注)記事の日付は太陰暦を用いております

2012年02月01日

土用にて

睦月十日 晴れ

 十日前に旧正月を迎え、翌日には大雪が降ったころから、手足が凍えるような冷え込みが続く。庭の雪だるまも日陰のせいもあってか、顔や手を溶かしながらも安穏としてまだまだ鎮座し続けている。いよいよ寒さは極を迎えているが、ちらほらと、庭の土に、木の枝に、新芽や花芽が顔をのぞかせ始め、ようやく春が立とうとしているのも、間違いない。

20120124yukidaruma.jpg
<雪だるま@庭 1月24日>



続きを読む
posted by 学 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

日に日に

神無月二日 晴れ

 20111027ingen.jpg

 四日前の新暦の10月24日から、節句は【霜降】に。この秋はなんだかぼんやりと暖かいな、と思っていると、昨日からの神無月の暦と共に、しっかりとした寒気が朝晩を包むようになった。布団の中にくるまっていたとしても、朝の冷え込みは畑を見れば一目瞭然だ。まずサツマイモ、そして大豆や小豆の葉、インゲンの葉、そして秋ジャガ、サトイモ、ショウガ、などなど、霜まではいかなくとも摂氏10度を下回る朝冷えの空気にあたり、次々と萎れていく。 この、畑の作物の枯れこみを目にするようになると、いよいよ田んぼの稲も最後の命を終えようと、葉色が金色に色を落とし始める。

 20111027satumaimo.jpg


 慣行農や有機農の田畑はわからないが、少なくとも4年目の、自然農の田畑は季節による移ろいが鮮やかである。家からの通り道、市道沿いのサツマイモや里芋の葉は、まだまだ色艶に濃い色を残しているように見えるのだが、この二日ばかりの冷え込みにあたった自然農の作物たちは、「もののあはれ」はかくや、とばかりに命を閉じる準備を始める。

 日に日に、秋は深まり、米は重く、豆は硬く、芋は太り、冬の菜は静かに葉を伸ばす。朝の畑に白い霜が一面に降りる前に、残された豆と麦の種蒔きを終えなくては。今年の春からの仕舞いとしての稲刈り、大豆取り、芋掘りを進めると同時に、来年の春への種播き、草取り、土作りが交差する。この季節の独特の焦燥感と充実感。自然とともにある農を傍に置く楽しみでもあるのだ。


20111027daikon.jpg



 さて、稲刈りだ。
posted by 学 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月04日

胸算用

長月八日  晴れ

 昼の日差しだけはまだまだぽっかりと暖かい今日の午後遅く、天気予報で翌日の傘マークを発見し、午前中所用で出られなかった畑に急行した。

 20111004hatake.jpg


 秋の雨は、季節を足早に押し進める。ここ数日の、残暑呆けの体を平手打ちするかのような冷え込みには少々閉口気味であったが、まだぼんやりと残る暖かさに呑気をかまえ、種播き作業をのんびり遅らせてしまっていた。予想と気候はしばしば裏切られるのがおちであるものの、記憶を辿ればこの時期に降る雨は、秋がぐっと深まるきざしとなるはず。 

 発芽と生育を胸算用して、秋冬ものの葉物野菜たちの種播きを傘マークの前にある程度済ませてしまおうと、つるべ落としの夕暮れまで、少々粗めに作業を進めた。17時半には、辺りはじーんと暗くなり、手元がおぼつかず。数週間前のような気がしていた8月の頃は、まだまだ明るかった気配を残していたのにね。秋分はとうに過ぎたのだね。傘は明日の午後。曇りマークの朝のうちに、もう一仕事進めなくては。


 20111004kabu&ingen.jpg

 暗やむ前に畑からもぎ取ってきたカブとインゲンで肴を作り枝豆を茹で、発泡酒を喉に流しながら自ビールを仕込んだ。醸すには少し気温が下がってしまってきたかしら。そんなこんなの、秋の夜長。
 
posted by 学 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月30日

紫陽花日和

皐月廿九日 晴時々雨

 梅雨の明けぬままに気温が30度を越す晴天がこのところ続き、田植え途中の田んぼが、庭の紫陽花が、何より自分が、雨を欲していた。日本各地での局所的な豪雨の報が届くこともあったが、幸か不幸かつくばには、梅雨前線や不穏な雨雲は訪れてくれなかった。日の出から田畑に出て、小学生の登校を眺めて汗を拭き、日が頭上に昇る前に家に引き上げ、昼寝をして、午後遅くに重い腰を上げてまた田畑に戻る。そんなサイクルはもう半月ほど先に延ばしたいと思っていた今日の昼過ぎ、ようやく雨雲から、恵みの雫が降りそそいでくれた。

