶさってくる。振り返る暇はなく、今日はジャガイモ、明日もジャガイモ、明後日はジャガイモ、その後もジャガイモ、合間に他の種播きと、どうにかこうにか日常に追い回されることになっている。時々に畑は大きく揺れ、そのたびにラジオを聞き、放射能よりも花粉を厳重にガードし、毎日を取り戻そうとしている。震災後の毎日を過ごすということは、その現実と自分の実情を重ね合わせて前向きに生きるしかないのだ。心配しすぎても楽観しすぎてもいいけど、生きるのは自分だ、と覚悟を決めて。


 ここ数年、自然農に関わらず、エコロジー関係やスローライフ、ナチュラル志向のインターネットやメールなどのツールからの情報を普段から取り入れてきたが、震災や原発事故の後のそれらの空間で語られる言葉に対して、なんともいえない感覚が頭の片隅にざらついている。なんだろねこれ。
 原発事故を受けて、いざ行かむと東北関東を離れ、西日本に移住(一時避難ではなく移住)を声高に宣言する人々。もしくは、あなおそろしやと東北関東の大地を忌み、放射能による悪影響を決めて疑わずに唱える人々。みなそれぞれ、ご自身の行動、宣言に、信じて恥じぬ確信と熱血に満ちて周囲に説いている。その声を聞くたびに、よくわからないチクチクしたものが小生の心の中にめばえはじめる。なぜだろうこれ。
 小生が茨城に住んでいるからなのか、家族がいわきに居るからなのかはわからない。不幸中の幸いにたまたまの幸運で住処を離れずに済んだ自分や、親類友人に想いを寄せるにつけ、どうしても、声高な危険の吹聴や移住の宣言に対して、何かが違うという思いが色濃くなっていく。
 危険か安全か、危険を恐れればどこまでも恐れることはできる。今までのような無意識の安全宣言は、できるはずはない。肯定的な話を断片で聞いたり、悲観的な噂を早馬に手に入れたりして、結局は素人集団である市井の庶民が自分自身で判断するしかない。しかしだ。絶対に確定的なレベルの事実以外に関しては、福島や茨城の各地それぞれの、大気中の、土壌中の、生活環境としての放射線による人体への影響についてなど、誰がどんな立場であれ、結局は将来に至らなければ分からない。だから恐ろしいんじゃないか、というのもわかる。わかるんだけど、なんだかなあ。

 都内に住むいわきの友人は、「いわき産も、買いますよ!(中略)今はいわきを近くに感じたいです」と話していた。おぼろげではあったが、心の片隅で、私はいわきを愛している。同時に、数えて10年近く腰をおろしているつくばを、いとおしく思っている。その説明しがたい感情に身を寄せていると、どうしても、遠巻きに被災地を眺めながらの「恐怖の宣伝」に違和感を覚えずにはいられない。
 
 何故だろう。原発事故による様々な影響を憂えての、政策としての原子力発電への反対ならわかる。うんやりましょう。私も反対していこう。現地に住むものとして、あるいは自身や家族を思う気持ちとして、放射線による健康への悪影響を心配しての、移動や食料安全への声かけなら共感できなくもない。女房子供に万が一のことはさせられない。確かにその通り。しかし本当に身近な「生活」としてこの問題を考えた時、遠めで観察している人たちからの、「危ないよー」「癌になるよー」「もう福島には住めないよー」という言葉が、申し訳ないが大きなお世話に聞こえてしまうんだよなあ。各種の専門家からの様々な発信なら、ネガティブでもポジティブでも、その方達のプロとしての発言であるから耳に入れられる。危険を説いてくださってもいいし、安全性を訴えてくださってもいい。しかし、その言葉を聞いただけの素人の方たちが、自分の好みの情報を選択して自己判断しただけの「確信」を、周りや当事者達に必要以上に浴びせるのはもう止めてくれないだろうか。被災地に対しての「善意」の流言、アドバイスが、実はご自身の安心の為、行動の正当化の為に使われているのだとしたら、どううかお控えくださいませんか。もちろん私とは逆に、そうした善意を大歓迎されている方もたくさんいらっしゃることも、知ってはいるつもりなんだけど、なんだかね。こうしたこと書くと、おそらく「善意」の方たちからはお叱りを受けるのだろうけど。

