注)記事の日付は太陰暦を用いております

2010年01月01日

謹賀新年

霜月十七日 晴れ


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 謹んで新年のお喜びを申し上げます。


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2009年11月14日

晩秋

長月廿六日

 晩秋の長時雨。すっかり雨天の週となった合間を縫って田畑に繰り出す。収穫に比重が傾くので、稲や豆など乾燥させるための刈り取りのタイミングを計るのが難しい。夕方のぽかりとしたちょっと青空に寄せる、波打つような雲に夜からの雨天をまた警告させられているような気がした。

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 5日前から立冬。夏と冬をつなぐこの季はいよいよ深みを増す。晴れ間の陽射しに夏の名残は消え、寒さの芯が冬のものへ移行し始める。その分、火の暖かさが実に旨味を増す気がするのだがね。


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 〜 イモイモを 火鉢に埋めて 待つ笑みや 〜


【立冬】…冬の気立ち初めていよいよ冷ゆれば也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 秋:冬=9:1

     これから冬に入る初めの節で、この頃は陽の光もいちだんと弱く、
     日足も目立って短くなり、北国からは山の初冠雪の便りも届くなど、
     冬の気配がうかがえるようになる。
     冬の季節風第一号が吹き始めるのもこの頃である。
     時雨の季節でもあり、山茶花が可憐に咲き始める。
     また続いて南国では椿・水仙なども咲き始める。寒冷地では大地が凍り始める。
     「冬立つ」「冬来る」などとともに、冬の代表的な季語になっている。
     ※読み:リットウ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年11月03日

降りる

長月十七日 晴れ時々曇り

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 つくいちの早朝。ぎしりと軋むような朝、間引き菜を収穫するのに畑に出ると、初霜が畑に降りていた。菜っ葉はカシカシと甘く凍っており、摘まむ軍手越しに、霜の冷たさが染みこむ。待ってはいなかったけど、ついに来たなあという思いに浸るのを後回しにして、畑を回り終えた。

 霜が降りれば、サツマイモ、里芋、大豆、生姜、次から次と待ったなしで収穫を余儀なくされる。稲もより一層刈れ色を早めて、稲刈りを待つばかり。ぽかりとした陽気は束の間となり、北の筑波山からの風をついつい恨めしくおぼえるようになるのだ。

 ネットで調べられた限りでは、霜(シモ)の語源は、草木が萎む(シボム)、あるいは凍む(シム)に通じるなどからとのこと。草木が萎み、土が凍み、採るものは採り、育つものは守りながら。押し入れからストーブを出しつつ、また明日の霜を憂う。



霜の語源について
 ・・・『日英ことばの十字路』より参考
   〜電子辞書片手に綴る≪英語と日本語の語源≫雑記帳〜とありますが
   和語、漢語、英語に及ぶ、なかなかどうして広範深長な語源解説サイトです。

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2009年10月28日

ここんところ

長月十一日 晴れ

 いつのまにやら、稲刈りが始まり、葉もの野菜の播き時は過ぎ、エンドウは発芽し、雑草は枯れ色を深める。気がつくと、暦は霜降をとうに過ぎていた。思い出すようにフィルムを整理してはじめて、日々の経過をまた噛み締めることになる。ある意味記録でもあり、ある意味表現でもあるこのBlogが日記の体をなしていないことは小生の怠惰が故なのだが、思いついた今日にまかせてここんところの営みを振り返る。


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 今年の稲は、登熟が緩やかな気がする。わっと稲穂が膨らんでから一ヶ月。空気がそれほど冷え込むことなく、稲はまだまだ葉を黄ばめず、遅めの台風にも倒れず、凛として刈り時を待っていた。そんな稲が、ようやく、この数日で黄色みを増してきた。それに重なるように、もしくは収穫時を促すように、スズメが香り米に襲来する。食われるくらいなら刈ってしまえとばかりに、農園の臨時集合日にあわせて第一弾の稲刈りをスタートさせた。稲架の具合も良し。刈り方も、結い方も、干し方も、感をゆるりと取り戻しながらも錆ついてはいないはずの手ごたえなのは嬉しい。