201106130ajisai.jpg


 田植えして、大豆播いて、草刈りして、紫陽花が咲いて、明日からは水無月の一日(旧暦です。たまたま今年は新暦の7月1日と重なりました)。気まぐれの梅雨が明けぬうちに、早く苗を植えきらなければ。梅雨明けの報が聞こえないうちに作業を進めようと、しばらくはビクビクしながらの日々が続く。

201106127taue.jpg


 あ、雨やんだ。 畑へGO!
posted by 学 at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月16日

せっく

皐月五日【端午の節句】 晴れ時々雨

 ぐっと蒸し暑さが漂い始めた。梅雨入りの声も聞こえ、晴れ日には真夏の暑さが降りそそぐ。ふと暦を見れば、五月五日の端午の節句を迎えていた。菖蒲の花はないものの、季節はいよいよ、田植え頃。鎌倉時代の頃から、「菖蒲」と「尚武」の語呂合わせで勇ましい男子の成長を祝う節句として根付いてきたものの、もともとは「早乙女」を祭る女性の為の節句であったともいわれている。田植えがはじまる前、穢れを祓うために「忌みごもり」を行い、菖蒲で身を清めてから田植えに向かうための、女性の節句だったという。

 20100612nae.jpg

 つくいちでも、ご近所でも、会う人会う人に、田植えを迎えたと話すたびに驚かれる。そのたびに、昔からの本来の季節感にあわせて当然の季節に田植えをはじめているだけだと伝える。早苗の月としての皐月、早乙女の端午の節句、そのまま、今のままで、何も問題ないのです。

 夏至が近づき、朝は4時過ぎに明け、夕は7時過ぎに暮れる。サツマイモの苗はまだ100株残し、大豆、トウモロコシ、もちろん田植えもこれから盛りへ。朝から晩までフル作業で田畑に出て、帰ってから浴びる冷水シャワーが、最高の喜びになってきた。

 20100605sunrise.jpg

 20100605asatsuyu.jpg


 ワールドカップ? 嬉しい悲鳴あげてます。眠い。
posted by 学 at 20:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

湯気

睦月四日 曇り

 四日前に旧暦の正月が明けた。大晦日につくし農園の今年度最初の集合日を過ごし、宵からの大雪に暮れて、迎えた旧正月。雪明けの正月、雨、晴れのち粉雪、そして曇り。足元には、ひくひくと産毛のような薄緑色の雑草が行きつ戻りつ生えだした。この頃に田畑に立つと、「新春」の本当の時期をありありと実感させられる。

 子供の頃から雪の少ない南東北の太平洋岸で育ったせいか雪への恋慕は強いのだが、今年の2月(新暦)はここ数年に比べて、ちらほらと降雪する日が多いような気がする。1月よりも、ぐっと寒さの深みを増す2月は、湿気の冬でもある。乾ききった寒さに土が凍るような前月に比べて、雨とみぞれと雪が時折思い出したかのように地面を濡らし、その湿気から立ち上る湯気の中で、春の息吹がそろそろと起き上がろうと準備を始める。

100214yuge.jpg

 自然農の田畑は、あくまでも、優しい。今の我が農地が思うようには豊かさが増さぬとはいえ、その優しさは、暖かい。放っておいても荒れ狂うばかりに草に覆われる夏ではなく、枯れきって霜と霜柱に攻め立てられる1月の寒さでもなく、この湯気の中で草と虫と微生物とがモゾモゾし始める直前の、この時期のしっとり凍えた自然農の畑に、その優しさが際立つ。機械で耕して、肥料を鋤きこんで、薬を散布して、今から人間様の思うとおりに育てるぞ、という意気込みから少し距離を置いた、この優しさに、自分はやはり魅かれているのだと思う。

 そうした距離の狭間で、枯葉を入れたり、土着のキノコ菌を被せたり、米糠を補ったり、と有限の改善策を試行錯誤して、自然農オンリーの畑と改善策の畑、両方の準備を這いつくばって進めている。あと二日も過ぎれば二十四節句は雨水へ。雨水を迎えれば、春の作付がいよいよそろそろ。 バンクーバー?チャンピオンズリーグ?どうすんの俺??
posted by 学 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