 原発反対の意志を、反政府、Love&Peace、etc、様々な左右のイデオロギーに結びつけて語るのもやめて欲しい。経済推進派だろうが軍事独立派だろうが科学万能派だろうが、一方でスローライフ派だろうが核兵器全廃派だろうが地球市民派だろうが、立場を問わずに日本の原発行政についての視点のみで意見を闘わせ、賛否両論の議論を経ての原発脱却でなければならない(たとえ継続の結果が出ようとも、それはまた別の話である)。説得、共通理解、創造というのは、批判して相手を叩きのめしてというアプローチとは、彼岸にあるように思えてならない。これまで燻らせていた社会に対する不平不満をここぞとばかりに原発や災害行政に重ねてぶつけるのではなく、こうして将来への真剣議論のきっかけが否応なく訪れてしまったのだからこそ、ネガティブワードはできるだけ自分の懐に隠し持って、共通のゴールに歩み寄ろうという自制心が必要なのではないかと思う。お互いに、ただ日本の将来を、今よりも良いものにしたいという想いなのだから。


 つくばでの花見では、東京からの友人がわざわざ電車に乗って来てくれた。誰も強いてはいないし、皆自分の判断でつくばに来て、桜の下で宴を開いた。不必要には怖れることなく、懐かしい思い出を共有するつくばに戻って来てくれて、笑顔で酒を酌み交わした。その、なんでもないいつもの来訪に、つくば住民として涙が出るほど嬉しかった。そんな漠然とした感情はどうも説明することはできないのだが、彼ら友人たちのバランス感覚に、好意を抱かずにはいられなかった。

 また明日も、遠くから心配してくださる方たちの「善意」に背を向けて、毎日の自然農を続けていきます。どうぞよろしくね。・・・ということで、ぼやき終了。もうしばらくは、ぼやかんぞ。だってあたくし、元気ですから。
  
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2011年04月05日

chaos

弥生三日 【清明】 晴れ

 何度も何度もテキストを書いては手が止まり、進めては止まる。これは何を参考にしたのだったかとネットを彷徨ったが最後、善意と悪意の渦に飲み込まれて、次々に新着情報が飛び交うカオスに巻き込まれて、さらに自分を見失う。

 カオス。今飲み込まれんとしている、最大の敵。放射能でも、政府でもマスコミでもネットでもなく、それを全て飲み込んで揺さぶっている、本当に自分が向き合うべき敵は、カオスだ。

 ナウシカが飲み込まれそうになったのは虚無であった。腐海という、動かしようがなく向き合うしかない宿命を前にして、それでも前に進もうとしたナウシカを襲った虚無。
 今、日本人には、動かしようがない事実が確定せず錯綜し、向き合うしかない宿命自体が無限大の振れ幅でさまよってしまっている。そんなカオスが、ナウシカを飲み込もうとした虚無のように、日本全体を飲み込もうとしている。

 しかしナウシカはその虚無を克服し、腐海と共に歩むことを選んだ。希望と共に前に進んだ。
 我も、必ずやカオスを克服し、前に進む道を見つけなければならない。それは、前に進むことを決めた者が背負う、権利であり責任である。

 いや、ただ俺一人だけが、カオスに溺れているだけなのかもしれないのだけど。我ながら小さいなあ、肝が。


 …今日はこれしか書けません。なんという駄文。あれー意外にまいってんのかしら。やだやだ。たまには、溺れてもいいかもね。あー恥ずかし。 I'm still in the chaos,but...
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2011年03月18日

日常、そして希望

如月十四日 晴れ

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 気温が低くなると予報されていたが、風はさほど吹かず、射す光は暖かく、多目に着た上着を一枚また一枚と脱いでの野良仕事となった。地震から7日が経ち、農作業の予定が驚くほど後ずさりしていることにようやく気がつき、一週間の遅れを取り戻そうと、あわてて種播き仕事にとりかかった。寒い空、冬の風がぶり返したこの頃であったが、一週間で、畑はじんじんと次の季節へと進んでいた。冬菜は菜花への準備をはじめ、麦はそろそろと立ちだし、少しずつ畝の上に黄緑色が覆い始めている。