 播種は、10月を終えようとして、いよいよ来春を見据えた作付に移りだした。空豆は頃合い良し。エンドウはいよいよこれから。麦も良し。葉物は、今まで上手く育てられたことがないホウレンソウを残して、あらかたの菜花類は播き終えた。毎年のように、いつものように、鍬を握り鎌を振り種を降ろす播種作業でも、年、季節、土、草、千変万化の自然農の畑では一つとして同じ作業はない。それに加えて、あれやこれやの試行錯誤が入り混じり、楽しさと沈思黙考のブレンドでひと畝ひと畝が進んでゆく。自然農で自家採種していた大根の最後の播種は、インターネットで収集したひと工夫を投じてみることにした。同じように種を降ろして土をかけた後、草をかける前に籾殻を被せてみる。発芽後に虫に食べられやすい大根や菜ものの芽が、籾殻を振り撒くことで食害から守られることがあるそうなのだ。ちょうど家の倉庫に残っていた籾殻をやおら畑に連れ出して、面白いと思ったことをそのまま試してみるのもまた、百姓仕事の喜びでもある。

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 雑草どもといえば、セイタカ、アメリカセンダングサ、クズ、ススキ、などなどなど、命の爆弾である無数の種を撒き散らす時期が、いよいよ近づいてまいりましたな。いざ刈れ、いざ倒せ。地下の根っこはやがて土中に還りますよう、地上の育ちきった極太の茎はやがて地上で朽ちますよう、種はなるべく付けませぬよう、明日の野菜が育ちやすくなりますよう、自然農の心意気を全うしながら、選別して、贔屓して、秋の草刈りは進んでゆく。


 五日前から節句は霜降へ。10日も過ぎれば、いよいよ立冬へ。


【霜降】…つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 夏:秋=1:9

     秋も末で、霜が降りる頃という意味から霜降という。
     この頃になると、秋のもの寂しい風趣がかもされてきて、
     早朝など所によっては霜を見るようになり、冬の到来が感じられてくる。
     小雨がときどき降り、 楓や蔦が紅葉し始める。「しもふり」とも読む。   
     ※読み:ソウコウ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ

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2009年10月07日

秋霖(しゅうりん)

葉月十九日 雨

 雨に気温がぐっと引き下げられて、ぶるぶる、と部屋着を一枚上に重ねたくなる夕方。ちょっと早いかなと思いながら、ウールのカーディガンを箪笥から引っ張り出してPCに向かう。気候に押されて仕方なく箪笥から服を引っ張り出す時というのは、なぜだかいつもちょっと嬉しい。


 午前中、雨も強くならぬ内に田んぼと畑をぐるりと周り、点検、確認、再会、心配、をひと通り済ます。今季さっぱり姿を見かけないまま晩期を迎えた台風に押し上げられた秋雨前線が、つくばをぐっしょりと濡らしていた。田んぼではようやく実りの色と膨らみを蓄えた稲穂が水滴を従えてたっぷりと頭を垂れている。台風の風に倒れてしまいそうな重みもありながら、よほどの風でもなければ持ち堪えるだろうという何かしらの強さを感じさせる立ち姿が、なんとも小気味良い。

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 稲の様子、背丈、株の姿、これらを眺めて大風の予報も耳にして、これくらいなら大丈夫だろう、と予感を張るのも百姓の仕事である。これだとまずいな、と予感して対策を適度に構えるのも仕事であるのと同様に。鳥避けテープは風で切れぬか、案山子は倒れて稲を倒さぬか、畑は、小屋は、と尽きぬ予感をある程度にまとめて、適度に散歩して手を加えて切り上げる。ウォータープルーフのトレパンに雑草からの雨露を染みこませて歩く自然農の田畑は、いつもとは別の景色を見せてくれる。見事なほど、葉先穂先に霧雨の一粒一粒をつかまえるこの雑草達の、無尽の美と偶然性。いつでも、どんなところにも、こうした出会いが潜んでいるのですな。