立つ

師走廿一日 【立春】 雪のち晴れ

100204risshunn.jpg


 数日前の大雪の予報が、期待ほどに盛り上がらず、もう降りやしまいとすっかり腑抜けていた今日の朝、しきりに冷える窓を開けると柔い粉雪が庭に積もっていた。別段に鬼の面もかぶらず、黙って西南西も向きもしない節分の夜を過ごして、いよいよの立春。

 なにはともあれと言うべきか、待ちに待ったと言うべきか、重い腰に鞭打ってと言うべきか。何につけても理由を欲したがる小生の怠け心を無理やりにでも奮い立たせるべく、「春立つ」の音の響きにあやかって、今年の農作業が、とりわけ特別なこともなく、梅の蕾の静けさのごとく、自分の心の中で幕開けした。作業の中身に、前日との差はなくとも、心が、ようやく前を向き始めた。

 どうでもいいようなこのスイッチを、誰からでもなく、自分で入れられたことが大きいのだと。積もり積もる下の、2月3月の冬の野良仕事が、このスイッチオンによってベルトコンベアのごとく回転をはじめる。あれをやり、これをやり、これもして、あれもして、眩暈と恍惚の自然農トランスへ。そんな桃源郷があればいいのだがね。現実は、行きつ戻りつの振り子の中なのであろうが、今年はもう少し没入したい意気地を持っていきたい。感性360度に張り倒して、頭は緩急つけて、肉体は喜びに変わるぐらい酷使して。今日くらいは鼻息荒く。いざ。
posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

謹賀新年

霜月十七日 晴れ


nengajo4small-a.jpg


 謹んで新年のお喜びを申し上げます。
posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

晩秋

長月廿六日

 晩秋の長時雨。すっかり雨天の週となった合間を縫って田畑に繰り出す。収穫に比重が傾くので、稲や豆など乾燥させるための刈り取りのタイミングを計るのが難しい。夕方のぽかりとしたちょっと青空に寄せる、波打つような雲に夜からの雨天をまた警告させられているような気がした。

091112sky.jpg


 5日前から立冬。夏と冬をつなぐこの季はいよいよ深みを増す。晴れ間の陽射しに夏の名残は消え、寒さの芯が冬のものへ移行し始める。その分、火の暖かさが実に旨味を増す気がするのだがね。


091111potatos.jpg

 〜 イモイモを 火鉢に埋めて 待つ笑みや 〜


【立冬】…冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 秋:冬=9:1

     これから冬に入る初めの節で、この頃は陽の光もいちだんと弱く、
     日足も目立って短くなり、北国からは山の初冠雪の便りも届くなど、
     冬の気配がうかがえるようになる。
     冬の季節風第一号が吹き始めるのもこの頃である。
     時雨の季節でもあり、山茶花が可憐に咲き始める。
     また続いて南国では椿・水仙なども咲き始める。寒冷地では大地が凍り始める。
     「冬立つ」「冬来る」などとともに、冬の代表的な季語になっている。
     ※読み:リットウ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
posted by 学 at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

降りる

長月十七日 晴れ時々曇り

091103hatushimo.jpg



 つくいちの早朝。ぎしりと軋むような朝、間引き菜を収穫するのに畑に出ると、初霜が畑に降りていた。菜っ葉はカシカシと甘く凍っており、摘まむ軍手越しに、霜の冷たさが染みこむ。待ってはいなかったけど、ついに来たなあという思いに浸るのを後回しにして、畑を回り終えた。

 霜が降りれば、サツマイモ、里芋、大豆、生姜、次から次と待ったなしで収穫を余儀なくされる。稲もより一層刈れ色を早めて、稲刈りを待つばかり。ぽかりとした陽気は束の間となり、北の筑波山からの風をついつい恨めしくおぼえるようになるのだ。

 ネットで調べられた限りでは、霜(シモ)の語源は、草木が萎む(シボム)、あるいは凍む(シム)に通じるなどからとのこと。草木が萎み、土が凍み、採るものは採り、育つものは守りながら。押し入れからストーブを出しつつ、また明日の霜を憂う。