 枯れ草や根付き始めた春草に埋もれた人参の葉を救出し、復活しだした小松菜をなで、やおら種播きに取り掛かる。セイタカアワダチソウの根はまだまだはびこり、鍬で少し耕しての種播きになったが、上に掛ける草として、冬の間の枯葉ではなく近くの青草をようやく刈って置けることに、なんとなしに心が躍った。どんなに心は乱され、花粉は頭上に降りそそぎ、井戸ポンプが復旧せずに風呂なしで体が臭くなろうとも、春はすぐそこに迫っている。

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 つくばの研究機関が調査する放射線量を信じれば、ほんのわずかの放射性物質は、ここ数日、大気を漂ってつくばの地にも届いている。(通常の何もない状態での測定値を0.06マイクロシーベルトだとして、本日18日の測定値は0.10〜0.16マイクロシーベルトを観測している。参考:産総研「つくばセンター放射線測定結果」) 確かに、福島原発の震災後の事故によって、放射性物質が運ばれているようである。だとして、私は、畑を置いてつくばを後にすべきなのだろうか。今、つくばに届いている、ほんのわずかな、ごくごく少量とも言える放射性物質は、研究所によれば最も多いヨウ素(I-131)で、半減期が8日、テルル(Te-132)は3.2日でヨウ素(I-132)に変わり、その後数時間で減少するという(詳細は、産総研HPを参照)。 福島で、現場周辺で、同様のことが言えるなどとは微塵も思わないが、小生は、まだこの時点でこのつくばの地を離れる気は起こらない。それでも臆病な自分は、ゴーグルと防塵マスクで顔面を覆って、花粉対策と共に万全を期して畑に向かう。

 大学の友人は、女房子供を西に向かわせ一人残って仕事をすると言っている。別の友人はご主人を茨城に残し、自分と子供は関東から離れた。その彼女は、少しでも現地の資源の消費が減り、主人は自分達に安心して仕事に打ち込めるはず、と話す。また別の友人は、私は仕事しかないから東京に残って続けるわ、と笑った。彼ら彼女らの言葉から感じられるのは、自分の立ち位置で何をすべきかという真剣な姿勢であり、その奥には自分の存在を超えた公への意識が湧き出ている。関東から離れようが離れまいがどちらでもかまわず、どちらであっても、自身の存在と日本の現状を見据えて、冷静に、己の選択を導き出している。

 私の家族からは昨日、幸運なことに知人からガソリンを分けてもらってつくばまでの燃料は手に入れたとの連絡を受けた。また姉は、苦慮の末に知人とともに知り合いのある長野へ、数日の避難を決めた。姉の知人のご両親の言葉を聞くと、70近いから放射線浴びても浴びなくても変わらないよ、と話したという。父は無言だが、母と共にいわきにまだ残ることを決めた。また、東京に暮らす中学時代の後輩は、祖父母への避難の呼びかけに対して応じてくれないことなどを総じて、「いわきにいるいわき人はどっしりとしてるのですよね」と話していた。

 この震災は、どこにいてどんな被災にあろうとも、その人それぞれが当事者である。そのため、どんな反応も、どんな行動も、どんな意見も、それぞれに正しいはずだ。限られた情報を神経磨り減るほどに目を通して判断するのもよし、TVの言うままに信じて行動するのもよし、ネットでの大量のつぶやきを手にするのもよし、である。ただひとつ、小生が寡聞なりにもこの数日を過ごしてラジオにテレビに(これはネットで視聴しているのだが)インターネットに漂ってみて手にした直感は、「批判」する人の言葉は信用できない、である。総理が悪い、東電が悪い、マスコミが悪い、買占めが悪い、逃げるやつは悪い、いたるところに「批判」の山。そこからはギリギリに魂をすり減らしたような叫びはなく、初めから普段のバイアス(偏見)や政治的スタンスをただスライドさせた否定的な文句にしか聞こえてこない。もし被災地のような現場で実際に困っている方たちからの否定的な言葉があったとしても、それは「批判」ではなく「必死の声」である。それは、「批判」する暇などない切迫した事態を切実に訴える叫びである。しかして押しなべて、自身は大した被災も負ってない者こそが、「批判」を撒き散らしているように思えてならないのだ。当人たちが、まるで真剣であればあるほど、その語調は強くなって、ネガティブな心象を世の中に広げているかもしれないのに。もちろん一部のマスコミの姿勢がそういう傾向であるのであり、全体を流れる声は、もっと希望に傾いていることには、心は救われるのだが。マスコミを信じる信じないとか、そんなこと言っているのではなく、この瞬間の小生の、思いなのです。

