注)記事の日付は太陰暦を用いております

2011年06月10日

欠けているもの

皐月九日 曇り

 いつだったか学友の家に遊びに行き、庭の片隅のちょっとした畑の中で、これでもか、と生い茂る小松菜と、ぐいぐい背丈を伸ばすエンドウ豆の苗株を見つけて、友人には気付かれないように心の中ですげえなとつぶやいたことがあった。その辺の雑誌にあった通りに肥料やって種まいて良くわからんうちにこんなに育っちゃってさ、と何気なくその小松菜を摘んで、夕飯の味噌汁にぶち込んで食べさせてくれた。

 あれから数ヶ月ほどして、今の家に移って4年目を迎えてようやく、庭の一部を改良して猫の額ほどの畑をこしらえてみた。雑草と土の様子を考えて、草を刈り出してから鍬を入れ、10cmほどの深さで耕起して、適当に余っていた菜花類の種を播き散らかした。かくして、慣行農ではないものの耕起して種を播いては野菜屑を放り込む、半分自然農半分有機農のような適当マイガーデンに今、ミックスベジタブルが繁茂している。 自然農の畑であれほど苦戦しながら、育った育たないと数年も頭を掻き毟っている横で、隠れて羨ましいと嫉妬した友人の適当ベランダ農園を習った庭の畑に、モリモリと葉っぱが育つのだ。

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 原発事故以来、世の中では「安全(と思いたい)派」と「心配(をしておきたい)派」との間で、本来あるべきでない分裂がみられはじめている。そうじゃない例が多数だと信じたいが、互いに互いを白眼視しつつ、それぞれの見識の足りなさを嘆き、悲しみ、挙句の果てには罵倒してしまう。 放射能の健康被害に気を配る方たちには、不安な要素を固める情報が集まり、よりその不安な要因を拡大し強固なものにしていく。健康への影響を控えめにみる方たちは、その根拠を求めて手に入れた情報に安堵し、不安要素の声に耳を貸さなくなっていく。 「こんなに心配しているのに、どうしてあの人たちはあんなにノホホンとして無関心でいるのだろう」と、「これくらいじゃ全然心配ないのに、どうしてあの人たちはあんなにビクビクして煽り立てるのだろう」との間には、埋まらない溝が開いてしまっているかのようにみえてしまう。

 しかし一度立ち止まって考えてみる。そこに架かる橋はないか。もしくは本当に溝があるのか。否、そこには両者を繋ぐ、共通の基盤が存在しているはずだ。全く違う価値観を持ってしまって互いを不快にさせるアピールしかできないないのではない。本当はその奥に共通の想いが隠されているはずなのだ。それはシンプルであり、本質でもある。どちらも、心の芯から放射能の恐ろしさにまいってしまっているということで、一致しているのだ。原発事故以降に福島原発から不幸にも放出されてしまった放射性物質に対する影響の受け止め方にこそ差はあれ、結局のところは、放射能の量がとてつもないものであったなら全員一致で「放射能コワイ」になるはずだからである。いざと言うレベルになったら全員まとめて放射能には適わないという認識の元、「今は安全」と「今でも心配」という振れ幅の中にいるのだ。その大前提の恐怖があるからこそ、その不安が妖気のごとく漂う中でどうにかして日常の安心を手にしようと、一方では「安全派」に身を寄せ、一方では「心配派」に足場を固め、少しでも自分の不安を取り払おうと必死になってしまっている。その結果、自分の反対側の人たちの言動や行為はそれぞれの安心を脅かすものとして無意識に認識され、自分の安定を守りたいが故にネガティブな感情を抱いてしまうのではないだろうか。

 どっちが科学的か、どっちが現実的か、どっちが優しいか、なんてなんの意味もない。

 電磁波だってこわい人はこわいし、こわくない人はこわくない。農薬だってこわい人はこわいし、こわくない人はこわくない。ダイオキシンだって、化学調味料だって、温暖化だって、デフレだって、少子化だって、不景気だって、貿易自由化だって、こわい人はこわいし、こわくない人はこわくない。全てが、ある振れ幅の中で意見がぶつかり合っているのだ。科学的に絶対の真実などなく、選択としてどっちが現実的かなんて立場でしかなく、倫理的にどっちが優しいかなんて価値観によるだけなのだ。そんな大前提の社会の中で、しかしながら人は選択をして生きなければならないからこそ、難しさを抱えて右往左往してしまう。

 とはいってもこんな「なんだってどっちだってある」みたいな価値相対主義みたいなこと言ってたって仕方がない。どんなものにも相違はある、その違いによっては時折不愉快にもなる、だけども必要なのは、その相違や不愉快の原因が解決しうるものなんだとしたら、それを突破することを創造しなくてはならない。立場や価値観でただ分裂してるんじゃなくて、もっと根本的なところで生きていくほうがいい。その先や現実を、想像し、そして柔軟に変化もしながら。