霜の語源について
 ・・・『日英ことばの十字路』より参考
   〜電子辞書片手に綴る≪英語と日本語の語源≫雑記帳〜とありますが
   和語、漢語、英語に及ぶ、なかなかどうして広範深長な語源解説サイトです。

posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

ここんところ

長月十一日 晴れ

 いつのまにやら、稲刈りが始まり、葉もの野菜の播き時は過ぎ、エンドウは発芽し、雑草は枯れ色を深める。気がつくと、暦は霜降をとうに過ぎていた。思い出すようにフィルムを整理してはじめて、日々の経過をまた噛み締めることになる。ある意味記録でもあり、ある意味表現でもあるこのBlogが日記の体をなしていないことは小生の怠惰が故なのだが、思いついた今日にまかせてここんところの営みを振り返る。


091025ricefield.jpg
 
 今年の稲は、登熟が緩やかな気がする。わっと稲穂が膨らんでから一ヶ月。空気がそれほど冷え込むことなく、稲はまだまだ葉を黄ばめず、遅めの台風にも倒れず、凛として刈り時を待っていた。そんな稲が、ようやく、この数日で黄色みを増してきた。それに重なるように、もしくは収穫時を促すように、スズメが香り米に襲来する。食われるくらいなら刈ってしまえとばかりに、農園の臨時集合日にあわせて第一弾の稲刈りをスタートさせた。稲架の具合も良し。刈り方も、結い方も、干し方も、感をゆるりと取り戻しながらも錆ついてはいないはずの手ごたえなのは嬉しい。

 播種は、10月を終えようとして、いよいよ来春を見据えた作付に移りだした。空豆は頃合い良し。エンドウはいよいよこれから。麦も良し。葉物は、今まで上手く育てられたことがないホウレンソウを残して、あらかたの菜花類は播き終えた。毎年のように、いつものように、鍬を握り鎌を振り種を降ろす播種作業でも、年、季節、土、草、千変万化の自然農の畑では一つとして同じ作業はない。それに加えて、あれやこれやの試行錯誤が入り混じり、楽しさと沈思黙考のブレンドでひと畝ひと畝が進んでゆく。自然農で自家採種していた大根の最後の播種は、インターネットで収集したひと工夫を投じてみることにした。同じように種を降ろして土をかけた後、草をかける前に籾殻を被せてみる。発芽後に虫に食べられやすい大根や菜ものの芽が、籾殻を振り撒くことで食害から守られることがあるそうなのだ。ちょうど家の倉庫に残っていた籾殻をやおら畑に連れ出して、面白いと思ったことをそのまま試してみるのもまた、百姓仕事の喜びでもある。

091018seeding.jpg

 
 雑草どもといえば、セイタカ、アメリカセンダングサ、クズ、ススキ、などなどなど、命の爆弾である無数の種を撒き散らす時期が、いよいよ近づいてまいりましたな。いざ刈れ、いざ倒せ。地下の根っこはやがて土中に還りますよう、地上の育ちきった極太の茎はやがて地上で朽ちますよう、種はなるべく付けませぬよう、明日の野菜が育ちやすくなりますよう、自然農の心意気を全うしながら、選別して、贔屓して、秋の草刈りは進んでゆく。


 五日前から節句は霜降へ。10日も過ぎれば、いよいよ立冬へ。


【霜降】…つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 夏:秋=1:9

     秋も末で、霜が降りる頃という意味から霜降という。
     この頃になると、秋のもの寂しい風趣がかもされてきて、
     早朝など所によっては霜を見るようになり、冬の到来が感じられてくる。
     小雨がときどき降り、 楓や蔦が紅葉し始める。「しもふり」とも読む。   
     ※読み:ソウコウ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ

posted by 学 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

秋霖(しゅうりん)

葉月十九日 雨

 雨に気温がぐっと引き下げられて、ぶるぶる、と部屋着を一枚上に重ねたくなる夕方。ちょっと早いかなと思いながら、ウールのカーディガンを箪笥から引っ張り出してPCに向かう。気候に押されて仕方なく箪笥から服を引っ張り出す時というのは、なぜだかいつもちょっと嬉しい。


 午前中、雨も強くならぬ内に田んぼと畑をぐるりと周り、点検、確認、再会、心配、をひと通り済ます。今季さっぱり姿を見かけないまま晩期を迎えた台風に押し上げられた秋雨前線が、つくばをぐっしょりと濡らしていた。田んぼではようやく実りの色と膨らみを蓄えた稲穂が水滴を従えてたっぷりと頭を垂れている。台風の風に倒れてしまいそうな重みもありながら、よほどの風でもなければ持ち堪えるだろうという何かしらの強さを感じさせる立ち姿が、なんとも小気味良い。