 今のこの事態に、特に責任ある立場にある方たちが、本当に保身だけで行動する人間がいるだろうか?残念ながらそれは、おそらくいるかもしれないし、しかしもし幸運であれば、いないかもしれない。人間、そんなに捨てたモンでないかもしれない。民主党だろうが自民党だろうが、駄目なヤツは駄目で、人物は人物であるはず。だとしたら、せめてこの喫緊の間だけでも、まずは応援し、駄目だとしても、いや負けるな、頑張れと鞭打ち、俺たちも頑張る、となんとか最善の手をうってくれるように声を出すべきではないのか。放射能被害を案じて、東北関東から離れた方たちは、せめて遠くから安全と収束を静かに願い、残ったものは自分の選択と日常を信じて手足を動かす、それが日本人の有してきた「わきまえ」のようなものではないだろうか。だから政治家の皆さん、本気で人生掛けてリーダーシップを発揮してください。公務員の皆さん、役職を超えて走り回ってください。ボランティアの皆さん、誠意を発揮してください。私たち庶民は、それぞれの立場で、日本を元気にするために日常を全うします。どうか、被災地の皆さん、最後の最後には人を信じて救援を待っていてください。原発周辺の皆さん、恐怖に負けず自分の信念によって行動されてください。


 最後に、つくし農園に遊びに来られたことのある方(TAKUさん)のBlogを紹介したいと思います。感じることはそれぞれかと思いますが、希望に目を向け、そして自分にも希望を灯す。それが今自分がつくばに残って出来ることだと信じる。

 戦士
 戦士2
 ※両記事とも、TAKUさんのBlog「秘密の場所で一考」より。


 普段は文句ばかり言ってたとしても、このときばかりは、希望を言うことを私は選ぶ。

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2011年02月09日

むつき

睦月七日 雪のち晴れ時々曇り


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 立春の声を聞いて間もない今年の睦月(旧暦)。先月までの芯から震えるような木枯らしの記憶はまだ残っているが、どうやら暖かな新春を迎えている。今朝がたにしんと降った柔らかな雪も、きりと引き締まった昼の太陽光線に押しのけられ、午後にはぽんわりとしたまろやかな空気があたりを包んでいる。

 旧正月の趣きもなにもないままに七草粥の頃を迎えてしまったが(とはいえ、一日には御神籤をひき、ついでに恵方巻に恵方餃子、恵方ピザと恵方ワインで楽しんだのだが)、そんなゆとりも持てぬまま、この迎春はいささか災難に襲われて過ごしていた。ようやくこうしてパソコンを開けるまで回復したのは幸いだが、数日前にささいな交通事故に遭い、間抜けなムチウチを患ってしまっていた。もともと体と精神が捻じ曲がっている上に、不運な衝撃が追い討ちをかけた結果、皮肉なことに首の骨も腰の骨もピンと真っ直ぐに伸びたのだという。真っ直ぐかと喜んでいたら、レントゲン写真の前に座った医者からは、普段は曲がってなくてはいけないので、頚部捻挫の典型的な症状ですねと諭された。たまにこうして被曝して、自分の体を透かして見るのも悪くない。これは意外と三、四ヶ月くらいゆっくりかけて様子をみたほうがいいなあと言う医者を、そんなに待てるかと心のうちで舌打ちしたが、焦って野暮な不安を残すよりは体の修復をじっくりと楽しんでやろうと考え直した。漢方を処方してくださる整形外科と、マクロビも嗜まれるという整骨院という、風変わりな両院にお世話になりながら、体を万全に修正していけることを望みたい。