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 10日前に遅れ気味ながらも頃合い良く播種できた葉野菜の種たちがいよいよ一斉に発芽し始めて、曇天の下の顔がついつい明るくなる。あの畝も、この畝も、死に逝く秋の虫に打ち勝つように、わしわしと芽を勢いづかせている。まずはスタートダッシュは順調。おぼろげな記憶を辿れば、「10月10日に草を抑えれば秋冬野菜は草に負けず」と、いつぞやの農書にあったようななかったような。
 よし、この雨が過ぎたら、間引きと雑草刈りに程よく手を入れてみよう。この雨が過ぎたら、畝の続きに第二陣を播種しよう。まだまだ命の豊かさは心許無い畑の中で、少しだけ期待し、多くは期待せず、自分が出来ることを出来る分だけ、手を入れていこう。今のところは、何年経験しても心が躍る、この発芽のオンパレードに感謝しよう。


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〜秋霖の しずく喜ぶ 葉の芽かな〜
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2009年08月22日

過ぎる

文月三日 晴れ時々曇り

 空が暗くなる前に家に戻り、水シャワーを浴び、麦茶を飲む。薄暗さが庭を包む、酉の刻、暮れ六つ。時計を見ると18時半である。随分と日が縮んだなと、暦を見ると明日から処暑を迎える頃になっていた。夏至の頃には20時近くにようやく暮れていたものだが、いつのまにか秋分が近くまで来ているのだ。

 土曜日は畑が農園仲間で賑わう。午前に二人、午後に五人、三々五々に帰来する。夏はまだまだ手強いもので、正午からは昼寝をきめて涼気を待つ。パラソルの影が動いて寝顔に陽が当たり始めたらそろそろ作業どき。朝夕の作業、昼のシエスタ、だんだんその間隔が狭まってきたな。夏が、過ぎているのだな。


 プレーヤーの方のメールに、「風に稲が揺れて」との一行。分蘗した株が、過ぎる夏の風に揺れるのだ。この季節の風物詩なのだ。遠くに花火大会の音がこだましている。明日は旧友たちと花火遊び。東京はまだ暑苦しいのかな。そわそわ。



江戸時代の時間
 …正午、おやつの由来など、昔の時間について簡略明解に解説。
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2009年07月02日

できねえ

閏皐月十日 雨時々曇り

 やんだと思えばまた降り始め、鎌を手に草に入るとまた濡れる。ベトベトの土では収穫できないものや、乾いた空気の中で収穫しないとカビやすくなるものなど、全く手が進まない。梅雨で喜ぶ生き物がわいわいと楽しむのは嬉しいが、仕事ができねえ。蛙の声を聞き、カタツムリを横目で見、柿の葉にあたる雨音を感じ、夜毎に巣を張る蜘蛛に頭を引っ掛ける日が続く。散歩して、服を濡らし、草を刈り、でもメインの作業はおあずけの、そんな数日。

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 週末はつくいち。玉葱も、ニンニクも、ラッキョウも、ジャガイモも、ライ麦の藁も、タイミングよく収穫できる間がない。むむむむ、とはいえ梅雨ですしな。
 3年前のBlogで、閏月についてのまとめをしてみているが、今年はこの梅雨のひと月に閏月が訪れた。小生にとっては、閏月はあくまでも太陰暦と太陽暦の暦の帳尻あわせの知恵に過ぎぬが、人によっては閏月のある夏は猛暑やら、閏月のある冬は厳寒やら、因果を結びつけるこじつけがないわけではない。それによれば、もともと皐月は長雨の月であるので、皐月が二月続く閏皐月のある梅雨は長引くという噂もあるやらないやら。南無南無。そう思えばそう、そう思わなければそうでない。

 収穫も草刈りも種播きも、たまった作業全部まとめて、そろそろこの辺りで本来の意味のさつき晴れ(梅雨の晴れ間)が恋しいところなんだが。ま、合羽着て田植えはやらなくてはいかんけどもね。あと半分。
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2009年05月05日

恵まれ

如月十一日 【立夏】 曇りのち雨


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 〜 夏立ちぬ 折に焦がれし 恵みかな 〜


 
 しばらく続いた晴天と連休に休息を入れるべく、曇天と降雨に恵まれたつくば。つくいちや来客にも恵まれ、対話と笑い顔と酒にも恵まれ、種も俺も、発芽を企む。
 
 
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【立夏】…夏の立つがゆへ也(暦便覧)
     ★雑草屋的季節分布★ 春:夏=9:1