091007kaorimai.jpg


 稲の様子、背丈、株の姿、これらを眺めて大風の予報も耳にして、これくらいなら大丈夫だろう、と予感を張るのも百姓の仕事である。これだとまずいな、と予感して対策を適度に構えるのも仕事であるのと同様に。鳥避けテープは風で切れぬか、案山子は倒れて稲を倒さぬか、畑は、小屋は、と尽きぬ予感をある程度にまとめて、適度に散歩して手を加えて切り上げる。ウォータープルーフのトレパンに雑草からの雨露を染みこませて歩く自然農の田畑は、いつもとは別の景色を見せてくれる。見事なほど、葉先穂先に霧雨の一粒一粒をつかまえるこの雑草達の、無尽の美と偶然性。いつでも、どんなところにも、こうした出会いが潜んでいるのですな。

091007raindrops.jpg 



 10日前に遅れ気味ながらも頃合い良く播種できた葉野菜の種たちがいよいよ一斉に発芽し始めて、曇天の下の顔がついつい明るくなる。あの畝も、この畝も、死に逝く秋の虫に打ち勝つように、わしわしと芽を勢いづかせている。まずはスタートダッシュは順調。おぼろげな記憶を辿れば、「10月10日に草を抑えれば秋冬野菜は草に負けず」と、いつぞやの農書にあったようななかったような。
 よし、この雨が過ぎたら、間引きと雑草刈りに程よく手を入れてみよう。この雨が過ぎたら、畝の続きに第二陣を播種しよう。まだまだ命の豊かさは心許無い畑の中で、少しだけ期待し、多くは期待せず、自分が出来ることを出来る分だけ、手を入れていこう。今のところは、何年経験しても心が躍る、この発芽のオンパレードに感謝しよう。


091007daikon.jpg

〜秋霖の しずく喜ぶ 葉の芽かな〜
posted by 学 at 22:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

過ぎる

文月三日 晴れ時々曇り

 空が暗くなる前に家に戻り、水シャワーを浴び、麦茶を飲む。薄暗さが庭を包む、酉の刻、暮れ六つ。時計を見ると18時半である。随分と日が縮んだなと、暦を見ると明日から処暑を迎える頃になっていた。夏至の頃には20時近くにようやく暮れていたものだが、いつのまにか秋分が近くまで来ているのだ。

 土曜日は畑が農園仲間で賑わう。午前に二人、午後に五人、三々五々に帰来する。夏はまだまだ手強いもので、正午からは昼寝をきめて涼気を待つ。パラソルの影が動いて寝顔に陽が当たり始めたらそろそろ作業どき。朝夕の作業、昼のシエスタ、だんだんその間隔が狭まってきたな。夏が、過ぎているのだな。


 プレーヤーの方のメールに、「風に稲が揺れて」との一行。分蘗した株が、過ぎる夏の風に揺れるのだ。この季節の風物詩なのだ。遠くに花火大会の音がこだましている。明日は旧友たちと花火遊び。東京はまだ暑苦しいのかな。そわそわ。



江戸時代の時間
 …正午、おやつの由来など、昔の時間について簡略明解に解説。
posted by 学 at 19:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

できねえ

閏皐月十日 雨時々曇り

 やんだと思えばまた降り始め、鎌を手に草に入るとまた濡れる。ベトベトの土では収穫できないものや、乾いた空気の中で収穫しないとカビやすくなるものなど、全く手が進まない。梅雨で喜ぶ生き物がわいわいと楽しむのは嬉しいが、仕事ができねえ。蛙の声を聞き、カタツムリを横目で見、柿の葉にあたる雨音を感じ、夜毎に巣を張る蜘蛛に頭を引っ掛ける日が続く。散歩して、服を濡らし、草を刈り、でもメインの作業はおあずけの、そんな数日。

090702ajisai.jpg



 週末はつくいち。玉葱も、ニンニクも、ラッキョウも、ジャガイモも、ライ麦の藁も、タイミングよく収穫できる間がない。むむむむ、とはいえ梅雨ですしな。
 3年前のBlogで、閏月についてのまとめをしてみているが、今年はこの梅雨のひと月に閏月が訪れた。小生にとっては、閏月はあくまでも太陰暦と太陽暦の暦の帳尻あわせの知恵に過ぎぬが、人によっては閏月のある夏は猛暑やら、閏月のある冬は厳寒やら、因果を結びつけるこじつけがないわけではない。それによれば、もともと皐月は長雨の月であるので、皐月が二月続く閏皐月のある梅雨は長引くという噂もあるやらないやら。南無南無。そう思えばそう、そう思わなければそうでない。

 収穫も草刈りも種播きも、たまった作業全部まとめて、そろそろこの辺りで本来の意味のさつき晴れ(梅雨の晴れ間)が恋しいところなんだが。ま、合羽着て田植えはやらなくてはいかんけどもね。あと半分。
posted by 学 at 19:25| Comment(3) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

恵まれ

如月十一日 【立夏】 曇りのち雨


 090505raining.jpg

 〜 夏立ちぬ 折に焦がれし 恵みかな 〜


 
 しばらく続いた晴天と連休に休息を入れるべく、曇天と降雨に恵まれたつくば。つくいちや来客にも恵まれ、対話と笑い顔と酒にも恵まれ、種も俺も、発芽を企む。
 
 
 090505blessing.jpg



【立夏】…夏の立つがゆへ也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 春:夏=9:1

     春ようやくあせて、山野に新緑が目立ち始め、
     風もさわやかになって、いよいよ夏の気配が感じられてくる。
     蛙が鳴き始め、みみずが這い出て、竹の子が生えてくる。
     「夏立つ」「夏来る」などとともに夏の代表的な季語になっている。
     ※読み:リッカ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
posted by 学 at 23:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月27日

雪のごとく

如月三日 雪

 睦月から如月に移ったこの週、ついぞ洗濯物を干せず。曇りと雨のウィークデイの締め括りは、しばらく忘れかけていた久方ぶりの雪の空となった。日曜日につくいちを控え、今日に収穫諸々の準備をしておきたかったのに、ああ、雪。


0902027snowing.jpg



 つくし農園がスタートして、いつのまにやら二週間、新規開拓地の畝作りやら畝直しやら草刈りやら作付け計画やら四方八方しているうちに、新暦2月は光陰矢のごとし。3月ですかそうですか。なんだかBlog書いてるいとまがない。書けば書いたで、こんなしまりのない文章。雪でもなく、雨でもなく、みぞれでもなく、なんなんだお前はという、このところの天気のようなしまりのなさ。せめて今日の雪景色のような、地に着いて風景が残るようなモノを残したいのだが。



0902027hotokenoza.jpg



 そんなこんなの雪休息。頭の中と実際の足元にやりたいことリストが多すぎて、自転車操業がしばらく続く予感。しばらくは、Blogの更新を滞らせます。ブルブル。
posted by 学 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

庭掃除

師走四日 晴れ


 081230ume.jpg


 〜 梅枝を ためらい落とす 大掃除 〜
 
posted by 学 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

ギュウ

霜月二十五日 曇りのちみぞれのち雨

 文字通り、明け方まで飲み明かしての遅い昼。昨日から続く生暖かくて横殴りの風が、二日酔いの屋敷に吹き付ける。家の周りの雑務作業で酔いを落としていると、その気味の悪い空気が、急激に温度を下げて引き締まってきた。ギュウと背骨を絞り上げるような圧力のある寒さ。

 部屋の中でもニット帽とマフラーをしながらコタツにもぐりこんでPCをたたいていると、窓に粘り気のある打撃音が響いてきた。雨粒と氷粒が風にあおられて横に広がったような、溶けかかった半端なみぞれが無数に打ち付けられている。わあとカメラを手にとりレンズを向けると、みぞれはすぐに雨にかわってしまっていた。この雪に至る前の、湿り気のある冷たさ。唇と指先が、乾いて痛むような2月の寒さとは違う、秋に落ちた葉を優しく土に戻しながら霜をじっくり落としていくこの季節の、重みのある寒さを経て田畑はいよいよ眠りにつき始める。

081222miburui.jpg



 米の脱穀、畑の冬作業、まだまだ残っているのだよね。毎度毎度、この寒さの前に終わらせようと思ってできた試しがない。冬眠前のひと仕事、さあ今年中に目途をつけられるか。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月29日

空白

卯月二十五日 雨

 今日は一日雨。今年の5月は雨が多い。念のため過去の天気を調べてみると、過去数年の雨の日(独断により一日の降水量が5mm以上の日とした)が5日〜7日なのに対して、今年は今日で10日、三日に一日は雨というのだから、やはり、であろうか。