 新年も新春も越し、土草もようようと息吹きはじめた。今年、この一巡りのテーマは、「優しさ・築き」と立てた。自分にも他人にも優しく、少しでも少しずつでも身の回りを築いていくこと。今欠けている、ものことを、自分の内外に備わるように。一方で、余分だと思うものは少しでもいいから忘れ捨てられるように。一つを得て、一つを捨てて、その先に何があるかは誰にもわからないのだから、やるしかない。
 自然農、生物多様性、野生と人間、体の動かし方、心の動き方、聴くことと話すこと、コミュニケーション、そして世界と自己。人が生きて死ぬ、ということにアンテナを張る限り生涯かかわってくるこれらの課題に、一筋でも係わりながら生計を立てるべく前を向いていきたい。おもしろきこともなき世をおもしろく。そう念じて、自然農をたずさえて、首を揉みながら今年の経営計画書(思いつきを書きなぐるメモ帳のこと)にペンを走らせる。自然農は、農に留まらない思想がある。その幹は、どうにか小生に接ぎ木された。それを信じて、葉を広げ、根を伸ばして、育てていこう。

 足元にはフキノトウ、頭上には梅の花、ヤギは丸々と太り、自分だけが足踏みをしている。世の中の些細な煩わしさはどうにでもなる。明日死ぬと思って、今日を生きる。堕落と奮起のペダルを漕いで、日常をサイクリングしていこう。田んぼと畑は、いつも目の前にある。なんか最近こんなことばっかり。

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(空豆 in 立春)
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2010年12月25日

徒然すぎ

霜月廿日 晴れ

 冬至、天皇誕生日、クリスマスイブ、クリスマス。冬を迎えての、雑踏ではここぞとばかりに賑やかな数日が通り過ぎる。闇雲に一人でもあり、川の流れのように人にも会い、何かとソワソワしながらも、酔いにまかせて布団にもぐる日々。

駄文です
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2010年12月08日

ああだこうだ

霜月三日 晴れ

 少々温い、今年の冬初め。霜も霜柱も降りてるようで降りず、思い出すようにちらほらと凍る。もちろん日中も、長袖二枚でおつりが来る程度の暖かさ。畑作業中に通りがかった地主さんも、今年は寒くねえなあ・・・これはそのうちがつんと来っかもしんねえ、といぶかしがる。

 まあ、寒さとかはいいんだけどもね。とりあえずは。この冬は、身の回りで、色々なことが過ぎて行っております。いろいろ。
 本当は「近江屋商店」さんの宣伝もしたいし、自然農ワークショップの残像も綴りたいし、ああだこうだとあるんだけれども、毎日毎日、畑とヤギと野菜と自炊とビールとスナック菓子とアルバイトと友人と家の掃除と庭の掃除とてんやわんやと過ぎています。旧暦では師走はまだひと月先。農作業の大忙しは、まだまだもう少し先まで続く予感。脱穀して、籾摺りして、冬支度して、草刈りして、土作りして、来期の宣伝して、その先にあるほんの一息のお正月まで猛ラッシュだわね。とはいっても、新暦の年末年始の賑わいには、心浮かれるのではありますが。


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 脱穀を終えて、いよいよ籾摺りを待つ新米たち。もうすぐ、お口の中へ。
 
 
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 こちらは先月、神無月の満月頃の夕暮れ。日暮れに空気が締まる季節になってきた。 

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2010年11月18日

見事に

神無月十三日 晴れ時々曇り

 やおら、ぐっと冷えてきた。台風こそ数えるほどしか来なかったもののぼんやりと雨の多い印象を残した中秋を越え、立冬を過ぎた頃から、程なく冬の訪れを感じさせられる。朝に夕に空気が引き締まり、命あるものに否応なしに寒さへの準備を迫るような、そんな勢いのある寒さ。
 田畑は、その空気を柳腰に受けて、ぐんと色を褪せさせていく。一週間前までは、枯れ色の中にもどこか生命力の残りを宿すような薄黄色で一面に広がっていた茅(チガヤ)の群生地が、この数日で目にもさやかに黄金色に霜枯れてきた。それはそれは見事に。

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 その見事な季節の移ろいに急かされ、百姓は遅れている種播きに鞭を入れることになる。あまりの生育の悪さに、この夏に意気を落として雑草を群生させてしまっていた畑に、空豆とエンドウを播き終わらせなければならない。まずは、指の太さ、背の高さほどに生え茂ったセイタカアワダチソウやオオマツヨイクサの茎を、一部は北西の筑波山からの風除けふうに畝上に残しながらも、ずんずんと刈り倒していく。ふと、枯れ茎のジャングルの中、ほんのりとした色味が目に入る。誰が、いつ種を残してきたのかはわからないが、それは野菊であった(はたして本当に野菊なのかはわからない)。空豆にも、エンドウにも、種播きに邪魔にならないような場所に、すまなそうにしながらも、媚びることなく見事に花を咲かせていた。