     春ようやくあせて、山野に新緑が目立ち始め、
     風もさわやかになって、いよいよ夏の気配が感じられてくる。
     蛙が鳴き始め、みみずが這い出て、竹の子が生えてくる。
     「夏立つ」「夏来る」などとともに夏の代表的な季語になっている。
     ※読み:リッカ
     <参考:【室礼】和のこよみ & こよみのページ
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2009年02月27日

雪のごとく

如月三日 雪

 睦月から如月に移ったこの週、ついぞ洗濯物を干せず。曇りと雨のウィークデイの締め括りは、しばらく忘れかけていた久方ぶりの雪の空となった。日曜日につくいちを控え、今日に収穫諸々の準備をしておきたかったのに、ああ、雪。


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 つくし農園がスタートして、いつのまにやら二週間、新規開拓地の畝作りやら畝直しやら草刈りやら作付け計画やら四方八方しているうちに、新暦2月は光陰矢のごとし。3月ですかそうですか。なんだかBlog書いてるいとまがない。書けば書いたで、こんなしまりのない文章。雪でもなく、雨でもなく、みぞれでもなく、なんなんだお前はという、このところの天気のようなしまりのなさ。せめて今日の雪景色のような、地に着いて風景が残るようなモノを残したいのだが。



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 そんなこんなの雪休息。頭の中と実際の足元にやりたいことリストが多すぎて、自転車操業がしばらく続く予感。しばらくは、Blogの更新を滞らせます。ブルブル。
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2008年12月30日

庭掃除

師走四日 晴れ


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 〜 梅枝を ためらい落とす 大掃除 〜
 
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2008年12月22日

ギュウ

霜月二十五日 曇りのちみぞれのち雨

 文字通り、明け方まで飲み明かしての遅い昼。昨日から続く生暖かくて横殴りの風が、二日酔いの屋敷に吹き付ける。家の周りの雑務作業で酔いを落としていると、その気味の悪い空気が、急激に温度を下げて引き締まってきた。ギュウと背骨を絞り上げるような圧力のある寒さ。

 部屋の中でもニット帽とマフラーをしながらコタツにもぐりこんでPCをたたいていると、窓に粘り気のある打撃音が響いてきた。雨粒と氷粒が風にあおられて横に広がったような、溶けかかった半端なみぞれが無数に打ち付けられている。わあとカメラを手にとりレンズを向けると、みぞれはすぐに雨にかわってしまっていた。この雪に至る前の、湿り気のある冷たさ。唇と指先が、乾いて痛むような2月の寒さとは違う、秋に落ちた葉を優しく土に戻しながら霜をじっくり落としていくこの季節の、重みのある寒さを経て田畑はいよいよ眠りにつき始める。

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 米の脱穀、畑の冬作業、まだまだ残っているのだよね。毎度毎度、この寒さの前に終わらせようと思ってできた試しがない。冬眠前のひと仕事、さあ今年中に目途をつけられるか。
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2008年05月29日

空白

卯月二十五日 雨

 今日は一日雨。今年の5月は雨が多い。念のため過去の天気を調べてみると、過去数年の雨の日(独断により一日の降水量が5mm以上の日とした)が5日〜7日なのに対して、今年は今日で10日、三日に一日は雨というのだから、やはり、であろうか。

 では多雨の時は田畑とどのように接すればよいのか。そもそも経年の自然農の蓄積がどこに積まれているのか。クリックして過去のBlogを読んでも、日記にはなって無いので天気の参考にはまるでならない。やれやれ。ホンモノの百姓は、毎日毎日の作業や天候や作物の様子を書き残しておくもの。昨年もおととしも、書きかけの手帳が春までで途切れてばかりで空白にほこりが積もっている。いつになったらインチキを脱却できるのやら。はて。


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お前達は嬉しそうだね。





気象庁…過去の気象データ検索

 過去30年の各地の気象データを調べることができる。
 夏休みの絵日記には、これがあれば完璧>お父さん達
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2008年02月09日

はじまり

睦月三日 曇りのち雨

 今年のひとめぐりが、寒さと笑顔の中でスタートした。立春も過ぎた週末の土曜日、見学者や新規のプレーヤーも含めて20名ほどの参加者とともに、15時過ぎの雨の訪れまで開墾作業に汗を流した。(※農園Blogにて詳述)

 昨年までの2年間、暖かさがじんわり広がる3月に行っていた開始していた農園のスタートを、今年から一ヶ月早めたのは理由がいくつかある。草が生い茂る耕作放棄地にゼロから取り組む今年の田畑では、2月のうちにある程度まで畝作りを済ませていないと3月からの種播き作業に遅れが出かねないという点が一つ。
 またそうした開墾的な作業だけではなく今後も毎年行う作業ということで言えば、寒さの厳しいうちに前年までの崩れた畝を整えたり米糠などの補いをこの時期にしておいて、いざきたる種播きシーズンへの準備作業から1年のスタートを迎えるのが、小生にとってなんとなくしっくりくるというのがもう一点。
 そして、暦の中でもそうした始まりを自然と意識させられるのが残りの一点である。庭の梅の木の蕾のふくらみを立春に見つけて、やっぱり春が生まれてるんだなあ、と暦の妙味はいつも小生を感心させてくれるのだ。

 しかし立春は、季節が春に「移った」日ではないと思う。二十四節句の立春の頃は冬の真っ只中であり、例えれば冬の勢いが10の中でようやく0の春の命が誕生する頃だと言える。生まれた春は、夏の盛りの立夏(例年8月7日頃)までの半年の命を全うするのだと考えてみる。季節は3ヶ月ごとに4つの季節に分かれるのではなく、半年の命を、重なる2つの季節の衰勢の中で移り行くようなものなのではないだろうか。立春、立夏、立秋、立冬は、まさしくその季節が産声をあげる頃、すなわち季節の量は0であり、つまり前の季節の勢いが頂点である頃である。これに対応して春分、夏至、秋分、冬至はこれもまた文字通りはじめてその季節にバトンが渡される時期、季節の勢いが入れ替わる頃だとしたら随分と季節感がぴったりくる。
 例えば、春分(3月21日頃)は冬の勢いが5を下回り、立春に生まれていた春が、冬に勝りようやく5を上回る時期だと言えよう。そして立夏の頃に春が10を迎え新緑の勢いが極みを見せ、命を閉じた冬に代わって夏の息吹が聞こえ始める。春と夏のバランスは次第に移りゆき、夏至(6月22日頃)にいたって春が5を下回って、夏に主役の座を明け渡す。そして夏の暑さが極まる立秋の頃、生まれくる秋を待って、春は静かに幕を下ろす。


 とはいえそんな頭の中の妄想はそれはそれの話。実際のところ、例年よりひと月早く、2月のこの時期に農園の農始めを行うことにしたのは、冷たい風の中で春の芽吹きを探しながら土木作業をする、その厳しさと待ち遠しさのワクワク感がなんとも言えず始まりを予感させてくれるから、なのかもしれないのだよね。

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 ワクワク感は満喫したけど集合日の畝作り、草刈りは、楽しさに比例して、やっぱり体に応えたな〜(笑)。とはいえ、一人だったら40時間の作業、20人なら2時間で終わるのだから、人数の力とはいやはや偉大である。麦焼酎の麦茶割りが、疲労に沁みてまことに美味い、今年の農園はじまりの夜。
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2008年01月12日

師走五日 雨

 先週末から節句は小寒に入り、寒さが極に向かうと思っていたころではあるが、こりゃないよー。


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 (※画像提供…ウェザーニュース



 マイナス5度。。。よりによって週末は集合日。そして足も凍える脱穀作業。冬は、こういうものなんだとわかっていててもね。

 寒くなったら、畑の整地、稲木の撤退、力仕事で体を暖める。これこそ、百姓の知恵。あー楽しみ。


【小寒】…冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也(暦便覧)
     この日は寒の入り、これから節分までの期間が「寒」である。
     寒さはこれからが本番。池や川の氷も厚みをます頃である。
     ※読み:ショウカン
     <参考:こよみのページ
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2007年10月11日

夜長へ

長月一日 晴れ 【寒露】(※二日前より寒露を迎えました)

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 夕暮れの深さに見とれてふと思い出すと、月は長月に入っていた。夜長の季節の西日の空は、一年で最も好きな色に染まる。この空を見ると、収束に向かいはじめる暦と、枯れ草の匂いと色に包まれる畑がセットになって頭をよぎる。太陽、昼、湿度、汗の空気から、風、乾き、冷気、夕暮れの空気へ。

 お団子とお茶が恋しい季節になってきた感じ。しごとの合間に食うと、最高にうまいんだよね。


 【寒露】…陰寒の気に合って、露むすび凝らんとすれば也(暦便覧)
      冷たい露の結ぶ頃。秋もいよいよ本番。
      菊の花が咲き始め、山の木々の葉は紅葉の準備に入る。
      稲刈りもそろそろ終わる時期である。
      ※読み:カンロ
      <参考:こよみのページ
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2007年09月13日

好日

葉月三日 曇り

 秋雨と曇り空と晴れ間が心地よく訪れ、秋播き野菜の発芽が著しい。ニンジンも、大根も、小松菜もカブも、5日前の播種がすっかり芽を出している。悪夢のような日照りが落ち着いたと思ったらこの良候。涼しい平日に訪れたプレーヤーたちと、過ごしやすい昼の作業をのんびりと楽しみながら、四方山話に花が咲く。

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 夕刻、茜色の空がつくば駅を染めた。晴れては曇り、降っては晴れ、日々是好日を忘れることなく。

 今の作業があり、そして同時に次の作業がある。種播きは、常に次の季節の為の作業なのだ。あたり前のことでも、大事なこと。



 いつの間にか、月は葉月、暦は【白露】へ

【白露】…陰気ようやく重なりて露にごりて白色となれば也(暦便覧)  
     野には薄の穂が顔を出し、秋の趣がひとしお感じられる頃。
     朝夕の心地よい涼風に、幾分の肌寒さを感じさせる冷風が
     混じり始める。
     ※読み:ハクロ 
     <参考:こよみのページ> 

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2007年04月16日

地温

如月二十九日 曇り

 陽射しを受けた暖かさに反比例するように、曇り空に風が吹く日や雨の落ちる日は、体の芯から震えるような体感気温となる。春分を越えたとはいえ立夏までは二週間以上、「春」が盛りに近づく中で消え行く「冬」が、最後にひと頑張りしているようだ。
 晴れ間は熱いほどなのに空が陰ると風を冷たく感じるのは、抽象的な季節感のせいではなく、この時期はまだ地温が温まっていないせいでもある。太陽と地球の関係は急速冷暖房ではなく、ひと月ふた月かけてのゆっくりとした営みだ。ゆえにもっとも日照時間の長い6月がもっとも暑い時期なのではなく、7月から8月にかけてが酷暑の頃となり、反対に冬の寒さも2月が極みとなる。大地とは、熱しにくく冷めにくいのだ。視点を変えれば、暖まりすぎる傾向が続けば熱の滞留が続くのかもしれないし、一度冷えてしまった寒さは天文的なエネルギーでしか回復できないということでもある。人間がどうこうできる問題ではないにしても、一人一人の生活スタイルや選択が、足元の暑さ寒さに直結しているのだとすれば、はて何ができるのやら。

 人はそうした時間の流れで数万年生きてきて、そうしたリズムを体の中に宿している。都会での、大地を覆うアスファルトの上は、熱しやすく冷めやすく、季節の移り変わりのスピードが速い気がしてならない。

 春疾風に体をちぢこませながらの畑作業中、草の下に隠れる土の、意外なほどの温かさに驚いたそんな如月最後の日。



風の辞典
   …春疾風(はるはやて)を調べていて辿りついた、風の名称などをまとめたHP。
    日本には、数百もの風を表す言葉もあると言われています。
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2007年02月20日

迎春

睦月三日  曇り時々雨

 春節、旧正月を迎えて三日。とりたてて目出度い様子もなく冷たい雲の日が続く。旧暦の季節感を知るようになって十年程が立つが、どうしても、旧正月の越し方が身につかない。自分にとって正月とは、空気が乾きだして身を切るような風に体がようやく対応しだした、あの12月末の軽薄な空気こそであり、あの元朝参りの明け方の軽やかさにこそ正月の厳粛さを覚えてしまう体になっている。
 対してこの時期とは、寒さはほとほと身にしみた頃であり、時折の春の息吹に心身がくすぐられて良くも悪くも次の季節を待ち焦がれ、ただ時折の重いかたまりのような底冷えや突風には甚だ嫌気がさすといった、なんとなく重量感のある空気である。しかし江戸時代までの日本人にとって正月とは、まさにこの季節を迎えての正月でしかなかった。12月のあの軽薄乾燥な空気はまだまだ収穫物や農作業も最終盤を迎える忙しさであり正月などでは決してなく、立春前の寒さの極みに師走を過ごし、春を目の前に迎えた今のこの空気こそが正月であり、迎春であった。

 迎春。本来であればなんと季節感のある言葉であろうか。しんしんと降る雨に手指が動かぬほど震えても、数日前の暖かさを思えば春の近さを信じることができる。そんなこよみの頃。だからこそ、歳を改めて祝いをもうけ、次のひと回りを始める心構えとしたのではないだろうか。

 もちろん、それが新暦であっても旧暦であっても、新年を迎えるという人間特有の文化習慣であることには変わりなく、それはいつでもいいのかもしれないと言える。しかし、季節と気候が文化風土にいかほどの影響を与えてきたのかを思うと、日本の文化とはやはり旧暦での暮らしに礎を築いており、その残り香を知ろうとするのは決して無駄なことではないように思えるのだ。


 で、さて。

 本当は、旧暦の大晦日(今年は2月17日)までにお節料理を用意して、旧正月を雑煮やおせちで楽しむつもりだったのだが。年越し太巻き寿司は楽しく堪能したものの、絵に描いていた餅は屏風から出ることなく、副業に多忙を費やしていつもの2月を過ごしているのでありまして。まったく正月なぞの趣はなく。せめて小正月には、ホンモノの旬の「七草」粥でも食べたく思うのでありますが、はて。
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2007年02月12日

たなびく

師走二十五日 晴れ
 
 神武天皇が即位した日とされる建国記念の日の翌日、陽気に誘われて霊峰筑波山へドライブ。梅まつりを翌週に控えた梅林は、開祭前にも関わらず多くの梅好きが足を運んでいた。

 筑波山神社から少し下って広がる梅園は、傾斜に居並ぶ紅白鮮やかな梅と筑波山の中腹から望む関東平野の眺望を、贅沢に重ね見ることができる名園である。暖冬の誘惑に負けて少々急ぎ足の梅たち。焦げ色の深い幹に満開の紅白を咲かせる早咲きを背景に、指で触れたら弾けそうな程に膨らませた無数の蕾のなんと可愛らしいことか。

 林道を登りきり、展望あずまやへ。しっとりと枯れ草色のつくばの野に、濃度の濃い春霞がたなびく。真冬を越えた春の入り口、この独特の重苦しいとも言える、ほつほつとした息吹の塊のような気配に包まれる季節。国が拓かれた紀元節は、もしかしたら今日のような日であったのかもしれない。この、春にたなびく霞には、遥か無尽の自然の命が内包されている気がしてならない。 


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 梅林から望むその霞のすそに、つくし農園も包まれている。包まれて、命あふれますように。




筑波山梅まつり
  :今年で34回目。2月中旬から一ヶ月ほど開催されるそうです。
   混雑が予想されますね。
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2007年02月04日

開花

師走十七日 【立春】 晴れ


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 青みは薄いが透明感は高い冬の晴天の下、筑波颪(つくばおろし)に白梅が強く揺れていた。

 
 「明日は、風も落ち着きポッカポカの陽気に見舞われるでしょう」という天気予報のお姉さんの声を信じて、農作業の手を明日に伸ばし、今日は田畑の周囲を散歩することにした。冬の盛りに春は産まれる。暦は、今がその頃合いだと説く。いざ廻れば、歩くその足元に、枯れ草の間に、フキノトウ、オオイヌノフグリ、ホトケノザが、見え隠れ。見上げれば、梅の開花に桜の蕾、おまけにいよいよ杉も開花である。

 慌てて、花粉用マスクを押し入れから引っ張り出す。Blogに綴るのも忌まわしい、ついにこの季節が産声を上げたのですね。やれやれ(笑)。




 【立春】…春の気たつを以て也(暦便覧)
      この日から立夏の前日までが春。
      まだ寒さの厳しい時期ではあるが日脚は徐々に伸び、
      九州や太平洋側の暖かい地方では梅が咲き始める頃である。
      ※読み:リッシュン
      <参考:こよみのページ

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