 大切なのは人であって、イデオロギーではない。大切なのは魂(たましい)であって、価値観ではない。全てが同じ方向性で価値観を共有している方が、むしろ気持ちが悪い。原発反対と有機農業と憲法9条と遺伝子組み換え反対が、なんとなくセットで同じような人が主張しているのは気持ちが悪いでしょ。それよりも、「これはあいつとは意見が合わないけど、一緒にいると話してて面白いなあ」の方が大事じゃないだろうかね。

 自然農をやってる人にも、気持ちいい人もいて、気持ち悪い人もいる。
 有機農やってる人にも、気持ちいい人もいて、気持ち悪い人もいる。
 原発推進派にだって、気持ちいい人もいて、気持ち悪い人もいる。
 安全派にだって心配派にだって、気持ちいい人もいて、気持ち悪い人もいる。
 
 それなのだから、立場とか運動とかイデオロギーで頭を固めずに、どんなことにも一つ一つを別個に考えて、問題解決型の思考で対処していけばいい。放射能についても、思う存分に不安になればいいし、思う存分に安心してもいい。感情と理性を自分自身の根拠としてフル稼働させて辿り着いた姿勢なら、それに自信を持って、その上で互いに優しくなればいい。答えがわからなくても生きるしか術はないのだから、自分が満足できるように選択してさえいれば、他人がどんな価値観を選択しようが犯されることはない。そこを見失うことなく、小さな対立をうまく乗りこなしてサーフィンしていきたいと思う。



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 自然農にとらわれずに適当に育つ、庭の野菜たちのように。ついつい凝り固まる自分の脳と体を、酒と友人たちで解きほぐしていけることを願っている。

 一番大事なのは、想像力なんだ。原発の将来だって、放射能汚染での対立だって、教育だって、農業だって、環境だって、つまりは愛ですよ。想像力ですよ。そこなのよ、つまりは。自分にまだまだ欠けているのは、そこなのよね。 
  
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2011年04月18日

垣根をこえ

弥生十六日 (望月) 晴れ 

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 「茨城県」の「民主党議員」が、「福島県」の「自民党議員」に優しいパスを送り、安全が確認されたものの正規価格で取引されずにいる茨城産、福島産の野菜を救うためのプロジェクトが動き始めている。五十嵐つくば市議を中心とした方たちによって、震災後の茨城県の野菜農家の原発による被害を受けている現状を乗り越えようと、「イバベジ」の愛称の下に茨城県産野菜の野菜ボックスの販売が今月初めにまずスタートした。曰く、「安全認定を満たした農産物に限った野菜の詰め合せ『野菜ボックス』 を販売することでこの危機をみなさまと一緒に乗り越えるべく活動をしています」のビジネス支援プロジェクト。第二の故郷つくばでスタートしたこの素晴らしい取り組みを、第一の故郷いわきでもどうにかつなげて欲しいと、とるもとりあえず実家の母と近しい斉藤福島県議に電話をしてみた。電話をしてから、五十嵐氏の政党と斉藤氏の政党を思い出し、これはまずかったかと思案したが、五十嵐氏は「イバベジをフクベジ、ミヤベジ、どんどん広がってもらえたらいい」と歯牙にもかけず、一方斉藤氏も、「いわきの農家を助けるプロジェクトに是非とも」とあっという間に連携が進み、明日19日にはフクベジの、第一弾が動き始める運びとなったそうだ。

 不思議なものだが、「自然農」の百姓が、「慣行農」の農家の野菜の流通を心から応援してしまっている。体の健康、自然の摂理などを大きな指針においた自然農に身を寄せるイチつくば民が、低量とはいっても健康への影響の評価はまだまだ不明瞭であり、自然の摂理に大きく反してしまった、放射線被曝の可能性がゼロではない野菜、また普通の化学肥料や農薬も使用されているであろう慣行農法の農家さんたちの生活を、どうしてか支援できることはないかと考えている。もちろん自分の自然農を日々続けることは変わらずに。
 
 自民党も民主党も、原発推進派も反対派も、やりたいならとことんやればいい。ただし、今このどうしようもなく先行きが見えにくい世の中で必要なのは、決して従来から引きずりきって腐りかけている対立型の思考回路ではなく、反対も賛成も飲み込んで推し進めていく解決型の思考回路でしかない。 喫緊の課題から最優先して選択して手をつけながら既存の垣根をぶっこわして四方八方に視野を飛ばして進んでいくことが、政府、非政府組織問わずに求められている。対立軸に寄ってしか発想できない人は、どうぞ眠っていてください。
 