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 まだまだ、今月いっぱいは遅れた鞭で尻を叩く羽目になりそうであるが、この季節の昼にかく汗は、一年で一番気持ちが良い気がする。まだ慣れない寒さに及び腰になる人間を尻目に、着々と根を伸ばす冬野菜や野生の花々を見て、自然の力強さを感じるのも心地良い。この季節の、こうした焦燥感と期待感の心地良い混在は、なんとなしに、冬に備えて餌を貯め込む野生動物の遺伝子から通じているように思えるのは、ちょっとメルヘンですかな。
posted by 学 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

長月廿九日 晴れ

 備忘録として。

 呆然とする今年の夏の暑さを思い出す暇も無く、庭に畑に落ち葉が落ち始めたと思うと、木枯しが吹き、稲は枯れ色に染まり、気付けば暦どおりに霜が降りはじめた。葉物野菜の秋播きの頃はとうに過ぎ、稲刈りも、豆の播種も、芋掘りも、目の前に覆い被さらんとする10月の下旬であったが、ここぞとばかりに長年の懸念事項であった腰を痛めることとなった。

 腰についてともかく言うのも野暮であるので割愛するが、とにかく、大きく体を動かせぬ日々が続いた。その間にも、枝豆は熟し、稲は台風で傾き、種播きスケジュールは後ずさりし、いよいよ、霜まで降り始めた。秋が深まれば、生姜も、里芋も、サツマイモも、地上部が霜に融け、収穫が面倒になる。目の前には、収穫と種播きと草刈りと冬支度と、しばらくは腰も落ち着けない日が続くというのに。これいかに。

 週末のつくし農園の集合日と日曜日のつくいちまで、できる範囲で仕事をして、後はしばらく体を休めるのに専念しよう。焦りは禁物。体も、田畑も、時間が必要な時があるのだ。こちらの(目の前の)都合だけで考えるのではなく、全体を俯瞰して。どこに自分が、どこに田畑が「いる」のかをできるだけ見ようと努めて。

 老いるには、まだ、もうちょい、しばらくは、先なのだからね。


 
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 〜晩秋の 霜にせかされ 掘る生姜 〜


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 〜ゴザ寝して 動けぬ身から 仰ぐ秋 〜
 

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 〜曲げられぬ 腰を笑うは 混み菜かな 〜 
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2010年09月29日

万象たちと

葉月廿ニ日 晴れ

 気がつけば、17時を過ぎると夕暮れを感じるようになってきた。やれやれ、いつの間にか秋分が過ぎてしまっていた。9月の中ごろ(正確には8日)に待ち焦がれた雨の恵みをいただいてからは多少の夏の名残を振り撒きつつも、気がつけばいつもの秋。しつこく絡みつく粘度の高い秋雨がぬらりと続く、それなりに落ち着いてしまった今年の異常気象。絶好の種播きラッシュの9月下旬、遅めのスタートダッシュを、副業のための筑波不在でおじゃんにしてしまい、取り戻さんとここ数日のちょっとした焦燥感。前後左右に全身を悩ませるプライベートな万象たちと格闘しつつ、田んぼに、畑に、行きつ戻りつしております。

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 雨続きで潤い満点の畑は、種播きに苗植えに最高の肌触り。チガヤを抜くも、種を降ろすも、畝を整えるも、自由自在のごとし。水が今更ながら溜まりまくりの水田には、早生に晩生に稲穂が揃い踏み。周囲の慣行農の田んぼが収穫を終え、いよいよ、とうとう、雀のターゲットがつくし農園の田んぼへと絞られだした。

 気は張ってきている。上にも下にも、良くも悪くも、精神の振れ幅が広くなっている。そんなときは田畑に向かえ。  
 

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 小豆だけは、元気がいいわい。

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2010年09月04日

降らん

文月廿六日 晴れ

 8月、雨が降ってくれるまでBlogは書くまいと、先月のいつ頃からか意地になって更新せずにいた結果、初めて記事をアップしない月になってしまった。暑さはまだ、我慢できるとしても、おい、雨。降れよ、降ってくれよーーーー。 

そんな昨日の午前中。朝からの草刈りに倒れてゴザの上で寝転がっていると、北の空からわしわしと迫り来る積雲が頭上に迫り来る。


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 その勢い、低さ、黒さ、そして筑波山への雲の係り具合から、これは!!?!?!??!?と期待に涎が出る。今か今かと舌なめずりして、待つこと十数分、陰気な積雲の一行が頭上を通り過ぎ、快適な日陰を作り出しただけで何物も落とさずに南に去っていってしまった。そして注がれる、大炎天。キュンと淡くときめいた乙女の恋心を、無残に引き裂かんとばかりの紫外線と赤外線。そしてまた、雨の無い日が更新されることとなった。
 
 真剣に思い出すと、8月7日ごろ、はらりちらりと雨粒がかすめていったのが記憶の最後。それからは確認できる降雨がない。
 
 何事も、適度が一番なのはいうまでも無い。確かに田んぼは目に見える水は引いてしまっているが、草に覆われた株元は絶えず湿りけを保ち続けている。それにはやはり自然農のたくましさに驚き、一方で昨年に比べて分蘗の少なさや出穂の遅れも気にかかり、天候気候の影響の大きさにも感じ入るのである。

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 細かいことはいくらでも気になることはある。駄目なことだらけ。期待してそれに適わぬことの方がおおいこの年。それでも、この目の前の状態を完全な事実として次のシーズンを見つめなければ成長がない。逆に言えば、今のこの状態から初めて畑をスタートさせると思えたら、ただまた改めて自然農をはじめるだけなので、引きずる必要がない。どんな状況でも一番ふさわしい手入れを考えて、それに応じて「補い」(自然農でいう追加の有機肥料分を意味する)を考え、作付種を選び、作業する。それだけなのだ。今年の天候に限らず、これまでは、その応じ方がやはりしっかりと備わっていなかったように思える。

 天候にも十分に左右されつつも、完全なる言い訳にはしてはいけない、それと同等にしかるべき自分の取り組み。そして畑を見る目。十風五雨の程よいお天気を心待ちにしながら、最良の田畑になってくれるべく体全体で応じていく。それが今のところの希望なのです。


 それでもやはり、実のつかない枝豆畑に、ため息1000%なのはしょうがないよね。そして続くは猛暑の天気予報。

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 ※参考:weathernews(ピンポイント天気)

 ええ加減にせえよーーー。
posted by 学 at 12:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月21日

水無月十日 晴れ 

 いつのまにか暦は小暑を過ぎて水無月に入り、間もなく梅雨が明けた。明後日には大暑を迎えるが、なるほど、この暑さである。いくつかのWEB環境の調整でHPが止まっていたが、それにも増して慌ただしく汗ばかりかいて過ごしていた。

 田植え、草刈り、雨、田植え、草刈り、雨、ジャガイモ、草刈り、田植え、つくいち、雨、集合日、田植え、草刈り・・・・いつのまにか、夏。田植えは7月頭の半夏生には植え終わるのが心得なのに、やはり今年も、ずれにずれて海の日を越えての完了となってしまった。それでも、やらないよりはましではあります。

 手元足元の草いきれとの奮闘と熱射でよれよれと空を見上げると、朝昼晩と常に雲と太陽は融通に変化している。梅雨どきの早朝の、朝霧に明ける東の空。昼の作業に音をあげて見上げる、水色と白とそれを映す水田。作業に暮れて腰を伸ばすと、立ち昇る西の雲を照らす夕日。


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 自分をどこまでも小さくする大自然の天空と、自分のどこまでものエゴイズムを映し出す小自然の田畑との間に、己れはある。「あちーし きちーし 酒のみちー」と、学生時代につぶやいた自分の本質は、いつまでも変わらぬものでもあるのだ。手応えを感じる今年の水田、試行錯誤と比例せずに手数がのびない畑作業。少しでも前へ、少しでも太く、少しでも深く、手元足元の動いた分しか、それは育ちはしないのだ。


 あーーー、レッツビアガーデン。
posted by 学 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然なる日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする