注)記事の日付は太陰暦を用いております

2004年09月28日

残念芋名月

葉月十五日 曇り
 旧暦にでは秋を受けもつのは七月八月九月、うち八月、葉月は中秋となる。今宵は葉月の十五日、十五夜。つまりは中秋の名月であります。が、今夜はちょっと見えそうにないね。
 中秋の名月は、この時期獲れる収穫物になぞらえて「芋名月」の別名がつく。芋でも蒸かしてお供えしたいが、こちらの出来はもう少し後のようだ。来月は、「後の月見」と言って九月(長月)十三夜が慣わし。十三夜のころには、お供えものも獲れてるはず。それまでは月見も、お預けにします。
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2004年09月23日

日が沈む先に

葉月十日【秋分】 曇り

【秋分】…陰陽の中分となれば也(暦便覧)
     暑い日は減り代わりに冷気を感ずる日が増える。
     昼と夜の長さがほぼ同じになることで、この日は
     秋彼岸の中日でもある。秋の七草が咲き揃う頃である。
     <参考:こよみのページ

 今日はお彼岸。大家さんのお墓参りを終えた後に畑に出た。真東から出た太陽が、極楽浄土(彼岸)があるとされる真西に沈む日であることから始まった、日本独自の行事が春と秋の彼岸である。煩悩多き人間が、せめて春と秋のお彼岸の時くらいには仏の教えを実践したいものだという素晴らしい古人の知恵か。ビルの向こうの夕陽に向かってご先祖様に拝んでみれば、心がなぜかほっこりする。彼岸の明けは26日、東京でも、アメリカでも、彼岸の彼方は同じ筈。皆の心が穏やかになりますように。
 

 040923higanbana
 
 年に一度、この秋の彼岸の時期に合わせて見事に咲いてみせる彼岸花に、煩悩を笑われてるように見えるのは気のせいではあるまい。


 ところで秋の七草、みんな知ってるか?

 『萩 尾花 葛 撫子 女郎花 藤袴 桔梗』
 『はぎおばな、くずなでしこおみなえし、ふじばかまききょう』

 とは、数年前の友人達との山登りで教えてもらった覚え順である。春は知ってて秋は知らないというのを無性に情けなく思えて、意地になって上の呪文を登山中繰り返していた記憶がある。ちなみに秋の七草はいわゆる雑草の類がほとんどで食べられません。しかし尾花(ススキ)を除いて咲かせる花は皆、どこか儚げで質素であり、これを七草に読んだ山上憶良の感性はどこまでも日本人であるなあと思い巡らす。わが畑には尾花と葛と萩(のようなもの)が千年の時を越えて根を降ろしている。それもまた自然農の喜び。


葬儀情報局(お彼岸のページ)…お彼岸の基礎知識はここでゲット!

秋の七草…情報量、デザインの個性、抜群のサイト。山上憶良の歌は萩のページに掲載。
(↑は『天明元年大宝天社絵馬』というサイトのワンコーナー。三重県鈴鹿市の神社のサイト。濃い!)
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2004年09月22日

稲の名脇役

葉月九日 晴れのち雷雨
 上で雷について書いたが、補足して少し。

 昔より日本では雷のことを「稲妻」や「稲光り」と言う。これは夏の時期の快晴の後の雷雨が多い年は豊作が期待されることから、「稲」の妻、稲妻と呼ばれる所以である。稲光も同様の理由であろう。カミナリは読んで字の如く「神鳴り」。神様の音といったところであろう。
 稲妻の季語は秋。この時期の稲妻は豊作への影響という点ではもう遅いが、すこしだけ雷が身近に感じる話である。

040922kaminari
(フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia)』より参照)

稲妻を題とした家紋…稲妻が日本文化に親しかったのはココからも見て取れる

 ⇒家紋にはまってる助手K氏の記事はこちら 
 
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2004年09月14日

苦いビール

葉月一日 晴れ(真夏日を記録)
 葉月、八月の一日は八朔と呼ぶことは先日述べた(一日と月とはっさく)。この旧暦の八朔に、各地で祭や行事が伝わっている。八朔は、「たのみの節」ともされ、たのみ、つまり田の実を頼む(願う)豊作祈願の行事や、その年の新穀の贈答の慣習が生まれた。徳川家康の江戸入府の日でもあることから江戸時代には祝日と定められ、八朔行事が広く庶民に根付いていったとされる。
 祭に付きものといえば餅の類であるが、その餅と八朔について面白い話がある。この日にお祝いとしてだされる餅を食べるのは嬉しいが、祭を過ぎれば暑さもようやく和らぎ日の落ちるのも早くなる頃だ。そのため八朔を境に昼寝も無くなり、夜なべ作業も始まることを憂えて「八朔の苦餅」と呼ぶそうな。「八朔の泣き饅頭」「八朔の涙飯」など、呼び名は数知れず。当時の下男下女の苦々しい表情が浮かぶようで微笑ましい。
 そういうわけで本日は農作業はお休み♪ とりわけ餅で祝うこともないが、地ビールでも飲んで「たのみ」を頼む事にする。ああ、明日からは昼寝できないよなあ。これこそ「八朔の苦ビール」である。

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 今日の窓から:隣の田ではコンバインでの稲刈りが始まっている


※八朔行事について詳しく知りたい方はこちらを参照
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2004年08月11日

残暑の色

水無月二十六日 晴れ
 四日前の立秋からは、残暑見舞いが行き交う頃となる。土に馴染む生活をするまでは、僕はこの「残暑」というウソ臭い言葉に不信感さえ抱いていた。いったいぜんたいこのクソ暑い時期を「残りの暑さ」と言うのはどういうことだ、と。それが今日、立秋を過ぎて畑に立った時に、素直に「残暑」を感じることができた。いったいなぜだ?
 田畑での作業は、良くも悪くも常にひと月先ふた月先を頭に描いて行われる。それは単純に30日後、60日後にするべき作業というイメージではなく、暑さ、雨、陽の長さ、草の種類、つまりは季節の感覚をダイレクトに伴うイメージとなる。常に、である。今日感じたことはまさにそれであった。
 来月はもう9月であり、それは秋が匂い立つ頃じゃないか。ああ、そうか。今はもう、秋への序章に居るんだ。この暑さの行き先は、すぐそこに見えてるんだ。これが「残暑」の感覚なのか。なるほど、7月の頃の先の見えない暑さではなく、先の見える暑さ、これを先人は親しみと憎たらしさを交えて「残暑」と名づけたのではないかという気がしてくる。
 
 畑仕事の後、大家さんとの雑談の中で素敵な言葉に出会った。「立秋も過ぎるとね、なにかこう、おひさまの色が黄色になりだすわね。」僕が畑で感じた秋の匂いはまさしくその黄色の光だったのかもしれない。
 アスファルトの上には、この色、届いてるだろうか。
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2004年07月31日

十五の夜

水無月十五日 夜は晴れ 風涼しい
 旧暦は、毎月十五日前後が満月となる。今月(水無月)は、今日と明日の晩が大体満月である。なにぶん太陽と月のバランスなので、その辺は大体ということで良いでしょ。(正確には満月というのは何日の何時何分の状態だとすることもできるけどね。)
 久しぶりに暗くなるまで畑に出ているとやはり良いことはあった。帰り路に満月が出迎えてくれたのである。山の向こうからよっこいしょと顔を出した月は、今日も深夜勤頑張れよーと微笑んでくれたようだった。

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2004年07月20日

土用入り

水無月四日 晴れ
 町に、苦笑するほど立ち掲げられる「土用の丑の日」のノボリを見る。東京も、熊谷も、日本全国がウナギを喰うのに夢中になる。今年は明日が土用の丑の日、皆はどこでウナギを食べますか?

>>続きはこちら
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2004年06月21日

小松的 夏至の意味

皐月四日 曇りのち雨(台風6号が通過)
 本日は、夏至。北半球で昼の長さが一番長い日とされている。太陽暦の現代では、意味としてはそれだけに過ぎない。
 しかし私が考える夏至はもう少し趣がある、と思う。夏至という言葉は二十四節句の一つでもある。(二十四節句とは、一年を24の節目で区切った呼び名。別の機会に詳述する。)夏という季節が使われる二十四節句は夏至の他にもう一つ、5月5日頃の立夏がある。これは私の解釈ではまさしく夏が産声を上げる頃であり、つまり春真っ盛りである。ちとややこしい?それから春と夏のパワーバランスが徐々に移動して、ついに夏至のこの日、夏の力が春を追い越すのだ。
 せっかくなのでもう少し季節を追いかけてみよう。二十四節句はこの後、小暑と大暑を経て8月の7日頃、立秋を迎える。これは世間の人が「旧暦と今は季節がずれてるのです」などとしたり顔で言うような秋の始まりだとは考えない。私の解釈では、まさしく秋が、か細い産声を上げる頃なのである。つまり夏は盛りも盛り、眩暈がするほど暑いのである。これすなわち暦どおり。そうして9月23日の秋分に、秋にパワーバランスを奪われるまで夏の支配は続くのである。
 小松的結論、夏至とは「夏に至る」頃。これよりますます夏の勢い増す。夏至から秋分までの時期を夏と呼ぶ。

 蛇足。夏の盛り、まさに立秋の折に私は生まれました。母さん、さぞや暑かっただろうね。


 ↓初収穫となったジャガイモ数個。ああ、可愛いこと!
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2004年03月20日

雪の春分

如月三十日 雪のち曇り
 朝から雪が積もった。少しずつ緑づいてきた畑に、淡く白雪が残る。この地を訪れて初めての雪は、積もるでもなく、すぐ消えるでもなく、挨拶程度に軽く会釈をして通り過ぎたようだった。
 春分。冬は、今日を境に一日一日、その季節という座を春へ譲り渡して行く。


緑、赤、黄、白のモザイク畑
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