 震災前も震災後も変わらない、個人的な、あるいは周辺的な悩み、不安はいくらでもある。現在進行形で真っ最中でもあるし、見通しだってよくわからん。それでも、前に進むしか、というか生きるしか道はない。「内閣外ですが責任ある立場を用意しますので協力してください」と何かを出し惜しんで政局に注視する民主党国会議員。ここぞとばかりにニヤついて、「そんな都合よく民主党さんに協力できませんよ」とTVで話す自民党国会議員。もうどっちでもええわ。我々は国政を追い抜いて、垣根をこえて、自分達でできる復興支援を、路傍の石からでも始められる。被災地は、今日も生きて生活してるもんね。

『茨城・福島農産物サポートプロジェクト』
どうか皆さん、応援してください!
全国に散ばるいわきの皆さん、一箱からでも注文できますよ!
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2011年02月02日

師走ってるよ

師走廿九日

 久方ぶりに、酔いに任せて。

 副業の仕事で浜松に足を伸ばし、7〜8年越しの友人と夕食を共に過ごす。前職時代に公私に渡って時間を共にしていただいていた彼、彼女に、子らをも交えて夕餉に招いていただいた。職場での関係以上に、気兼ねなく遊び交わした彼らとの再会は、思っていた以上、期待していた以上に時の隔たりを忘れさせてくれる時間であった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 寒さと風が印象深い今期の冬。映像の向こうで眺める豪雪とは縁遠いつくばでは、カサカサに乾いた日々が続く。旧暦では師走も師走。明日は大晦日にて、いよいよ新春を迎えようとしている。自然農9年目、つくばにて6年目、玉取に田畑を移して4年目を迎える今年、あいも変わらず、いよいよもって、師走っているこの季節である。世の中になのか、自分になのか、異論反論が渦巻いては消え、消えては渦巻く時勢に揺さぶられ、それでも年齢だけは重ねるしかない、この自然界、生物界、人間界の法則。政治にとか、イデオロギーにとか、正論にとか、正しいことがあるかのように見せかけて実は、バイアス(先入感、偏見)のみが先行しているこの時代と季節に、自身も無駄に焦燥し、そしてまた諦観する、この師走。新暦では今日は2月に入っている中で、旧暦の師走と言って悦に浸ろうとする自我であり、その程度の自己満足でもある。

 先日のつくし農園の臨時集合日では参加者と共に「振り返り会」を開き、改めてプレーヤーの話をとつとつと聞きながら、はっと自分を振り返らせられることに何度も出会う。そうしてまた思考はめぐり、・・・・・(この先が続いてくれない・・・) あー。酔っ払い。ホテルの部屋から、インターネットを繋げて、倒れる前に書きなぐっている。


 明後日2月3日は、旧暦の睦月の一日、そして翌日は立春。ここ数年では珍しい、睦月と立春が近くに重なり合う新春の慶び。厳冬、花粉5倍、火山灰などの様々な不安事象を、根拠のないポジティブマインドに背負わせて、昨日今日明日をまた一日進む。残り少ない師走Days。

 とにかく、師走ってんだばーろちくしょー。明日に晦日を過ぎたら、もう新春だバーロー。うなぎパイのお土産買い捲ってんぞバーロー。つくばに戻って立春を過ぎたら、初詣に行くぞてめーこのやろー。誰でもかまわんが、自然農を、原発反対とか平和運動とかコミュニティとか、視野狭窄の安易なスローガンに結び付けんなこんちくしょう。人類にとって、自然は別に美しいだけじゃなく、人工は別に反自然なだけじゃなく、それらあらゆるものを飲み込んでなお持続可能な方向性が絶対的な存在基盤として必要だという課題が存在するからこそ、それを考え続ける自由と義務が人類に課せられてるんだ。逡巡こそ、真実なんだ。模索と諦観と希望こそ、○×△なんだ。だからこそ、俺は、生きてんだ。うーん、支離滅裂、ろれつめろめろ。


 Y野さん、Bたやん、ひーちゃん、あーちゃん、今日はありがとう。酔っ払いは、師走と共に去りぬ。おやすみ、明日はつくばに帰ります。
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2009年10月18日

とある会

長月一日 晴れ
 
 自然農に向き合う日々、とはいえ、自分を包む森羅万象が無限に交差する毎日。小生の目の前に現れるのは草や土や虫だけではなく、人があり、文化があり、つくば駅、スーパーマーケット、コンビニ、インターネット、DVD、漫画、友人、他人、酒、飯、ジャンクフード、ありとあらゆる事象がこの脳に記憶され、あるものは積み重なり、あるものは過ぎ去っていく。その交差が、思考と無思考とによってさらに時間と共に醸成され、いつの間にかそれが我輩自身となり、または世界を眺めるレンズとしての価値観となり、それは老いて死ぬまで尽きることはない。

 言い換えれば、どんな交差を選ぶかによって自身が形作られ、またはどんな醸成を費やすかによって自身の味が深まってゆく。別段珍しくもないことを、改まって言葉にしてみると、人間っちゃまあそういうことでございますな。だから、俺はいったいどうなって行くのかなあ、というのは、まさに今、俺に起こっている事、考えていること、していること、が決めてるってことなのね。ふむ。


 さて、自然農仲間の一人でもある親友のS女史が、とある試みを始動させた。

 『考える青草の会 THINKING Green Grass Group

 S女史の言葉を借りると、(以下『』箇所、会のBlogより引用)『・・・、我々人間はみな考える生き物です。日常のそれぞれの場で各々が考えることを、切り取られた空間ではありますが、多くの人と 語り合う共通の「場」が創り上げられたらというのが願いです。・・・』
そんな「場」を設け、『英語と日本語の両言語で思考を深め、各々の視野を広げる』ことを目的とした会をスタートさせるとのこと。詳細は会のBlogをご参照いただきたい限りであるが、その意気や熱く、ついつい話しに耳を傾けてしまう。
 
 脳みそと感情が、ぐりぐりじりじりと、駆け回るような、焦げ付くような、月に一度の大人の遊び場。そんな期待をしている。あえて、不得意な英語の場に遊びに出かけて、また畑に戻って、毎日の自然農へ何かを持ち帰る。すなわちこれはちょっとした旅なのだろう。なるほどそういえば以前、Dさんとも、「ワークショップは一種の旅のようなものですね」と話したことがあったではないか。人と交わり、異文化や異見を肌で味わい、己の道へ帰るのだ。Sちゃん、愉快で気軽な小旅行の誘いに感謝し、旅と同様に、前日までの小さな不安と、現地でのハプニングを楽しみにしておりますよ。


 まだ始まってもないのに少し表現が大盛り気味かな。そうね。まあ宣伝だもんで、大目にみてくださいませ。
 
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2009年07月15日

飲め、飲め、飲め

閏皐月廿五日 晴れかな?

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 夏の暑さを吹き飛ばす、ビアガーデンの開催!!!!


 とき 7月31日(金)、8月1日(土)、8月2日(日)
 
    15:00〜21:00(Last Order 20:30)
 
 ところ Dan's table(つくば市谷田部)



 我が盟友のホームグラウンド「Dan's table」にて、ビアガーデンを開きます。小生も、スタッフとして参戦いたします。自然農レシピも、一部に登場予定♪ ドリンク、アクセス、詳細はダンズテーブル、ビアガーデン特設サイトにてチェック!


 ビール好き、夏好き、ワイワイ好き、なんでも好き、全員まとめて、こっち来い。



 ※8月2日は「つくいち」も開催します。
 
   9:00〜14:00はつくいちにGoooo!
  15:00〜21:00はビアガーデンにGooooooo!!
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2009年03月27日

フル

弥生一日 晴れ時々雨

 前職時代の先輩後輩が来園。来園前の午前中にジャガイモ12kgを植え終えて、昼から先輩友人とワインを飲んであーでもこーでも話し、夜は後輩友人と泡盛を飲んであれやこれや無限にアンテナを広げて話す。明日は田んぼ作業だけど、かけがえの無い時間をフルに楽しんで費やす。

 俺は今どこにいて、彼は彼女はどこにいて、フルに生きる。

 感謝して、寝床に着く。



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 庭に咲き乱れるムラサキハナナ。嬉しやこの光景。

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2009年01月15日

贅沢

師走二十日 晴れ

 インフルエンザを鼻の先でなんとか振り払えたと思いきや風邪の初期症状が発症し、それでも大暴れさせることなく力技で追いやって復活した今日この頃。10年来の友人F谷氏が来園した。
 
 奇しくも農に関わることになった友の、新天地のビジネストークを楽しんだ後、自然農から飛躍する、宇宙物理、生命科学、生物行動学、社会心理、人間関係、農、教育、宗教哲学、エロス、地球環境、食糧生産にわたる、無限のテーマをキャッチボールして、脳みそのシェイクを味わう。こだわりとかしがらみとかおせっかいとかプライドとか、くだらないもの全部すっ飛ばして、興味シンシンに忠実な時間。

 自分が興味のあることを通して、どんな小さなことでもいいから真実へ近づいてみる。それを仕事として実践できる可能性があるだとしたら、こんなに贅沢なことはない。そのことにあらためて気づかせてくれた、今日の駄弁りディスカッション。友は、心で握手して、3人の娘を風呂に入れるのだと都内に帰っていった。いい時間、どうもごちそうさま!
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2008年12月21日

たまらん

霜月二十四日【冬至】 晴れ


 長い長い冬至の一日。友人のカフェで、友人と歌って、友人が聴いてくれる。なんでしょうかこの、小さな飽和的な球状の良関係。たまらん。

 精神を集中させた後に開放する歌の喜び、気合いと経験で運ばれてくる美味い料理の喜び、10年来の交友を酒と駄弁りで浪費する喜び。たまらん。

 夜が一番長い日に、朝陽が昇る前まで馬鹿騒ぎして布団に雑魚寝する楽しさを分かち合えるおバカな仲間がいることは、自分の最も貴重な財産のひとつなんだと思い知る。たまらん。


 充足完了して、冬本番に突入。



【冬至】…日南の限りを行て日の短きの至りなれば也(暦便覧)
      ★雑草屋的季節分布★ 秋:冬=4.9:5.1

      一年中で最も夜の長い日。この日より日が伸び始めることから、
      古くはこの日を年の始点と考えられた。
      冬至南瓜や柚湯の慣習が残る日。
      ※読み:トウジ
      <参考:【室礼】和のこよみ
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2008年12月16日

へそ曲がりつつ

霜月十九日 晴れ

 天邪鬼でへそ曲がりと子供のころから言われていた記憶があり、その性質が顕著に表れるのが、クリスマスシーズンだった気がする。何で日本人でノンクリスチャンなのにキリストの誕生日を祝わなければならんのだ、と。そのくせ、親からの(いやサンタさんからの)プレゼントは甘んじて受け取り、学生時代にクリスマスパーティーを楽しみ、ケーキだって美味しくいただいてきた。
 学生の頃からのサークル活動で、クリスマスにイベントを行うのが習慣にもなっていたせいか、先に述べた個人の偏屈性とは完全に矛盾しながらも、この時期のイベントには体が積極的に反応する。あえて言い訳をするならば、「自分が楽しむ」のではなくて「クリスマスを楽しんでる人たちを盛り上げる」んだという理由付けをして。

 友人のカフェなどで、この時期の集客に力が入るのを見ると純粋に応援している自分がいる。いつもよりなんとなく気分が高揚して、ちょっとリッチに外食したいな、という世間の空気が売り上げにつながってくれれば嬉しいから。


 そんなこんなの今年の年末。大好きなナチュカフェで、クリスマスイベントが開催される。23日と24日は気合のディナー、21日はアカペラミニコンサート付のランチorディナーの開催。


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 21日のアカペライベントには、お手伝いとして小生も参加させていただくことになりました。まずは美味しい食事を、そして付け合せに雰囲気あるアカペラを。


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 ディナーで食べたポークソテー♪  ↑オードブル↑も受付中との事!!  


 いずれも、要予約ですよーーー。
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2008年11月05日

背景

神無月八日 晴れ


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photo by yamaさん



 先週末、四回目のつくいちが開催された。落葉樹が彩りを見せ始めるこの季節、肌寒い朝の時間にもかかわらず、馴染みの来場者や初めての方がいらしてくれていた。天候にも恵まれ、10時も過ぎる頃には秋の陽射しが公園を暖めだして、前日からの心配もよそに芝生やシートの上で早めのランチや休日の午前を楽しむ姿がテントの向こうに見ることができた。

 大学後輩で友人でもあるI君と、同い歳でパン職人のS君から、「つくばにもヨーロッパのマルシェのようなファーマーズマーケットがあったらいいよね。」と話があったのが昨年のこの頃だったろうか。(はっきりとは憶えていないが。)最初からキーワードがエコなわけでも、安心・安全でも、あったわけではない。漠然としながらも、「信念を持って、味や素材にこだわり、お客さんに対して届けたいメッセージがあるような」そんなお店や生産者が集まったマーケットで買い物が楽しめる、そうした市場が定期的に開くことができたらつくばはもっと楽しい町になる。そんな共有のワクワク感とちょっとしたプライドが、つくいちの出発点のような気がしている。

 「背景までおいしい」とは、つくいちのメインテーマである。背景とは、素材の生まれた場所でもあり、育った環境でもあり、加工の手段でもあり、作り手の顔でもあり、さらには届いた先のお客さんの顔でもある、のではないだろうか。それは、言葉だけの安全・安心・環境などよりもはるかに大事な、「来し方」と「行く末」を伝えてくれる、生産者と商品の「物語」でもある。 小手先のエコや、お手軽な安心・安全よりも、もっと大事な、人間の真剣勝負から生み出される本気の「背景」こそが「おいしさ」なのではないかと、そう思うのだ。そうした真剣勝負や想いが詰まった商品が、結果として持続可能な社会への配慮を築いていく。そんな市場がつくばに根付いていったとしたら、そりゃあ楽しい町になると思うんだよね。イーアスなんかではなくてさ。

 定義のしにくい「背景」ではあるが、友人のNさんがシェフを務めるナチュカフェBlogの記事を読んで、まさしくこれこそ「背景」だと痺れてしまった。言葉百遍の想いよりも雄弁に伝えるナチュカフェのソーセージのパワフルな美味さは、まさしく背景までおいしいメニューだったように思えた。

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photo by yamaさん



これからどのようなマーケットへと進んでいくかは楽しみでもあり若干の不安もありながらも、出店者たちの日常に確かな背景がある限り、おいしさは続いていくのだと思う今日この頃。



 そして振り返る、我が田んぼの稲刈り。いよいよスタート。自然農の田畑にも、背景がそこはかとなく詰まっています。

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※この記事の中の「つくいち」へのこだわりは、小生個人の私感であり、つくいち全体の考えを表すものではありません。
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2008年09月21日

目の奥に

葉月二十二日 曇りのち雨

 ナチュカフェさんが、新装オープンして半年を越したこの秋、いよいよディナータイムがスタートする。

 畑作業の後のちょっとしたお手伝いを終えながらの、オープン5日前の夕暮れ。ドキドキ感を隠さない御夫婦と談笑しながら、メニューやお値段のことなども伺った。オードブル、メインの数を揃えると話す御主人に、無知の友人として品数の多さを質問してみた。

「前からやりたかったんですよね。○○○とか。 つくばで他の奴には出せねーぞってやつを出しますよ。」

 いつもの控えめなセリフとは毛色の違う、想いが乗った一言。照れながら笑うその目の奥に、誰よりも自分を知る、静かな炎が見え隠れしていた。そのラフな野心が、たまらなくカッコいいんだな。


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 <dinner image from nachucafe's postcard>
 

 『夜のナチュカフェはパリのビストロ。。』

 ディナーは9月26日からスタート。詳細はこちらを→クリック!


※上記の○○○の答えは、、、お店でお楽しみください♪
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2008年06月25日

一歩を

皐月二十二日 曇り

 自分からの一歩、他人からの一歩、少しずつの一歩が友人という糸をたどって少しずつ編み物が産まれていくようなそんな感覚のこの一ヶ月。それぞれ築いているモノは違うのだが、なぜかスクラムを組んでこの先を歩いていきたくなるような、そんな友人。

 友人の言葉を借りれば、それはお互いの向いている方向や景色がシンクロしているから響きあうのだと。

 その響きによって、自分の一歩が、我々の一歩が、また小気味良く前に進んでいくような感覚。


 牛に会い、木の家に会い、筑波山の裏側に会い、ブルーベリーに会い、そんなピクニックの一日が、また次の一歩を推し進めていく。
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ハントヴェルクさんが一日をまとめてくれました♪



 さあ、田植え、種播き、草取り、収穫。梅雨空はとどまり、時は待ってくれない。5年先と1年先と3ヶ月先と1週間先と。毎日と明日を、自分と自然農の狭間で漕ぎ出す。



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モー。今日はありがとさん。

スナオマルシェについてはまた後日にて。
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2008年02月16日

週末の楽しみ

睦月十日 晴れ

 引越先のテレビの受信状況が芳しくなく、面倒でもあり、なんとなくでもあり、先月末からテレビの無い生活を送っている。平気だと言いながらこうしてBlogに書いてる時点で意識しているということであるから、平気だ、とは言い切れないのだろうが、とにかくテレビを見ていない。そんなわけで夜はすこぶる時間があるはずなのだがそうでもないのはどうしてだろうか。


 そんなことはどうでもよく、とにかく農仕事なのです。土曜日の今日は、農園参加者のyさんにご協力いただいて、今年からの田んぼの水平を測る作業を経験した。よく道路横や建築現場で見かけたような記憶のある、アレである。

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そうそう、コレですな。

 
 素人の小生一人ではできないが、計測器具を借りて教えていただきながらの二人作業で1時間ほど、なかなか貴重な体験にあずかりながら計測を楽しんだ。このデータを参考にして、来月の集合日作業で地均しをしていきたい。新しいことを始めるのは色々と手間がかかるのだが、その度に新しい出来事に関わって経験が増えていくのが嬉しい。

 昼には計測作業は終わり、あとはひたすら、畝作り。yさん、r君コンビ、hさんなども粛々と畑の準備作業を進めていく。早く種播きしたい気持ちと、まだまだ畝作りが終わらない気持ちが交錯する。鍬を振る手が重くなってきたら、おやつと一緒に腰を下ろし、今年の展開を四方山に話して息抜きを。一人作業の続く平日とは違う、週末の楽しみとは、おそらくこれなんだな。このどこにでもある、時々交わす作業の合間の、これ。
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2007年12月23日

交わり

霜月十四日 雨のち晴れ

 来客、そしておよばれが続くと、自然、料理を楽しむ回数が増える。それは、まがりなりにも食べ物に関わる生活をしている者にとってはなんとなく気持ちが弾むときでもある。

 雨があがって洗濯物でも干そうかというとき、、yamaさんからの連絡で、お知り合いからのお裾分けという手打ちそばを持ってきてくれるという。昼、昨日の一人晩飯の後片付けをしながら、大鍋にいそいそと湯を張っていつでも茹でられる準備をして訪問を待つ。ちょうど昨日の野菜スープ(味噌汁の味噌が入っていないもの)もあったので、冷凍していた鶏肉を軽く炒めてそれに加え、醤油を足してインチキ鳥南蛮にでもしようかと皮算用しているうちに、蕎麦が、もといyamaさんが到着した。
 男同士の料理は、答えがなくていい。客がいるわけでもなし、ざっくり作ってざっくり食う。そして雑談して畑仕事をして帰る。実にいい。人生の大先輩であるのに、いつも丁寧に、そしてのんびりと応援してくれているようで、いつも甘えさせてもらっています。器が小さいくせに風呂敷が大きいのが小生の悪い性質ですが、まだまだ面白いこと、ご一緒させていただきたいと思います。どうぞ宜しく。

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 腹を満足させてから、昨日の雨が残した水溜りが広がる庭先で作業。収穫物の保存は、今までも、そしてこれからも大切なテーマの一つであるが、冬の間に適切な温度で適度な手間で春まで持たせるのが、まだまだ身につかない。一部は食材として保存もし、一部は種芋として保存もして、自給自足の循環が少しずつ満ちてゆく。考えてみればそれもまた、百姓仕事のひとつでもあるのだ。とはいえ今はまだ試行錯誤中。狭い家にも限度もある。さて、来期はどうする。


 夕刻、今度はおよばれに。大学時代の友人、後輩、現役学生の交流の場に喜んで顔を出す。ちょっとした手伝いができなかった分、昨日炊いた古代米ご飯と収穫した里芋を手土産に持参して。十人十色の個性が小気味良くて、普段も持ち合わせていない気遣いもさらに緩くなって時間をすごした。帰りの車の都合で、今日はノーアルコール。それでも、あれ?俺って酒飲まなくても結構楽しめるんだ?と、いったいいつ以来なのか思い出すこともできないような新鮮な楽しみにも喜ぶ。仕事に、学校に、毎日に、おのおのそれなりに悩みながら生きて、そしてこういう場で飯を食いながら笑い合って、明日の将来に少し前向きになる。そんな食卓が、実に気持ちよかった。空理空論や、精神論、夢物語ではなく、地に足をつけながらの未来話は、何よりも旨い酒の肴でもあるのだ。 ということは、やっぱり次は酒だな、酒。

こんな場に、自分の育てた作物を持っていけるのは、それはとても、手前味噌ながらなんか嬉しいんだよね。


i夫妻、また誘ってくださいませ。s夫妻、年明けたらパジャマ持参して行くから宜しく。みなさんも、畑に散歩に来てください。自然農の醍醐味は、やっぱやってナンボですので。


交わって 味わって 群れず。明日はまた、脱穀作業。気取るなアホ!
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2007年12月02日

間違いない

神無月二十三日 晴れ

 しばらく続いた曇天が太平洋に流れて、久しぶりに作業に嬉しい空となった。刈り取りがほぼ終えられた田んぼも、晩生の数種類が残る小生の区画と、11月に来られなかったプレーヤーの区画が残るのみとなった。今日はその残り区画を刈り取らんと、友人を引き連れてs氏とm氏が来訪した。右手には鎌、左手にはカレーセットを携えて。
 
 午前中、今年の収穫戦線に敗戦の色が濃厚に見られる稲を笑顔と反省と愛情を込めながら刈り進め、なんとか稲架掛けまで終了。同時進行で小生も自分の区画、2種類を刈り終わり、そそくさと薪を集めて火をおこし始める。火力にも勢いがつき炭にも火が移りだした頃、畑で芋掘りを終えた皆が戻ってきた。あたたかいほんわか天気の下、野菜と肉を切り分け、自称カレー職人のm氏の指導のもとでカレー作りに取り掛かる。s氏は自宅で仕込んだロシアの肉料理「シャシリク」を披露。金串の代用に竹串を使って皿に並べだす。

 農作業、調理の様子を楽しみながらも次第に飽きてきた小学生y君の、辛らつなコメントにも負けずに大人の意地を見せてなんとか各種の野趣料理が完成。自家製ビールや焼き芋、自然農ライスもそれに加わって、夕焼け前の3時過ぎにはパーティがスタート。しっかり食べつくして、どうにか夕闇の前に片付けも済ませて、名残惜しさと焚き火の燻りを残して、おいしく楽しい週末が幕を下ろした。ふう、満腹。

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さあ、いただきまーす!!       ・・・おいしい、、、よな?



 本日の小さな発見。どんな料理でも、作業の後にみんなで作ったものは間違いなくウマイ。シャシリクは、初めて食べたがウマイ。収穫したばかりの生ウコンは、焼いて食べても苦いだけだがスライスしてカレーに入れるとなんだか微妙にウマイ。小生は、料理や焚き火をはじめると、農作業のことまでは頭が回らなくなる。

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カレーって、間違いないよね。



 間引き菜やカブなど、分けてあげられたのにスッカリ忘れてしまいました(笑)。また遊びに来てくださいね。
 
 
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2007年11月22日

ボウボウ

神無月十三日 晴れ 

 ビュウビュウ吹き荒れる木枯らし。平日に押しかけてきた友人達をフルに利用して、一人ではやる気が遠のくようなビュウビュウの中、遅きに失する感ありありの小麦の脱穀と、昨年収穫米の籾摺りを強行した。
 昨日は、芋掘りに雑草退治に連れまわす。体を動かしたいという希望と自然農ってなんだよ?という疑問への回答だと嘯いて、大盛り食堂をエサにしっかり「楽しんで」もらった。

 ビュウビュウにかじかみながらも、脱穀作業の後ろで焚き火と焼き芋も慣行。ボウボウに焚く。ボウボウに。あったかくて、うまくて、なんとかしっかり作業が進む。

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 いやあ、やっぱ焚き火だよ、焚き火。
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2007年04月14日

集結

如月二十七日 晴れ

 つながり深い、前の会社の同期たちが、数年ぶりに一堂集っての再会。金曜深夜につくばに集結し、翌日は農園の集合日へ参加。期せずしてインチキ百姓ぶりを旧友にさらすことになった。前日は当然のように明け方までのコースのせいで、ランチの後はのんびり昼寝をしたり作業を手伝ったりの様子もまたよし。自然農について喧々諤々話したのもまたよし。

 皆、行く末は違えどかつての釜の飯は忘れじ。互いにぼちぼちと頑張りましょうぜ。

 ええと、次の再会は畑作業はもういいからさ(笑)、山林か牧場などで如何かね?
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2007年03月27日

交差

如月九日 曇り

 今までありがとう。

 これからもよろしく。

 元気と無事を祈ります。


 連日、関わりの深い人たちとの時間を過ごす。自分がここで生きてみようと試みること、それと交差するように遠くや近くでその人たちのこれからが始まる。会えなくとも、交わらなくとも、縁(えにし)の糸は切れることなく。そのために、「今まで」と「これから」があるのだ。

 毎晩のように、そう思うのだ。
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2007年03月15日

頭の整理

睦月二十六日 晴れ

 友人が突然朝に連絡をよこして、つくばに来るついでだといって昼飯と夕飯の時間を共にした。面倒だな、と瞬間的に自分に巣食う人間嫌いの側面が頭をよぎりはしたが、なぜだか会うほうが自分のためになると思っての久方ぶりの再会だった。

 夕飯後の数時間、家でお茶と菓子をかじりながら、互いの今とこれからの話が続いた。今いる立ち位置からこれからの為に進むべき道のり、それに伴う取捨選択と覚悟と根気、そして現実。互いにフリーランスだからこその葛藤の共有、業種が全く違うからこその無責任な夢の垂れ流し、そして独身という奇妙な連帯感、それらが気色の悪い居心地の良さを生み出して、なぜだか大いに自分語りの時間を聞きあったのだった。

 そうした自分勝手な言葉の放出をさせてもらうことで、頭の中の澱みがいつの間にか澄んでいくことはままあるもの。

 
 シンプルこそが近道。足元を踏み固めることこそが自分を築く。まずは、自然農の作物を、自信を持って育てること。臆病で公言できずにいたこの当たり前の目標を掲げて、前を向いて歩くことにします。


 音楽野郎、今宵は素直に感謝するよ。
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2007年01月28日

病気

師走十日 晴れ

 人恋しさは世の常にて、声をかける者がいてくれさえすれば喜んで足を運ぶ。旧来の友も、新たに交わる友も、この日を待ちかねて酒を呷り歌を重ね夜に語る。

 出稼ぎの帰り足に東京に寄り、夜の20時から朝の○時まで。皆、社会人である。人に、まぐわいに飢えているのではなく、語りの尽きぬことに潔しとしているのだ。先に店を出る顔の、なんと名残惜しむさまか。つわものは、その後さらに朝飯を会したとのこと。少し羨ましく。

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 終わって数日で、またやりたいなあなんて思うのって、病気かね。
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