 では多雨の時は田畑とどのように接すればよいのか。そもそも経年の自然農の蓄積がどこに積まれているのか。クリックして過去のBlogを読んでも、日記にはなって無いので天気の参考にはまるでならない。やれやれ。ホンモノの百姓は、毎日毎日の作業や天候や作物の様子を書き残しておくもの。昨年もおととしも、書きかけの手帳が春までで途切れてばかりで空白にほこりが積もっている。いつになったらインチキを脱却できるのやら。はて。


080529raining.jpg

お前達は嬉しそうだね。





気象庁…過去の気象データ検索

 過去30年の各地の気象データを調べることができる。
 夏休みの絵日記には、これがあれば完璧>お父さん達
posted by 学 at 17:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

はじまり

睦月三日 曇りのち雨

 今年のひとめぐりが、寒さと笑顔の中でスタートした。立春も過ぎた週末の土曜日、見学者や新規のプレーヤーも含めて20名ほどの参加者とともに、15時過ぎの雨の訪れまで開墾作業に汗を流した。(※農園Blogにて詳述)

 昨年までの2年間、暖かさがじんわり広がる3月に行っていた開始していた農園のスタートを、今年から一ヶ月早めたのは理由がいくつかある。草が生い茂る耕作放棄地にゼロから取り組む今年の田畑では、2月のうちにある程度まで畝作りを済ませていないと3月からの種播き作業に遅れが出かねないという点が一つ。
 またそうした開墾的な作業だけではなく今後も毎年行う作業ということで言えば、寒さの厳しいうちに前年までの崩れた畝を整えたり米糠などの補いをこの時期にしておいて、いざきたる種播きシーズンへの準備作業から1年のスタートを迎えるのが、小生にとってなんとなくしっくりくるというのがもう一点。
 そして、暦の中でもそうした始まりを自然と意識させられるのが残りの一点である。庭の梅の木の蕾のふくらみを立春に見つけて、やっぱり春が生まれてるんだなあ、と暦の妙味はいつも小生を感心させてくれるのだ。

 しかし立春は、季節が春に「移った」日ではないと思う。二十四節句の立春の頃は冬の真っ只中であり、例えれば冬の勢いが10の中でようやく0の春の命が誕生する頃だと言える。生まれた春は、夏の盛りの立夏(例年8月7日頃)までの半年の命を全うするのだと考えてみる。季節は3ヶ月ごとに4つの季節に分かれるのではなく、半年の命を、重なる2つの季節の衰勢の中で移り行くようなものなのではないだろうか。立春、立夏、立秋、立冬は、まさしくその季節が産声をあげる頃、すなわち季節の量は0であり、つまり前の季節の勢いが頂点である頃である。これに対応して春分、夏至、秋分、冬至はこれもまた文字通りはじめてその季節にバトンが渡される時期、季節の勢いが入れ替わる頃だとしたら随分と季節感がぴったりくる。
 例えば、春分(3月21日頃)は冬の勢いが5を下回り、立春に生まれていた春が、冬に勝りようやく5を上回る時期だと言えよう。そして立夏の頃に春が10を迎え新緑の勢いが極みを見せ、命を閉じた冬に代わって夏の息吹が聞こえ始める。春と夏のバランスは次第に移りゆき、夏至(6月22日頃)にいたって春が5を下回って、夏に主役の座を明け渡す。そして夏の暑さが極まる立秋の頃、生まれくる秋を待って、春は静かに幕を下ろす。


 とはいえそんな頭の中の妄想はそれはそれの話。実際のところ、例年よりひと月早く、2月のこの時期に農園の農始めを行うことにしたのは、冷たい風の中で春の芽吹きを探しながら土木作業をする、その厳しさと待ち遠しさのワクワク感がなんとも言えず始まりを予感させてくれるから、なのかもしれないのだよね。

080209start.jpg

 ワクワク感は満喫したけど集合日の畝作り、草刈りは、楽しさに比例して、やっぱり体に応えたな〜(笑)。とはいえ、一人だったら40時間の作業、20人なら2時間で終わるのだから、人数の力とはいやはや偉大である。麦焼酎の麦茶割りが、疲労に沁みてまことに美味い、今年の農園はじまりの夜。
posted by 学 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 暦の調べ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする